第2話 蒼太君がいいです

「凪。ここ教えてほしい」

「はい、いいですよ」


 次の日も凪と遊ぶ事になった。

 遊ぶ、と言っても、ただ遊ぶだけではない。


 凪はとても頭が良かった。家庭教師……はつけてないらしいけど、たくさん自習をしているらしい。

 だから、少し早いけど小学校の勉強を先取りして教えてもらうことになった。


 そして、なぎ。凪の名前もちゃんと教えてもらった。

 なぎという言葉は、初めて見るものだった。意味は、風が一切ない。穏やかな海面だと聞いて、思わずうなずいてしまった。


 その目を見た時。僕は海のようだと思ったから。


 その名前は、とてもきれいな凪にすごく似合ってると思う。


「そちらはですね」


 凪も、話してみるとかなりおしゃべりな子だった。昨日がうそのように、いっぱい話ができた。


「……ああ、そういう事だったんだ」

「はい! やってみたら意外と簡単ですよね!」


 凪に勉強を教えてもらうのは、楽しかった。


 そうして教えてもらっていると――凪がそわそわし始めた。


「凪? どうかした?」

「い、いえ。……その。明日から小学校が始まるじゃないですか」

「ああ。そっか」


 凪は不安なんだ。転校してくるから。

 ちなみに学校は僕の通っている所と同じらしい。


 それがうれしくて――


「大丈夫。凪ならみんなと仲良くなれるよ」


 ――少しだけ。さびしかった。


 きっと、凪なら人気者になるから。


「蒼太君と、同じクラスがいいです」

「……なれると、いいけど」


 少し、こわさもある。

 僕は友達がいない。ゼロだ。だから、その事を知られたら……友達をやめられてしまうんじゃないかって。


「なります。それで、蒼太君と学校でもいっぱいあそぶんです」

「……僕じゃなくても、色んな友達と遊べるよ。凪なら」

「いやです。蒼太君がいいです」


 凪の言葉にびっくりしてしまった。凪も自分の言葉におどろいたのか、顔が赤くなっていた。


「い、今のは……その」


 しどろもどろになって。言葉がつっかえて、あせる凪を見て……


 かわいいと、思った。思ってしまって。僕の顔も熱くなった。


「……うそでは、ないです。蒼太君といっしょが、いいです」


 そして。その言葉にまた、顔が熱くなる。


「……ん。いっしょだったら、うれしい」


 そう返す事しか、できなかった。


 ◆◆◆


「みなさん。今日は新しいお友達が増えますよ」


 どくん、と。心がうるさくなった。

 ううん。さっきからずっと、うるさい。


 となりに。机が増えていたから。


 僕はろうかの方の、一番後ろの席だ。


 朝からこの机があって、先生に聞いてる人もいた。でも、先生は笑うだけで教えてくれなかった。


 そして、お友達が増える……転入生がいる、ということだ。


 今、転入生が来るって言ったら。――あの子しかいない。


「それでは、入ってください。東雲凪しののめなぎさーん」


 ガラガラと、とびらが開いて。


 真っ白な髪の少女……凪が入ってきた。


 凪は黒板の前まで歩いて。僕達の方を向いた。


「今日からこの学校に転入する事になりました。東雲凪といいます。見た目は外国人に見えますが、日本で育っているので日本語は話せます。よろしくお願いします」


 そう言って、ぺこりとおじぎをした。


 みんな、息を飲んでいた。多分、僕が最初に凪に感じたものといっしょ……だと思う。


「はい、みんなー! よろしくお願いしますねー!」

「「よ、よろしくおねがいします!」」


 先生の言葉といっしょに、みんながあいさつをして。


 凪の青い――蒼い目が、僕を見てきて。


「よろしくおねがいします」


 と言うと、少しだけ。凪は笑ったのだった。


「それでは。確か蒼太君は面識がありましたよね。お昼後、学校の案内をお願いしてもいいかな?」

「は、はい」


 先生の言葉にうなずいて……でも。周りの子たちは「えー!」とか「ずるーい!」とか、不満そうだった。


 ◆◆◆


「びっくりしました?」

「ちょっと……かなりびっくりした」


 サプライズが成功したと、凪ははしゃいでいた。

 最初はちがう席だったらしい。先生が『もし知ってる人がいれば隣の席にするくらいはできる』と言ったらしいのだ。


 そして、僕の名前を出したと。


「ふふ。それなら成功です!」


 目の前で笑う少女に……周りはすごい色々な目を向けてくる。


 さっきとはかなり空気がちがう。

 なんと、言えばいいんだろう。


 さっきまでは『氷』みたいな冷たさがあった気がする。でも、今はそんなものがない。


「……あ。こっちが図書室。色んな本があるよ」

「図書室ですか。お勉強ができそうですね」


 勉強。たしかに図書室ならできるはずだ。でも、している人はほとんど見たことがない。


「私、本も好きなんです。これからお世話になりそうですね。ちょっと入ってもいいですか?」

「う、うん。多分先生もいると思う」


 凪と共に中に入ると、図書室らしい匂いに包まれた。


「……あ、もしかして転入生さん?」


 カウンターにいた女の先生は凪を見て、すぐに気づいた。


 凪はかなり目立つから、先生たちの間でも話されてるのかもしれない。


「は、はい! 東雲凪といいます! 本は好きなので、お世話になると思います!」

「あらあら、丁寧にありがとうね。私は……そうね。司書せんせーって呼ばれてるの」

「……司書、先生?」

「ええ。ふふ。ただの先生だとどこの先生か分かりにくいでしょ?」


 どこかほわほわとした先生。それが司書先生なのだ。


「分かりました。よろしくお願いします、司書先生」

「はーい。よろしくお願いしますね」


 そうしてあいさつをして、凪と図書室を歩く。


「あ、この本。前の学校で読もうと思ってわすれてました。こっちも良さそうです」

「……本、好きなんだ」

「はい。前の学校でも、お友達が居なかったので」


 少しさびしそうな顔をする凪。


「いな、かったのか?」

「いませんでした。一人も」


 びっくりした。きっと、凪なら人気者だって思ったから。


 口を開きかけて……やめた。その言葉はちがうと思ったから。


「きっと、これから友だちもたくさんできるよ。凪なら」


 その言葉の方がうれしいはずだと思ったから。

 友達が増える分には、凪もきっとうれしいはずだ。昨日の感じだと、僕とも遊んでくれそうだけど。


 凪がそれで今より楽しくなるなら、それでもいいのかなって思った。


 でも、凪は首をふるふると振った。


「蒼太君がいれば、私はいいです。蒼太君だけでいいんです」


 どくん、と。心がとびはねた。


 昨日の言葉が頭をよぎった。


『いやです。蒼太君がいいです』


 似たような言葉に。心がどくどくとうるさくなって。頭の中にいっぱい色んな事を考えてしまう。


 ぶんぶんと頭を振って、その考えを消した。


「蒼太君は」


 凪が僕の服をつかんできた。

 その顔は……何か、こわがってるように見えた。


「蒼太君は、仲のいいお友達とか……いるんですか?」

「……友達。凪が初めてだよ」


 さっき言おうとしてやめた事だ。友達がいなかった事。

 昨日は話したくないと思っていた。さっきまでもそうだ。


 でも、凪に友達がいなかったって聞いて。言わなきゃいけないと思った。


 凪は、僕の言葉を聞いて、顔をかがやかせていた。


「はじ、めて……なんですか? 私が」

「うん……そうだよ」

「いっしょ! いっしょ、なんですね!」


 今までで一番大きかった声に少しびっくりしてしまった。


「う、うん」

「……!」


 小さく息を飲んで。

 その目を細くして、笑った。

 かと思ったら、今度はハッとした顔をして。ふるふると首を振った。


「ち、ちがいます。ちがいますからね。蒼太君にお友達がいなかった事がうれしいんじゃなくて、蒼太君といっしょだった事がうれしくて……」


 あわててそう言う凪。


「……ふふ」


 笑ってしまった。悪い意味での笑いじゃない。


 少しだけ。かわいいと思ってしまったから。


「う、うぅ……ちがいますからね」

「分かってるよ」


 凪に言って、近くの本を見る。


「……凪。おすすめの本ってある?」

「……!」


 そう聞くと。凪の顔がまたぱあっとかがやいた。


「はい! いっぱいあります!」


 凪がそう言って、本をたくさん取ってきて。


 お昼休みは凪のおすすめの本発表会となって。


 その間。司書先生が、僕達をにこにこと見ていたのだった。

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