第99話 思い出作り+お知らせ
今、俺の手は凪に支配されていた。
凪の太腿に腕は固定され、手のひらは彼女の手にしっかりと掴まれる。
その表情は真剣そのもの……なのだが、時折手のひらを撫でられるのはとてもくすぐったい。
そして――
「……蒼太君、綺麗に塗れましたよ。見てください」
「ああ、ありがとう。凄く綺麗に出来てる」
「まだ乾いてないはずなので、しばらくは触らないようにしてくださいね」
「分かった」
蒼い、海のような色をしたネイル。それは凪の瞳と似ていてとても綺麗な色だった。
「……本当にありがとうな、凪」
「どういたしまして。ですが、私のお願いでもありましたからね」
帰ってきて、早速塗ってみようという話になり。凪に提案されたのだ。『最初は私が塗ってみたいです』と。
……正直、ネイルに関して知識はからっきしである。ネイルケアなどをしっかりと行っている分、凪の方が詳しいだろう。
それに加えて、凪は西沢と羽山から詳しい塗り方を聞いていたらしい。
そういう理由があって、凪にお願いした訳である。
「……」
そして凪も、今度は自分のネイルを塗っていた。とても真剣な表情で。
それをじっと眺める。
蒼い瞳はまっすぐに自分の手だけを見ていて、時折する瞬きは長い
いつまでも見ていられそうだ。
「よし、終わりました。蒼太君、どうですか?」
……本当に終わるまでずっと見てしまっていた。
笑顔と共に凪は手の甲を見せてきて――少しだけ驚いてしまった
黒のネイル。それは俺の髪や瞳と同じ色だ。
とてもよく見慣れた色。そのはずなのに、凪が塗ると――その真っ白な肌や髪も相まって、ギャップがある。
つまり――
「凄く、似合っていて綺麗だと思う。その、なんて言うか……いつもと違うベクトルの綺麗さだ」
何だろうか。あの、凪と学校外で初めて会った時のような感覚だ。
いつもと違う可愛さ。また新しい一面を知れたようで嬉しくなる。
「ふふ、ありがとうございます。蒼太君もおしゃれでかっこいいですよ。いつもと違った良さがあります」
凪が自分の手を見て、次に俺をじっと見つめる。
「ふふ、お揃い。嬉しいです」
「……俺も嬉しい」
その蒼い瞳と同じ色という事が、彼女と同じ色を持っている事がどうしても嬉しくなってしまう。
「蒼太君、一つお願いがあるんですが」
「ん? なんだ?」
凪が爪を気にしつつ、丁寧な所作で机の上からスマートフォンを取る。
「写真、撮りたいんです。光ちゃんと霧香ちゃんから出来れば写真を送って欲しいと頼まれてて。私も撮りたいなって思って」
「なるほど、分かった。後で俺にも送って欲しい」
「もちろんです!」
そして、俺と凪は鏡も活用しつつ写真を撮った。
まずは二人の手を撮って、次に内カメにして二人で。
鏡越しに撮って――全身を映せる大きな鏡越しにも一枚撮った。
「なんだか楽しくなってきちゃいました。……思えば、ここではあんまり写真、撮ってませんでしたね」
「そういえばそうだな」
最近忙しかった事もあって、すっかり忘れていた。
「一つ、思いついた事があるんですが」
「ん?」
「あと一週間、お互い好きな時に写真を撮って良い、という事にしませんか? 私は蒼太君にいつ撮られても大丈夫です」
「……良いな、それ」
期間は短いが、凪と初めて二人で暮らした家なのだ。ここに住むのは必要な事だったとは言え、思い入れがある。
「も、もちろん公序良俗に反するものは……その、だ、誰にも見せないんだったら良いですけど」
「だ、大丈夫。その辺りはちゃんと
さすがにそういうのを撮るつもりはない。何かあったら怖いから。
「エプロン姿とか、本読んでるところとか。そういうところを撮りたいな」
「そう、ですね。私も蒼太君がお勉強をしているところとか、写真を撮りたいです。……あと、眠っているところも」
「眠っているところ……? って俺が、だよな?」
凪の目が泳ぎ、ほんの少しだけ逸らされた。
「ええと、その……蒼太君の寝顔が好きでして。もちろん嫌なら……無理は言いません」
「……なるほど。別に良いけども」
「い、良いんですか?」
「そりゃまあ、凪がそう言ってくれるんだったら。……凪こそ、さっき誰にも見せないなら、って言ってたし。俺も似たような気持ちだよ」
さっきの言葉を返せば、凪が顔を真っ赤にしながら頷いた。
「では。朝、蒼太君が眠ってる時にでも撮らせて頂きます」
「……あ、ああ」
ただ写真を撮って思い出に残しておくのかと思ったが、この反応からして――いや、これ以上考えるのは凪の尊厳に関わるからやめておこう。
ほんの少しだけ恥ずかしくなって目を逸らしていると、凪があっと声を上げた。
「二人から連絡が来てました。……ええっと、霧香ちゃんは巻坂さんと一緒に居たみたいです」
「瑛二も見たんだな。それは別に大丈夫だ」
「そうなりますね。そう言ってくれると助かります。……ふふ、みんな喜んでくれてます」
凪がスマホを俺に見せてきた。
『めっちゃ可愛いじゃん! お互いの色交換してる感じいいなー!』
『すっごい雰囲気変わるね。それに楽しそう』
その返事を見て、そしてニコニコとしている凪を見ていると自然と頬が緩む。
「似合ってるみたいで良かった」
「はい! ……今度は塗った後、一緒にお出かけしましょうね!」
「そうしよう」
それで、その時はまたたくさん写真を撮ろう。思い出はいくらあっても良いのだから。
◆◆◆
「蒼太君、まだ起きてますか?」
「起きてる」
その日の夜。明日は学校なので早めに寝ようと思ったのだが、中々眠れない。
凪も同じようで、ふと話しかけられた。
「昨日、言ったじゃないですか。……色々始めようと思ってるって」
「ああ、言ってたな」
隣で凪がもぞもぞと動いて、こちらを向いてくる。俺も顔を凪へと向けた。
「少しだけ緊張してるんです」
暗闇に慣れた瞳に映ったのは、凪の真面目な表情。
緊張、か。珍しい気がするけど、それだけ不安もあるのだろう。
「おいで、凪」
「……! はい!」
腕を広げると、凪が胸に入り込んでくる。
髪を
「凪が何をするのかは分からない。でも凪が緊張するって事は、それだけ新しい事なんだと思う」
「そう、ですね」
「やっぱりそうなんだな。でも大丈夫だよ、凪なら」
何も根拠なく言ってる訳じゃない。
「凪は色んな経験をしてきたと思う。日本舞踊はもちろん、茶道に華道。多分、俺が知らないだけで他にもたくさんあるはずだ」
宗一郎さんからも色んな話を聞かされてきたはずだ。それは凪に知識として身についていると思う。
「知識も経験も人一倍ある。それはどんな時でも役に立つよ。これから先もずっと」
知識も経験も、そして積み重ねてきた努力も。どこかの場面で活かされるだろう。
努力の経験。成功の経験。失敗の経験。全部大切なものだと思う。……俺自身、経験が少ないから凪に言うのも少しおかしいような気がするけど。
それでも、こういう時は背中を押す……というか、支える事が大事だと知ったから。
「だから、大丈夫だよ。もし頑張るのが辛くなったら、俺も必ず力になる。それに、凪がしてくれたように……支えるよ」
「……ふふ」
笑いと共に漏れた吐息が肩をくすぐる。ほんの少しは緊張が解けたようだ。
「蒼太君」
力が緩められ、彼女がしたい事を察してこちらも力を抜く。
少しだけ凪が離れ、ぴとりと額を当ててくる。そして――唇が重ねられた。
強く感じる甘い匂い。唇の柔らかさ。
心を満たしていく、幸せな気持ち。
手のひらを重ねると、ぎゅっと指を絡めるように握られた。
「……ん」
一瞬だけ離れて、目を合わせる。暗くてもお互い見えているようだ。
また唇が重なった。少しでも凪と触れていたくて、彼女と体を密着させる。
そんな時間が――多分、十分以上続いた。唇が離れると、凪が小さく笑う。
「どきどき、してますね。私も、蒼太君も」
「……そうだな」
「もう緊張、なくなっちゃいました」
「それなら良かった」
凪が更に近づいてきて、今度はまたさっきまでのように肩に顎を乗せて抱きしめてきた。
けれど、さっきとは違う事もある。それは……ドクドクと強く脈が打っている事。
「不思議、です。蒼太君をぎゅってしていると、安心するのに。もっとどきどきして、好きって気持ちが溢れ出ちゃいます」
「……同じだ」
凪の体温。匂い。それら全てが安心するものなのに、心臓は静かにならない。
「大好きですよ、蒼太君」
「俺も大好きだよ、凪」
首筋に柔らかいものが当たって、小さくリップ音が鳴る。同じようにこちらも首筋へキスをした。
「おやすみなさい、蒼太君」
「ああ、おやすみ。凪」
そして、目を瞑ると……凪の吐息が耳をくすぐった。
「明日、しましょうね。その、昨日は忙しくて出来なかったので」
具体的な事は言わない。それでも何の事なのか分からないほど鈍感じゃない。
「ああ、しよう」
小さく頷くと、凪は安心した様子でぎゅっと抱きつく力を強くした。
……こういう誘いも俺から出来るようにしないといけないな。
――――――――――――――――――――――
あとがき&お知らせ
皐月です。今回のあとがきは自我が出まくっております。ご了承ください。
5月10日に発売される本作ですが、遂にカバーイラストが公開されました!
みすみ先生による可愛くて美しい凪ちゃんです!
先程更新した近況ノートでもこちらのイラスト、掲載しております!(編集様から許可を頂きました!)
また、電撃文庫様のX(旧Twitter)やサイトからも見れますので、ご覧頂ければなと思います!
氷姫の予約も開始しておりますので! よろしくお願いします!
氷姫、書籍でも出来るだけ長く続いて欲しい……と思っております。予約や書店、もちろん電子書籍等でも買って頂ければとても嬉しいです。
凄く面白い作品となった自信がありますので、よろしくお願い致します!
それと、皆様に一つアンケート……というか、ご相談したい事があります。
受賞記念に更新した「蒼太君と凪ちゃんが小学生の頃に出会っていたIF」のように、書籍が発売した時も何かIFを書きたいなと思っております。その時はまた毎日更新をする予定です。
元々「蒼太君と凪ちゃんが出会わなかったIF」を書こうと思っていたのですが、かなり重ためな話になる予定(ハッピーエンドにはなります)でして。
こちらを書きたさもあるのですが、話が重たすぎるのと、宗一郎さんが本編以上にめちゃくちゃ悪者になってしまうな……と。
他に何かこういうIFが見たい等があれば教えて頂けると参考になります!
それでは、また何か情報があれば今のようにあとがきか、近況ノートにてお伝えしたいと思います!
5月10日をお楽しみに!
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