第5話・津島神社への参拝と英傑

side・織田信長


 元服したとて何一つオレの自由にはならぬ。


 那古野城にある物は全て爺が差配しておるし、そこにオレの意見などない。


 親父が付けた一番家老の佐渡など、よほどオレが嫌いなのか陰でうつけと蔑み、信行を跡継ぎにしようと企んでるくらいだ。


 オレが知らぬとでも思っているのか?


 態度や服装が問題だとしても、貴様のやってることは問題ではないのか?


 家中でさえ本当にオレのことを考えているのは、爺くらいであろう。


 服装がどうだというのだ? 態度がどうだというのだ?


 これはこれで役に立つのだ。家中で誰がどうオレを見てるか分かるのだからな。





「若。聞きましたか。津島に南蛮船が来たみたいですよ」


「ほう。いつのことだ?」


「えっと、昨日みたいです。何でも大橋様が自ら応対されたとか」


 この日も城を出て、近くの川辺で小姓や気心の知れた農家の二男三男と一緒に居たが。小姓の一人の勝三郎が、面白い話を持ってきた。


 勝三郎は小姓の中で一番オレを理解している。あちこちから噂を聞き付けてくる男だ。


 だが今日の噂は特に面白い。南蛮船は一度見て見たかったのだ。


「何をしに来たか、聞いておるか?」


「えーと、商いのついでに津島神社と熱田神社に参拝に来たとか」


「よし。津島に行くぞ」


 南蛮は遥か遠くから、この日ノ本に来ていると聞いたことがある。


 南蛮がどんな国で、南蛮人はどんな者たちなのか知りたい。


 こんな機会二度とないかもしれぬ。




side・一馬


 家も借りられたし、船の交易品は全部大橋さんに売ることにした。


 後は船に積んである布団とか食料を下ろせば、すぐにでも住めるんだけど。積み荷の荷下ろしに時間が掛かってる。


 津島の人も手伝ってくれてるから、そのうち終わると思うけど。


 オレとエルたちは大橋さんに案内してもらって、津島神社に来ていた。


 でも津島神社って島というか、川の中洲みたいな場所なんだね。しかも広いし立派な鳥居とか社殿があるわ。


「さすがに賑わってますね」


「ええ。南蛮の方は初めてですが、津島に訪れる商人の方などはよく来られますよ」


 これ多分未来の津島神社より土地は広いんだろうね。行ったことないけど。


 津島神社を見ると、この時代の津島の凄さが分かるね。港はイマイチだったけど神社は凄いや。


 一向衆とか宗教天国の時代だもんな。




 津島神社で参拝を済ませると、帰りの参道には、ガラの悪いヤンキーみたいな集団がいる。ヤンキーとか苦手なんだよなぁ。


「これは若様。お久しゅうございます」


「清兵衛も息災なようだな」


 ん? 大橋さんがヤンキーの中心人物に頭を下げてる。


 荒っぽく纏めた茶筅髷に着物は着崩していて、腰には荒縄に瓢箪と巾着に太刀をぶら下げた、ヤンキーのリーダーみたいな子供を相手に。


 若様って言った? まさか、あのヤンキーが信長さんなの?


「清兵衛。そいつらが南蛮人とやらか?」


「はっ。男性が南蛮船の主の一馬殿にございます。他は一馬殿の細君です」


 大橋さんの表情は微妙だ。緊張していると言えばそうだけど、若干困ってるようにも見える。


「案ずるな。話をしたいだけだ。商いの邪魔はせぬ」


「では、某の屋敷へお越しください」


 えーと。オレたちの意見は? できれば遠くから見物したいんであって、会って話まではしなくていいんだけど。


 なんというか、巻き込まれそうな予感が。




「この方はここ津島を治める、織田弾正忠信秀様の御嫡男である織田三郎信長様です」


「堅苦しい挨拶はよい。その方たちは全員南蛮人か?」


「生まれた土地が南蛮かという意味ならば違いますよ。私たちは尾張から船で十日ほどの、小さな島で生まれましたから」


「ほう。そのような島があるのか」


 大橋さんの屋敷に戻ると大橋さんは、何とかこの場を無事に終えようと努力してるみたい。


 ただ信長さんの方は、取り巻きのワルガキたちと一緒にオレたちをじっと見てる。まあ、好奇心旺盛そうな信長さんと、物珍しげに見てるだけのワルガキたちとの違いはあるけどね。


「世界は広いですよ。堺に来てる南蛮人は、船で一年ほどの期間を経てこの国に来るようですから」


「それは凄いな。ところでそなたは五人も細君が居るが、南蛮ではそれが普通か?」


「いえ、南蛮では一般的に男一人に女一人だと聞きます。私たちの故郷は小さな島ですから。結構自由なんですよ」


 史実の信長は革新的だった一面があったみたいだけど、その原動力はこの好奇心かね? いろいろ質問攻めにされてるよ。


 エルたちを見た反応は様々だけど、顔の良し悪し以前に身長が高いのが気になる様子。


 あまり身長が高い女は好まれないのかね? ということはケティくらいが人気か? もちろん絶対にあげないけど。


「なるほど、南蛮船を持っているからといって、皆が南蛮から来たわけではないのだな」


「流行り病で亡くなりましたけど、彼女たちの親は南蛮から来た者たちでしたよ」


 あんまりあれこれ聞かれると嘘がバレないかね?


 エルたちもヨーロッパなんか行ったことないしね。親の代で日本の近くに来たことにして、後は分からないと誤魔化す予定なんだけど。


「このあとはどうするのだ?」


「私たちは熱田神社にお詣りに行って、しばらくは津島で借りた家でゆっくりしますよ。船は荷物を下ろし次第、次の商いに向かいますけど」


「ほう。そうか」


 聞かれたことには答えなきゃいけないから、当たり障りのない回答をしたつもりだけど結構大変だよ。無礼者とか言われても困るしさ。


 あとは持ってきた商品のこととか聞かれたり、細かいことからどうでもいいようなことまで幾つか聞かれた。


 本当はこのあとは、しばらく津島で戦国時代の生活を体験するつもりだったけど。巻き込まれる前に帰るべきかな?


 エルたちとのんびり島暮らし生活するのも悪くないな。




side・エル


 この人が織田信長公なのですね。


 好奇心と司令の話を理解する聡明さは、大器の片鱗が見えてる気がします。


 歴史上の織田信長公は、比叡山や一向衆との戦いなどが原因で、魔王などと言われてもいましたが。一向衆と戦った大名など、特に珍しくはありません。


 この時代の寺社は武力で朝廷や幕府に強訴することも珍しくなく、特に一向衆の行動は目に余るのが事実。


 史実の信長公の対応は、どちらかと言えば寛大だったとすら言えるでしょう。


 ただ私の目の前の信長公は、才能が有りそうですが未だ子供です。


 大人や世の中への反発が心にはありそうですが。


 それにしても予想していたとはいえ、完全に信長公と関わってしまいましたね。


 司令は歴史の当事者になった自覚はあるのでしょうか?


 あとで聞いてみないといけませんね。


 退くならば早い方がいいですし、関わるならば覚悟を持っていただかねば。


 綺麗事だけで生きていける時代ではありません。


 無論、私たちと司令だけならば問題ありませんが。

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