受賞記念番外編if もし小さい頃に蒼太と凪が出会ったら
第1話 引っ越してきた女の子
「行くよ、お父さん!」
「おー! ばっちこーい!」
学校がない日は好きだった。
公園でお父さんとキャッチボールができるから。
小学生になっても……友達ができなかった。人と話すのが好きじゃなかった。
みんなを楽しませないと、と思ってしまって。すると、口がうまく動かせなくなって。話す事ができなくなって。
すごく、つかれるから。お父さんやお母さんといる方が楽しかった。
気がつけば、友達ができないまま。小学四年生になるところだった。
学校が終わると家に帰ってお母さんの手伝いをしたり、お父さんと遊んだりした。
休みの日はお父さんとお母さんにドライブに連れて行ってもらったり、こうして公園でキャッチボールをするのだ。でも、最近はキャッチボールをする事も少なくなっていた。学校でからかわれるから。
だから、最近は映画を見に行く事が多くなった。字幕の映画をよく見ていたからか、周りの子より漢字とか言葉は得意になった。
他にも色んな事をした。
だから、さびしくはなかった。
「おー? どうした? なんかあったか?」
映画で時々、『目をうばわれる』という言葉が出てくる。
その言葉の意味はよく分かっていなかった。その時まで。
「……あの子、だれ」
公園に来る子は、みんな知っている。近くに住んでいるから。遊んだ事はほとんどないけど。
だから、その子はすごく目立っていた。
真っ白なかみに、蒼い目。
日本の人ではないと思った。
「……おー。また凄い子に目つけたな?」
「べ、別に」
「よし、蒼太。話しかけてみるんだ」
「え!?」
お父さんにいきなりそう言われて。びっくりしてしまった。
「なあに、言葉が通じなくてもボディランゲージ……ほら。ジェスチャーなんかで話せば良いんだ」
「ジェスチャー」
「ああ、そうだ。ジェスチャーだ。まあ、普通に日本語が話せるかもしれないから。まずはそっちを試してみようか」
お父さんにそう言われて。
――いつもなら、話しかけないはずだった。
そのはずなのに、気がついたら。その子に向かって歩き始めていた。
「ねえ」
近づいてきた僕を、その子はじっと見てきた。
その目で見られると、息ができなくなった。
いつもの。学校で、心が痛くなるようなものとは違った。
それでも。勇気を出して、話しかけた。
「よかったら、いっしょに遊んでくれないかな」
白い髪の子は……ふるふると首をふった。
心がぎゅっとおさえつけられて。苦しくなった。
「……おお。フラレたか。なあ、お嬢ちゃん。日本語は分かる……よな?」
気がついたらお父さんが後ろにいて。あの子に話しかけていた。今度はこくこくとうなずいていた。日本語は話せるらしい。
「良かったら息子と遊んでくれないか? 遊びたいって言って聞かないんだよ」
「お、お父さん!?」
お父さんの言葉にびっくりしてしまい。……その子もびっくりしたのか、目をまん丸にしていた。
少しだけして。その子はうなずいた。
「おお、そうかそうか。ありがとな?」
それだけ言って、お父さんは自動販売機の所に歩いていった。
「……ねえ」
ずっと、あの子って呼ぶ訳にはいかない。
「名前。なんていうの? 僕は蒼太。
そう聞いたら。その子はすこしだけ迷っていた。
でも、それも少しの事だった。
「
「……なぎ?」
「はい。そう、呼んでください。……そうた君」
名前を呼ばれて。
またぎゅっと心がおさえつけられた。
でも、今度はいやな痛さじゃない。
「うん! それじゃあ遊ぼう!」
その時、ちょうどお父さんがボールを持ってきてくれて。
二人でボール遊びをする事になった。
◆◆◆
「りふてぃんぐ、ですか?」
「うん。こうやるんだ」
色々とボールで遊んでいた。
ただボールをけりあうだけなのに、なぎは一つ一つに目をきらきらとさせていた。
とん、とん、とボールを足でける。少し下手だったけど、それでもなぎは喜んでくれた。
それがまたうれしかった。
「わ、私も……」
「うん!」
ボールをわたすと。なぎはじっとボールを見つめた後に、ボールをけった。
ボールは高くとんで、砂場の方に行った。
「あっ」
「あぶない!」
そのボールに足をのばそうとして、なぎがころびそうになった。
そう言いながらも、僕の体はうごいていた。
でも、なぎの体を受け止めきれなくて。ころんでしまった。
「ひゃっ!」
「うわっ!」
背中とおしりがいたい。だけど、上に乗っかるなぎにハッとなった。
「な、なぎ! けが、ない!?」
「……は、はい。いたく、ないです。そうた君は?」
「僕は大丈夫」
ちょっとだけ痛いけど。大丈夫。
だけど、遠くでベンチに座っていたお父さんが近づいてきた。
「だ、大丈夫か!? 二人とも、怪我はないか!?」
「う、うん。僕は大丈夫」
「わ、私も大丈夫です」
その言葉にお父さんがホッとして……その時だった。
公園の外から、一人の男の人が歩いているのが見えた。
なぎもそれに気づいて。ハッとなって立ち上がった。
「……お父様」
「お父様?」
小さな声に、思わず聞き返していて。でも、返事は返ってこない。
その『お父様』と呼ばれた男の人が近づいてきた。
「大丈夫か、凪」
「はい……申し訳ありません、お父様」
なぎはうつむきながら。そう言った。
気がつけば、僕はなぎの横に立っていた。
「ごめんなさい」
頭を下げた。できるだけせすじをのばして、きれいに見えるように。
「……どうして謝るんだ?」
「僕が、なぎと遊ぼうって、言ったから。けが、させて……させてしまいそうになりました、から。ごめんなさい」
なぎがあんな顔をするのはいやだったから。だったら、僕が怒られる方がずっといい。
「頭を上げてくれ、君……君はなんて名前なんだい?」
「そ、蒼太です。海以蒼太。海に似ているで海以、難しい方の蒼いに太いで蒼太です」
「蒼太君か。良い名前だ」
顔を上げると。すぐ目の前に、男の人の顔があった。
「凪を守ってくれてありがとう、蒼太君。蒼太君が良ければ、これからも凪と仲良くしてくれないか」
「お、お父様!? で、ですが。お勉強や習い事が」
「凪」
なぎが少しあわてていた。でも、男の人が名前を呼ぶと。なぎが口を閉じた。
「蒼太君と遊ぶの。楽しかったかい?」
「それは……その」
「正直に答えて欲しい」
「……はい。楽しかったです」
その言葉にうれしくなった。なぎも楽しんでくれたんだと。
「良いかい? 凪。勉強も習い事も、いつでも出来る。凪にはまだまだ時間があるんだから」
「で、ですが。時間を有効活用しなければ、お父様のような人には……」
「凪」
男の人は凪と視線を合わせて。……少し笑った?
よく、分からない。全然顔は変わっていないから。でも、笑っていたような気がした。
「私は――お父さんは。凪が蒼太君達と遊んでくれた方が嬉しいんだよ」
「……おとう、さん?」
「ああ。もちろん、凪がやりたい事は続けて欲しい。そのやりたい事の一つに、彼と……蒼太君と遊ぶ事が加わるだけだ」
その言葉に、なぎの目が光った。
「い、いいんですか?」
「ああ、もちろん。というかお父さんとしては是非遊んで欲しい」
そして。その目がまた僕へと向いた。
「蒼太君も、良ければこれからも凪と遊んであげて欲しい。……良いかな?」
「はい! もちろん、です!」
そうして、僕は――
――俺はその日。東雲凪と出会ったのだった。
この時の俺は知る
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