第4話・津島と大橋重長

side・アレックス


 小舟で津島に上陸したけど、少し物々しい雰囲気になってるよ。船はあれど人は居なく、みんな逃げたのかな?


 考えてみればいきなり他国の軍艦が来るようなものだから、警戒されて当然か。


 どうせ目立つのだから、最初から堂々とした方がいいってエルが言うからさ。確かにエルたちは日本人に見えないから、目立つしね。


「どなたか、言葉は分かりますか?」


「はい。みんな言葉は分かりますよ」


「それは良かった。この度はどうされました? 堺ならばここから西ですが」


「実は最近船を継ぎましてね。新しい商いの取引先を探すついでに、尾張の津島神社と熱田神社を御参りしようかと思いまして」


 物々しい雰囲気の中でオレ達に声をかけてきたのは、壮年の武士らしい男性だった。外国人が珍しいのだろう。不安げな表情をしていたけど、言葉が通じるとホッとした様子を見せる。


 津島の寄港理由に関しては予めエルと相談した内容だ。尾張には津島神社と熱田神社があり、そこへの御参りが寄港理由には最適であろうと。


「そうでしたか。手前は大橋清兵衛重長と申します。立ち話もなんですから、手前の家においでください。津島神社と熱田神社には案内します故に」


「ありがとうございます。オレは……一馬と言います。よろしくお願いいたします」


 寄港理由を告げると一気に空気が緩んで、相手の男性も表情が緩んだ。


 でもこの大橋さん。津島の大橋さんと来れば、信長の義理の兄弟になった大橋家の人か? いきなり大物に会っちゃったな。


 オレ自身は名をギャラクシー・オブ・プラネットのプレイヤー名ではなく、本当の名前を名乗った。


 特に理由があるわけではないが。ここが現実ならば日本人として親が付けてくれた、名前を名乗るべきではと思っただけだけど。


「ほう。絹織物に砂糖と胡椒と硝石まであるとは……」


「これも何かの縁です。津島で必要な分をお譲り致しますよ」


「よろしいのですか? 堺に持っていく物では?」


「荷は全て先約はありません。私としては損をせぬならば、どこに売っても大差ないですから。ただできれば、この地に来た時に滞在できる家が欲しいですね。その許可を取れるように、大橋様に取り計らっていただけたら……」


「家ですか? そのくらいならば私が用意致しますが、商いをされるのですか?」


「いえ、直接商いをするつもりはありません。船旅は大変ですので、寄港先に家があった方が落ち着きますから」


「分かりました。荷は相場に色をつけて、買い取らせていただきます。家はお任せください。津島神社と熱田神社に参拝されてる間に用意致します」


 大橋さんの家は、屋敷と言えるほど立派なとこだった。


 多少の世間話として、オレが亡くなった父に代わり家と船を継いだことや、故郷は小さな諸島だという話を少しして商売の話になった。


 若い世間知らずだと買い叩かれるかと思ったけど、そんなことしないみたいね。


 予定していた家も用意してくれるみたいだし、今日は泊まってと言われたので船に残してきたケティたちも呼んであげよう。




side・エル


 大橋家は津島南朝十五党という、津島を治めていた惣の首領だったはず。


 大橋重長公は元々は織田信長公の父である、信秀公とも争った人物という情報もあります。信秀公の娘を嫁に迎え臣従して以降は信長公の力となった人物。


 物腰は柔らかくこちらに気を使っていただいてますが、恐らく司令が考えてる以上に重要人物でしょう。


 欲しいのは絹でしょうか? 硝石も欲してるかもしれませんが、火縄銃の価値が本当に知られてる時代ではありません。


 絹ばかりか綿ですら国産できてないのは致命的ですね。青苧ならば、なんとか国産できているようですが。


 もしかすると織田信長公を遠くから見物するのではなく、直接会うことになるかもしれませんね。


 織田信長公が歴史通りの人物ならば、遅かれ早かれガレオン船と私たちに興味を抱くでしょう。


 私たちは歴史を見るのではなく、変えてしまうのかもしれません。


 司令の世界の過去にも私たちは居たのでしょうか? もしも司令の過去に私たちが居ないならば……。


 世界は系統樹のように、無限に広がる枝葉の一つでしかないのかもしれませんね。




side・一馬


「あの。そちらの南蛮の女性の皆さんは、どういう立場なのです?」


「えーと。妻です」


「ああ、細君ですか。どちら様が細君で?」


「全員妻です」


 しばらくしてケティたちが来ると、当然のように大橋重長さんにどういう立場の女性なのかと聞かれちゃったよ。


 この件に関しては事前に相談していてさ。妻にした方がいいって、メルティに言われてるんだよね。珍しい外国人の女性を欲しがられても困るからって。


 嘘だと見破られないといいけど。


「それはまた……、珍しいことですな」


 バレたかな? 大橋さんに微妙な笑顔で、珍しいって言われちゃったよ。


「彼女たちは同じ島で生まれたもので」


「ああ、なるほど」


 言い訳が苦しいか? 大橋さんはあまり深く追及まではしない、大人の対応をしてくれるみたいで良かった。


 そのままこの日は大橋さんの屋敷に泊めてもらい、食事も気を使ってくれたのか普通に美味しく頂いた。




side・大橋重長


 一馬殿は我が子でもおかしくないような若さだが、なかなかのやり手らしい。


 それに五人も細君を抱えるとは、それだけの立場なのであろう。


 日ノ本の近くに南蛮人が夫婦で住んでいるとは聞いたことがない。肌の色が白い南蛮人は、遙々西から来てると聞いたことがある。


 訳は聞かぬが一族で国を遠く離れて小さな島に住んでいるということは、さぞや両親は苦労したのであろうな。


 貿易で裕福だった一馬殿の家が、彼らの面倒を見ていたのであろう。


 まあ理由はどうあれ、南蛮船を個人が持っていることは見過ごせぬ。時々でいいので津島にも荷を運んでくれれば、これほどありがたいことはない。


 屋敷はどうするか。粗末な屋敷を貸し与えるわけにもいかぬ。


 あこぎな金貸しをして、殺された土倉の屋敷があったな。あそこにするか。ちょうど蔵もあるしな。




side・一馬


「ずいぶん立派なお屋敷ですね。私たちは小さな家でいいのですが」


「なに、ちょうど空いてましてな。ここは元土倉の屋敷だったので防備も十分あります。どうぞお使いくだされ」


 翌日、大橋さんが貸してくれる屋敷に案内してくれたけど、大橋さんの屋敷と同じような立派な屋敷だった。


 もうちょっと、こぢんまりとした家が欲しいんですけど。掃除とか大変そうだしさ。あまり大きいと、落ち着かない気がするんだけどな。


 つまりこれからも荷物を運んできてほしいってことか。


「ありがとうございます。助かります」


 大きすぎる屋敷だってワガママは言えないよな。家賃はタダみたいだしさ。


 屋敷は土塀に囲まれていて、広い庭と馬小屋に蔵が三つもあるよ。土倉って確か金貸しだよね? 徳政令でも出されて破産したのかな?




side・メルティ


 うふふ。司令は理解してるかしら? タダより高い物はないって。


 一つ一つは細く気付かないほどでも、纏めると強固になるわ。人はこうしてしがらみを作っていくのね。


 信義なんてモノがあってないような時代を生きるには、司令は甘過ぎるわ。


 でも……。しがらみで囲われたからといって、必ずしも食い物にされるわけではないわよ。


 逆にしがらみで囲った側を利用するくらい、司令には無理でも私たちには朝飯前よ。


 大橋重長。貴方は理解してるかしら? 囲うリスクを。


 ちゃんとリスクと私たちの望みを理解してくれるなら、私たちは貴方の大きな力になるけど。


 司令の弱点は女かしら? あまり人付き合いが得意そうじゃないし。世話をする女でも送り込まれたら面倒ね。


 私たちを妻にしておくべきって言ったら、その通りにしてくれたし、後は早めに嘘を真実にするだけ。


 司令と私たちには新しい絆が必要だわ。


 この先、司令と私たちがこの戦乱の時代を生きていくには絶対にね。


 もう仮想空間でもゲームでもないんだもの。私たちも本当に強い絆を結ばないといつか足をすくわれかねないわ。


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