文明の雨を待つ花
蒼井どんぐり
文明の雨を待つ花
その花は深く人類を待っていた。
文明が芽吹き、彼らに雨をもたらすことを。
その花をまず見つけたのは、地下トンネルを建設している作業員だった。
「何か、あそこに有機物の反応があるな」
トンネルを掘る前の事前検査。地底の中にあるものを音波スキャニングできる機器で地下数キロにある物体をセンシングしていた時のこと。
機器の画面には、何か揺れる、管がまとまったような影が映った。
その影は数キロ下の一面を覆い、その下のスキャンができないほど。
「これは、もしかして植物か?」
この辺りの地底には無機質の瓦礫やコンクリートしかないはず、と聞いていた作業員は、すぐこの発見を会社に報告した。
「植物が見つかるなんて、何十年ぶりだろうか」
作業員たちの所属する企業の上司は、その報告を驚きと共に喜んだ。
自然の有機物、それこそ植物はここ数年、目にしていなかったからだ。
今では人工植物以外の自然の植物は高級なものとして流通している。
だからこそ、その会社の役員たちはこの機会を見逃さなかった。
商売の種とするために。
「トンネルはいい。まずは植物を確実に確保しろ」
そうしてからは早く。工事は一気に中止となった。
次に掘り進めるのはトンネルではなく、運搬路。植物を採取して地底から送り届けるための通路。
その企業の方針転換に気づかない同業者などいない。
噂を聞きつけたたくさんの建築業者がその場所に集い、一帯は大きな円を描くような一代工業帯へと姿を変えた。そこに一つの街が栄えるほどに。
事前検査での発見から2ヶ月、ついにあの影が映ったあたりへと発掘隊の一行は到達した。
そこは美しい空間などではなく、たくさんの建物の瓦礫が積み重なった、どことなく死の匂いのする地層の裏側。
その瓦礫の上に覆い被さるように、たくさんの枝や木が根を張っている。
根の間間に芽吹くように姿を表しているその花たちが、彼らを迎えた。
ただし、花とは思えない、くすんだ色と今にも枯れ果てそうな姿で。
「まずい。もう枯れる寸前じゃないか。いますぐ延命処置を」
発掘隊の一員だったある学者がそう叫んだことを皮切りに、
彼らは一斉にその植物たちを丁寧に一つずつ、保護用のカプセルへとしまっていった。
保護用カプセルにはたくさんの水分と、植物にとっての最適な温度が保たれている。
それを積み上げ、掘り上げたこの大きな搬入路を通して、次々と地上へと送った。
地上へと送られた花たちは、久しぶりの日光を浴びた。
そして、商品としてではあるが、丁寧なもてなしを受ける。
栄養のある土、潤沢な水、高度に管理された温度や湿度。
枯れ果てた地底の空間とは全く違う、技術の織りなす快適な空間。
花たちは水と愛情と欲の雨に打たれ、姿を変えた。
枯れたようなくすんだ色ではなく、澄んだ水平線のような青と白の色へと。
自然の宝石とも言えるような、美しい色。
その様子を見て、発掘隊を派遣している会社の重役たちはとても喜んだ。
地底から次々と採取され、救済されていく花達。
それに魅了されているのは発掘隊の面々だけでもない。
その花の様子は世界中にも中継され「自然が生み出した宝石」を今か今かと欲しそうに眺める人々。
ただ、そんな世界で、その美しさに疑いを持つものがいた。
最初に発見した時の学者だった。
「なぜだろう。この青白さ。生気を感じない。本当に植物なのか」
その学者はずっと抱いていた疑問を言葉にして放った。
生き返った花、その美しい姿は、彼には生きた姿というよりも死を目前とした、
生の輝きのような、そんな冷たさを感じさせた。
その理由を探しに、学者は再び地下に潜った。
いまだにその花たちは地底を覆い、雨を待ち、枯れそうな姿を見せ、救済を待っていた。
その中の一輪を前に屈み、花を手で覆い、救おうとした瞬間。
大きな揺れとともに、花が覆い根を張っていた一帯の地面や壁が崩れ始めた。
青白い花々を世話する地上の人々は同時に感じた。
地面が揺れている、というのとは違う感覚。そう、地面が落ちているような。
頭で理解できた瞬間、彼らは花と建物と土とともに、地面に引き摺り込まれた。
体が瓦礫に押し潰され、骨が砕け、血が土と瓦礫に染み込むのを感じながら。
地下にいた学者はその様子を下から見ていた。
突然の揺れ、崩れる建物の残骸、そして大量の人と血。
人が築き上げた街そのものが瓦解し、雨のように散る姿を見た瞬間、
彼もその雨に打たれ、死の水溜りの一部へと変わっていった。
それから数年。
一帯に土と鮮烈な血が滴り、そこに新たに花が芽吹いた。
その色はくすみなどなく、美しく光る赤。
蓄えた十分の養分で彼らは生気を取り戻すが、その栄養もいつまで持つか。
再び、その赤い鮮烈な花たちは、長い時間を待つ。
その花は深く人類を待っている。
文明が芽吹き、彼らに雨をもたらすことを。
文明の雨を待つ花 蒼井どんぐり @kiyossy
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