第二話 始まりの日(2)
「アル!」
だがエミリアのこういう時の行動力は凄いものだというのを忘れていた。既に上の階から降りていた彼女はアルバートを探していたため彼を見つけた瞬間駆け寄った。
「大丈夫だったか、エミリア。」
「えぇ、あなたも無事でよかったわ。」
エミリアが駆け寄って抱き着いてくるのをアルバートは直前に手で押さえる。それに彼女は不満そうな顔をするが、そんなことを気にしている余裕は彼には無かった。
「とりあえず一度ここから出るぞ。」
「そうね。」
二人がほかの生徒と一緒に寮から出ると外ではキャスター同士の戦闘が始まっていた。
「なんだ? あの機体は。」
アルバートは外で戦闘しているキャスターを見る。
その戦闘は一機のキャスターと複数のキャスターの戦闘だった。
複数のキャスターは直線が多用された帝国の主力キャスターであるゼウスであるのは分かっていた。
しかし単機で戦っているキャスターは曲線が多用されていてそのフォルムは既存の機体とは全く違うものであった。そしてその動きも既存のキャスターとは圧倒的に違うものだった。
「あの機体は、まさか……。」
エミリアはなにか知っているかのように呟くが、アルバートはそれを聞き取ることが出来なかった。
それと同時に一機のキャスターが撃墜される。
続けざまに二機三機と撃墜していく。
そのうちの一機がこちら側に突っ込んでくる。
そこから落下地点が思ったよりも近いのでエミリアを連れて機体から離れる方向に走り出す。その数瞬後に機体が地面に落下する。
「エミリア!」
大きな音と同時にアルバートはエミリアを庇うように地面に伏せる。
周囲は土煙に覆われなにも見えなくなる。
「いっつ。」
アルバートの背中にも小さい瓦礫が当たる。だがそんなことよりも下にいるエミリアのが彼にとってはだいじであった。
「大丈夫か、エミリア。」
そう話しかける瞬間に舞ってた粉塵を少し吸ってしまい大きく咳き込む。同時にエミリアが粉塵を吸わないように彼女の口元にポケットに入ってたハンカチを当てた。
「ちょっと大丈夫?」
エミリアの問いかけに大きく頷くと、口元に洋服の裾を押しあて周りを見る。
落下したキャスターに押しつぶされた生徒はいなかったみたいだが、吹き飛ばされた生徒や腕が無い生徒などがいた。
墜落したキャスターはシェルターへの入口を塞いでいた。そしてキャスターからパイロットが降りてくる。負傷しているようで降りるとその場に座り込んだ。
空中に浮いている異形なキャスターは墜落した機体に関心が無いのか、上空で他のキャスターと戦闘をしていた。
「クソ。あのキャスターが邪魔だな。」
アルバートはそう言うと走り出し、キャスターの元に向かうと他の生徒と同じように機体によじ登りハッチの中を見た。
「デグレア。この機体動くか分かるか?」
その場所にいたクラスメイトに聞かれる。
「恐らくケーブル同士を直結すれば行けると思う。他の生徒たちをどかしてもらってもいいか? その後に試してこの機体を入口から退ける。」
「分かった。」
クラスメイトはそう言うと機体から降りて他の生徒を退ける。その間にアルバートは機体操縦に必要な予備ヘルメットをコックピットで見つけて被った後に起動できないかケーブルを直接つないでみる。
「よしスターターが起動した!」
すぐに機体からあふれ出てくるエネルギーを五感で感じ、被っているヘルメットを通じて脳波で調整する。
これで後は機体をどかすだけだと思った。
「あ、やば。ロックオンしちゃった。」
しかし先ほどまで戦闘をしていた機体のため、それはしょうがない出来事であった。
*
「こんなものか」
アイン・ダールは幼年学校近くにいたキャスターの部隊を破壊すると、本来彼がいるべきはずの基地に帰投するべく機体を反転させた。
「思ったより体力の消耗が大きくて疲れる機体だな。」
まぁ後は帰るだけだとしていたときだった。コックピットにロックされたというアラーム音が鳴り響く。
その音に振り返ると先程地上に落下したキャスターが動き始めていた。
「まだ生き残っているのがいたか。」
アインはライフルを向ける。その瞬間その機体はその場から逃げ出すように森の方へ移動する。
その必死になって森に移動しようとする様がアインには逃亡兵に見えた。
その光景に昔自分たちを守らずに逃げたキャスターを思い出す。あのときキャスターが逃げなければ彼の両親が巻き込まれて死ぬことは無かったのだと。
「お前のように逃亡するやつがいるから……!」
アインはそう逃げる機体にライフルを撃つ。しかし、その機体は攻撃を全てギリギリで避けていた。
そしてある程度森の中に行くとそのゼウスはライフルで反撃を始める。
「いいだろう。面白い。」
先ほどまでのゼウスの攻撃が逃亡ではなく付近の生徒を護るための行動だとアインは分かると挑みかかる。
そこまで高潔な精神を持ったパイロットであるのならば一対一で戦うのが礼儀であると。
アインは距離を詰めて肉薄し、両刃の実体剣を引き抜く。それを目の前の機体はギリギリで踊るように躱した。
その戦い方はアインにとってよく知った動きだった。
「この戦い方は……。まさか……。」
そう一人の親友のシミュレーションの動きが重なった。
*
「アブな!」
アルバートは異形の機体からの攻撃をギリギリで躱した。しかし、ライフルを破壊されてしまう。
そのため機体に搭載されていた実体剣を引き抜くと斬りかかる。それを異形の機体も実体剣で切り結んだ。
通常であれば互角であったであろう。しかし切れ味が違うのか、アルバートの乗るゼウスの剣は刀身ごと切られてしまう。そのため一度引くが、その出来た間合いを使って蹴りをする。それをもろに食らってしまい機体はバランスを崩し地面に激突し倒れ込んだ。
そして目の前の機体はアルバートの機体に馬乗りになると剣を突きつける。
『ここまでだ。アルバート。』
その声に彼は目を見開く。そして目の前の機体のコックピットからアインが降りてきた。アルバートも同じようにコックピットハッチから出て、アインを睨む。
「なぜ、その機体にお前が乗っている、アイン?」
「それは俺が連邦のパイロットだからだ。」
「俺を、俺たちを騙していたのか?」
「結果的にはそうなる。」
アインはアルバートの言葉を否定しなかった。
「友達だと思っていたのは俺だけだったのか!?」
「そうだ。俺には友達はいない。」
それだけいうと彼はコックピットに戻ろうとする。しかし入る直前に振り向く。
「次俺の前に現れたら殺す。」
「アイン! 待て! アイン!」
そんなアルバートの叫び声も虚しく、アインは機体に乗り込んだ。
戦歴2234年の10月に発生した新型機奪取事件、累計で五年以上も続く一連の戦争を引き起こす始まりの日だった。
*
「これが帝国の新しいキャスターか。全くオズワルドめ。面倒な機体の寄越させ方をする。」
曲面が多用されたキャスターを目の前に、連邦七家門の一人にして連邦軍総司令、エフゲニー・バラノフはそのひげを綺麗に切りそろえた口角を吊り上げる。
「それでアイン・ダール少尉。機体の方は扱いやすかったか?」
コクピットから降りてきたアインを見て尋ねる。
「いえ。性能はよかったのですがどうにも操作のほうが……。」
「当分の間は調整か。」
特にそれを残念がることなく言うエフゲニーをアインは少し疑い気に見る。
「それにしてもこの機体は一体なんなのですか?」
そう、エフゲニー・バラノフ親衛隊の隊長であり、アインが所属している小隊の小隊長であるロマン・ベロワが疑問を口にする。
「帝国の試作キャスター、天使シリーズ。機体名はウリエルというらしい。」
「ウリエル……。」
アインがそうつぶやいて機体を見上げる。
「そうだ。そしてもしカタログスペックが出れば性能だけで現行のキャスターの数倍の性能が出る。」
「先程はそこまでの性能を感じませんでしたが。」
アインは先程の戦いを思い出して言う。
「これはまだ未完成だ。そしてそれを完成させるのが私のところで研究している新型のコクピットだ。」
「それで性能が引き出せるということですか?」
「そういうことだ。だが適性が無ければ乗ることすら叶わない。少尉が望むなら適正審査を行うがどうする?」
(これで上に上がることができるなら……。)
その時にアインの心は決まった。
「お願いします。」
バラノフはアインを見て嬉しそうに口角を吊り上げた。
*
アルバートは目を覚ますと白い天井が見えた。
「ここは?」
一瞬どうしたんだっけとぼんやりした頭で考える。
「アル!」
だが、その瞬間にエミリアが抱き着くので一度起き上がりかけた体がベッドに引き戻された。
「いった。ちょい待って。これなに? 滅茶苦茶痛いんだけど。いや、まって俺なにやったの? 確かキャスターに乗って……。」
「あ、ごめんなさい。因みにだけどその傷は寮の破片が刺さってたからよ。幸いにも浅かったからあなたも気づいてなさそうだったけど。」
「お前の方は無事なのか?」
そう言いながらもエミリアに外傷が無いか確認する。見たところ包帯とかは巻いていなかった。
「えぇ。私の方は問題ないわ。守ってもらったし。」
エミリアはそう言うとアルバートの頭を撫でる。
「でもあなたの方は入院することになったわ。」
「どれくらいになりそうなんだ?」
「二日よ。」
「そうか。それでなんで俺は病院に運ばれたんだ? 確か機体に乗ってたと思うんだが。」
「正確に言うなら運ばれたじゃなく捕らえられた、ね。」
アルバートがそう尋ねた瞬間エミリアの顔が一気に曇る。
「そしてここは軍の、いや、アークウィン家所属の病院よ。」
「アークウィン家?」
アークウィン家。それは帝国軍の七人いる辺境伯の一人であり、彼らが通っている幼年学校を擁立している基地を管理している家であった。普通であれば一般の病院に行くだろうに何故軍病院なのだろうとアルバートは不思議に思う。
一方でエミリアはアルバートが今まで見たことが無いくらい真剣な顔だった。
「アル。落ち着いて聞いて頂戴。」
真剣な顔ではあるが声音は優しかった。
「どうした急にそんな顔をして。」
「あなたにスパイ容疑がかかっているのよ。」
「スパイ?」
アルバートは急なことに思わず眉を潜めて尋ねる。
「急に言われてまだ理解できないと思うけど、本当のことよ。」
「だがなんでそんなことに?」
のどの渇きを感じながら少し震える声で理由を聞く。
それと同時にエミリアの曇っていた顔がさらに曇り声のトーンが落ちる。
「あなたも分かっているでしょ? アインがそうだったから。」
「アインが……。そうか。確かあいつに負けて俺は……。」
「そうね。麻酔銃で確保されてたから。色々と頭が混乱しているだろうけど。」
というかそれならなぜエミリアはここにいるんだろうか。
「アインはどこのスパイだったんだ?」
「連邦よ。そしてアインが機体を奪取して数時間後に連邦から宣戦布告があったわ。これなら嫌でもそうなるでしょ。」
「連邦と開戦?」
エミリアはゆっくりと頷いた。
「そういえば皆はどうなった? 寮に攻撃を受けたときに結構被害が……。」
アルバートは数時間前の惨劇を思い出す。アインが寮を撃ったときにあちこち破片が飛んでいた。
「実態はまだあまり分かっていないわ。ただ今のところ死者はいないとは聞いているわ。ライフルも榴弾ではなく徹甲弾で撃ったらしいから。」
「そうか。それならまだいいか。」
そう思っていると部屋にノックが響く。
「誰だ。」
エミリアが普段と違う冷たい声で聴く。
『オリバー・パトン中佐であります。』
それと同時に扉が開く。入ってきたのは27くらいの男のほかに数人いた。
「なんの用だ、中佐。」
それは普段聞くエミリアとは全く違う声だった。
「容疑者の拘束であります。」
「まだ彼は起きたばかりだ。それに加えて医師からも入院が必要だと言われている。」
「しかしことは重大です。たとえオズワルド・アークウィン大将のご息女だとしても軍の決定には逆らえません。」
「誰がヴィンディッヒ条約を無視するような指示を出した!」
エミリアはそう冷たい声を出した。その声にアルバートは思わずひるむ。
「閣下です。」
しかしオリバーは特に臆することも無く答えた。
そしてエミリアもそれを聞いて舌打ちをする。
「しかし、どちらにしても今は駄目だ。安静にしろと言われている。」
「ですが私の部下にも被害が出ています。そんなことは許されません。」
オリバーは苛立った声でそういいアルバートを強引に連れ出そうとする。
「待て!」
エミリアがそういって引き留めようとする。
「失礼します。」
しかしオリバーと一緒に入ってきた数人のうちの一人の女性がエミリアを取り押さえた。
「離せ!」
エミリアがそういって阻止しようとするもオリバーは淡々と作業を進めていく。
「大丈夫だ、エミリア。これくらいなら。」
正直怖かったがエミリアを安心させなければと思いその言葉が出た。しかしそれが不味かったのだろう。
「スパイごときが!」
オリバーはそういってアルバートを思い切り拳銃の銃床で殴った。
アルバートの意識はここで再び途絶えた。
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