第20話・滝川さん

side・滝川一益


 始めは些細なことであった。つまらぬ口論から対立し一族から追い出された。


 ちょうど良かったと言えばちょうど良かった。武家だと自称はしていたが、所詮は田畑を耕す土豪でしかない。


 惣の合議により政が行われていると言えば聞こえはいいが、変わることを嫌い、変わらぬようにと生きていく者たちとは合わなかった。


 貧しい生活が嫌になり家を出たかった。父はそんなワシの思いを理解していたのであろう。


 堺に行き鉄砲の撃ち方を学び、武芸を磨きながら諸国を旅していた。西に行こうか東に行こうか迷った時に、ほんの気まぐれで東に行こうと決めて、紀州や伊勢志摩を経て尾張の津島に着いた。


 東国で栄えてると噂の今川のところに行こうか、それとも関東の覇者である北条のところに行こうかと考えながら、しばし津島に滞在していた時に出会ったのが南蛮船だ。


 堺で見た南蛮船と同じ複雑な形をしていたが、大きさは津島の南蛮船の方が少し大きいかもしれない。聞けば南蛮船でありながら、船の持ち主は南蛮人でないと聞き驚いた。


 細君が南蛮人だと聞いて少し納得したが、それでもこの日ノ本に南蛮船を持つ者が居ることに変わりはない。


 船の持ち主が尾張の武家に仕え、津島に住んでいると聞いた時には更に驚いたが。


 これも何かの縁かと思い、津島に滞在しながら南蛮船の主である久遠殿のことを少し調べてみた。


 結果は予想以上だった。今津島で話題の金色酒の出所が久遠殿らしいのだ。他にも津島では魚の値が下がっているが、それも久遠殿が津島に持ってきた新しい網が原因で、魚がよく捕れるかららしい。


  屋敷は那古野にもあるようだが、そちらでは鉄砲の音が毎日するというのだから驚きだ。


 どこに行こうが新参者が喜ばれる家はない。ましてワシは一族を半ば追い出されて飛び出したのだからな。


 だが、久遠殿にはまだ家臣が居ないと聞く。他の家ならばともかく、鉄砲の価値を理解する久遠殿ならば、召し抱えてくれるのではないか?


 久遠殿が仕官した織田弾正忠家は比較的新しい家だ。先祖代々仕えたといえぬ者も多いと聞く。若殿の評判は少し微妙だが、津島に限ればあまり悪い話は聞かぬ。商いに興味を持ち商家への理解はあるとか。


 ここは久遠殿に仕えてみるのも面白いかもしれん。




 仕官は無事にできた。まさか噂の若殿が召し抱えるように言うてくれるとは思わなんだが。


 久遠殿……いや殿と久遠家と織田の若殿は、本当に変わっていた。


 食事は殿や奥方様たちが作るらしく、料理は堺でも見たことも無ければ、膳ではなく食卓という台の上で皆で食べるのにも驚いた。


 織田の若殿の方も上座に拘らず近くに座っていたし、何より服装がらしくないと言われればその通りであった。


 しかし立場や家柄に拘らず皆で食べる食事は、味が絶品なのは当然として本当に心地良かった。


 これは得難い主君を得たのかもしれぬな。




side・久遠一馬


「某。鉄砲は自信があり申したが」


「たいしたもんだよ。あんた。直すとこがない。あとは練習するのみだな!」


 一益さんはやはりできる男だった。


 この時代だと鉄砲は新兵器ではあるけど、欠点も多く未だ未熟な兵器でしかない。そんな鉄砲を牢人の身分でいち早く習得した先進的な考え方を、史実の信長さんは気に入ったのかもしれない。


 鉄砲が得意だという一益さんの腕前を見るために、那古野の屋敷に来て撃たせてみたけど、ジュリアが褒めるくらいに上手いらしい。


 当の本人は、ジュリアの方が撃つのが上手かったからへこんでいるけど。並の人間が戦闘型アンドロイドにあっさり勝てれば怖いわ。


「玉薬は高価ですので、なかなか練習ができぬのです」


「うちは硝石が山ほどあるからね。ああ、大砲も船から降ろして練習してもらおうか」


「そうだね。一益ならすぐに覚えるよ」


 鉄砲も前に飛ばすだけなら農民でもできるんだけど、ある程度でも狙うならそれなりに練習しなきゃだめなんだよね。


 そもそも未来と違い統一された規格もないこの時代だと、ライフリング以前に真っ直ぐな銃身とか、丸い玉を作るのだって難しい。


 銃の癖を理解して火薬の調合までできるとなると、優秀なのは間違いないだろう。


 一益さんにはついでに大砲の扱い方も覚えてもらおう。陸上で運用するの大変だけど、いざ必要になった時に扱える武将も必要だ。


 擬装ロボットはさすがに正体がバレたらやばいから、なるべく戦には出したくないし、ジュリアとかセレスはやっぱり女だからね。戦場には連れていけないだろうし。




「まあ、それはそれとして。今夜は一益殿を歓迎する宴でも開こうか」


「そりゃいいね」


 血生臭い話は置いといて、せっかく一益さんがウチに来たんだから歓迎会しないと。


 お酒はジュリアが好きだから色々あるんだよね。あとは料理か。何にしようかね。


「なんだ。親父も来たのか?」


「五郎左衛門から話を聞いてな」


 一益さんの歓迎の宴を開くことにしたけど。信長さんは参加するみたいだから、政秀さんも使いを出して誘ったら、何故か信秀さんまで来ちゃった。


 えーと、一益さんの歓迎会なんだよ? 信長さんはともかくなんで殿様まで来るの? 挨拶にも行ってない陪臣の歓迎会に来ちゃっていいの?


「突然すまぬのう。先日殿にラーメンの話をしたら、次は声を掛けよと言われましての」


 信秀さんが来たから慌てて出迎えたけど、政秀さんいわく原因はラーメンらしい。そこで呼び出して作れと命じないのが、優しさなんだろうか?


 ともかく料理の準備しないと。そもそも今日はそんなに珍しい料理にする予定じゃなかったんだけど。


 殿のお供も五人ほど居るから、身内のちょっとした宴会が本当の宴会になっちゃうな。


「エル。料理大丈夫?」


「予め多めに作っていましたから。ただ、何品か追加で作った方がいいでしょう。任せてください」


 料理の完成までもう少しかかるし、とりあえず酒でも出してつないでおくか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る