第5話 親友
月日が経って。俺達は中学生になった。
「ど、どうですか? 蒼太君。……お、おかしいところとかありませんか?」
「良いと思う。すごく」
入学式の日。
わざわざ家まで迎えに来てくれた凪は、少し不安そうにしていた。
その制服はセーラー服。胸の上の方に赤いリボンが付けられていた。
「可愛いですか?」
「か、可愛い……と思う」
気恥ずかしくなってしまい、凪の顔が見れない。
最近、こんな事が多くなっていた。少し前まではちゃんと話せていたのに。
「蒼太君も! かっこいいですよ!」
「あ、ありがとう」
凪の言葉にお礼を言って。俺は靴を履いた。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
扉を開いて振り返ると。父さんと母さんが居た。父さんはカメラを構えていて、何枚か写真を撮っていた。
父さんがカメラを下ろし。朗らかに笑う。
「いってらっしゃい、二人とも」
「気をつけて行くんだよ。いってらっしゃい」
「いってきます」
「い、いってきます!」
母さんと父さんに返事をしてから家を出た。
二人とも、その目は暖かく。見えなくなるまで俺達の事を見つめ、手を振っていた。
「少し、緊張しますね」
「そうだな」
勉強についていけるか……は大丈夫だろう。春休みを使って、凪とたくさん勉強したから。
問題は人間関係だ。
「お、お友達。出来ても私の事、忘れないでくださいね!」
「今生の別れではないぞ。忘れるはずもないし。……というか帰りは一緒に帰りたいんだが。嫌か?」
「良いんですか!?」
凪の言葉に苦笑する。俺からお願いした事なのに、凪はその目を輝かせていた。
「ぜひ、お願いしたいな」
「じ、じゃあ! もしクラスが違ってたら、校門の前でお待ちします!」
「ああ。もし俺の方が早かったら校門の前で待ってるからな」
一番良い事は同じクラスになる事なんだが。
そう上手くいかない事は分かっていながらも。願わずにはいられなかった。
◆◆◆
「別の……クラスです」
俺は一組。凪は二組だった。凪が絶望したように顔を真っ青にした。
「うぅ」
「そ、そうへこまないでくれ。ほら、隣のクラスだから。いつでも遊びに行けるぞ」
「……休み時間になる度遊びに行きます」
「ま、毎回ときたか」
まあ、それで凪が喜ぶなら。良いか。良いのか?
お互い。一人でも友達が出来たら良いんだが。
……でも。それで凪と話す機会が減ると寂しいだろうな、と思った。
◆◆◆
無事に入学式が終わった。
……それにしても、まさか凪が新入生代表挨拶をするとは思ってなかったな。
そして、教室に入って担任の先生と顔合わせである。
「はじめまして」
椅子に座ると。いきなり前の席に居た男子生徒に話しかけられた。
「はじめまして」
そう返すと。その男子生徒はニカッと明るい笑みを浮かべた。
「俺の名前は
「よ、よろしく。海以蒼太、だ」
手を差し出されたのでその手を握る。
「いやー、良かった良かった。後ろの席が話せそうな人で」
「あー……まあ、そうだな」
ここで、友達は一人しか出来たことがないとは言えない。余計なことは言わない方が良い。多分。
「それに蒼太。蒼太って呼んでいいか?」
「あ、ああ」
「さんきゅ。俺も瑛二でいいぜ」
「分かった、瑛二。……それでなんだ?」
何を言おうとしたのだろう。すると、瑛二がああ、と言って。にやりと笑う。
「【氷姫】の彼氏と話してみたかったんだよ」
「……氷姫?」
「ん? 知らないのか? あの代表挨拶してた子だよ」
「ああ、凪のこと……待て。瑛二、なんて言った?」
「【氷姫】の彼氏と話したくてな」
「……凪の彼氏? 誰が?」
「お前。蒼太が」
彼の頭の中が真っ白になる。
凪の? か、彼氏って。そういう、あれだよな。
真っ白になる頭をぶんぶんと振って、無理やり回転させる。
「ま、待て待て待て待て。か、彼氏って」
「ん? 違うのか?」
「ち、違う」
「え。小学校の頃とんでもねえイチャイチャするってこっちでも有名だったけど」
「い、イチャイチャなんかしてない」
また首を振って今度は否定の意思を告げると。瑛二が首を傾げた。
「ん? じゃああれも嘘なのか?」
「……あれ?」
「学校で【氷姫】の頭を撫でたとか」
「そ、それは……本当だ」
「じゃあ登下校一緒なのは?」
「本当だ」
「休みの日はずっと二人で居るってのは?」
「本当だな。凪も習い事がない日と限定されるが。」
「運動会の日にみんなの前でハグをしたってのは?」
「……本当だな」
瑛二の目がジトッとしたものになった。
俺も気まずくて目を逸らしてしまう。
「それで付き合ってないは嘘だろ」
「う、嘘じゃない」
「や、別に隠さなくていいんだぜ? 俺も彼女いるし」
瑛二の言葉に驚いた。
小学生の頃は、恋人の居るクラスメイトなどいなかったから。
「いるのか?」
「おう。二組にな」
二組か。……となると。
「凪と同じクラスか」
「そうらしいな。霧香のやつも【氷姫】と話したいって言ってたからな。……で? どうなんだ?」
「つ、付き合ってないから」
瑛二は疑わしそうに俺を見てきて、また目を逸らした。
その時男の先生が入って来て、やりとりは中断されたのだった。
◆◆◆
教室の外の廊下に、凪が立っているのが見えた。校門の前で待っていると言っていたはずだが。
待ちきれなかったのだろうか。俺も早めに終わったら凪のクラスの前に行っていた気がするし。
「それではみなさん、これからよろしくお願いします。帰りは寄り道しないで帰るんだよ。それじゃ、さようなら」
先生の言葉にみんなが「さようなら」と言って、次々に教室を飛び出して行く。今出て行った生徒は多分、仲の良い友達が別のクラスに居るのだろう。
俺も鞄を背負い直して。教室の外へ向かう。後ろから瑛二がついてきた。
「お、噂のなぎりんの彼氏さんだね?」
「で、ですから。誤解だと……」
その凪の隣に茶髪の女子生徒が居た。髪を染めるのは禁止されているので地毛なのだろう。
そして。なんとなく予想がついた。
「よっす霧香。やっぱ仲良くなってたか」
「よーっす瑛二。そっちもね」
やはり、と思いながら凪の隣へ向かう。
「とりま自己紹介しとくか。俺は
「え、……え!?」
「今日が初対面で親友を名乗るとはえらい度胸だな」
「はは。なんか合うと思うんだよな。俺ら」
「お、珍しいね。瑛二がそんなこと言うなんて」
そして次に、霧香と呼ばれた女子生徒が俺を見てきた。
髪色もそうだったが、かなり明るい雰囲気を持っていた。
「私はなぎりんの親友の
「あ、ああ。よろしく」
似たものカップル、とでも言えば良いのだろうか。瑛二同じような雰囲気を感じる。具体的に言うとコミュ力が高そうだ。
「次は俺か。
「そこは大親友って言おうぜ!」
瑛二の言葉に頬を引きつらせる。
西沢は楽しそうに笑っていた。向こうからすればいつもの事なのだろう。
「最後は私、ですね。
ぺこりと、凪が頭を下げる。
「ほんとはあと一人居たんだけどね。ひかるんって言って。家族とご飯食べに行くって先帰っちゃったんだ」
「へえ。そうだったんだな」
西沢の言葉に瑛二がそう言い。俺は一度凪を見ると、頷かれた。
……なんだ。友達できてるじゃないか。
それが嬉しくて、少し笑ってしまう。
凪は小さく口の端を持ち上げ、俺の隣に来た。
「今すんごい流れるように隣行ったね?」
「今日初対面だけどなんかすげえしっくり来る」
二人が俺と凪を見てそう言ってきた。俺達としてはいつもの事なのでよく分からない。
西沢がニヤリと笑う。
「そんでそんで? 二人の馴れ初めはどんな感じなん? なぎりんと……じゃあみのりんで!」
「み、みのりんって……」
「いいっしょ? 仲良くなりたい人には付けるんだ、こういうの」
みのりん……まあ、良いか。呼ばれ方はなんでも。
「というか馴れ初めも何も、な」
「そ、そうですね」
凪と顔を見合せて苦笑いをした。
「あ、そうだ。二人とも、放課後空いてたりするか? あとスマホとか持ってるか?」
「放課後? 俺は空いてるが」
「えっと、私は……大丈夫です。今日はお稽古も休みです」
凪は日本舞踊とか茶道とか。色々習っている。かなり一緒にいる気がするが。実を言うと、凪は週の半分以上は稽古で忙しい。
今日は入学式という事もあって休みだが。
「あと、俺も凪もスマホは持ってる」
「眠る前に一時間ほど電話しますので」
凪の言う通り、寝る前に電話がかかってくる。八時半頃だ。
それから凪が寝落ちをするまで電話を続けるのだ。
凪がこちらに来てから少ししてから始まり……それから毎日、途切れる事なく続いているのだ。
「……どう思う? 霧香」
「私達よりカップルしてんじゃんこの子達」
二人の言葉に咳払いをした。
「ああ、それでさ。今日ちょっと集まんね? 連絡先交換しようぜ」
「連絡先、か」
初めての事で、思わず聞き返してしまった。連絡先は今まで、家族と凪しか登録されていなかった。
西沢がニカッと、良い笑顔を見せて何度も頷いた。
「そーそー! 私もなぎりんと仲良くしたいし!」
「俺もみのりんと仲良くしたいし?」
「お前にその呼び方されると鳥肌が立つ。やめろ」
「ちぇー」
口を尖らせるが、本気で凹んでいる訳でもない。
……ああ。友人ってこういう距離感なんだな。距離感を間違えていたらめちゃくちゃ怖いが。
その辺は瑛二を見ながら考えていこう。
とはいえ。
「連絡先は俺としてもお願いしたいな」
「わ、私もです!」
「お、いいねいいね。乗り気だね。ダブルデートとかしちゃおうよ」
「楽しそうだな。やろうぜ」
二人の言葉に頬が引きつった。
もう、その件については何を言っても聞かなさそうだ。
「そうそう。ひかるんのも近いうちに聞いとくね。瑛二達にも紹介したいし」
「おお、頼む頼む」
と、そうして。中学初日は……俺達にしては、最高の滑り出しとなったのだった。
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