幕間

第75話 警告

「うーっす。おはよー、蒼太」

「……おはよう。随分と眠そうだな」


 大口を開けて欠伸をしたのは瑛二。


 巻坂瑛二まきさかえいじ

 明るい性格で、何故か俺は気に入られた。一言で表すと、とても良い友人である。

 高校からの知り合いなのだが。……俺の親友と言っても差し支えないくらいには仲が良い。


 彼のお陰で俺は彼女と恋人に……婚約者になったと言っても良いのだから。


「いやー、ちょっと。霧香が寝かせてくれなくてな」

「……そうか」


 少し生々しい言葉に俺は視線を逸らした。


「ま、それは良いんだ。お前らは週末何してたんだ?」

「……家でゆっくり、だな」

「ほーん。そうか」


 この男。色々気づいてそうである。しかし、下手に突っ込んでこないだけ良いのか。


 今は色々とをする期間なのだ。色々と。


 そう自分に言い訳をしていると、瑛二が「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。


「そういやお前ら姉ちゃんに言ってなかっただろ。めちゃくちゃ驚いてたぞ。お前らが付き合ったを通り越して婚約者になったって」

「あ。そういえば言ってなかったな」

「今度二人で行ってみろ。なんか奢ってくれるかもしれんぞ」


 瑛二の言葉に苦笑し、近いうちに向かうと告げる。


「しっかしまあ。お前って凄いよな。色々」

「色々ってなんだよ」

「色々は色々だ」

「何を言ってるのか分からんが」

「考えろ若人」

「同い歳だろ」


 そんなやり取りをしていると、鐘が鳴り。ホームルームが始まる。


『今日も頑張りましょうね、蒼太君』


 スマートフォンにはそんな通知が入っていた。


『ああ。お互い頑張ろうな』


 これがあるから。俺は今日も頑張れるのだ。


 ◆◆◆


『早く終わったので迎えに行きますね』


 その言葉に俺は苦笑した。


「お、なんだ? 迎えに来るってか?」

「……表情を読むな」

「はは、悪い悪い。でも、そんな顔に出たら俺じゃなくても分かるだろうよ」

「そう、か?」


 ああ、と頷く瑛二に複雑な気分になりながら。俺は凪へと返事を返す。


『待ってる』

 とだけ。


 ◆◆◆


「俺も霧香に『迎えに来て欲しいな♡』って送ったら『パフェ奢ってくれるなら行く』って返されたぞ」

「……お前。西沢とのチャットだとそんな文体なのか」

「冗談に決まってるだろうが」


 瑛二と笑いながら校門へと向かう。


 すると、丁度。奥の道から一人の少女が歩いてくるのが見えた。



 真っ白で、初雪のような色をした髪。

 蒼く、海のような瞳。


 その顔立ちは日本人離れした、とても綺麗な表情。

 見るもの皆の目を奪う、と言っても過言にならないのだ。


 ――東雲凪しののめなぎ


 俺の彼女であり、婚約者。そして、将来を誓った人物である。


 彼女を見て。改めて自分の事を思い返した。


 凪に比べると、地味な見た目ではある。……いや。凪と比べれば誰でもそうなるか。


 俺が誇れる事は、彼女より背が高い事と……彼女を抱っこできるくらいには筋肉が付いた事くらいだな。


 俺、海以蒼太みのりそうたも。彼女に見合う男になるよう努力し続けなければならない。


 そのどこか不思議で、綺麗な雰囲気を纏った少女は。俺を見つけた瞬間、顔を綻ばせた。


「蒼太君。お待たせしました。巻坂さんもいらっしゃったんですね」

「俺も今来たところだ」

「おうよ。蒼太の送り迎えだ」


 瑛二がカラカラと笑い、凪は小さく微笑んで俺の手を即座に取った。


「蒼太君がいつもお世話になってます」

「……なんか本格的に蒼太の奥さんみたいになってきてんな。いや、実際世話してやってんだが」

「世話された覚えはあまりないぞ」


 そうして話していた時だった。


 校門から見て右側の道路から、一台の車が見えた。


 とても高そうな車。……これ。高級で有名な車だよな。見た事あるエンブレムだ。


 それと同時に、凪が顔をこわばらせた。


 凪の瞳は車を――その助手席に居る男を見ていた。


 その車から、一人の男が降りてきた。二十代……前半くらいの男だ。


 俺は凪の前に出ていて。瑛二が俺の隣に立っていた。


「……瑛二」

「念の為、だ」


 一言のやり取りを交わし。改めてその男を見る。


「……歓迎されてないようだね。まあ、当たり前と言えば当たり前か」


 とても爽やかな男だ。雰囲気も見た目もかっこいい。


 すらりと細く、背も高い。180cmくらいはあるだろうか。


 酷く、胸騒ぎがした。


「南川、さま?」


 後ろから凪の言葉が聞こえて。その――南川と呼ばれた男は凪を見て笑いかけた。


「初めまして、かな。君にフラレた南川陽斗みなみかわようとだよ」


 その言葉に。俺と瑛二はすぐ察した。


 ――凪に縁談を申し込んだ人だ。


 俺より早く、瑛二が動いた。


「……あんまり手荒な真似すんじゃねえぞ。人通りは多いからな。二人を誘拐なんてさせねえし出来ねえぞ」


 俺より前に出てそう言う瑛二。その手にはスマートフォンが握られていて……


 既に警察へと電話が掛かっている状態であった。


「ま、待って。待ってくれ。違う。別に恨みがあって来たわけでは」

「……信用できるか」

「……待ってくれ、瑛二」


 完全に、一方的に敵視してしまったが。


 元はと言えば、この人はあまり悪くない。というか、これが初対面なので人柄も分からないのだ。


 どちらかと言えば、悪いのは俺である。

 俺が、全てを壊して凪を攫ったようなものなのだから。


「止めんな蒼太。何かがあってからじゃ遅い」

「本当に違うから! ほら、じゃあ運転手! ちょっと離れて! 怪しいのも持ってないから! ね!?」


 慌てたようにその男――南川さんが手を挙げた。警察に銃口を突きつけられた犯人のようである。


「本当に、恨みがあって来た訳じゃない。私はただ、二人が危ないと伝えに来たんだ」

「話。聞くか?」

「え、ええとですね。一応私からしてみれば、父の商売敵ではありますが、寛大な処置をしていただけたので。無碍に扱うのはちょっと、ですね」

「……とりあえず話、聞いてみないか?」


 凪と手を繋ぎ。その体を引き寄せる。念の為、だ。


「蒼太。一応東雲から離れん――分かってんな」

「凪を危険な目に遭わせる訳にはいかないからな。瑛二もありがとう」


 俺の対応が甘い、というのはある。

 もし――最悪の事態を想定するのなら、瑛二の対応が大正解なのだ。


 しかし、その最悪とは少し違うようであった。


 一度落ち着いて。南川さんがふうと息を吐いた。


「改めて、自己紹介を……と言いたいところだけど。本題から入った方が良さそうですね」

「……お願いします」


 凪の言葉にうん、と南川さんが頷いて。


 じっと、俺と凪を見て。


「東雲凪ちゃん。そして、海以蒼太君。君達二人は狙われている。……私の同僚達に」


 酷く後悔の滲んだ顔でそう、言ったのだった。

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