第98話 久しぶりの外デート
「おはようございます、蒼太君」
「……おはよう、凪。待たせたな」
「私のわがままでしたから。……それより蒼太君、今日の格好はどうですか?」
凪がくるりと回ると、ふわりとスカートが宙に舞う。
今日の凪は真っ白なクリーム色のコート。そして、厚手のスカートを履いていた。寒くないのかと思ったが、下はタイツを履いているらしい。
「ああ、似合ってると思う」
「可愛い、ですか?」
「……可愛いと思う」
久しぶりのデートという事もあって、少しだけ外でその言葉を出すのに躊躇ってしまった。
良くないな。こういうのはすぐ言えるようにしないと。
「ありがとうございます。蒼太君もかっこいいですよ」
「ありがとう」
凪の頬がうっすらと桃色に染まる。
手を差し出せば、きゅっと指を絡めるように握られた。
「それじゃあ行きましょうか、蒼太君」
「ああ、行こう」
今日は久しぶりに凪とデートをする日だ。やっと自由に凪と出かけられる。……念の為、警護は付いてるらしいが。以前ほど露骨ではない。
離れないようにしっかりと手を握って。俺達は歩き始めた。
◆◆◆
「色々種類があるな」
「ありますね。お値段もお手ごろです」
凪と来ていたのはそこそこ大きめのコスメショップであった。以前約束していたネイル……マニキュアを見に来たのである。
裕太さんや西沢と瑛二、羽山に良いお店はないか聞いてみたところ、みんなここをおすすめしてきた。
化粧品……の定義が俺自体そこまでよく分かってはいないのだが、このお店は化粧品や美容品、ネイル関係の品も数多く揃えている。そして値段も学生向けとの理由があった。
実際、俺と凪でも十分買えそうな値段である。……来月からは俺のバイト代もあるしな。
「色んな種類がありますね。こちらはキラキラしてます」
「ラメ入りなんだろうな。あっちはネイルアートか」
「初心者なので、そちらはまた今度にしましょうか」
「そうだな」
まずはシンプルなものから、だな。
凪がじーっと商品棚を見つめ、続いて俺を見た。
「蒼太君はどんな色が好きですか?」
「んー……蒼色とか。海みたいな深い蒼」
「そうでした……か……」
一瞬目が商品棚に行ったものの、すぐにこちらに戻ってきた。
海のように深い蒼の色をした瞳。それがじっと俺を見つめる。
「もしかして、私の瞳の色ですか?」
「……そうだな」
その蒼い瞳を微笑みながら見つめ返す。
どこまでも沈んで行きそうなくらい蒼く、深い海のような瞳。
「……ふふ、そうでしたか。嬉しいです」
その瞳に明るい光が差し、嬉しそうに目が細められる。
「では、蒼太君は……こういう色、ですかね」
「そう、だな。ありがとう」
凪が取ったのは蒼い小瓶。それを受け取ってじっと見る。……うん、この色が凪の瞳に一番近い。
「となると……私はどの色が良いでしょうか」
「凪は好きな色とかないのか?」
「そうですね。色々と好きな色はありますが」
凪が手を伸ばし、一つの色を取った。
それは――黒。結構意外な選びだったので、目を丸くしてしまう。
「……私の髪って白いじゃないですか」
凪が背中に伸びていた髪を前へと流す。
サラサラと雪のような色をしたそれはとても綺麗で、つい手を伸ばしてしまいそうになる。
「たまに思うんですよ。……黒、蒼太君とお揃いの色だったらな、って」
「……凪」
「いえ、この髪も肌も……瞳の色も好きですよ。隣の芝は、という事です」
「じゃあそれにしよう」
凪が頷き、こちらを見てニコリと笑う。
そして、黒のマニキュアを一緒にカゴへと入れた。
「後は……お店のおすすめをいくつか買って行きましょうか。蒼太君も他に好きな色があれば買っていきましょう」
そうして二人でしばらくの間、色々な商品を選んだのであった。
◆◆◆
マニキュアやネイルケア用品などを買って、午後。まだ帰るのは早いということで、凪と書店巡りをしていた。
「本屋、久しぶりな気がします。以前は毎週のように来ていたんですが」
「お互い趣味に掛ける時間も減ってたもんな。それが悪い事とも言えないが」
あのマンションに居る間、俺も凪も本はあまり読まなかった。テレビはつけていたものの、一番よく見ていたのはニュースだったし。
「これからは読む時間も増えるはずですからね。……あ、新刊出てますね。この方の作品、全て面白いんですよ」
「この名前……前に借りた本の作者だよな。ミステリー恋愛作品の」
「……! 覚えてくれてたんですね! はい! その方の作品です!」
最後のどんでん返しが凄くてよく覚えている。本文もかなり読みやすく、するする読めた記憶だ。
「それなら俺も買って読もうかな」
「はい! 読んでまたいっぱいお話しましょう、蒼太君!」
ぎゅっと手を握る凪。それだけ嬉しかったのか頬が少し赤くなっていて、唇の端が持ち上がっている。
「他にもおすすめの本があったら教えて欲しい。俺も色んな本、読んでおきたいから」
「そうなると……こちらの作品は専門家の指導もあって、かなりリアリティの高い作品となってますよ」
とんとんと弾むような足取りで一冊の本を取ってきて見せてくる。その本のタイトルはどこか見たことがあって……
「あ、これ今映画やってるやつじゃないか?」
「知ってたんですね。はい、そうです。書籍とは大きく異なる展開らしいんですが、原案は同じ作者の方でとても好評だとか」
「なるほど。……ちなみに原作のネタバレには?」
「ふふ。書籍を読んでから映画、そして映画から書籍に移っても面白いと評価がたくさん付けられてました」
なるほどなと頷き、凪から書籍を受け取る。
「話を聞いてたら行きたくなってきたな。本屋を見終わったら見に行かないか?」
「行きましょう、蒼太君」
遠回しに映画のお誘いをされていた、という認識で合っていたらしい。
調べてみると、まだ上映されるまで時間があるようで。折角なので凪から色々な作品のプレゼンを聞いていた。
「わ、私ばっかり話してましたね」
「楽しかったから大丈夫だよ」
「そういう訳にもいきません。……実は私も最近、漫画とか気になってきたんです。次来た時は蒼太君が好きな作品について教えてくださいね」
凪が肩を寄せてきて、ふわりと甘い匂いに鼻をくすぐられる。同時に腕に……当たっていた。
「……ああ。でも凪、少し距離感近くないか?」
「そうですか? いつもこれくらいじゃありませんでした?」
……そうだっけか。あれ、ちょっと最近凪とは家で一緒にいる事が多かったから分からなくなってるな。
「それに、恋人……婚約者ならこれくらいの距離感でも大丈夫だと思います」
「……そうか?」
「はい。大丈夫ですよ」
「その……当たってるんだが」
遠回しに伝えようとして、彼女は小さく笑う。
「今更、ですよ」
そう言いながらも耳が赤くなっていて……これ以上は何も言えなかった。
だがそれはそれとして、少しずつ今までの距離感を思い出さないといけないな。
……家に居る時よりずっと、心臓の音がうるさくなっていた。それは彼女も同じようだったが。
◆◆◆
「〜〜♪ 今日はお肉が安いですね。思い切ってステーキにしちゃいましょうか」
凪は楽しそうに鼻歌を歌っている。更に機嫌の良さが増しているのは……映画を見たからだろう。
もう、凄かった。凪曰く登場人物にそれほど違いはなかったのだが、小説を読んで少しむず痒かった部分が全て最高のタイミングで消化されたらしい。
更に、小説の展開を読んでいたからこそ楽しめた部分もあるらしく……映画を見てから読むのも凄く面白くなるはずだとも言っていた。
とにかく、凄く面白かったのだ。
そして、帰る前に夕飯の買い物までして行こうという話になった。
「そうなると、付け合わせは……コーンスープとサラダで良いですかね。蒼太君は他に食べたいものはありませんか?」
カートの持ち手を握っていた手にそっと触れるようにして、凪は聞いてくる。
「いや、大丈夫。丁度良い量だと思う」
「分かりました。では、後は……牛乳を切らしていましたね。行きましょうか、蒼太君」
そうして凪は俺の手ごと持ち手を握り、歩き始める。
「……触れてたいんです、蒼太君と」
小さく凪は呟いて、指の間に自分の指を挟みこもうとしてくる。
……ぐっと心の奥から込み上げてくるものを飲み込み、持ち手を強く握った。
「同じ、だな」
「……!」
小さく呟くと、凪が目を見開いて。満開に咲いた花のように明るい笑顔を見せた。
「では、もうちょっとだけ」
そっと凪が近寄ってきた。触れるほどではないが、彼女の体温を感じられるくらいの距離。
「蒼太君との久しぶりのお買い物、楽しいです」
「ごめんな。色々忙しかったとはいえ、最近一緒に行けてなくて」
「いいんですよ。今こうしてお買い物出来てるんですから」
それに、と。凪が手をぎゅっと握ってきた。
「たまに行けるからこそある楽しさもあるんですよ」
「なるほど」
その言葉はお世辞という訳でもないらしく、素直に頷いた。……しかし、それはそれとして。
「買い物、また誘って欲しい。凪が一緒に行きたい時にでも」
「もちろんです。お休みの日は誘いますね」
買い物をするのは楽しかったから。隣を見ると、その目が嬉しそうに細められる。
「これから忙しくなるとは思いますが、その分いっぱい色んなことをしましょうね。蒼太君」
「……ああ。帰ってからも、な」
「お揃いのネイル、楽しみです」
手のひらを上にするように左手を向ければ、凪が指を絡めるように握ってくる。
久しぶりのデートはとても――とても楽しかった。
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