おまけ お風呂
「なあ、凪。俺、風呂に入る間だけこっちの喋り方にしよう思うんだが」
「……はい? 大丈夫ですよ?」
「いや、一応言っておこうと思ってな。……あっちだと色々。我慢出来なくなりそうだから」
僕の時は自分の全てを
全てを顕にしてしまうのだ。
だからこそ。普段より我慢が効かなくなる。
「……我慢しなくて良いんですよ?」
「じ、準備とか。色々、出来てないから」
いきなりの事だから。色々準備が出来ていない。
具体的には。避妊的な意味で。
「む。それなら……しょうがないですね」
その言葉にホッとした。
そうして二人で脱衣室へと入る。
「先。入って良いぞ。凪が浴室に入ったら俺も向かうから」
「見ないんですか?」
「……ッ」
「……ふふ。冗談ですよ。蒼太君が見たいなら見ても良いんですが」
一瞬。一瞬だけ、脱いでいる凪を想像してしまって。頭を振ってその煩悩を掻き消した。
「う、後ろ。向いておくから」
「ふふ。分かりました」
後ろを向くと、しゅるしゅるという衣擦れの音が聞こえてくる。
やけにその音が部屋に響いていた。
どうにか意識を逸らそうと目をあちこちに動かすも、意味はない。
すとん、と衣服が落ちる音と。それを拾う時の布と床の擦れる音が耳に入り――音だけで色々妄想しすぎだと、額を指で揉んだ。
「ぬ、脱ぎましたので。お先、入りますね」
「あ、ああ。……ちなみにタオルとかは」
「そ、そうですね。湯船に浸かるまでは巻いておきます」
タオルを巻いてくれるという事にホッとしつつも、気になる言葉が聞こえてきた。
湯船に浸かるまでって――
どういう意味だと聞く事も出来ず。凪が浴室に入る音を聞いていたのだった。
「落ち着け、俺」
息を整えてから。俺は服を脱ぎ始めた。
◆◆◆
言葉を失う。その肌の白さに。
「背中。先に流して貰えたらなと思うんですが。良いですか?」
「あ、ああ。分かった」
凪は風呂用の椅子に座っている。座っているのだが――
タオルを胸に抱いていて。真っ白で綺麗な背中を無防備に晒していた。
後ろに風呂椅子を持ってきて座ると。更に目のやり場に困ってしまった。
背中が晒されている。そして座っているという事は――その下も少し、見えてしまっている訳で。
どうにか視線を上げると。綺麗な肩甲骨が見えた。
思わずそこを見つめてしまって。手を伸ばしてしまった。
「ひゃっ!」
「わ、悪い! つい」
肩甲骨を撫でると、凪が驚いて声を上げた。咄嗟に謝って手を引く。
「だ、だいじょぶ、です。少し驚いただけなので。ど、どうぞ。お好きに触ってください」
凪の言葉にどうしようかと迷いながらも。手はその背中に伸びていた。
凪の背中。肩甲骨へと触れる。
骨の硬さがあるのは当たり前なのだが。その肌はすべすべとしていた。
そこから手を下ろしていく。凪の背中はとても綺麗だ。
細くはあるものの、骨ばってなどいない。程よく肉付きがある。
真っ白で、綺麗な肌だ。
思わず背骨のある位置をなぞったりしてしまう。
その時。鏡に映っている凪の姿が目に入った。
タオルをぐっと胸に抱いて――その顔はリンゴのように真っ赤だった。
「……せ、背中。洗うぞ」
「は、はい……お願いします」
これ以上は良くないと。俺は立ち上がり、シャワーを取った。
手に当てて温度を確認し、少しずつ凪へとかけた。
お湯の湯気で少しずつ鏡が曇っていく。ホッとしつつ、シャワーを元の位置に戻した。
それと同時にボディタオルを取った。ふんわりしていて肌に優しいものである。
「それじゃあ洗うぞ」
わしゃわしゃと泡立て、背中へと触れさせる。
「んっ……」
その声はなるべく聞かないようにした。洗われるのが気持ちいいから。
それ以上に理由はないはずだから。
「痛くないか?」
「ぁ、ひゃい!」
話しかけない方が良さそうである。力加減はこれで問題なさそうだし。
くすぐったいせいか。多分、くすぐったいからだろう。身を捩る凪の背中をどうにか洗い終えた。
精神値がかなり持っていかれるぞ。これ。
「……前も洗ってくれたりします?」
「ま、前は。…………自分でお願いします」
「ふふ。分かりました。私も前の方を洗われちゃうと、我慢出来なくなっちゃいそうですし」
中盤からの言葉は小さくなっていたものの、しっかりと聞こえていた。
お湯のせいではなく。顔が熱くなっていく。
「それでは先に体、残り洗っちゃいますね」
「ああ」
よくよく考えれば。ボディタオル、一つしかないんだよな。
凪の体を洗ったタオルで。
もちろんそれが嫌とかではなく――
そこまで考えて。立ち上がる凪から目を逸らして。
耐えきれず、目を瞑ったのだった。
◆◆◆
どうにかお互い、頭も体も洗い終えて。一つの問題に直面した。
「さて。どう入るか」
湯船はそこそこ広い。二人で入っても十分なスペースがある。
しかし、そこが問題ではない。
「私はどう入っても良いのですが……」
そう言う凪を俺は見れない。既に凪はタオルを外しているから。
タオルを外し、フェイスタオルで髪をまとめている。見る事は出来ないのだが。
「し、しかし。対面だと色々見えてしまうだろ」
「……そ、蒼太君なら。良いですよ?」
思わず変な声を出しそうになってしまい。天井を見上げた。
湯気が水滴になり。天井にいくつも付いている。この天井が綺麗なのも……須坂さんがやってくれたから、なのだろうか。
そんな現実逃避をしつつ。良い事を思いついた。
◆◆◆
「この手がありましたか」
俺は壁を背にして。凪が俺のすぐ前でぺたりと座り込んでいる。
これならお互い、色々見えてしまう事もない。俺も常に上を見ていれば良いし。
「やっぱりお風呂は良いですね。身も心もポカポカしちゃいます」
「そうだな。リラックス出来る」
「いつか、温泉旅行なんかも行ってみたいですね。私、お風呂好きなんですよ」
「良いな。お金が貯まったら宗一郎さん達に聞いてみるか」
未成年での宿泊ってどうなんだったか。宗一郎さんに同伴して貰うのはさすがに……忙しいだろうしな。
二人で行けるにしても、そうでなくとも。聞いておいた方が良いだろう。父さん達にも。
ふう、と。息を吐いて。少しだけ目を瞑る。
気持ちいい。
ちゃぷん、とお湯が跳ねる音がして。その音すらも耳に心地好い。
「蒼太君。ちょっとこっちみてください」
「ん?」
凪の言葉に瞼を開いて視線を落とすと。
真っ白な肢体が目に入った。
……え?
「えいっ」
「な、凪!?」
凪が気がつけばかなり近くに居て。そのまま俺の体に手を回して。
抱きついてきた。
色々なものが当たる。色々な……ものが。
「せ、折角なので。何も行動を起こさないのは、損かな、と」
「色々まずい事になってるが!?」
「いいじゃないですか。ちょっとくらいまずい事になっても」
色々当たっている。そして――色々当ててしまっている。
凪が顔を真っ赤にしながら。それでも離れようとしない。
心臓がバクバクとうるさい。
でも、その音は俺だけじゃなくて。凪の胸の奥からも聞こえてきて。
凪と、目が合う。
どこまでも深い蒼の色。
その瞳に見つめられるだけで、頭の中が真っ白になり……蒼く、染まってしまう。
その頬は軽く上気していて、ほんのり赤い。唇は薄い桃色で瑞々しく、ぷるぷるとしている。
「蒼太君」
その可愛らしい唇から紡がれるのは、鈴のように綺麗で涼し気な声。今はその中に数滴の水飴が混ざっているようだ。
そこから首筋にかけて、真っ白な肌が広がっていて――平均に比べると随分大きなそれが、俺の胸で押し潰されている。
「ふふ」
凪が小さく笑って。その顔が近づいてくる。
柔らかい唇がそっと。口付けをしてきた。
「どきどき、してます。私も……蒼太君も」
互いの吐息すらかかる距離で微笑まれる。
「……一緒に悪い子になっちゃいませんか?」
その誘いは甘く、頭の中をどろどろに溶かしてしまいそうなもの。
気を抜けば、一瞬で全てを持っていかれそうで。くらくらと、頭の中が沸騰したように熱くなる。
鼓動の高鳴りと共に呼吸が浅く。早くなっていく。
そのまま俺は凪へと手を伸ばし――
その体を抱きしめた。
抱きしめて。肩の上に顎を乗せる。
「蒼太君?」
「……凪を。傷つけてしまいそうだから。だめだ」
今だけの話ではない。もし、ここで俺の理性が飛んで――もし、子供が出来てしまったら。
まだ、凪の体は不完全だ。堕ろす事になるだろう。それでも凪が産みたいと言えば……凪の意思を尊重したさはあるが。リスクだって大きい。
それに、俺達はまだ高校生にもなりたてで。高校を辞める事になりかねない。
だから――だめだ。
「近いうちに、準備はするから。……それまで、待っててくれ」
正直、それでも避妊は確実とは言えないのだが。……興味がないと言えば嘘になってしまうから。
それに、凪も。したいと思ってくれているから。その気持ちに応えられるようになりたい。
「ふふ。分かりました。その時を楽しみに待ってますね」
「あ、ああ」
そのままぎゅっと。二人で抱きしめあって。
長いようで短かった、お風呂は終わる。
……それから週一くらいの頻度で凪とお風呂に入るようになってしまうのだった。
特別賞記念IF おまけ<~完~>
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