第21話・宴の席で

side・久遠一馬


「うむ。これは面白いな」


「明や南蛮ではこうして食卓を皆で囲むのですよ」


 信秀さんが最初に食い付いたのは、やっぱりテーブルだった。御膳でご飯を食べるこの時代に、テーブルがあるのは珍しいのだろう。


「これは、あれか。漆などで塗ればいいのではないか?」


「そうですね。元々わが家だけで使う予定でしたので、このまま使っておりましたが」


「面白い。一つ作らせてみるか」


 ただ現状では木材をそのままテーブルにしたシンプルな物なので、ちょっと高級感はない。


 信秀さんは早速漆塗りのテーブルを一つ、作らせることにしたらしい。この時代で売れるかは分からないけど、目の付け所は凄いと思う。




「お待たせ致しました」


 外はすでに夕暮れとなっていて、部屋の中は行灯の明かりを付けた。行灯は多めにしてるけど少し薄暗いんだよね。この時代の人たちは気にしてないみたいだけど。


 エルたちが料理を運んでくると、信秀さんがつれてきた人たちが驚く様子が見えた。


 そういえば外国人を見るのは初めてなんだろうね。信秀さんを含めて。正確には外国人風なアンドロイドだけど。


「お前たちの分もあるのであろう。いつものように南蛮の流儀でよかろう。一緒に食べるがいい」


「ありがとうございます」


 少し不思議な雰囲気の中で料理を運ぶと、エルたちはさすがに信秀さんが居るからか下がろうとした。


 しかしここで信長さんが、一緒に食べようと一声掛けたことには素直に驚いたね。信秀さんたちも驚いた様子を見せたけど、南蛮の流儀という信長さんの言葉のおかげか問題視しなかった。


 もちろん南蛮の流儀だなんて教えてないんだけど、意外に策士だね信長さんは。


「南蛮では食事は一緒なのか?」


「そうですね。一緒に食事をすると聞きます。それにうちは小さな島暮らしでしたから。一緒の方が良かったんですよ」


「考えてみればおかしなことではないか」


 武家の作法とは違うんだろうけど、公式な場ならいざ知らず、普段の食事は家族で一緒だと勝三郎さんたちは言ってた。


 大名クラスの織田家は違うみたいだけど。


 料理は椎茸と高野豆腐にこんにゃくとおから巾着の煮物に、肉じゃが。それと塩抜きした鮭の焼き物と、きゅうりのぬか漬けに、豆腐と油揚げとワカメの味噌汁だ。


 ラーメン期待してきた信秀さんには悪いけど、今夜は和風料理なんだよね。


「……椎茸だ」


「こっちは鮭だ」


「さすがだな。このような豪華な料理を急遽出せる者は、そうはおるまい」


 少し反応が心配だったけど、意外に悪くないというか驚いてくれたみたい。


 信秀さんが連れてきた人たちがあからさまに戸惑ってるし、それだけ珍しい料理なんだろうね。


「食事が楽しみなんですよ」


「これは寺の料理に似てるな」


「亡くなった父がどこからか学んだ物でして。どこかの寺で学んだのかもしれません。味付けは我が家の好みに合わせてますので、少し違いますけど」


 割と遠慮なく食べ始めたのは信長さんだ。他は信秀さんが食べるのを待ってるけど、信秀さんは椎茸の入った煮物に真っ先に箸を付けた。


「これが噂の醤油か?」


「はい。故郷の島で少し作っていた物ですよ」


「美味い」


 椎茸やダシの味が染みた高野豆腐を食べると、信秀さんが見たことないほど驚きの表情を見せた。一言美味いと口にすると、周りもホッとしたのか料理に箸を付ける。


 未来だと日本人の伝統的な和食とも言える煮物なんだけど、醤油があまり普及してないこの時代だと、全く新しい料理になる。


 信秀さんなら、かなり美味しい物食べてそうなんだけどね。




「某、鮭など初めてでござる」


 ああ、本日の主役の一益さんだけど、無事に信秀さんに挨拶して励めとのお言葉を頂いていた。そんな一益さんがビックリしてたのは鮭の焼き物だ。


 なんかやたらと鮭が高級品なんだよね、この時代。特に太平洋側は関東より南では捕れないからなぁ。


 お酒は蜂蜜酒と濁酒にした。あんまり知らないお酒で騒がれるのもね。


「これは知らぬ芋だな」


「日ノ本から遥か東にある大陸で見つけた芋ですよ。うちでは馬鈴薯と呼んでますけど」


「なかなか美味いではないか。尾張で作れぬか?」


「試しに庭で少し植えてますよ。連作ができませんけど収量は悪くないですし、米に向かない土地でも植えられますから。ただ他国に流れると厄介なので、大々的に植えるのは当面は止めた方がよろしいかと」


 猪肉を使った肉じゃがも好評だ。この時代で芋と言えば里芋と自然薯しかないけど、味の染みたじゃがいもの美味さにみんなビックリしてる。


 もちろん玉ねぎもないんだよね。醤油とみりんと砂糖という未来だと当たり前の味付けも、この時代だと一般的じゃない。


 信長さんはさっそく尾張でじゃがいもを作りたいみたいだけど、さつまいもとじゃがいもは救荒作物だからな。下手に普及させるとろくなことにならない。


「他国か。それほどか?」


「はい。絶対に裏切らぬ場所ならいいと思いますが。保存もできますから、下手に敵対する者に流れると厄介です」


 他国という言葉に話を聞いていた信秀さんは、気になったのか口を挟んで来たけど、下手に広まって武田とかに伝わると厄介なんだよね。芋類は種芋から増やせるから誰でも増やせてしまうのが問題だ。


 それと、あえて口にしなかったけど、尾張国内も決して信頼できる状況じゃない。


 信秀さんに力があるうちはみんなある程度従うけど、史実の信長さんを見れば分かるように、いつ敵に回ってもおかしくないからね。


「他国の前に尾張国内も、問題と言えば問題だからな。一馬、そなたたちは護衛も付けずに出歩いてるらしいな。腕に自信があるのかもしれぬが、思慮の足りぬ者はどこにでもいる。付け入る隙をわざわざ与えるような真似はするな」


「はい。申し訳ありません」


「津島から那古野辺りならば大丈夫であろうがな。清洲ではお前たちのことで騒いでるとの話も聞く。岩倉も決してワシに従属してるわけではないのだ」


 絶対に裏切らぬ場所ならという、オレが言葉に含めた意味に、信秀さんは気が付いたのかもしれない。


 尾張国内も問題だと認めたうえで不用心だと怒られちゃった。


 オレたちは普通に市に出掛けたり、釣りに行ったりと自由にしてるからなぁ。護衛なんかなくても、その辺のごろつきに負けるはずはないんだけど。


 端から見たら危なっかしいのだろう。


「そういえば親父。美濃攻めは本当にやらんのか?」


「戦に使う銭と人があるなら、例の鉄を造る施設に使うべきであろう。蝮は戦には強いが、家中に信頼はされてないからな。美濃は簡単には纏まらん」


 清洲や岩倉との関係に信秀さんが言及するのは、珍しいのかもしれない。信秀さんのお供をしてる人達が少しびっくりしてる。


 尾張の上四郡を治める岩倉織田家との関係は、最近まで知らなかったけど意外に悪くないみたいなんだよね。


 幕府が定めた地位や権威に、同じ織田一族としての立場や実力が複雑に絡み合うのが現状の尾張だから。名目があれば協力するが、臣従まではしてないと。


 そんなこと話してると信長さんが、美濃攻めについて聞いちゃったよ。信秀さんは評定で美濃攻めをやらないって言ったけど、本心ではやる気なのだという噂もある。


 でも、信秀さんの答えを聞く限り、史実のような大規模な美濃攻めは無さげだな。


 できれば美濃や三河を攻める前に、尾張を纏めてほしいんだけど。


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