第11話 修学旅行二日目 〜夜

「美味しいです!」


 もにゅもにゅと頬を動かし、ごくりと飲み込んだ後。凪が目を輝かせてそう言った。


 その手に持っていたのは三角形だったもの。生八ツ橋である。


 二日目。京都にて自由学習及び観光の日。


 午前は清水寺観光をして、お昼は五人で蕎麦を食べた。

 そして、午後。目的の時間のバスまで時間が余ったので、お土産を買おうという事になったのだ。


 俺と凪。そして瑛二と西沢、羽山の二手に別れて。


「こっちも食べるか? チョコレート味だが」

「……! 食べたいです!」

「はい、あーん」

「あーん」


 お土産を買い終え、休憩中だ。

 凪が食べたそうにしていたという事もあるが。

 近くのお店で生八ツ橋を買って、ベンチに座って食べていた。


「美味しいか?」

「……ん、はい!」


 飲み込んで目を輝かせる凪に、一つ丸々食べて貰った。雛に餌付けを……最近凪を動物に例えすぎてる気がするな。やめておこう。


 しかし、それにしても。


「バレないと思ってるのか。あいつらは」

「ふふ。ずっと見てますよね」


 瑛二達がずっとストーカーして来てるのである。今は電柱の影に居た。そのうち職質を受けそうなものだが。


「別に気にしなくて良いんじゃないですか?」

「……そうだな。好きにさせておくか」

「はい!」


 凪がはむっと八ツ橋にかぶりついた。とても美味しそうに食べるので見ていて楽しい。


 すると、その瞳と視線が合った。凪は小さく笑って、その手を突き出してくる。


「蒼太君も。あーん、です」

「……あー」


 少し迷ったものの、ここで恥ずかしがる方がおかしいだろう。大人しく口を開けると、八ツ橋が口に放り込まれた。


「美味しいですか?」

「ん。美味い」


 口の中に広がるあんこと皮の優しい甘み。

 凪が通常のあんこのものを買うと言ったので、俺はチョコレートにしてみたが。やはりこちらも美味しい。


「ふふ。まだ時間は……ありますね。お土産も買った事ですし」


 凪が八ツ橋を食べ終えて、立ち上がり、手を出してきた。


「ちょっとだけ食べ歩きしませんか? 蒼太君」

「……そうだな。ちょっとだけ、な」


 俺は凪の手を取って立ち上がり。


 荷物をまとめ、二人で京の街を散歩したのだった。


 ◆◆◆


 一方その頃瑛二達。


「あれ、付き合ってないんだよな?」

「やっぱ私達よりイチャコラしてんね」

「すごっ。あんなにナチュラルにあーんとか手繋ぎとか出来るもんなの?」

「無理無理。俺らでもまだ恥ずかしいぞ」

「私はそうでもないけどね」

「へぇ……もうちょい観察する? 私はしたいけど」

「もちのろんよ」

「私もー」


 二人を見守る監視者ストーカー達。


 バスの時間ギリギリになるまで、この構図は続いたのだった。


 ◆◆◆


 コン、ココンコン。


 その軽快なノックが鳴るのと同時に、瑛二が扉の前へ向かい。扉に耳を押し当てた。


「合言葉は?」

「幼馴染は勝ちヒロイン」

「よし、良いだろう」

「なんだよその合言葉」


 ガチャリと扉が開いて。同時に三人が入り込んできた。


 西沢と凪、そして羽山である。三人は浴衣姿だった。


「おー、良いじゃんか」

「えへへ、でしょー? 小学生の頃お母さんに着けてもらったぶりでさ。なぎりんに着させてもらったんだ。瑛二も似合ってるよ」


 シンプルなうぐいす色の浴衣である。

 一応俺と瑛二も紺色の浴衣を着ていた。


「凪も似合ってるな。もちろん羽山も」

「ありがとうございます。浴衣……というか着物は着慣れてますからね。蒼太君達も似合ってますよ」

「ん、あんがと」


 そうしてお互いの浴衣を見た後に三人を中へと招き入れた。


「それじゃ、おじゃまー」

「お邪魔します」

「失礼しまーっす」


 礼儀正しくそう言ってから。俺達の後ろを歩いて部屋へと入る。


「お、さすがに部屋は同じ感じだね」

「だね。でも二人でってなると広いね。布団もでかいし」


 既に布団は敷いてある。座布団を出すのも考えたが、こちらの方が片付ける手間などが省けるためだ。


 そして、布団。こちらはかなり大きい作りだ。色々なお客さんを想定しているからだろう。

 多分、俺と凪が寝てもまだ余裕があるくらいの広さはある。


 布団の上に腰を下ろすと、すぐ隣に凪が来た。その隣に羽山である。

 瑛二の布団には西沢が座った。


「それにしてもよく来れたよな。霧香」

「先輩達から聞いてたんだよね。二日目は先生達この時間居ないらしくてさ。三年連続でそうだったから、今年も行けるかなって」

「……かなり博打要素が強そうに見えるが」

「大丈夫だよ。なんかあっても一回目なら注意だけで済むらしいし」


 それって捕まった人が居るという事では……と思ったが。聞くのはやめておいた。


「という事でボードゲーム大会&おしゃべり〜! お菓子もあるよ!」


 西沢が手提げカバンからトランプやカードゲーム、そして木皿とお菓子を取り出した。


「それならテーブル持ってこよう。布団を汚すとあれだしな」

「任せろ」


 布団を離し、その間に小さなテーブルを挟む。西沢もその事は分かっていたからか、汚れたり落としにくいお菓子が多かった。


「そんじゃあ楽しもー!」


 という事で、ボードゲーム大会が始まったのだった。


 ◆◆◆


「おっしゃやりい! 勝ち!」

「ちくしょー! 負けたかぁ」


 最後の対決を西沢が制し、瑛二が負けた。


 ボードゲーム大会は中々盛り上がっている。……大会というか。ただ遊んでるだけで、罰ゲームや賞品も決めてないのだが。


「そーいやさ。明日どうする? 一応班行動は取らなくて良いんだよね。ひかるんは別だっけ?」

「うん、そだね。私ちょっと別の人に誘われててさ」

「話してたもんね。私も瑛二と回ろうと思ってるんだよねぇ。なぎりん達はどうする?」


 凪がちらりと俺を見てきた。

 どうするか。……いや。選択肢は一つしかないな。


「凪とアトラクションを回りたいと思ってるが。良いか?」

「……! はい! もちろんです!」

「りょーかい。じゃあ別々で」


 そろそろ時間なのだろう。西沢がお菓子やカードを片付け始め、自然と俺達もそれを手伝っていた。


 その時だ。


 こん、こん、と。扉がノックされた。


「……ッ!?」

「霧香、こっち入れ」

「凪。……羽山もこっち入ってくれ」


 小さく二人を呼ぶ。掛け布団を広げ、凪を俺の上に重なるようにして中に入らせる。羽山は足元より下の方に潜り込んだ。


 いざという時も考えて。布団を敷いていたのだ。


「電気消すぞ」

「ああ」


 電気が付けっぱなしだとすぐバレるかもしれない。


 瑛二が電気を消して布団に潜り込んだ瞬間。扉が開かれた。


 俺と瑛二で体だけ起こす。俺のお腹辺りに凪の頭の感触があった。


「見回りの時間だぞー」


 入ってきたのは担任の先生。……女性の先生だ。


「お、もう寝ようとしてるんだな? 感心感心」

「蒼太が寝るの早いんすよ。それで俺も付き合わされる事になっちゃって。……そういえば先生、見回りって主任の人がやるんじゃないんですか?」


 瑛二が布団に気づかれないよう話を逸らしていく。


「あー……ちょっとな、教師もはしゃぎたい時があるんだよ。私は下戸なんでな」

「……それ、隠してるようで全部言ってません?」

「なに、君達なら理解してくれそうだと思ってな」


 先生の言葉に笑う。

 確かにこれで親に言うとかはしないだろう。ただでさえブラックだと聞くのに、旅行ではしゃぐななんて言いたくもない。

 先生のように飲まない人も居るのなら、何かがあっても連絡は取れるだろうし。


「しかし……なんか海以の布団、盛り上がってないか?」


 心臓ドクンと脈打ち。止まるかと思った。


「あ、あれです。俺、抱き枕がないと寝られないんですよ」


 布団の上からその盛り上がっている部分を抱きしめた。


「そうか。枕が変わると寝られない人も居るもんなぁ」

「そ、そうですそうです」

「まあ、それは良いんだが。浴衣、前はちゃんと閉めといた方が良いぞ?」

「へ?」


 先生の言葉に間の抜けた声を上げてしまった。見れば……帯が緩んでいるようで。前の部分がはだけていた。


「ああ。すみません」

「体、冷やさないようにな。それじゃあ私は一度自室に戻ってから上に行く」

「は、はい」


 そうして先生が居なくなり、耳を澄ませて足音が遠ざかるのを待った。


「ぷはーっ! 布団の中あっつ」

「てかバレてたね、あれ」

「んだな。見逃されたって感じか」


 暑そうに西沢と羽山が出てきて、俺は三人の言葉に頷いた。

 最後の言葉。普通ならわざわざ自室に戻るとは言わないだろう。


「というか、凪、早く出て――」


 布団を少し持ち上げた瞬間。



 真っ白な肌と、真っ赤な顔が見えた。



 浴衣がはだけ。真っ白な肌が晒されていたのだ。


 雪のように白い肌と、綺麗な鎖骨。そこから下にかけて真っ白な肌が広がり――


 その顔も真っ赤で、目をぐるぐるとさせていた。


 お互い、時が止まったかと錯覚する。


「みのりん? どしたん?」

「な、なんでもない!」


 布団で凪を隠した。さすがに今見られるのは良くない。


 目を瞑って布団に顔を突っ込む。そこは甘い香りで満たされていた。


「凪、浴衣。直してくれ」

「!? ……そ、蒼太君も、ですよ!」


 ああ、そういえばと。一度布団から出ようとして――


「だ、だめです!」

「なぎりん?」


 凪に布団を被せられた。布団の中に二人が入る形だ。


「み、見られちゃいますから!」

「お、俺は別に……」

「私がだめなんです!」

「お二人さーん? イチャイチャしないでー? 時間ないよー?」


 目の前に凪が居る。まだはだけた浴衣は直されておらず――色々なものがちらちらと覗いている。暗いのが救いだ。


「と、という事なので。ここで直しましょう」

「……かなり。めちゃくちゃ狭いが」

「じ、じゃあ私が直しますので! 慣れてますし」


 そう言うが早いか、凪が俺の帯を掴んだ。いきなり動いたからか揺れた。


 どうにか視線を逸らし。凪が帯を結び直す。


 だめだ、どうしても見てしまう。目を瞑るしかない。


「……蒼太君、終わりましたよ?」

「な、凪も早く、着直してくれ」

「は、はい!」


 がさごそと衣擦れの音が心臓に悪い。悪すぎる。


 そうしてどうにか、お互い服装を正す事が出来た。


「ぷはっ」


 布団から出ると。……凄く呆れたような目を向けられた。


「イチャイチャしすぎ! 二人とも!」

「や、まあ気持ちは分かるけどさ」

「別に俺が向こう向いといても良かったんだが?」

「……まあ、どっちにしろ瑛二には目潰ししようと思ってたけどさ」

「わ、悪い」

「ごめんなさい」

「え、待って。今めっちゃ怖い事言われなかった? 俺ガチで霧香以外の女子には興味ねえんだが?」


 三人へ謝ってから通路との扉へと向かう。心臓はまだバクバクとうるさかった。


「……よし。居ねえな」

「そんじゃ行くぞー。二人もおやすみー」

「楽しかった。そんじゃまた明日ね」


 こそこそと廊下へ出る二人。凪がまだほんのり頬を赤くしていて、小さく礼をした。


「そ、それでは。おやすみなさい」

「あ、ああ。おやすみ」


 凪を見ると先程の事を思い出してしまい顔が熱くなる。


 どうにか見送り、瑛二と部屋に戻った。


「いやー、良かったなー。怒られなくて」

「本当にな。寝るか?」

「ああ、ちょっと待て」


 電気のスイッチに手を掛けると。瑛二が止めた。


「蒼太。とりあえず座ってくれ」

「……分かった」


 瑛二に頷いて。俺は布団の上に座る。瑛二も机を挟んだ場所に座っていた。


「一つ、話をしようと思ってな」

「……昨日言ってたやつか」

「そうだ」


 頷く瑛二に俺も姿勢を正した。



 恐らく。真面目な話だろうから。



「話っていうのはお前……お前と東雲についてだ」

「俺と、凪?」


 瑛二は深く。深く頷いた後。



「お前。昔の霧香に似てんだよ。そんで、今のお前見てるとな。後悔する未来しか見えねえんだ」


 そう、言った。

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