第78話 親友の心配
席について本を読んでいると、後ろから肩を叩かれた。
「よーっす。今日も今日とて元気してるか?」「ああ、元気してるぞ」
そんな事をしてくるのは瑛二しか居ない。というか声で分かった。
「そーいやどうなんだ?」
顔がニヤついている。次に来る言葉をなんとなく察した。
「新婚生活」
「同棲だ」
即答しておきながら、自然と顔に熱が上っていくのが分かった。
「や、同棲も同棲で中々すげえよな。まだ高一だぞ。もうすぐ高二だけど」
「……まぁ。色々あったからな」
「そりゃそうだが。それでも中々出来る事じゃないだろ? てか何かしら問題とか起きてないか?」
「……」
瑛二の言葉に思わず押し黙り。瑛二をじっと見つめてしまった。
「……お前。不器用すぎないか?」
「な、何がだ?」
「心配してくれてるんだろ」
環境が大きく変わった。
今までの一人暮らしから、いきなりの二人暮らしなのだ。何かしら問題とか……多少なりともストレスが溜まっていてもおかしくない。
「問題ない。今の所はな」
「そうか?」
「ああ。しかし、話し合いって大事だな。お互いにかなり知ってると思ってたが、まだまだ価値観の食い違いとかあった」
「ま、そりゃそうだわな。家族でも知らない事とか全然あるし。家での役割とかもあんまり話さんだろうしな」
瑛二の言葉に頷く。
同棲に失敗して破局。物語などで聞いた事はあるし、よくある話なのだと思う。
「……そうだな。一応一つ、先輩でもある瑛二に聞いておきたいんだが」
「お? なんだなんだ? 何でも聞くぞ?」
軽く言葉を発してるように聞こえるが、実際に相談してみたら真面目な答えが返ってくる事は分かっている。
「瑛二にとって、別れない……というか。破局しないようにするためにやるべき事とかあるか?」
俺と凪は『婚約者』である。しかし、『婚約者』という契りにかまけていたら、いつか大きな
ずっと、凪と共に歩んでいきたいから。ずっと、笑顔で居て欲しいから。
「破局しないために、ねぇ。俺らもこれからって所なんだが。……いや、あるな」
瑛二が何かを思いついたようだ。
「俺が見てきた中で良くあった、ってやつならあるぞ」
「聞かせてくれ」
「『夢から覚めてしまう』事だな」
「というと?」
一言では上手く飲み込む事が出来ず、俺は瑛二に言葉の続きを促した。
「両思い同士、もしくは片思いが成就した後に時々あるやつだ。ほら、恋は盲目って言うだろ?」
「ああ」
「付き合って、しばらく経てば嫌でも視野は広がってくる。すると、相手の悪いところが目につくようになってくるんだよ」
なるほど。
「例えば、遅刻が多い。一から十まで世話を焼かれっぱなしとかだな。今までは良かったかもしれない。でも少しずつ鬱憤が溜まり、そして一気に爆発。喧嘩から別れってのが多いんだよ」
「……世話焼かれる、か」
「『一から十まで』だ。そこは履き違えちゃならねぇぞ。特に蒼太には関係ないやつだ。絶対だって言い切れる」
瑛二は俺を見ながら、強くそう言った。
「『結婚』まで考えるんなら、この一から十まで世話を掛けるって状況を享受する訳がねえ。そんな奴は今『楽』をしたいから受け入れてるんだよ。蒼太はそんな事する訳ないって思ってるし、信じてるぜ」
「……ああ。しない」
「んじゃ問題ねえな。蒼太も手伝いとかしてるだろいし、自分の役割とかあるだろ?」
その言葉に頷く。
凪は料理がしたいと言っていて、それならと俺は掃除を中心とした家事を担っている。ちゃんと、自分がやれる事はやっている。
「ちなみに解決方法はどうなんだ?」
「まあ、話し合いと妥協点の探り合いになりそうだよな。お互い無理にならない程度に……ってやってねえか?」
「やってるな」
「……話す事でもなかったな。お前ら二人なら大丈夫だろうよ」
「いや、やる意味が大きいと分かっただけでもかなりの収穫だ」
これからもお互い、話し合いは大事にしよう。
「ありがとな、瑛二」
「いいって事よ。ちなみに俺の意見に……いや、俺に限らず人の意見を全部鵜呑みにはするなよ」
「ああ、分かってるよ」
所詮人それぞれであるという事には変わりない。
俺と凪のやり方を少しずつ模索していこう。
◆◆◆
「お、あれか」
「あれだな」
帰りは警備員の人が迎えに来ると聞いていた。校門の隣に何台か車が付けられていたのだ。
校門の方に歩いていると、車から一つの人影が降りてくるのが見えた。
「ん?」
「……あれ」
車から降り、すぐ傍でニコニコとしながら佇む人影。
凪である。
「な、凪?」
「ふふ。来ちゃいました」
凪がそっと近づいてくる。俺の目の前に来ても歩みを止める事はなく――
背伸びをして、俺の耳に口を寄せて。
「蒼太君が恋しくて、会いたかったので来ちゃいました」
そう囁かれた。
背筋にゾワゾワと何かが走り……何もかもを無視して凪を抱きしめたくなってしまう。
どうにか、無理やりその衝動を押さえつけていると。凪はニコリと笑った。
「まじで心配する必要なさそうだな」
隣で瑛二がそう言った。凪がきょとんとしていたが、俺はその言葉を理解して目を逸らした。
「……?」
「ま、まあ、あれだ。そういえば、普通に出てきたけど大丈夫なのか?」
「あ、はい。近隣の安全確認は出来たらしいので。少しくらいなら大丈夫と」
また、凪が耳に口を寄せてきた。
「あの方々は優秀、の一言では尽きませんからね。本当に危なかったら止められます」
「なら大丈夫か」
「はい。あ、巻坂さん」
「んあ?」
名前を呼ばれると思っていなかったのだろう。瑛二は間の抜けた声で返事をした。
「巻坂さん達も送って頂けるらしいです。それと、念の為に自宅の近くに警備員を置いておくと。もちろん巻坂さんのご両親から許可は取ってました」
「おー。まあそうなるか。関係者みたいなもんだもんな」
「はい。……巻き込んでしまい申し訳ありません」
「や、いーのいーの。つか俺は巻き込まれなくても自分から頭突っ込むタイプだし。蒼太ん時もそうだっただろ?」
瑛二がニカッと気持ちの良い笑みを浮かべ、俺の肩を叩いた。
かと思えば、その笑顔が変わった。少しだけ気まずそうに。
「そのせいでありがた迷惑になる事もしばしばあるんだけどな」
「少なくとも、あの時の俺はめちゃくちゃ助かってたぞ。ありがとな」
あれがなければ――考えたくもないな。
「俺は蒼太があんな顔すんの嫌だっただけだからな。それに、別にそれだけが理由じゃねえ」
「というと?」
「霧香に顔向け出来なくなる」
「……なるほど」
その言葉を聞いて納得し。でも、それが瑛二に感謝をしない理由にもならない。
返せる時に少しずつ返していこう。恩を、というとまた断られそうだが。
しかし、いつまでもここで喋っている訳にはいかないか。
「そろそろ行くか」
「そうですね」
凪はそう言って手を差し出してきた。ほとんど車までの距離はないのだが。
「……?」
一瞬固まってしまうと、凪は小さく首を傾げた。その仕草の一つ一つに心臓がドクンと脈打ってしまう。
大人しくその手を取ると、ぎゅっと握り返された。
「んじゃ俺もぼちぼち帰るかぁ」
「あ、伝え忘れてました。巻坂さんの車は前から三番目の車です」
「おー、助かるわ」
そのまま車の方へ向かい――あ、と瑛二が声を上げた。
「そういや二人とも。……素直に無理なら無理で断ってくれて良いんだけどな」
「なんだ?」
「遊びに行きたい、って霧香と話しててな」
瑛二の言葉を聞いて、隣で凪が小さくあっと声を上げていた。
「そういえば蒼太君との暮らしが楽しみで……楽しくて、霧香ちゃんと光ちゃんにもいっぱい話しちゃってました」
いつの間にか凪の二人に対する呼び方が変わっていた。
それが嬉しくて、少し頬が緩んでしまった。
「霧香から話聞いてたら、俺もちょっと気になったんだ。もちろん無理なら無理で大丈夫だ」
「良いですよ」
即答である。さすがの瑛二でも驚いた顔をしていた。
「もちろん、お父様や警備会社に聞かないといけないので多少時間は要しますが。問題ないと思います」
「……まじ?」
「はい。蒼太君には言いましたが、あそこはどこよりも安全な場所です。相手が場所を分かっていても手は出せない。そんな場所ですから」
凪がちらりと俺を見てきた。俺としても全然大丈夫である。
ただ、少し忙しくなる予定なので事前に連絡が欲しくはあるが。その辺も瑛二達なら大丈夫だろう。
「との事だ。事前に連絡してくれれば遊びに来て大丈夫だぞ」
「あー、本当に良いのか?」
とんとん拍子で話が進んだからか、瑛二は少し申し訳なさそうな顔をした。いや、違うな。
邪魔をして悪いとその顔に書かれていた。
「ふふ、大丈夫ですよ」
凪も瑛二の表情から悟ってか、薄く笑い――半分、俺にぶつかるように腕を抱きしめてきた。
「蒼太君と一緒に居る時間も大好きです。でも、やっと出来たお友達と遊ぶ時間も大切ですし、楽しいですから」
その笑みは一切屈託がない、見ている者すら顔を綻ばせてしまうものである。
「それに――」
凪が俺を見る。その目は柔らかく、しかしどこか艷のある視線。
「蒼太君とはもっとたくさんの時間、一緒に居る訳ですから。ね」
「そ、そうだな」
その言い方に何故か心臓が嫌な音を立ててしまう。
こんなに綺麗で可愛い子と一緒に暮らしているんだという事実が脳を掠め。色々な想像をしてしまい、小さく頭を振った。
……別に想像でもなく現実になったんだが。
「そういう事ですので、遠慮しなくて良いですよ」
「お、おお。霧香に言っとくわ」
「はい! 羽山さんにも言っておきますね!」
凪が一度車の方を見て、運転手が小さく頷いた。早く乗ってと言ってるのだろう。
「じゃあまた。来る時は先に俺か凪に連絡してくれ」
「おう、ありがとな」
瑛二と別れて車へと乗り込んで。とある事を思い出した。
「悪い、凪。少しお義父さんの所に用事があるんだ。先帰ってて貰って良いか?」
「……? はい、分かりました」
俺はお義父さんの所に。凪は家へと向かったのだった。
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