第85話 悪戯心
「おじゃまー!」
「しまーっす!」
「お邪魔します。……外観もそうだけど、中もめちゃくちゃ広くない?」
三人は順番にそう言って中へと入っていった。続いて俺も中へと入る。
「いらっしゃいませ、御三方。そしておかえりなさい、蒼太君」
「ああ、ただいま」
休日。三人が遊びに来たいという事なので、俺が下まで迎えに行っていたのだ。
「おお! 凪ちゃんエプロンじゃん! やっぱ似合ってるね」
「やば! ちょー似合ってる!」
「ふふ、ありがとうございます。光ちゃんとは調理実習で一緒でしたからね」
凪の言葉にああ、と一人で納得をする。そうしている間にも瑛二は驚いていた。
「すげえな。人の家って感じがする」
「そりゃそうだろ。俺でもまだ慣れてないんだからな」
未だに玄関に置かれている芳香剤の匂いには慣れないものだ。良い匂いなんだけども。
凪が俺と瑛二のやり取りを聞いて笑い、中へ入るよう促す。
「ホットケーキ焼いたんです。食べませんか?」
「食べる!」
「甘いの好き!」
「あ、巻坂さんは甘いのがそこまでお好きじゃないと蒼太君から聞いてますので。砂糖を使わずにバターで頂けるようにしましたが、どうです?」
「え、まじ?」
瑛二が一目俺を見てきたので頷く。以前に苦手だと言っていた事は覚えていた。
というか忘れられるはずもない。それがきっかけで、凪が雨の中高校まで向かいに来てくれたのだから。
「さすが親友……! 覚えててくれたのか!」
「暑苦しいぞ。肩を組むな」
「照れやがって。……んじゃ、ありがたく頂きます!」
「はい、分かりました。蒼太君」
「ああ。分かってる」
凪の言葉に頷いて三人を案内する。
「ちなみにここが御手洗。そこは寝室だ」
「やー、広いね。一軒家みたい」
「まじで凄いな。家具もなんか高そうだし」
「これだけ広いと逆にそわそわしちゃいそうだね」
羽山の言葉に頷きつつ、広いと言っても所詮は部屋であるのですぐにリビングに着いた。
「ここがリビングだ」
「おおー! ひろー!」
「すげー! テレビでっか!」
「ソファもめっちゃふかふかしてそう」
三者三様の反応をする三人。楽しそうで何よりである。
「二人じゃ持て余すくらい広いんだよな」
「ふふ。三人……それも、元気な子が一人くらい居たら楽しそうなんですけどね」
すぐ後ろに凪が居て、少し驚いてしまった。そしてその言葉に二重に驚く事となる。
「え? 良いの? 二人の子供になって良いの? なぎりんにおぎゃってばぶって良いの?」
「変化球をホームランで返すなよ……」
意外な方向へと向かった二人の言葉に苦笑してしまう。そうしている間も凪は俺の隣でニコニコと微笑んでいた。
「ふふ。それはまたいつか、ですね」
「な、凪。心臓に悪いから……そういうのは」
「ごめんなさい」
ニコリと微笑む凪からは反省している様子が一切伝わってこない。でも思わず許してしまいそうになる。
怒るか、と聞かれれば別に怒る事もしないのだが。……俺も嫌ではないから。
「じゃあ私は続き、やってきますね」
凪が一瞬目配せしてきた。その意図を察して俺も頷く。
「ねー。なんかあの二人さっきから目だけで会話してるよ」
「おっしゃ俺らもやってみるか。何考えてると思う?」
「んー。…………お腹減った!」
「それはお前が思ってる事だろうが」
「あれー? 恋人だから胃袋も共有されてると思ったんだけどな?」
「こえーよなんだよその謎機能」
「はいはい、ほら。適当に座ってくれ」
イチャイチャ(?)している二人と羽山を座らせ、凪の準備を手伝いに向かう。
「蒼太君。この二つをお願いします。右の方が巻坂さんのホットケーキです」
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、私こそ手伝ってくれてありがとうございます」
先程の視線は手伝って欲しいの意である。言われなくても……実際言われてはいないのだが。別に手伝うつもりだったので問題ない。
ちなみに、リビングに繋がる扉の隣には料理を置く用の机がある。最初は何に使うのかよく分かっていなかったが、実際あるとかなり便利だった。
「お待たせしました。ホットケーキです」
「待ってました! いや全然待ってはいないんだけど!」
「めっちゃ綺麗に焼けてる。すっごい美味しそう」
「はい、これが瑛二のだ」
「さんきゅー! それとありがとうございます」
律儀に俺と凪にお礼を言う瑛二。こういう所が瑛二らしい。
「あ、そうだった。言うの忘れてた。ありがとーなぎりん!」
「ありがたく頂きます。凪ちゃん」
「ふふ。じゃあまとめてどういたしまして、という事で」
ははー、と拝むように手を合わせる二人と瑛二に微笑む凪。
そこで凪があっと声を漏らした。それと同時に俺も立ち上がっている。
「シロップとハチミツ、あと飲み物だろ? 取ってくるよ。三人は何飲む? 水か緑茶かコーヒーかココア。一応オレンジジュースとかコーラもある」
「お茶頼んます!」
「私はココア!」
「じゃあコーヒーで。無糖でも微糖でもどっちでも」
「ああ、分かった。じゃあ微糖にしておくよ。コーヒーって言っても缶コーヒーを移したやつだからな。他もそうだが」
「逆にそんな手間掛けさせたくないから」
それもそうか。あまり気を使わせたくないのだろう。目の前にホットケーキもあるんだし、冷めてはもったいない。
「分かった。凪はどうする?」
「私も行きますよ」
「いいよ、俺が取ってくる。凪はもう頑張ってくれてるからな」
「……じゃあお茶でお願いします」
「了解。じゃあすぐ取ってくるから待っててくれ」
そうして俺はキッチンへと向かったのだった。
◆◇◆
「蒼太君、いつもこうなんですよ」
「ふーん。なんか良いね。ちゃんと手伝ってくれるの」
「はい! お互い余裕がある時は手伝う、というのも大事だと思いまして!」
彼が褒められると嬉しくなる。自然と頬が緩んだ。
「なぎりん、楽しそうだね。すっごく」
「それはもう、毎日『楽しい』が更新されてますからね。楽しくて楽しくて仕方がありません」
朝、目が覚めて一番に蒼太君の顔を見て。蒼太君の顔を見て眠る。それだけでもすっごく楽しいし嬉しい。
他にも、毎日蒼太君の新しい一面を知る事が出来るのがすっごく楽しい。
「へえ? なんかあったりするのか? 蒼太と楽しかった話とか」
「最近だと食後にゲームをやってます! 蒼太君のお家から持ってきたものなんですが、すっごく楽しいんですよ!」
蒼太君には息抜きが必要だ。数日前までは一緒にお勉強をしたりしていたけど、最近はテレビゲームで遊んでいる。
色々なゲームがあって、操作方法とかは蒼太君に教えて貰っている。一緒に出来るだけで楽しいのだ。
「ああ。いつも楽しそうにやってるもんな」
「蒼太君!」
そして、話していたら蒼太君が帰ってきた。お膳いっぱいにコップを運んでいたので、そのお手伝いをしようと立ち上がる。
「ありがとう。凪」
「いえいえ!」
そのまま彼の手伝いをし、皆に配っていく。
「ありがとね。にしても、なぎりんも楽しそーで良かったよ、ほんと」
「ありがと。そうだね。同棲するって聞いた時はびっくりしたけどさ」
その言葉に微笑みつつも頷いた。
「大変な事はありましたよ。今までと生活が一変する訳ですからね」
結構大変だった。今まで十何年も住み続けていた家から場所を移すのだから。その点で言えば、蒼太君も高校生になって初めての一人暮らしをしていたのだ。
あの時は怒ってしまったけど、料理をしなくなってもおかしくないくらいには環境の変化は大きかった。
その点について一回謝ったけど、蒼太君は『それでもご飯はちゃんと食べないといけなかったし……そもそも、その辺の問題は凪が解決してくれたからな』と言ってくれた。
「その辺りはいっぱいお話しましたからね。特に大変だったのは眠る時間でしょうか」
「そうだな。お互い噛み合わなかったもんな」
私はいつも……蒼太君と出会うまでは九時に。それ以降は十時頃までに眠るようにしていた。対して蒼太君の就寝時間は午前零時前後。結構な差がある。
「そこは蒼太君が合わせてくれたんです。基本的には十時頃に寝る、という事になりました」
「俺としても、早寝早起きにしたら体調は良くなったからな」
「お肌の調子も良くなってますからね」
コップを置き終わり、蒼太君の頬を撫でる。以前も肌は綺麗だったけど、今はもっと綺麗になっている。
ここに来てからは化粧水とかも私が塗ってるのでもちもちだ。最初は自分で塗るからって言ってたけど、一回塗ってみたら楽しかったので私がやってる。
くすぐったそうにする蒼太君はとっても可愛いから。
とても、とても楽しくて。ちょっとだけ悪戯心が湧いて。
「これから、今よりももっとかっこいい旦那様にしてあげますからね」
そう言ってしまった。同時に蒼太君の――旦那様の頬が引き攣る。
少し笑みが零れてしまいながらも御三方の方を見ると、やっぱりぽかんとしていたのだった。
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