第三話 父と子

「エミリア様。」


 帝国軍辺境伯が有するイルキア基地。その司令室の前に立っていた金髪の学生は女性将校に話しかけられた。


「久しぶりですね。エマソン・エチュード少佐。」

「はい。お久しぶりです。」


 エマソンと呼ばれた将校はエミリアよりも明るい金色の髪を肩口で切り揃えていた。


「珍しいですね。あなたがこちらにお伺いになるなんて。」

「父に合わせて欲しいの。」


 そのエミリアの表情がいつもより真剣なのを見てエマソンは表情を硬くする。


「それはどちらのですか? 今のあなたは表面上はアビントン伯爵の娘という設定になっていますが。」


 エマソンは念のための確認という形でエミリアに問いかける。彼女が今名乗っているエミリア・アビントン。それは偽名であった。


「忌々しい実父の方よ。オズワルド・アークウィン大将に話をしたいの。」


 エミリアはそうこの基地の最高責任者であり辺境伯アークウィン家の現当主であるオズワルドの名前を出した。


「それは構いませんが、いかがされるのですか?」

「流石に自分を守ってくれた同級生がスパイ容疑かけられて条約を無視して尋問されてるってなったら誰でもこうなるでしょ。」

「分かりました。アークウィン大将に確認をします。」


 エマソンは通信端末で音声通話をして、色々と確認を取っていた。


「今からなら会えるとのことです。」

「分かったわ。」

「お供します。」


 エミリアはその言葉と共に施設内に入った。



「失礼します。」


 エミリアは自身の父であり、オズワルド・アークウィン大将がいる司令室に、無作法にドアを大きい音で開けながら入った。


「アークウィン司令、一体条約を破って、彼をどうするつもりですか!?」


 オズワルドは一瞬ちらりとエミリアを見るがすぐに手元の資料に目を落とす。


「状況が状況だから仕方あるまい。エニシエト連邦からの戦線布告だ。それに加えて新型機が奪われたんだ。捕虜の取り扱いを決めるヴィンディッヒ条約ごときを気にしている場合でもないだろう。」

「そんな大事なものを奪われたと?」

「残念なことにそういうことだ。」


 オズワルドは読み終わった資料を机の上に大きな音を立たせて置く。そして代わりに葉巻を手に取る。


「だったらしかるべき立場の人間がいると思われますが?」


 それを聞くと彼は笑う。


「なにがおかしいのですか?」

「確認されたんだよ。基地へのハッキング攻撃。それに使われたIPアドレスが彼の部屋だったんだよ。」


 それは言い訳にすらならない言葉であった。普通は他のパソコンから遠隔操作されている可能性を考慮してパソコンを調べて遠隔操作された痕跡があるか調べる。だがIPアドレスで、ということは恐らくそのことすら調べていないだろうというのも分かった。


 そして自分の父がここまで老いたということも理解ができた。


 だがそんなエミリアの意図を察知していないのかオズワルドはのんきに机の引き出しからシガーパンチを探していた。


「それなら私は今日彼の部屋に泊まっていたので無理だと思いますが?」


 だからこそはったりをかけた。


「だとしたら時間差で攻撃をかけることも可能ではないのか?」


 見つかったシガーパンチで葉巻の吸い口を作ろうとするがここで思い直し違う葉巻にするため葉巻を選びなおす。


「そんなの不可能ですけどね。それよりも遠隔操作の可能性を意識するべきだと思いますけどね。」


 オズワルドはエミリアがそういうと特に表情を変えることなく、これにするかといった感じで一本の葉巻を手に取る。


「だが、彼が関与している可能性は否定できない。それにキャスターのパイロットも足りないしな。丁度いいだろう。」

「彼をこの戦いに巻き込むと?」


 冷酷な声で尋ねられたオズワルドはそれに眉ひとつ動かさず淡々と吸い口を作る。


「関係ないということは無いだろう。実際に彼の友達が引き起こしたことに関係あるしな。だがまぁ、取り調べが終わるまで生きていたらの話ではあるがな。」

「あなたは、どこまで……!」


 エミリアが憤怒の表情になってもオズワルドは眉一つ動かさない。


「これは決定事項だ。将校、いや軍人ですらないお前に口を出す資格はない。用がないのならば去れ。」


 その言葉を受けて彼女は部屋のドアを開けて出ると持てる力を出し切って扉を閉める。

 

「全く。あの直情的なのは誰に似たのだか。」


 オズワルドは何事もないかのように見送る。


「それではこれから先の世界は生きていけないというのにな。」


 自身が若いときの姿と今は亡き友が映っている写真立てを見た。


「だが、私は間違っていない。貴様の息子、利用させてもらうぞ。アレニス。」


 そう、自身の信念を確認してオズワルドは葉巻に火を付けた。


 *


「貴様は一体どこまで知っている!」


 オリバー・パトンに何度目か分からない殴打を食らいながらアルバートは何とか意識を保つ。


「だから自分にはなにがなんだか……。」

「こちらで関係があることは分かっているんだ! いつまでシラを切る!」


 オリバーはそういってもう一度殴る。アルバートは歯を食いしばり耐えるがその顔ははれ上がっていた。


「強情な奴め! 吐け!」


 そういって殴られたアルバートは今度こそ意識を失う。


「クソ! また寝たか! あれの用意は!」

「ただいま持ってきました!」


 だがそのとき取調室に入ってくる人間がいた。


「その薬は禁止されているはずだが? オリバー・パトン中佐。」


 身長は百八十くらいある筋肉質の男だった。軍人としては平均的な身長・体形であった。しかしその顔は過去の激戦を潜り抜けて来たことが分かるほどに彫が深く、見るものを委縮させてしまうオーラがあった。


「ブライム・エイブラウ大佐……。」


 オリバーはその男を見て一瞬ひるむが直ぐに右側の口角のみを上げ黄色く黄ばんだ歯を見せる歪んだ笑みを浮かべる。


「容疑者に対して瀕死になるほどの暴力は禁止されている。それに加えて貴様、八つ当たりしているだろ。部下でも死んだ恨みか? いや違うな。そういう男ではない。」


 そう思考するようにブライムは言いながら部屋の中に目を張り巡らせる。すると机の上にある数枚の書類が目に留まった。


「アルバート・デグレア。デグレア……。まさか、貴様!」


 ブライムが凄みを増して問いかける。

 ブライムの問いかけにオリバーは沈黙する。そしてこれは肯定の意味でもあった。


「彼の身柄はこちらで保護させてもらう。」

「だが大佐。彼の尋問は閣下の意向だ。」

「尋問? 拷問の間違いだろ。それに尋問官が変わったところで問題はないだろ。」


 そう言われるとオリバーは黙る。

 恐らくブライムが具申すればオズワルドは認めるだろうということは分かっていた。

 今回オリバーを当てたのもたまたま防衛に当たっていたのが彼であったためだった。

 それなればここで何かを言うよりは黙ってやり過ごす方がいいだろうと判断したのだった。


「彼の身柄はこちらで預かる。それに新型の奪取に関しては俺の方で納得のいかないことも多い。」


 アルバートを解放するブライムをオリバーは少しばかり睨みつけるが止めることはしない。


「この件に関しては後で問いたださせてもらおう、無能。」


 ブライムは凍てついた瞳でオリバーを見る。


「果たしてお前にその権利はあるのかな?」


 だがオリバーはそれにひるむことなく、再び歪んだ笑顔でそう答えた。

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