第10話 修学旅行 一日目

 時が流れていく。


 一日が終わるのが早い。先程起きたかと思えば、すぐに寝る時間になっている。


 気がつけば一年以上が経っていた。


 凪に出会ってからも時が過ぎるのは早かった。しかし、瑛二達と出会ってからは更に早くなった。


 毎日が楽しかった。学校で凪と、瑛二と、西沢と、羽山と話して。帰った後に遊んだり。休日、凪が休みの日に遊びに行ったりしていたのだ。


 しかし、それだけではない。


 凪の隣に居られるように頑張った。

 隣に立っても恥ずかしくないように。



 まず、勉強を頑張った。学生の本分である。元々勉強が苦手ではなかったので、かなり伸びたと思う。

 その他、検定試験も頑張った。空いた時間を使って、学校で取れるものを中心に。



 ――凪も同様に。勉強も試験も頑張っていた。


 結果、テスト結果の出る席次も俺は凪の一つ下。二番であった。



 ――足りない。

 どこまで行っても、彼女は俺の一歩。否。何十歩も先を行っている。



 唯一、英語の検定くらいだろう。彼女が取っていないものは。


 だが、それだけだ。


 習い事はやめていないし、それどころか結果を出し続けている。とある有名なコンクールで賞を貰ったりしていた。それから凪の名もその道で有名になりつつある。


 凪も元々、その道ではかなり有名だったらしい。しかし最近だとテレビなどの取材も来てるとか。宗一郎さんに頼み、全て断ってると話していたが。



 気がつけば、二年生も二学期が始まっていて。


 修学旅行が近づいていた。


 ◆◆◆


「よーっす。どこ行くかもう決めてたよな?」

「ああ。前の時間で決めてるぞ」


 修学旅行は奈良と京都、大阪へと向かう事になっている。

 一日目は奈良の大仏を見に行った後に奈良公園に向かう予定だ。二日目は京都で自由探索。しかし学校が指定した歴史的建造物をいくつか選んで見に行かねばならない。

 三日目は大阪。こちらはとあるテーマパークで、自由に遊べる日だ。


 一応凪に聞いてみたところ、テーマパークは遊園地に入らないらしい。いや、定義などは分からないのだが。凪曰く別物との事だ。


 凪の言いたい事もなんとなく分かる。とりあえずここは遊園地判定ではないという事になった。


 そういえば、二年生に上がってから大きく変わった事があった。


「って事はもう割と自由だよね?」

「そうですね。先生も、騒がしくしなければお喋りをしていて良いと言ってましたし」

「二人がすんごい勢いで調べてくれたお陰だね」

「御三方も調べてくれたじゃないですか。バスのルートやお昼を食べる場所など」


 凪と西沢。そして羽山が同じクラスになったのだ。瑛二は連続で同じクラスだ。


 そして、修学旅行のグループはこの五人となっていた。本当ならば男子三名女子三名のグループなのだが、男子はどうしても二人余る形になる。結果、俺と瑛二が組む形となったのだ。


 当日はこの五人で色々回るのである。班長は俺と凪だ。


「一応二日目の確認しとくぞ」

「あーい」


 瑛二のやる気のない返事を聞きながら。その日の振り返りをする。


「……泊まる場所は男女別なんですよね?」

「ああ。まあ、普通そうだ。学校側も男女で寝かせて問題を起こしたくないだろうしな」


 凪が少し残念そうにしていた。


 あれから……凪が俺の家に泊まってから、凪はよく俺と眠りたいと言うようになってしまった。

 何でも、睡眠の質が段違いだとか。いや、さすがにほいほい隣で寝かせられないし。宗一郎さんも話を聞いて苦笑していたが。


 結局、どちらかが泊まりに行くようになっている。大体月に一回か二回ほど。


「……ね、瑛二。ひかるん。やっぱこの二人の会話おかしくない?」

「あの話し方だと寝てるよな。ガッツリ」

「幼馴染って凄いね」

「ひかるんのおばか! 普通の幼馴染は一緒に寝ない! 瑛二もそうだし!」

「そうだぞ。霧香は寝相悪いからな。蹴られるぞ」

「殴るよ。グーで。強めに」

「ごめんなさい」


 なんか余計な会話が聞こえてきた。


 こちらも最近やっと知ったのだが。瑛二と西沢も幼馴染らしい。しかも保育園から同じだとか。小六の卒業式前に告白し、付き合ったと話していた。


「まあ、仕方ありません。二日間我慢します」

「……毎日は寝てないから大丈夫だろ? まあ、二人も居るし楽しいだろ」

「はい。それはもちろんそうです! 楽しみですよ」


 表情をころころと変える凪は見ていてとても楽しい。

 楽しんでいるのが凪にバレて。凪がもう、と口を尖らせた。


「蒼太君、意地悪です」

「悪かったよ」

「帰ったらお仕置きですからね!」


 凪のお仕置きは可愛らしいものが多い。いきなり抱きしめられて頭を撫でられたり。無言で頭を撫でろと請求してきたり。お仕置きってなんだろうと考えさせられる。


 そんなやり取りを繰り広げながらも、凪がそっと。腕に触れてきた。


「それはそれとしまして。修学旅行。いっぱい楽しみましょうね、蒼太君」

「ああ。楽しもう」


 凪と、そしてみんなと同じクラスになれたから。

 精一杯楽しもうと。俺は頷いたのだった。


 ◆◆◆


 一日目・夜


「凄い迫力でしたね」

「こう……言葉に言い表しにくかったが。圧巻、と言えば良いのかな。凄かったな」


 一日目はかなり忙しめのスケジュールとなっていた。

 お昼前から新幹線と私鉄特急を駆使して奈良へと移動。お昼は新幹線の中で駅弁を食べた。

 そして、移動した後は点呼の後に東大寺へと向かった。


「鹿も可愛かったねぇ。鹿に囲まれるひかるんも」

「ちょ、やめてよ。軽いトラウマなんだから」


 その後は奈良公園に向かい、鹿と戯れたのだ。


「鹿せんべい、効果凄かったからな」

「凄い人馴れしてましたね。蒼太君も群がられてましたし」


 凪の言葉に頬が引き攣った。


 あれは……鹿は可愛いと思っていたのだが。少し怖くなってしまったな。


「肉、一つ取るぞー」


 夕飯はすき焼きである。瑛二が取り分ける用の箸を使い、肉を一つ小皿に入れた。


「それにしても美味しいですね。ここのすき焼き」

「んねー。椎茸も美味しい」


 大部屋で、割と騒がしさはあった。


 しかし、その中でも俺達はどこかゆったりとした時間を過ごしていた。


「あ、瑛二。ちょい耳貸して」

「おう、なんだ?」


 俺達は一つのテーブルに三人と二人で別れ、対面に座っていた。

 こちらは俺と凪。向かい側……俺から見て右から瑛二と西沢、そして羽山が居る形だ。


 二人のやり取りにどうしたのだろうと思っていると。凪がちょんちょんと肩をつついてきた。


 ……羽山がニヤニヤとこちらを見ているのが少し不安なんだが。


「なんだ?」

「あの、ですね」


 鈴のように澄んだ声が限界まで抑えられる。

 その吐息混じりの声は耳だけでなく、脳をゾワゾワとくすぐってくるようだ。


「明日、そちらのお部屋に遊びに行こうと思いまして」

「……本気か?」


 小さく返すと、凪は頷いた。


(大丈夫です)


 そう口を動かして伝えてきた。凪が言うのなら、まあ……大丈夫なんだと思う。


 先生に見つかったら、など。不安はあったものの。


 その言葉を聞いて明日が少し、楽しみになっていた。


 ◆◆◆


「なんか新鮮だな。お前と同じ部屋で寝るなんてよ」

「遊ぶ事はあっても泊まる事はなかったもんな」


 普通の部屋は三人一組であるが、この班の男子は俺と瑛二しか居ない。

 そして、この旅館もかなり大きいのだ。

 なんでも、校長先生の親戚が経営しているとかで。ここ最近は毎年お世話になってるらしい。


 他の学校から顰蹙ひんしゅくを買いそうなものだが。まあ、俺が細かい事まで気にしても意味はないと思う。やめておこう。


 そんな事を考えながら布団の用意をしていると。瑛二が話を続けてきた。


「俺ん家に泊まりに来ても良かったんだけどな。母ちゃん達にも蒼太達の事は話してるし。姉ちゃんも会ってみたいって言ってたぞ」

「まあ、一度くらい遊びに行ってみたさはあるな」

「おう、いつでも来いよ。なんなら家出してきても良いんだぜ?」

「幸いにも家族仲は良好なんでな」


 瑛二の言葉に苦笑していると、布団を敷き終わった。そのまま電気を消し、布団に横になる。瑛二も少し離れた場所で横になっていた。


「どうする? 中学生らしく恋バナでもすっか?」

「浮気でもする気か?」

「やんねえよ。俺は霧香一筋だっての。イチャコラエピ無限リピすっぞ?」

「悪い悪い」


 瑛二に謝りながら天井を見つめる。

 脳裏に浮かぶのは彼女の姿だ。


「恋バナ、ね」

「お? ほんとにやるか?」

「やめておこう。俺には浮ついた話もない」

「浮ついた話しかないの間違いだろうが」


 瑛二の言葉に笑う。きっと、とっくにバレてるんだろうなと思いながら。


「なあ、蒼太」

「なんだ?」


 珍しく真面目な声音で呼ばれて。返事をするも……


「やっぱなんでもね」


 いつもの声音でそう返された。


「珍しいな。何か聞きたい事があるなら遠慮しないでくれ」

「んー」


 珍しく瑛二が悩んだ素振りを見せた。

 しかし、程なくして。ため息を吐く音が聞こえてきた。


「やっぱ今日は良いかな。夜も遅いし」

「……そうか。まあ、話したくなったら話してくれ」

「おう。多分明日くらいに」


 それなら今でも良いのでは、と思ったものの。純粋に今話したい気分ではないのだろう。


「んじゃ、おやすみ。蒼太」

「ああ。おやすみ。良い夢見ろよ」

「お前もな」


 その言葉から数分も経たないうちに瑛二が寝息を立てた。


 何を、言おうとしていたのだろうか。


 まあ明日になれば分かるかと。俺も眠りについたのだった。

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