第13話 運命
「わあ……! 遊園地って感じがします!」
修学旅行から一週間後。俺達はとある遊園地へとやって来ていた。
「向こうも向こうで楽しかったですが! やはりテーマパークとは違う感じがしますね!」
「そうだな。大きさもそうだが、雰囲気とかも全然違うな」
入場の列に並ぶ間も凪と話していた。楽しい時間だ。
「それにしても、いきなりで悪かった。修学旅行からまだ時間も経ってないというのに」
「いえいえ! もう疲れもバッチリ取れましたし!」
凪の言葉にホッとする。修学旅行後に振替休日はあったものの、そこまで時間は経っていなかったから。
父さん達や宗一郎さん達からもダメだと言われる事を覚悟していたが……大丈夫であった。
そうして話していると、すぐに入場する事が出来た。
「わぁ……! 中に入るとまた広いですね! アトラクションもいっぱいあります!」
入口の近くにあったマップを見てはしゃぐ凪。見ていてほっこりしてしまう。
「最初、どれがやりたいとかあるか?」
「そうですね……これ! 行ってみても良いですか!?」
そう言って凪が指さした場所は――
迷路であった。
◆◆◆
「ふむ……難しいですね」
「……俺にはさっぱりだ」
恐らく、小学生でも解けるような問題なのだろう。難しい表現や漢字などは使われていない。
頭が柔らかくないと解けない問題だ。
「ここが。いえ、違いますね」
凪は顎に手を添えて俯き。じっと紙を凝視した。これは宗一郎さんの癖でもある。見ているうちに
凪を眺める時間は好きだ。いつもとはまた違う表情だから。
「あ!」
その顔がパッと。花が咲いたように輝いた。
「分かりました! 蒼太君!」
「あそこか」
凪が指さした部屋へと向かう。そこのロッカーはパスワードでロックが掛かっていた。
凪がパスワードを入力すると……カチッと。開いた音がした。
「開いた! 開きましたよ! 蒼太君!」
「ああ。凄いな、凪」
その頬を綻ばせて笑う凪。頭へ手を置いて撫でると、えへへと嬉しそうに笑う。
その後も凪と協力しながら、迷路を進んで行ったのだった。
◆◆◆
「ピクニックに来たみたいですね」
「こういうスペースもあったんだな」
迷路を終えて。少し早めの昼食となった。
この遊園地。もちろんレストランもあるのだが、少し広めの公園があったのだ。
凪はこの事を知ってたらしく、お弁当と敷物を用意してくれていた。
「はい、蒼太君の分です」
「ありがとう」
凪から紺色の弁当箱を受け取って。凪は自身の白色の弁当箱を取り出した。いつもより大きめの弁当箱だ。
「それでは。ぜひ開けてみてください!」
「ああ」
弁当の蓋を閉じている帯を取り、蓋を開く。
「……!」
「今日は特別に、蒼太君の好きな物でいっぱいにしてみました!」
白米に鯖の塩焼き。ウインナーにほうれん草の和え物。ハッシュドポテトを小さく刻んだ物。その他多数。色とりどりの料理が並べられていた。
全て、俺が好きな物だった。
「私の方も、蒼太君の好きな物入れてるので。食べたいものがあったら言ってくださいね」
「おぉ……まじか」
「ふふ。まじですよ」
凪の作ってくれたお弁当はとても美味しい。いつもすぐ食べ終えてしまう。
しかし、凪の物を貰うのは……と考えるも、凪は笑っていた。
「もちろん私のは多めに作っちゃったので。遠慮なく言ってください」
「……まじか」
「まじです」
真剣な顔で言う凪。
少し面白くて、思わず笑ってしまった。
「そういう事ですので。どうぞ、召し上がってください」
「ああ。ありがたく貰おう。いただきます」
ウェットティッシュで手を拭いてから手を重ね合わせた。
まずは鯖の塩焼き。
魚料理、というか。日本料理は凪の得意分野なのである。
たかが塩焼き、などと言われそうなものだが。作った人でここまで変わるのかと最初は驚いた。
「……うん! 美味しい!」
「良かったです」
絶妙な塩加減にふわふわの身。当然生臭さはない。
弁当用だから固くなったり味が落ちたりしそうなものだが。びっくりするくらい美味しい。
「凄く、凄く美味しい」
「ふふ。いっぱい食べてくださいね」
「ああ!」
おかずとご飯を食べる。両方凄く美味しい。箸がどんどん進んでいく。
その間も凪は俺をじっと見ていた。
ふと視線を上げるとその蒼い瞳と視線が合い。ニコリと柔らかく微笑まれる。
それが心臓に悪くも……どこか、落ち着いてしまう。
「あ、蒼太君。ハンバーグ半分あげます」
「ありがとう」
凪がハンバーグを半分に割り……その中からとろっとチーズが溢れ出してきた。
「はい、あーん」
そのハンバーグを箸で掴んで、近づけてくる。
家の中ではなく、外……というとかなり今更だし。修学旅行の時もそうだったのだが。やはり気恥しさが残ってしまう。
なんせ。周りのカップル達も似たような事をしていたから。
「あー」
口を開けると、凪がゆっくり口へと運んでくれた。
とろりとチーズが口の中を駆け巡り。後からきたハンバーグのスパイスを中和してくれる。
「美味しい。本当に」
「ふふ。見ていて分かりますよ」
美味しくて自分でも頬が緩んでいるのが分かる。美味しいのだから仕方ない。
凪も、自分で食べて楽しそうに笑っていた。
◆◆◆
お昼を食べて。アトラクションを楽しんで。
「凪。最後は乗りたいものがあるんだ」
「ふふ。奇遇ですね。私もですよ」
手を握って。お互い目的地を伝える事なく歩く。
言葉は少ない。しかし、自然と同じタイミングで視線が合った。
その度にそっと凪が近づいてきて肩を合わせてきたり。手を握る力を強めてきたりしてくる。
そうして辿り着いた場所は――
「ここ、だな」「ここ、ですね」
観覧車である。
「同じ事、考えてたんだな」
「ふふ。一緒ですね」
ぎゅっと、手のひらから伝わる温もりが手のひらを通して全身へと駆け巡る。冬もこれからが本番だというのに、体がポカポカとしていた。
受付の列へと二人で並び。凪が観覧車を見上げた。
「私。観覧車も初めてなんですよ」
「……そうか」
「蒼太君は初めてですか?」
「そうだな。昔は母さん達と乗ろうと思ったんだが。あの、乗る所が怖くて諦めたんだ」
止まる訳でもなく、動き続ける乗り物に乗るのが怖くて。諦めていた。
「……わ、私。ちゃんと乗れますかね?」
「大丈夫だよ。ゆっくりだし、ちゃんと手も握っておくから」
「はい! お願いします!」
俺としても少し不安ではあるが。多分大丈夫だ。……凪にかっこ悪いところを見せる訳にもいかない。
いや、別に良いか。かっこ悪い所を見せても、それで嫌われる訳ではない。
ただ、かっこつけたい気持ちはあるが。もっと気楽に行こう。
「蒼太君?」
「いや、何でもない」
「そうですか? 何か考えてるように見えましたが」
小さく凪に首を振って苦笑する。本当に察しが良い。
観覧車を見て、俺を見て。凪は目を瞑った。
白く長い睫毛は、小さな雪が乗っているようにも見えた。
「蒼太君」
「なんだ?」
「私。楽しいです」
「そうか。良かった」
「ああ、いえ。そっちの意味もあるんですがね」
凪が半歩。俺に近づいた。肩が触れる。
「蒼太君と出会ってから。何もかもが変わりました。全て、良い方向に」
「俺もだよ」
「いいえ。私は蒼太君以上に変わってます」
一度、手が離された。どうしたんだろうと思っていたら。
「――ッ」
手に手が重ねられ。指に指が絡んできた。
恋人繋ぎ、というものだ。
「お父様……いいえ。パパとママ。家族との問題が解決しました」
「別に、俺は――」
「蒼太君のお陰なんです。あの時、話す機会を作ってくれたから。……涙が出そうなくらい、感謝してるんですよ」
凪は言いながら。その瞳に薄い膜を張っていた。よく聞かないと分からなかったが、その声も少しだけ揺れているようだった。
「……凪」
目の端に作られた水溜まりに指を近づけ、その肌を傷つけないよう優しく拭う。
「他にも、です。蒼太君は私に英語も教えてくれました」
「俺は、凪からそれ以外の事をたくさん教わったぞ」
確かに凪は英語が苦手であった。しかし、俺はそれより遥かに多くの事を凪から教わっていた。
だけど。凪は小さく首を振っていた。
「いいえ。蒼太君なら基礎くらいは私が居なくても習得できたはずです。私は本当に……英語が苦手で。真っ暗な場所で、照らしてくれたのが蒼太君なんですよ」
「……言い過ぎだ」
「言い過ぎくらいがちょうど良いんです。私の感謝を伝えるには」
凪がニコリと目を細めて笑い、その拍子に雫が散った。
「蒼太君に出会って。先生から褒められる事も増えたんですよ」
先生、とは日本舞踊の先生だろう。
その言葉に俺は首を振って笑った。
「それこそ凪の努力だろ」
「いいえ。……先生も見抜いてましたよ。『彼に出会ってから大きく変わりました。良い方向に』と」
その言葉に驚いて声を上げそうになった。
その先生の言葉は……つまり。
「お、俺の事も話してたのか」
「はい。もちろん話してますよ」
人間国宝に俺の話をした、という事か。……まじか。
「特に本番で、ですね。蒼太君が居ると分かったら。いつも以上の実力が出せたんです」
その言葉にふと――あの時の言葉が脳裏を掠めた。
――『環境も整えられてる』って言ったが。その『環境』の中には蒼太も入ってるんだぞ。つかお前。蒼太が一番の要因だ
お前の言う通りらしいぞ。
ふっと。笑みが漏れてしまって、凪が小首を傾げた。
「蒼太君?」
「悪い。一瞬考え事をしていた」
「そうでしたか」
その時、受付の人に呼ばれて。整理券を貰った。そこまで時間は掛からなさそうだ。
「蒼太君」
凪に名前を呼ばれた。
夏の日に窓に掛けられた風鈴のように涼しげな声。
その音はとても優しく、心を癒してくれる。
「蒼太君と出会う事が出来た。これが一番の幸福です」
「俺だって同じだよ、凪」
凪へと笑いかけて。手を強く握る。
「凪と出会えてから、変わった。人生が。自分から誰かと遊びたい。誰かと話したいなんて思った事が初めてだった」
あの時の俺。本当によく凪に話しかけたものだ、
他の誰かが話しかけてもおかしくなかった。いや。みんな尻込みしていたのかもしれない。
「そういえば。蒼太君、どうしてあの時私に話しかけてくれたんですか?」
その言葉に苦笑した。今更隠す事でもないな、と。
その髪や肌の白さにも目を惹かれたが。一番は――
「綺麗だったからだ。その瞳が」
蒼。
青ではなく、蒼。
海の底のように、濃い蒼。
しかし、その瞳に光が灯ると、海の浅瀬のように。涼しくも柔らかい色へと変わる。
――蒼。
それは、俺の名前にも使われている漢字だ。少し、照れくさいが。
「運命を感じた、とでも言えば良いのかな」
「……同じ、だったんですね」
凪のその瞳が。
蒼く、綺麗な瞳が俺を映し出していた。
「私も蒼太君の事、見てたんですよ」
「そう、だったのか?」
「はい。最初は多分、親子で仲良くしてるのが羨ましかったのかな、と思っていましたが」
凪は目を瞑り。ふるふると、小さく首を振った。
「違いました」
四分の一歩。凪が近づいてきた。もう、体は密着している。
「蒼太君だから、私は気になったんです。……いきなり気になってた人の誘いを断ってしまいましたが」
「あの時。正直泣きそうだったぞ」
「ごめんなさい、いきなりだったので混乱してしまって」
凪と笑いあった。小さく、そして柔らかく。
「「運命」」
その言葉が重なった。
運命なんて、本当にあるのか分からない。だけど。
もし、あるのだとしたら。
間違いなくあの瞬間、凪と会えた時の事だと言える。
と、その時。遂に観覧車に乗る順番となった。
「先、乗るから。手を離さないようにな」
「はい! しっかり掴んでおきます」
とん、と地を蹴って。観覧車の中へと乗る。
「凪」
「はい!」
凪も同じようにして観覧車へと乗った。転んだり、何かに引っ掛かる事もなく。
そのまま、管理員さんに扉が閉められた。
俺が座ると、凪は対面ではなく隣に座った。
観覧車もどんどん上へと向かっていく。
――もう、我慢は出来なかった。
「凪」
「はい」
心の奥底にあるものが全て、溢れ出そうだった。
言いたい事がたくさんあった。
謝りたい事がたくさんあった。
感謝したい事がたくさんあった。
伝えたい言葉が、たくさんあった。
だけど。
今、余計な言葉は要らない。
「初めて会った日から。僕は凪の事が好きだったんだ」
今、この瞬間だけは。あの頃の僕で居たい。
「僕と。結婚を前提に付き合って欲しい」
その眼に。また薄く膜が張って。
それでも凪は、笑顔で――
「はい!」
頷いてくれた。
凪が僕の胸に飛び込んできた。少しだけ観覧車が揺れた。
「……なぎ」
「そうた、くん」
涙が溢れそうだった。でも、後少しだけ我慢をしないといけない。
蒼い瞳とほんのり赤くなった頬。
そして、薄い桃色の唇がすぐ目の前にあって。
「だいすき、だよ」「だいすき、です」
静かに。唇を重ねたのだった。
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