第五話 決意の日

「やっぱりこうなるよなぁ。」


 オズワルド・アークウィンはイルキア基地の司令室で一人の女性の経歴書を見ていた。

 幼年学校を早期卒業し軍隊に入る。希望する人数は少なかったが成績が優秀であればそういう進路を取ることも可能であった。普段であれば彼も喜んで受け入れていた。しかし今回は実の娘であるエミリアのものであった。


 そしてそれには推薦人が必要であったのだが、そこには親衛隊隊長であるブライムであった。


「これを認めない訳にはいかないし。」


オズワルドはもう一度ため息を吐く。

あの時下手に挑発などしなければよかったと後悔をするが、もう既に遅かった。


「司令!」


 そう後悔をしていたときに部屋の中に将校が多慌てで入ってくる。


「アーレイ基地の味方部隊が全滅、占拠されました!」



「よろしいのですか? 一応ではありますがアークウィン家とは良好な関係を築きたかったのでは?」


 エフゲニー・バラノフの親衛隊隊長であるロマン・ベロワが質問をする。


「別にそういうわけではない。私が協力関係を築いているのはジョン・アニクウェスだ。アークウィンはそのついでだ。だが全滅させるとは思ってはいなかったが。」

「ベッソノワ少佐の活躍ですね。」


 バラノフの皮肉とも八つ当たりともとれる言葉にロマンはそう流す。


「アークウィン家の本拠地であるイルキア基地への攻撃はどうされるのですか?」

「流石にそこは攻めない。あそこを攻めるにはこちら側も相応の覚悟と代償が必要だからな。それよりもベッソノワ辺境伯のご令嬢はどうだ?」


バラノフは同じ辺境伯の家であるベッソノワ家、その長女の能力について確認をする。


「ユリア・ベッソノワ少佐ですか? 優秀ですよ。今回のアーレイ基地の占領もほとんど一人でやったようなものですし。特にあの射撃の腕の高さは連邦でも一、二を争うかと。単独で基地の迎撃システムを撃破できるほどの腕があれば専用機が与えられるのも納得です。」

「流石ベッソノワ家の秘蔵娘という訳か。」

「性格は……、機嫌が悪いときはあまり関わりたくないタイプですね。ただそこはアース少尉がうまいこと制御してくれています。」

「そこも親父譲りか。あいつも機嫌が悪いときは面倒なやつだったからな。」


 連邦で盤石な権力基盤を作ることに成功している忌々しい家だと思う。

 このままではバラノフが権力を得るのは不可能だった。

 だから帝国と一芝居打って戦力を拡充しようとしたのにも関わらず、その邪魔を娘が邪魔しようとしている。


「まぁいい。貴官らにも当分の間は出撃は無いだろうし、ゆっくりとするといい。」

「ありがとうございます。」


 ロマンは敬礼をして退室しようとする。


「そうだ。それと以前言っていた親衛隊の補充人員の件、宛てが出来たぞ。」

「天使シリーズに適合するパイロットが出たと?」

「あぁ。そういうことだ。」


 *


 イルキア基地の襲撃事件から二週間、アルバートは退院の日を迎えていた。そして入隊の日も明日と迫っていた。

 本来であれば退院と同時に軍に入隊する予定であったが、エミリアとブライムがそれを止めた。


「怪我の具合はどう?」


 エミリアは退院するアルバートの手伝いをしていた。


「まだあちこち痛むけど、まぁ大丈夫。」


 アルバートはエミリアが心配しないように濁した回答をする。


「そう。なら良いけど。」


 彼女はアルバートの嘘に対してこれ以上詮索することはしなかった。


「それで入隊するまでの間どうするの?」


 エミリアはアルバートにそう確認する。


「そうだなぁ。まぁ一日しかないからな。親父とお袋の墓参りして、後はどうしようかなぁ。施設には挨拶とか行きたくもないし。」

「じゃあさ、私も一緒にいていい? アルのお父さんのお墓参りも行きたいし。」

「うん。なにもないところだけど、大丈夫?」

「えぇ。アルと旅行したいって話もしてたけど、今まで行けなかったし。」

「そうだったか。そのついでにどこか行くか。」


 アルバートの答えにエミリアは少し上機嫌になりながら荷物をまとめていった。


「悪いな。色々とやらせちゃって。」

「今回は仕方ないわよ。一つの貸しにしとくわ。」

「そっか。じゃあそのうち返さないとな。」


 アルバートはその後に高笑いするが、顔は笑っていなかった。

 寧ろエミリアにどう返せばいいのか分からずに震えていた。


「別にいいわよ。返さなくても。ただ……。」

「ただ?」

「まぁいっか。これは今のアルに言っても仕方ないことだし。」


 エミリアはそう言いながらアインが言っていたことを思い出す。


《アルバートを手放すなよ。もしエミリアから離れたらあいつは駄目になるから。なんなら自殺とかしたりしてな。》


 あの言葉を言ってた友人にもう会うことは無いだろうが、その忠告だけは受け取っておこうと彼女は思った。



「ここがアルのお父さんのお墓?」


 エミリアはアルバートと一緒にお墓の前に立っていた。


「あぁ。これが親父の墓だ。」


 アルバートはそう言うと持っていた白いカーネーションの花束を墓前に添える。


「アレニス・デグレア」


 エミリアは墓石に彫られている洗礼名以外の文字を読む。


「あぁ。それが親父の名前だ。そしてお袋の墓が隣だな。ちょっと失礼。」

「えぇ。」


 アルバートは隣に立っているエミリアの前を横切り二つ目のカーネーションを置く。


「親父、お袋。以前から話していたパイロットになる夢、叶いそうだよ。入隊までの経緯がちょっとあれだけど。だけど、親父みたいに親衛隊隊長になれるように頑張ってみるよ。」


 アルバートは決心を口にする。


「ちょっと待って。アルのお父さんって親衛隊の隊長だったの?」

「そうだよ。話したことなかったっけ?」

「今初めて聞いたわ。」

「そうだったか。俺の親父は確か十五年前かな、アークウィン家の親衛隊隊長になったって言ってたかな。」

「そう……なんだ。」


 エミリアは瞳を伏せて答える。


「まぁ俺は詳しいことは分からないしな。親父は五歳になる前に死んだし、お袋に至っては顔もわからん。」

「そうね。」


 エミリアは以前アルバートからその話を聞いていたことを思い出していた。


「その後は施設に入ったけど、魔術師には厳しいところでな。結局親父の遺族年金とかも全く俺の手元に入ってこないな。今とか生計すら別なのに。」


 一体どうなっているんだかとぼやく彼にエミリアは黙ってしまう。


「墓参りはこれくらいでいいか。付き合わせて悪かったな、エミリア。行こうか。」


 アルバートはそう言うと歩き出す。


「次はいつ来れるかな。まぁそれまで達者にな。」


 まぁ死者に達者もなにも無いかとアルバートは笑う。そう笑う彼の顔はいつもと違うようにエミリアは見える。

 墓地の入り口につくと丁度バスが来たので二人は乗り込むと二人掛けの席に並んで座る。


「それで、エミリア。どこに行く気なんだ?」

「旅行先のこと? アルはなんか行ってみたいところとかあるの?」

「いやエミリアが一緒なら割とどこでもいいかな。というかエミリアはアビントン家に帰らなくていいの?」


 エミリアはその言葉に答えにくそうにする。


「あぁ~。そのことは今は考えなくていいわ。後で話すから。それよりも行き先よ。私アルからなにか聞いてそこからどっか行こうかと思ってたから。」

「つまりなにも考えていないと……。」

「準備期間もなにも無いし。別に私もアルと同じであなたが一緒ならどこでもいいわ。」


 エミリアがそう言うとアルバートは考えるように上を向く。それから考えるように両腕を組み目を閉じて唸る。その様子を彼女は愛しげな表情で見る。そうして少し待っているとアルバートは閃いたように目を開く。


「それなら一回テーマパーク行ってみたい。今まで行ったことないから。」

「テーマパーク? 別にいいけど。」


 提案が彼っぽくないところにエミリアは驚きながらも頷く。


「本当? じゃあ行こう。」


 そう嬉しそうに言う彼に、エミリアはちょっと首を傾げる。そしてあることに思い至る。


「アルって今までテーマパークとか行ったことないの?」

「いや、あるけど最後に行ったのは親父と行ったからもう十年以上前だし。それにテーマパークでデートってなんか恋人っぽくない?」


 彼の返事を聞いてなんかまた馬鹿なこと言い出したなと思いながらもエミリアは笑って頷いた。



「エイブラウ大佐。貴官が言いたいことは分かった。だが本当にいいのか? 確かに親衛隊は一人欠員が出ているのは確かだ。だがそこに入れるのは本来エースパイロットであって学生上がりの兵士ではない。」


 アークウィン家所有のイルキア基地で親衛隊隊長であるブライム・エイブラウは司令官たるオズワルド・アークウィンに意見をしていた。


「はい。問題ありません。ご息女もデグレア大佐のご子息も私が立派な一人前のパイロットにしてみせます。」

「そうは言ってもな。彼はスパイ容疑がかかっているし。」

「それも証拠は無いのですよね?」

「だが、否定できる証拠もない。」

「もし裏切ったなら私が討ちます。だから私にやらせていただきたいのです。」

「ただなぁ……。」


 ブライムに押されながらもオズワルドは首を縦に振らない。


「そうですか。それならこの手はあまり使いたく無かったのですが、先日大将がお話をしていらっしゃった女性将校から伝言があります。」

「伝言だと?」

「はい。人と話しているときにゲップするのはいかがなものかと苦情が来ていました。この件、流石に問題にするのはバカバカしかったので内々で処理したのですが大っぴらにしてもよろしいですか?」

「おい待て。」

「それともこっちのほうがいいですか? いくら階級が高いからと言ってズボンの前チャックが空いた状態で説教するのはどうかというのもあります。後は頭頂部に乗せたウィッグがズレている状態でも同じように」

「分かった。大佐。認めるからもう辞めてくれ。」


 その言葉にブライムはニヤリと笑う。


「それでは後ほど書類の方送ります。」

「分かった。だが大佐、なにかあったときは分かっているな?」


 アルバートが裏切ったらただでは置かない。その言葉にブライムは無言で頷くとオズワルドに敬礼し司令室から出た。


(やっぱり軽々しく他人の頼みごとを聞くべきではないな。)


 そうかつての恩人からの頼みごとを思い出しながら書類を書くための理由を探していた。



「久しぶりに遊んだな。」


アルバートは閉園時間間際までテーマパークにいた。


「ねぇ、アル。最後にあれ乗らない?」


エミリアはそう言うと夜間でライトアップされた観覧車を指差す。


「うん。乗ろうか。」


エミリアはアルバートの手を取ると嬉しそうに歩き出す。

ただその手が汗ばんでいるのをアルバートは察する。

多分なにか話をしたいから観覧車なのだろうと思う。

そして恐らく彼女がこうやって手を握ってくるってことは別れるとかそういった話でもないことも理解していた。


閉園時間も近いからか観覧車は大して並んでいなかった。

エミリアが乗ったのを確認してからアルバートもゴンドラに乗る。

係員の人がいってらっしゃいませーという声とともに扉が閉まる。

前に誰も乗っていなかったからか、プラスチックの椅子がひんやりしていた。


「観覧車は昔最後に親父と乗ったな。」


向かい合ったエミリアにそう話しかける。


「私も幼稚園の頃に兄と乗ったのが最後ね。」

「エミリアってお兄さんいたんだ。」

「今まで話したこと無かったわね。まぁ別に今ここでする話ではないわ。」


多分確執があるのだろうなと思うためそれ以上突っ込むことはしなかった。


「もう少しエミリアと遊びに行きたかったな。」

「私がいつも誘っても行かなかったくせに。こんな時だけそんなこと言うのは卑怯よ。」

「でも俺いつも一緒に行ってたじゃん。」

「そうだけど……。まぁいいわ。」


エミリアは不機嫌そうな顔をしたあとに諦めたような顔をして、左腕につけている時計に光を当てて眺めていた。


「そういえば、なにか話したいことがあるんじゃないか?」


観覧車が四分の一くらい回ったところでアルバートは話を切り出した。


「よく分かったわね。」

「数年も付き合いがあればある程度は分かるだろう。」

「別に大した話じゃないわ。だから観覧車にしたんだし。」

「そうか。」

「ねぇ、アル。私の苗字って今アビントンじゃない。」

「そりゃアビントン伯爵のご令嬢だからな。」

「けど、それ違うのよ。」


アルバートはその言葉にどう返せばいいのか迷う。


「実は私アークウィン家なの。だから本当の名前はエミリア・アークウィン。軍に入るまではアビントン家で過ごせって言われてたからそうしてたんだけど。」

「そうか。アークウィン家か。」


アルバートはよく分からんなという顔をする。貴族ですら無いのだからその辺の違いがよく分からなかった。

 だけど、一つだけ分かったことがある。エミリアの隣に立つには凄い努力がいることだった。


「あんまり驚かないのね。」

「だって実感が湧かないからなぁ。細かいところはよくわかんないし。」


そう答える彼にエミリアは笑う。アルバートならこれでいいのかもしれない。そう思う。


「ねぇ、アル。」

「お、エミリア。頂上になったぞ。」


アルバートはそれだけ言うと外を見る。


「なんかあんまり変わり映えしないなぁ。」

「別に数m高くなったところでなにも変わらないわよ。」

「それもそうか。これ乗り終わったらショップ行かない?」

「言いわよ。どうせだったらお揃いのキーホルダー買わない?」

「マグカップのが良くないか?」

「しゃあ両方買おっか。」


そう嬉しそうに言うエミリアにアルバートは笑う。

ただし心の中ではエミリアの隣に立ち続けるには多分苦労するんだろうなと思っていた。

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