第0章 全ての始まり
第一話 始まりの日(1)
夢を見ているとアルバート・デグレアは自分で気付く。いつも見ている夢だった。
まだ五歳にもならない幼子だった彼は、戦争に行くべく立ち上がった父の足に抱きついて離れようとしなかった。既にズボンは彼の涙と鼻水で見たくもない有様になっていたが、父は笑っているだけだった。
「アルバート。お前はもう少し強くなればいいのになぁ。」
アルバートの父親、アレニス・デグレアがそう言って笑うと彼を抱き上げた。既に母親や身寄りがいない彼にとっては父のみが唯一の家族であった。
「まぁ、戦争が終われば帰ってくる。数ヶ月の辛抱だ。」
それを聞くととても長い日数のため、アルバートは更に大泣きした。
十七の今でも長いと思うが、子どもの数ヶ月はもっと長いと思う。
その辺の発想力は持ち合わせていない父ではあった。
「それじゃあ、息子のことよろしくお願いします。」
アレニスは教会のシスターにアルバートを預ける。
「それじゃあ行ってくるよ、アルバート。いい子にしてるんだぞ。」
そういって父アレニスは背中をむけた。
それがアルバートが見た父アレニスの最後の姿だった。
*
目を覚ますとそこは教室だった。
「十年前に起きた第五次大戦により国家は現在のドミニア帝国とエニシエト連邦、アウスール連合の三つの国家に集約された。」
前を見ると教師が黒板に書いた解説を読んでいた。
今から二百年前に起きた第三次大戦にて登場したキャスターと呼ばれる人型魔術兵器、そしてドミニア帝国、エニシエト連邦で名を上げた、それぞれ七人のパイロットがいた。その後その十四人は侯爵となりそれぞれ与えられた領地にてキャスターの開発研究、そしてパイロットの育成に精を出していた。アルバートが通う高校もその一つだった。
アルバートは授業を退屈だなと思いながらも時間を見ようと思ったらチャイムが鳴りお昼休みの時間に入ろうとする。
だが授業は終わらずまだ講義が続く。
アルバートは教師に対し時間管理くらいしろよと思うが文句を言えるほどの度胸は持ってないので授業を聞くしかなかった。
そして延長された授業を終えて教科書をしまっていると肩をツンツンとつつかれた。
「ねぇ、アル。早く学食にいきましょう。」
「相変わらず準備いいな、エミリア。」
アルバートは椅子から立ち上がり振り返り、エミリアの顔をまじまじと見た。
白い肌に紺色の瞳。まつ毛は長く、チークとかを塗っているのだろうか、頬はほんのりといい塩梅で紅くなっている。彼女自慢の腰まである長い金髪もカールを巻いていて全てが完成され尽くしていた。
そしてそんな彼女を見てアルバートはため息をついた。
「身長があと五センチは欲しかったな。」
エミリアの瞳を見上げてそう呟く。アルバートの身長は百六十二センチ、エミリアの身長は百六十五センチとアルバートのが身長が低かったのだ。
「いきなりどうしたの?」
「なんかふと悲しくなってきただけだ。エミリアは身長高い人のがいいんだろ?」
「相変わらずコンプレックス凄いわね。」
「ほっとけ。本当になんで俺と付き合おうと思ったのか。もっと身長高い人にすればいいのに……。」
アルバートは後半から愚痴のように小さく言ってエミリアを置いて移動する。
そうすねているアルバートにエミリアはあのときのことかと思い出す。
「あのことは悪かったって言ってるじゃない。」
エミリアは後ろからついてきて謝罪と判断できるか難しい言葉を投げてくる。
「だから怒ってないって。気にしてるだけだ。」
「あ、うん。何かごめん。」
これは機嫌が治るまで時間がかかりそうだなとエミリアは思う。
本当に軽く言っただけなのだ。デートの時にもう少し身長があればいいのにと。そう、本当に後もう少し、五センチくらい身長があればいいと思ったのだ。だからシークレットブーツなんてどう?と提案したのが余計な一言だったかもしれない。
「まぁ小さい方がかわいくていいじゃない? ね?」
そう慰めてくるエミリアをアルバートはジト目で見ると席を立つ。
「行くぞ、アイン。」
アルバートは椅子で教科書をしまっているプラチナブロンドの髪の男に話しかけた。
「あぁ、分かった。少し待ってくれ。」
アインは学校の通学用バックからすぐに財布を取り出し立つ。
背筋をしっかりと伸ばしながら立っているアインを見て、身長が百七十五あるということを思い出して、アルバートはため息をついた。
「それでアルバート、あれはどうなんだ?」
「部活で使う例の二足歩行ロボットのことか? それなら完成した。設計データは後で見せる。キャスターのシュミレーターの武器選択ならば後もう少し時間がかかりそうだ。」
「別にお前のシュミレーターの装備なんて興味はない。」
そう心底興味ないように言う。
「まぁそういうなって。」
アルバートはそう言いながら手元の小型携帯端末を操作し、空中に文字を表示させるホログラフィックモードにするとアインにシミュレータの装備を見せつけた。
それに対しアインも興味ないと言いながら見ていた。
「また随分と操縦技術が入りそうな武装を選択したな。」
「今度のシミュレーションの設定は川の近くだから霧とか水しぶきが発生しやすいしな。そうなると水蒸気とかに弱いプラズマ系の装備よりも実弾系の装備のがいいだろう。」
「だけどアルならもうちょっと弾速が早いライフルのがよくない?」
アインとアルバートの話にエミリアは加わり、次の授業のシミュレーションで使う装備について話を始める。
彼ら三人はキャスターを操縦する空軍の幼年学校に通っていた。
そのため授業のカリュキュラムは一般的な学生が受ける通常のものに加え、軍事的なものもあった。
キャスター、そう呼ばれる人型の二足歩行の兵器。それはこの時代の戦争では必要不可欠な兵器であった。
二足歩行の兵器はこのキャスターが生まれる前に既に存在していた。しかし、操縦が複雑な割にそこまで戦果をあげることはできなかった。
そのため人型の機動兵器は登場して百年足らずで廃れていき存在できないかと思われた。しかし、そんな状況をひっくり返す兵器が出てきた。
それがキャスターであった。その兵器は限られたパイロット、魔術師と呼ばれる者たちが搭乗することで従来の兵器とは次元が違う世界に立つ。
既存の兵器からの攻撃を一切受け付けない圧倒的な防御力と戦艦の主砲に匹敵する武器を有し、航空機を超える速度で全領域を行動することが可能であった。
但し、その機体を扱えるパイロットは少ないため、適性がある者は全員幼年学校に通うことが義務化されていた。
アルバート、エミリア、アイン。三人はその限られたパイロットに含まれていた。
*
「ねぇ、アル。遊びに行こうよ〜。」
幼年学校の寮の門限は午後六時であった。授業が終わってまだ二時間もあるので、エミリアはアルバートをそう遊びに誘う。
アインと話をしていたアルバートはそれを嫌そうに振り返る。
「いや、今日は部屋でゆっくりと休ませて。」
「いいじゃない。ちょっとぐらい付き合っても。というか、今日なんか新しいプラモの発売日とか言ってなかった?」
「悪い、アイン。今の話明日でもいいか?」
アルバートはすぐに立ち上がった。
「あぁ。別に今急いでするような話でもないから別にいいけど……。」
アインがそう言うと急いで帰る準備をしていた。
そんなアルバートを見てエミリアが小声でアインに話しかける。
「アイン。私たまに思うのよ。アルって本当に私のこと好きなのかなって。」
「それに関しては俺が保証しよう。あいつは普段あんなこと言ってるが、お前がいないと惚気話しか聞かされない。だからその心配はいらないと思う。」
「そう。それならいいけど。」
「その代わりあいつを離すなよ? 離したら自殺しかねんぞ。」
「いくらなんでもそこまで弱くは無いでしょ。」
「どうだか。お前が一回突き放したときの焦燥具合知ってたらとてもそんな言葉は出てこないと思うがな。」
アルバートが準備を終えてエミリアを呼ぶと彼女は彼の元に向かう。
「それじゃ、アイン。また明日。」
「あぁ。また明日。」
アインはエミリアを見送ると椅子に座る。
「また明日か。」
窓の外を見る。
「作戦開始は明日か。ここでの生活もこれで終わりだな。」
*
カーテンの隙間から朝日が少し差し込むよく晴れた朝だった。その朝日によって強制的に目を覚まさせられたアルバートはまだ起床時間まで時間があるかと二度寝を決め込む。しかし直後に外で響く大きな音に一瞬だけ目を開ける。
「なんだ?」
アルバートは一旦時計を見て起床時間までまだ時間があるかともう一回確認すると布団でまどろむ。しかし直後に大きな振動が起きたことで飛び上がる。
同時に寮にサイレンが鳴り響く。すぐにそれが昔、何回も経験していた空襲の音だと判断する。寝間着であるジャージのまま近くにある携帯端末に手を伸ばす。
「圏外か。」
だがそもそも連絡を取らずともエミリアには会えるかと考えると近くにあったスニーカーに足を突っ込み部屋のドアを開ける。
寮の廊下には先程の爆発音と警報でみんな出てきており、アルバートが最後の一人であった。
『寮生の皆さんは急いでシェルターに避難してください。』
この日に起きたこの戦闘が全ての始まりであった。
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