第6話 女子会

 扉を開くとからんころん、と軽快な音が鳴った。綺麗な音だ。もう一度鳴らしたいと思ってしまうくらいに。

 その音を聞きながら、私は喫茶店の中に入った。


 すると、栗色の髪をした少女が手を挙げているのが見えた。


「なぎりんなぎりん、こっちこっち!」

「は、はい!」


 喫茶店のマスターらしき人にお辞儀をして、茶髪の少女――西沢さん達の所へ向かう。


 テーブル席に西沢さん。そして、羽山さんが座っていた。


 羽山さん。羽山光はやまひかるさんは、黒髪をポニーテールにした明るくて可愛い女の子だ。


「ごめんなさい、遅れてしまいまして」

「いーよいーよ。習い事で忙しいんでしょ?」

「無理言ったのは私達だもんねー」


 優しい言葉をかけられてホッとする。

 店員さんが来たのでアイスココアを頼み、私は荷物を置いた。


 今日、呼ばれた理由。それは女子会をするからだ。


「……えっと。女子会って何するんですか?」


 女子会、という名前は知ってる。でも、具体的な事はよく分からない。


「お、女子会初めてな感じ?」

「まあ私も初めてだけど」


 ポテトをつまみながら返事をする二人。西沢さんがポテトの入ったお皿をこちらに寄せてきた。


「なぎりんも食べな食べな」

「あ、ありがとうございます」


 一本貰い、口の中に広がる塩味とスパイスの香りを楽しむ。そのまま先程の言葉の続きを待った。


「で、何するかよね」

「まあなんでも良いとは思うけど」

「でもやっぱ女子が集まるとなったらやる事は一つっしょ」


 二人がニヤリと笑う。なんとなく、悪い事を考えてるような笑みに見えた。本当に悪い事はしないと思うけど。


 そして、二人は同時に口を開いた。


「恋バナよねー」

「恋バナしかない」


「……恋、ばな?」


 あまり聞き馴染みのない言葉。でも、なんとなくその意味は分かった。


「そ、恋バナ恋バナ」

「人の恋愛話は誰でも安定して面白いからね」

「は、はぁ……」


 恋バナ。恋の話だと思うけど。よく分からない。

 もちろん本で読むのは好きだけれど。


「という事でなぎりん?」

「キリキリ吐いて貰うよ?」

「……わ、私ですか!?」


 二人の話だと思っていたのでびっくりしてしまった。


「で、ですが。その。西沢さんは?」

「私のはいつでも話せるし」

「そーそー。現カップルじゃん」


 た、確かに……? いや、でも、ちょっとは気になるような。


「じ、じゃあ羽山さんは?」

「私? 私は浮ついた話もないしなー。小学校と中学校一緒で仲良い男子もあんま居ないし」


 羽山さんは可愛らしいから、好きになる男の子が居てもおかしくないと思うけど……。本人にその気がないようだった。


「それよりやっぱなぎりんだよね」

「実際どこまでほんとなのかなって話多いし」

「私に答えられるものなら答えますが……」


 何を聞かれるのだろうと思っていると、ココアが来た。


 少し飲んで、乾いた喉を潤わせる。

 すると、西沢さんが元気よく手を挙げた。


「じゃあじゃあ早速一つ目!」

「はい。どうぞ」


 西沢さんへと笑顔を向けた。しかし。


「みのりんとデートする時、毎回手繋いでるって聞いたけどほんと?」


 その言葉に顔が固まってしまった。


「あれ? なぎりん? おーい」

「最初から飛ばしすぎ……でもないか。で、どうなん?」


 一度、手でもにゅもにゅと固まった頬を揉む。その間にどう答えようか考え。嘘は良くないなと目を瞑った。


「嘘ではないです」

「お、まじ?」

「ですが」


 その言葉と同時にまた目を開けた。


 確かに毎回、蒼太君と手を繋いでいる。二人で出かける時は必ず。

 けれど。理由があっての事だ。


「はぐれたりしないようにするためです」

「はぐれないように……ねぇ」

「へぇ。いつも東雲ちゃんの方から握るの?」


 羽山さんの言葉に首を振った。


「蒼太君の方から握ってくれます」


 二人はおお、と声を漏らし。なんとなく、それが少し嬉しかった。


「やるじゃんみのりん」

「草食系に見えたけど。いいじゃん」

「え、えへへ」


 蒼太君が褒められるのは嬉しい。まるで、自分が褒められた時みたいに嬉しくなる。


「ちなみにさ。運動会でハグしたって聞いたけどほんと?」

「ふぇ!? ど、どこでそれを!?」

「あ、ほんとだったんだ。こっちの学校まで噂になってたよ」

「あ、私のとこも」


 その言葉に顔から火を吹いてしまったかのように熱くなっていくのを感じた。


 あれが……う、噂に。


「というか二人の事が噂になってた」

「分かる。教室でイチャつくカップルが尊くて死ぬって聞いた。友達の友達が東雲ちゃんの小学校でさ」

「えっ、……え?」


 蒼太君と私が……噂に?


「ちなみに教室でみのりんに頭撫でて貰ったってのは?」

「う、運動会で頑張ったご褒美にですね」

「クラスの女子が海以君にちょっかい出してる時、独占欲で海以君に抱きついたって話は?」

「こ、こちらも同じ時にですね。蒼太君、運動会すっごく活躍するので。女の子にモテちゃうんです」

「ふむふむ。……それなぎりんの反応目当てだね。多分」


 凄く、顔が熱い。私は一体何の話をしてるんだろう。

 服を手で掴んでパタパタと中に空気を送り込んでいると。

 じっと、とある部分に視線が注がれていた。


「そういえばなぎりん、おっきいよね」

「思った」

「おっきい、ですか?」

「胸よ胸」

「……え?」


 バッと。服に掛けていた手を外してしまう。はしたない事をしてしまったと今更ながらに気づいた。


「中学生にしては凄くない? ……や、ほんとに凄くない?」

「中一がしていい胸じゃないよね」

「いや……その。た、確かに自分でも大きいとは思いますが」


 改めてそこに自分の手を置いた。大きいけど、色々と不便はある。


「最近、肩が凝りやすくなってきましたし」

「お、出たな? 巨乳あるある」

「まあ私達もまだまだ成長するとは思うけど。……それで考えたら東雲ちゃん、凄い事になるんじゃない?」


 それはちょっと困るかもしれない。

 もっと肩凝りが酷くなるのかもしれないし。下着も買い換えないといけなくなる。


 須坂さんもお母様も理解のある人だから良いけど……。お金を出させてしまうのは申し訳ない。


 難しい顔をしている私に羽山さんが笑いかけてきた。


「でも良いじゃん。それで海以君の事誘惑出来るし」

「ゆ、誘惑……」

「みのりんも男の子だろうし? 胸とか押し付けちゃえばイチコロじゃない?」

「そ、そんな事……あ」


 ふと。あの時の事を思い出した。


 蒼太君が女の子と話していて――思わず、頭を胸に抱きしめていた事。


 珍しく、蒼太君が耳まで赤くしていたから。覚えてる。


「……へぇ? あるんだ」

「え! い、いや、その……」


 ニヤリと口角を上げる西沢さん。続けて羽山さんも笑った。


「東雲ちゃんも案外やるじゃん」

「ち、違います! あ、あの時はですね。そういう意味でやった訳では……」

「まあまあ、そこは置いといてさ。……効いてた?」


 西沢さんの言葉に私は――小さく、頷いた。


「ま、そりゃそうよね」

「い、言っておきますが。いつも蒼太君がそこを見てくるとか、そういう訳ではありませんから」

「良い子、というか精神年齢高そうだもんね。彼」


 羽山さんの言葉に全力で頷いた。ちょっと首が痛くなる。


「蒼太君は話す時なんかはちゃんと目を見てくれますし。私がちょっとぼうっとしてる時も顔を見ててくれますから」

「……それって」


 ポテトを一つ摘んで西沢さんが薄く微笑んだ。楽しそうに、私に聞いてくる。


「みのりんがなぎりんの事、ずっと見てるって事だよね」

「……? そうですが。私もそうしてますし」


 そう言うと、また二人が笑う。

 こうして話していると気づいた。二人の笑いは嫌な笑い方ではない。

 人を小馬鹿にするようなものではなく、どこか微笑ましく思うような。そんな笑い方だ。


 それでも意味はよく分かっておらず。首を傾げていると、羽山さんが教えてくれた。


「紛うことなき相思相愛じゃん。はよ付き合っちゃえよ」


 その言葉に私は顔を押さえた。

 どんどんと熱くなるほっぺた。まさか、と思いながらも。


 そうなんじゃないかという思いが少しだけ込み上げてきてしまう。


「凪ちゃん、べっぴんさんだもんねぇ」

「……ん。一つ思ったんだけどさ。あー……二人って友達少ない系だったんだよね」

「あ、はい。そうですよ。お二人と会うまでは蒼太君以外にお友達は居ませんでした」


 ココアを一口飲んで、口の中に広がる甘みに一息つく。頬の熱は中々引かないけど、無視しよう。


 羽山さんが何かを聞きたそうにしていたので、続く言葉を待った。


「どうやって仲良くなったのかなって思ってさ。あ、無理して聞こうとは思ってないよ。ちょっと気になってさ」

「ああ、なるほど。大丈夫ですよ」


 確かに気になったはずだ。私自身、少し不思議である。


 私と蒼太君が初めて出会ったのは――


「引っ越してきて、辺りの地理を把握しようと散歩してたんです。丁度公園があって、遊んでいる子達がいっぱい居て。その中でも父親とキャッチボールしている子が気になって、公園に入ったんです」


 あの頃の私は、なんとなく気になったぐらいにしか思っていなかった。


 ただ。今よくよく考えてみると。


「羨ましかった、のかもしれません。私はお父様ととても仲良し、という訳ではありませんので」


 父親とキャッチボールをしている彼が。気になった。

 その時から、彼と遊んでみたいと。少しだけ思ってしまった。


「その時、彼が――話しかけてきてくれたんです。『よかったら、いっしょに遊んでくれないかな』って」

「ほほう? それで?」

「最初は断ってしまいました」


 そう返したら。二人がきょとんとした顔になった。それが面白くて、少し笑ってしまう。


「な、なんで?」

「戸惑ってしまったからですね。気になった男の子に話しかけられて……。返事をしてから後悔しそうになったんですよ。でも、彼のお父様から改めて誘われたんです。『良かったら息子と遊んでやってくれないか?』と。それで遊ぶようになったんです」


 懐かしい。

 目を瞑ると、今でも思い出せる。


「ボール遊びをしてですね。私がちょっと転んでしまいそうになって。蒼太君が助けてくれたんです」


 痛い事を覚悟して。でも、彼が抱きとめ……切れなくて、転んでしまったけど。

 彼が下敷きになって、私が助かって。でも蒼太君に怪我はなかったから安心して。


「その時、お父様が来まして。転んでしまって怒られるかと思ったんですが。ここでまた、蒼太君が助けてくれたんです。元々お父様も怒る気はなかったらしいですが」


 とくん、と心臓が跳ねる。


 ――僕が、なぎと遊ぼうって、言ったから。けが、させて……させてしまいそうになりました、から。ごめんなさい。


 瞼を閉じれば、鮮明に思い出す。


「その時、決めたんです。蒼太君とお友達になろうって」

「お友達、ねぇ」

「結構劇的な出会いしてるね」


 二人にはい、と返して。


「ですから、私は――」


 不自然に思えるほど高鳴る心臓。


 私は――? 私は今、なんと言おうとしていた?


 自分へ問いかける。頭の中には彼の顔があった。


 その顔を思い出す度に。心臓の音がどくどくと早く、大きくなった。

 彼を見る度に、心がポカポカして。つい目で追いかけてしまった。


 ――あれ?


 彼が女の子と話すのは嫌だった。取られる、とかもあったけど、それとも違う。

 とにかく、嫌だった。


 ――まさか。


 彼の笑顔を見る度に、ぎゅってしたくなった。

 彼に頭を撫でてもらうと、幸せだった。

 彼に手を繋いでもらうと、心がふわふわした。


 ――私。


 彼と離れる度に。心がきゅっと、痛くなった。


 ――ああ、そっか。私。


 目を瞑り。胸に手を重ねる。



 私――



「蒼太君に恋、してたんだ」

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