第六話 アインの想い
「アルバート。やはりお前も来るんだろうな。」
連邦軍の辺境伯、エフゲニー・バラノフが管理しているアクタール基地にある自室の士官室で、机の前の椅子に座りながらアインは外の風景を見ていた。
一昨日までの今までの生活を思い出す。楽しいか楽しくないかで言えば間違いなく人生で一番楽しかったと言える。
戦災孤児だったアインは軍が運営する孤児院に入り、パイロットとしての養成を受けていた。その中で努力して優秀な成績を修めていたアインはある日呼び出され、スパイとして帝国の幼年学校に入学した。ダールという苗字はそのときにつけてもらったものだった。
入学当初あまり周りと馴染みたくないと思っていたが、そのときに話しかけてきたのがアルバートだった。
鬱陶しいなと思いながらもアインにとって彼は羨ましかった。あんまり出来が良くない癖にいつも楽しそうにしていた彼が。
アインにとってアルバートは彼の青春の証でもあった。だからあのとき、彼を撃つことが出来なかった。
「アイン。少し基地の中でも散歩しない?」
部屋の中で思い出に浸っていたアインは急に入ってきた女性将校にびっくりした。
「少尉。部屋に入るときはノックを……。」
アインはなじみがある先輩のアズリト・アースにそうジト目で話す。
「ノックならしたわよ。」
すぐにそう返されるので黙るしかなかった。
「どちらにしても自分はもう少し休んでいたいんですが……。」
「風邪でもひいたの?」
普段そういった反応を見せないので心配になったアズリトは彼の額に自分の額を付けた。
アインは最初自分がなにをされたか分からなかった。しかし自身の目の前にアズリトの形の整った眉や、長いまつ毛、透き通った白色の鼻筋などが見えることで状況を理解していく。
「別に体調が悪いわけではありません。ただ疲れただけです。」
顔を赤くしながらアズリトから離れる。
「そう。じゃあちょっとだけ外に出ない?」
だが知ってか知らずかアズリトはそう返すとアインの手を引っ張る。
「あの、少尉。」
「ほら、いいからいいから。」
アズリトはそう笑顔で部屋の外に連れ出す。
部屋の外に出ると太陽の光が体に突き刺さる。
「最近あまり外に出ていないのね。」
アインが日光から隠れるように行動しているのをみて、アズリトも思わず苦笑いを浮かべる。
「確かによくよく考えたら部活でずっと部屋に籠って二足歩行ロボットをいじっていました。外にでて日光を浴びた時間もあまり覚えていません。」
「本当の引きこもりじゃない……。」
「まぁ、楽しかったですから。」
アインは頭の後ろを掻きながら恥ずかしそうに笑う。
「そう。ならよかった。私たちも心配してたのよ。あなたが学校で上手くやってたかどうか。」
「私たち?」
ふとその言葉に引っかかったのでアインは尋ね返していた。
「ユリアよ。彼女にもよくあなたのことを話していたから。」
自分のいないところで勝手に人の話をしないでほしいと思うが、言ったところでどうしようも無いことなので特に突っ込むことはしない。
「ベッソノワ少佐って結構不愛想なイメージがあったので意外です。」
アインのその言葉にアズリトは笑う。
「それ、彼女が聞いたら悲しむわよ。」
二人はそのまま歩みを進める。
「それでどうだった? 学校は?」
「楽しかったですね。」
「そう。だからそのことを忘れてしまいたいと。」
アインはその答えに一瞬どう返すか迷う。だがアズリトに本音を言わないのは少し躊躇われた。
「そんなところです。」
そうアインが言うとアズリトは握っていたアインの手をさらに強く握る。
「ただそういうのは持っていた方が後々役に立つわよ。」
海岸に付いた二人はそのままどちらからというわけでなく手を放す。
「役に立つとは?」
「言葉通りよ。」
アズリトはそう言ってただ優しく微笑むだけだった。
「それよりもどんな感じだったか教えてよ。」
アインはその言葉に内容を考える。
「そうですね……。」
*
「アイン……・ダール君?」
俺は入学式で指定された席に座っていた俺は隣に座ってきたやつにちらりと目を向ける。
恐らく教育環境があまり良くなかったのだろう。
身長も小さくあまり自信も無さそうなやつだった。それが俺とアルバートの出会いだった。
「あぁ。君は……。」
手元にある座席表から彼の名前を探す。自分の左隣の名前を見る。Albertという綴りだった。
「アリ、アルベルト? いやアルバート・デグレア君?」
どこの国の読み方か分からなかったので、苗字からなんとなく推測して答えを言う。
「そう。アルバートで合ってる。」
俺が一発で正しい名前を言ったのが相当嬉しかったのだろう。満面の笑みでいた。
そうか。
普通の生活をしていた子どもならばこうなるのか。
孤児院で常に頑張っていた俺にはそれのなにが嬉しいのか全然分からなかった。
それからだった。入学式の後にもあいつは俺の後についてきて色々と根掘り葉掘り聞いてくる。なにがそんなに楽しいのかと思うが用意してあった設定通りの答えをしていく。
その後あいつの行動を観察することが増えた。
成績は下の下。運動も苦手。よくそれで入ってこれたなぁと思う。
そんな彼を見ていて一つだけ気になったことがあった。
エミリア・アビントンはよく彼と一緒に行動していた。普通に考えるなら成績上位のやつだったり運動が出来るやつのモテるはずだ。なのにエミリアはそういったのには興味も持たずアルバートにばかり構う。
だから一回だけエミリアに聞いたことがある。
何故アルバートにばっかりよく構うのかと。
それを彼女は恥ずかしそうにしてはぐらかした。
そのときに気づいた。エミリアはアルバートのことが好きだということに。
それ以降アルバートのことが更に気になって観察するようになった。
なんとなく彼を見ていたらエミリアが好きな理由がわかった気がする。
このときには既に成績は上がっていた。
自信も恐らくついたのであろう。前よりも堂々としていた。
それでも馬鹿なところは変わらなかった。
虐められていても気づかない。馬鹿な男だった。
一回だけその苛めを止めたことがある。
あのときは確か体育のときにアルバートの靴を隠すのを偶々見ただけだった。
だけど気になったのだった。
だから注意だけしてアルバートにバレないように靴を戻したのだった。
そのときにエミリアと一緒にアルバートが帰ってきた。
エミリアは俺がアルバートの靴を隠した犯人だと疑っていたようだったが、俺は特に誤解を解くことはしなかった。
必要ないと思ったからだ。
どうせアルバートがなんとかするだろうと。実際俺の予想は正しく、それ以降エミリアが俺に対して訝しむことは無かった。
逆にアルバートのことをよく聞かれるようになった。
あいつが好きなものはなにかとか、どんなことをしたいと思っているのかとか。
俺はエミリアから言われるがままにアルバートに聞いていた。
そんなことをしている間にアルバートという人物がわかるようになってきた。
端的に言うと馬鹿なやつだった。
とにかく他人のことをすぐに信じる。
そんな馬鹿なやつだった。
だけど、一緒にいて楽しいと思った。馬鹿だがそれでも面白いやつだと。
そんなことがあってから俺は色々な人を観察するようになった。
最初は学校生活などつまらないものだと考えていたが、それは違った。俺が面白いと感じないだけで溶け込めばそれなりに楽しかった。
しかしそれ以上に楽しかったのが、アルバートと過ごした時間だった。あいつは馬鹿だからこそ、色々と予想もつかないことをやる。それは普段であれば笑いの種となったし、キャスターを使用したシミュレーションでは勉強にもなった。
*
「へぇ。結構面白そうな子ね、そのアルバート君って。」
「はい。」
「アインが楽しそうに過ごしているのが分かって良かった。」
「強いて言うならば卒業式くらいは出たかったですね。」
子どものときは偏屈だったアインがここまでまともなことを言うなんてとアズリトは少し感動していた。
「楽しい生活が送れたなら良かったわ。あんまりこういう話をする機会は潜入中は無かったし。」
「そうですね。」
二人はそういうと今まで任務であったことを話をしていた。
「そういえばどこの部隊に配属になったか聞いた?」
そう思い出話をしているときにアズリトが急に思い出したように言う。
「いえ、聞いていないです。」
「そっか。まぁもう決まってることだしいいか。ようこそ、バラノフ家の親衛隊へ。アイン・ダール少尉。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます