第四話 約束
連邦軍アクタール基地。そこは帝国軍の辺境伯アークウィン家が保有しているイルキア基地から最も近い基地であり、今はイルキア基地とにらみ合いを行っていた。
その中で新型機のパイロット適正試験を終えたアインは部屋に戻ったものの落ち着かず部屋から出て散歩をしていた。
(今度の配属先は前線基地かもしれないか。もしかしたらあいつも……。いや、流石にそれはないか。)
そう廊下から見える海を見ながら、アインは学校で捨てて来た親友たちのことを思い出し物思いに耽っていた。
「アイン、どうしたの?」
だから正面から声を掛けられた瞬間彼はびっくりして飛び上がってしまう。
「そんなに驚かなくていいのに。」
そうふんわりとした声を出すのはアインよりも一つ年上のアズリト・アース少尉だった。
「すみません。色々と考え事をしていたので。」
栗色の長い髪を持っている彼女にアインは謝罪を口にする。そして次に目に入ってきたのは腰のあたりまで伸びたピンクの髪をツーサイドアップにしている背の低い女性将校だった。
「そういえば、アインはユリアに会うのは初めてだったかしら。」
「はい。噂では伺ってはおりますが。」
「そう。じゃあ紹介するわね。彼女がユリア・ベッソノワ少佐。知っていると思うけど辺境伯ベッソノワ侯の長女よ。私と同級生で士官学校も同じだったの。」
「学校……。」
アインは思わずアズリトの学校の言葉に引っかかってしまう。
「大分浮かない顔をしているな。戦闘が嫌にでもなったのか?」
ユリアはアインに対して若干心配するようなトーンで尋ねる。
「いえ、特にそのようなことはありません。シミュレーションではありますが一応成績も上がっているようですし。」
「そうか。それは楽しみだ。」
それに対してユリアが少し笑う。普通ならこれに惚れたりするのだろうがアインは特にそのようなことは無かった。
実際このユリアの笑顔を見て何人か告白したというのも聞いたことはある。確かにそれは無理もないことだと思う。
身長は平均よりかなり低い百四十後半に入るか入らないかぐらいだが、とにかく容姿が整っていた。
確かに綺麗だとアインは思うがどうにも苦手であった。
それに対してアズリトは身長が百六十くらいでありとてもやさしい。顔もきれいでありスタイルもよかった。だがそれでも何か得体のしれない怖さがあった。
「ところでお二人は何の話をしていたのですか?」
「ちょっとした世間話だ。アズリト、私はそろそろ部屋に戻る。」
上手くやれよとユリアはアズリトに小声で話しながら去っていった。
「えっと、なんかすみません。」
取り残された二人はしばしの間無言の時を過ごす。
「少し外でも行かない?」
頷くアインを見てアズリトがうれしそうに笑う。
「それにしてもアインも身長伸びたわよね。」
「そうですか? 以前にお会いしたときから変わっていなかったと思いますが。」
数か月前に定期連絡でアズリトに会った時のことを思い出す。
「ほらあの時はあんまり話せなかったから。こうしてゆっくりと二人で話すのは何年ぶりかしら。」
紅葉を見上げながら話す彼女にアインはいつ以来だろうと昔に思いを寄せる。
「昔はよく話していたんだけどね。小さいころなんかはお風呂も一緒に入ってたけど。」
「それは今から十年くらい前ですね。」
いくらなんでも昔に戻りすぎではないかと思う。
「それにしてもとうとう始まったわね。戦争。」
「はい。始まってしまいましたね。まぁ自分がイルキア基地から新型機を奪取することから始める予定だったので、覚悟はしていましたが。」
「そういう任務だったからね。」
その時アズリトの携帯端末が鳴るので彼女は取り出して画面を見ると少し慌てた様子を見せる。
「誘っておいて悪いんだけど急な用事が入っちゃった。ごめんね。また今後学校の話を聞かせて。」
アズリトはそういうと颯爽と走り去っていく。
アインはそれを見送ると一人また歩き出す。
彼女の甘い匂いが寂しいアインの心を少しだけ慰めた。
*
「気が付いたか。」
アルバートが目を開けると体が引きづられている感じがした。
「今度は拷問室ですか?」
「いや、医務室だ。」
「また尋問するためですか?」
これは皮肉だなとブライムは気付くが無理もないかと思う。
「まぁ、そんなに卑屈になるなというのも無理か。君には今二つの道が用意されている。一つはここでキャスターのパイロットになって私の部下になる。もう一つはこのまま牢獄で時間を過ごすかだ。私の部下になったらそれなりの身分を保証する。当然もう一つに関しても一応それなりの配慮はする。」
「だったら自分は。」
(お前は最高の戦士になれる。)
牢獄にしようと思ったアルバートの心に父アレニスから言われた言葉が思い出された。
「自分は……。」
「どうするかはゆっくり決めるといいさ。まだ時間はあるしな。」
「はい。そうさせてもらいます。」
アルバートを医務室のベッドに運び治療をさせたブライムはアルバートのパイロット適性を確認していた。
「親子だからかなのかは分からんが、凄い高い数値だな。」
この辺は父親であるアレニスと似ているのだなと思う。
戦闘の適性についてはまだ感情の起伏が激しいためあまり向いていないと書いてあったのでそこまで含めてよくここまで似たものだと思った。
大方清濁併せのむことができないとかその辺かと考える。
きっと慣れだすと自己中心的になることもあるんだろうなとも予測は出来る。
「楽しみだな、成長するのが。」
そう部屋から見える青空を見上げながらつぶやく。
そのとき部屋にノックが響く。
エミリアだろうと思ったブライムはドアを開けた。
「お待ちしておりました。」
ブライムは上官の娘であるエミリアに対し軽くお辞儀をしながらも部屋の中に入るように促す。
それにエミリアは顔をしかめるが直ぐに本題に入る。
「エイブラウ大佐。彼の容態は?」
「入院期間が延びましたね。仕方ないことですが。精密検査もしましたが、脳にも後遺症は出ないだろうとのことです。」
それにブライムは若干の落胆の声をにじませながらも答える。
「脳の方?」
エミリアがそう不審げに部屋の中に入る。
「これは……。」
アルバートを見てエミリアは絶句する。
「一体何が……。」
顔の方は膨れ上がり見るのもためらわれた。
「拷問ですよ。医師によれば数日後には全快するらしいですが。命に別状はありません。」
エミリアはそれを聞いて少し安堵したのか息を吐く。
しかしすぐに再びその顔に再び怖い仮面を張り付ける。
「それで一体誰がこんなことを? パトン中佐ですか?」
「はい。」
これでオリバー・パトンの昇進の芽は多分消えただろうと思う。
「なぜここまで……。」
そういいながらアルバートの方に振り向くエミリアの問いかけにブライムは答えないことにした。流石に痴情のもつれというにはひどすぎる気がしたからだ。
「自分には分かりかねます。」
その答えにエミリアは一瞬不可解なものを感じるが聞いても答えないだろうと踏んだ。
「そういえば、エミリア様。彼に自分のことについて話されたのですか?」
「まだですが、それが何か?」
「いえ、特に何もありません。ですが恐らく言った方が彼に安心感を与えるのではないかと。」
「確かにそうですね。ご忠告ありがとうございます。」
「では自分はこれで失礼します。」
これ以上ここにいるのは無粋かと病室から出る。
(あの覚悟を決めた目。確実に彼と一緒に軍隊に入るな。)
エミリアの父であるオズワルドが嫌そうな顔をするのが目に浮かぶ。しかしそれを止める道理が無いのもオズワルドが分かっている以上、彼女がアルバートと同時に軍に入るのは分かっていた。そして配属されるとしたらブライムがいる親衛隊だということも分かっていた。
(それにしてもスパイ容疑についてはオズワルドの差し金だろう。)
ブライムは先程のことを考えながら、新米時に隊長であったアレニス・デグレアに言われたことを思い出す。
(俺の子を頼むか。)
それはアレニスが彼に言った最後の言葉であった。
(全く、面倒な依頼を引き受けてしまったものだ。)
そう思うブライムは考えていることとは裏腹に拳を固く握った。
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