第63話 懺悔
蒼太君が出かけたのを見て、私は深呼吸をした。
一度、目を瞑り……数秒後に目を開く。
「よし」
振り返り、廊下を歩く。……リビングで、お二人が待っていた。
「お義母様。お義父様。お話したい事があるんです」
お二人はきょとんとした顔をしていて……でも、私の雰囲気を悟ってくれたのか、真面目な顔になった。
「私は、蒼太君が大好きです。この世の誰よりも愛しています。……二人で幸せになりたいと、そう思っています」
「ええ。二人を見ていて凄く伝わってくるわよ」
「ですが。私は一つ、重い。とても重い罪を犯しました」
「……とりあえず座ってちょうだい。立ちっぱなしだと疲れるでしょう?」
「ありがとうございます」
お二人が座っている対面に座り、改めてお二人を見る。
「お二人は蒼太君の事を心の底から愛しています。……お義父様とは今日初めてお会いしましたが。この短い時間でも、その事は強く伝わってきました。そして、蒼太君もお二人の事を愛しているという事も。だからこそ、私は話さなければいけないと。そう思いました」
声が震えそうになる。でも、これは私が犯した罪。その償い……にもならない、ただの自己満足なのかもしれない。
でも、だけど。黙ったままでは居られない。
大きく、息を吸って。私は――
「私は一度。蒼太君を裏切りました。……とても、とても手酷い方法で」
そう、言った。
◆◇◆
「……変わってないな」
まあ、あれから半年も経ってないんだし当たり前か。
コンビニまではそう遠くない。でも、あまり早く帰ると凪の邪魔をしてしまうだろう。
散歩がてら、少し遠くのコンビニまで行こうと俺は歩き始めた。
田舎、とも都会とも呼べない。どちらかと言うと田舎寄りだが、少し半端な町並み。
俺はこの町が好きだった。故郷だから当たり前なのかもしれないが。
「……凪と歩きたかったな」
自分でも女々しいと思う。でも本音だ。明日こそ凪と歩こうと決めながらも、一瞬。凪は大丈夫だろうかと思ってしまった。
「いや。凪なら大丈夫だ」
心配が頭を過ぎったものの、今の凪なら大丈夫だ。絶対。
父さんも母さんも親バカではあるが、話が通じない訳ではないし。凪の事も普段から話していた。大丈夫だろう。
……ただ。あの事は話してなかったんだよな。
タイミングを逃していた事もある。あの時期は色々と忙しがったから。
それに、凪の印象を悪くしてしまうし……凪が話すと決めたのなら、俺が割って入るのも良くないと思ったから。言えなかった。
「一応話しておいた方が良かったのかな」
軽く話しておいても良かったかなと今になって思う。まあ、本当に今更なのだが。
そんな事を考えていると、すぐコンビニに着いた。……歩いて十五分ほどの場所にあるから、遠いとも言えないのだが。
そこで炭酸飲料と。まだ時間があるからと、コーヒーも買った。
それらを買った後に俺は少し足を伸ばし、公園に来た。年末でかなり冷える事もあって、遊んでいる子供は居なかった。
「いや。これが原因か」
公園の入口の方にある看板が立て掛けられていた。
【ボール遊び・大声禁止! 近隣住民の迷惑になります!】
「こういうのがあるから子供が外で遊べなくなるんだろうな」
小さい頃は父さんとキャッチボールなりなんなりして遊んでいたからか、少し寂しい気持ちになった。
そのまま中に入り、ベンチに座る。
「……寒いな」
当たり前だが年末である。当然気温は低く、雪が降ってもおかしくない。
先程買ったコーヒーを開け、一口飲む。口の中に広がる苦味と酸味がどこか懐かしい。
このベンチでコーヒーを飲む父さんの姿が少しかっこよくて、真似をしたのが小六の頃だった。
苦すぎて最初は断念したんだったな。父さんが笑って残りを飲んでくれた。
だけど、どうしても飲みたくて。まずはカフェオレから飲み始めたんだよな。
それから家でもカフェオレを作って飲むようにして。少しずつミルクや砂糖を入れる量を減らし……中三に上がる頃にはブラックコーヒーも飲めるようになった。
飲みすぎると体に悪いので、月に何回か飲むレベルであったが。
「……凪と来たいな。ここも」
ふと、そんな呟きを漏らしてしまい苦笑する。
前から思っていたが……俺も凪が居ないと耐えられなくなってしまったな。
「ほとんどの時間を凪と過ごしてたからな」
学校に居る時間は別として、最近だと凪が家に来る時はほぼ確実にお泊まりになる。そうなれば、基本同じ部屋に居る事になる。
凪は一緒に居る時、基本距離が近い。ソファに座っていると隣に来るし、ソファを背もたれにカーペットの上に座っていると隣にちょこんと座ってくる。
そのまま俺の肩にもたれ掛かり――
「さすがに一人でこれを思い出すのは気持ち悪いか。別の事でも考えよう」
そう思い直し、まだ温かいコーヒーを飲む。
空は曇り空である。ボーッと辺りを眺めていると――男子高校生らしき集団が歩いているのが見えた。
「嫌な予感がするな」
なんとなく見覚えのあるような、ないような顔が見え。俺は顔を下げた。
気のせいならばそれで良い。気のせいでなければ――気づかないで欲しいなと思っていたが。
「……あれ? 海以じゃね?」
その声が聞こえ。俺はため息を吐いたのだった。
◆◇◆
私は何があったのかを説明した。
その為に、色々と先に話しておかなければならない事があった。
私は養子であり、パパが着物の企業の代表を勤めている事。ある日、私にお見合いの話が舞い込んで来た事。
それを――蒼太君に言って、もう会えないと伝えた事。
「私は、蒼太君を裏切りました。……最低で、最悪の形で」
今でも思い出すと、心がぎゅっとなるし……とても。本当に本当に、馬鹿な事をしたと思う。
見限られてもおかしくないほどに。……でも。
「それなのに、蒼太君は私を諦めないでいてくれました。その次の日の朝、蒼太君が来て。お父様に話をしてくれました。そこで私とお父様、そしてお母様との誤解は解く事が出来て……全部、蒼太君のお陰なんです。蒼太君のお陰で、私達は改めてちゃんと『家族』になる事が出来ました」
ただの物語なら、これでハッピーエンドとして終わるのかもしれない。でも。
これで終わりにしてはいけない。私が蒼太君を傷つけた過去をなかった事にしてはいけない。
「ここまでが蒼太君を裏切り……深く、深く傷つけた経緯になります。この話は蒼太君からは――」
「いや。聞いてないわね」
「そう、ですか……」
やっぱり話していなかったんだ。蒼太君。いや。話すタイミングを色々失っていたのかもしれない。あの後も色々あったから。
「……その後も、蒼太君は私の事を凄く気にかけてくれました。自分の事など気にしていないかのように」
自分を信じられなかった私を励ましてくれた。ずっと、何があっても隣に居てくれると言ってくれた。
だから――
「私はもう、絶対に蒼太君を裏切りません。二人で――幸せになりたいと。心の底から、強く願っています」
『蒼太君を幸せにする』のではない。『二人で幸せになる』
これが、蒼太君が望んで――私も心から望んでいる事。
「改めて……お二人に、謝罪とお願いがあります」
ずっと静かに、口を挟む事なく聞いてくれたお二人を見て。
私は少し下がり。床に手を着いた。
「この度は蒼太君を深く傷つけてしまい、申し訳ありませんでした」
「ちょ、凪ちゃん!?」
動揺した声を受けながらも、私はそのまま頭を下げる。
最大限の謝罪の意を込めて……土下座をした。
「そして、叶う事ならば。改めて、蒼太君と婚約する事を認めて頂きたいです」
「な、凪ちゃん。顔上げて。そこまで――私達が蒼太の事を大切に思ってるって事が伝わってるのは嬉しいけど。元々怒るつもりもないから」
「あ、ああ。顔を上げてくれ、凪ちゃん」
お二人に言われて、私は顔を上げる。
お二人は――少し困ったような顔をした後に、小さく笑った。
「ええと、黙っていて悪かったんだけど……実は聞いていたんだ」
「……聞いていたって。蒼太君に、ですか?」
「いいや? ……凪ちゃん。君のお父さんとお母さんに、だよ」
……え?
「実は昨日来ていてね。凪ちゃんみたいに謝罪をしにきてくれたんだ」
「ええ。……きっと、話しても凪ちゃんは謝るだろうから。本心を聞きたくて黙ってたの。ごめんなさいね?」
その言葉に私はハッとなった。
そういえば昨日、パパとママは用事があると言って、出かけていた。
「えっと、その。もしかして泊まったのって……」
「ああ。ちょっと話が弾んでしまってね。夜も遅かったから客室を使って貰ったんだよ」
そういう、事だったんだ。あれ? でも。
「……ここの。蒼太君のご実家の住所は知らなかったと思いますけど」
「ああ。実は知り合いにすっごく顔が広い元警官の人が居てね。偶然知り合いの知り合いに凪ちゃんのお父さんが居たんだよ」
そんな偶然が……そういえば昔、家にパパの友人が来ていた事を思い出した。
パパが『友人』と紹介してきたのは珍しく、少し話した事があったのだ。何でも、色々な繋がりを持ってたらしく、すっごくお世話になったとか。その人かもしれない。
「でもそれだけじゃないわよ。……私達が凪ちゃんを怒る事はないもの。それどころか嬉しかったりするのよ?」
お義母様がそう言って、柔らかく微笑んだ。
「もし、蒼太が凪ちゃんのお家に行かなかったら思うところはあったかもしれないけど。……だって。あの蒼太がそうまでして、凪ちゃんをお嫁さんにしたいって思ったって事なんだもの」
「……ああ。私もそうだ。蒼太がそれだけ強くなってくれた事を知れて嬉しいよ。自分の思いをちゃんと言えるようになった事が。そして、成長してくれた事がね」
さて、とお義父様が小さく呟いて。お二人が私を見た。
「凪ちゃん」
「は、はい」
少しだけ緊張してしまい。背筋をピンと伸ばした。
「もうとっくに決まってるわ。……凪ちゃんは蒼太の可愛いお嫁さんで、もう私達の可愛い娘よ」
「ああ。父と母のように、というのは難しいかもしれないが。そう固くならなくて良い。そして、私達お父さんとお母さんから言える事はただ一つ」
そして、二人はニコリと同時に笑って。
「幸せになりなさい」
「大変な事もたくさんあるでしょうし、喧嘩する事もあるかもしれない。……でも。二人なら必ず幸せになれるわよ」
その言葉が嬉しくて――
「はい! お義父さん、お義母さん!」
私の頬を、温かい雫が伝ったのだった。
◆◆◆
「……良かった」
少し話をして、お義母さんに晩御飯の準備をするけどここに居ておくか部屋に戻っておくか聞かれた。少しだけ迷ったけど、私は部屋に戻っていた。
一人になりたかった事もある。緊張が一気に解けたから。
ちょっとだけ。ちょっとだけ体を伸ばしたかったので、ベッドに横になった。
その瞬間――私は顔が熱くなってしまった。
「す……すっごく蒼太君の匂いがします」
まるで、蒼太君と一緒に寝る時のような安心感が生まれた。
お義母さんとお義父さんの事だから、ちゃんと洗濯とか干したりはしてるのだろう。
……でも。すっごく蒼太君の匂いがする。安心する匂い。
「……わ、私は何を」
気がつけば、ごろんとうつ伏せになろうとしてしまっていた。良くない。……良くない。
で、でも。ちょっとだけ。
その枕に顔を埋めて。……布団を被った。
「――ふぁ」
思わず変な声が出そうになって、口を閉じた。
……これ。凄い。本当に蒼太君に抱きしめられてるみたい。
それと同時に、先程まで封印していた気持ちが溢れ出した。
「……蒼太君に会いたいです」
頑張ったって、頭を撫でて褒めて欲しい。……でも。ちょっとダメかもしれない。今回は私が引き起こしてしまった事。謝罪して当たり前なのだから。
でも――一度思ってしまえば、止められない。
ぎゅーってされて。蒼太君に顔を埋めて、ぎゅーってしたい。
「……蒼太君」
ぐぐっと枕に顔を押し付けて。布団をぎゅっと体に巻き付ける。
「……早く帰ってこないかな」
そんな思いとは裏腹に、こうして枕に顔を埋めていると自然と頬が緩んでいくのを感じた。
はしたないと分かっていながらも、そのままごろごろと転がって楽しんでいると、自然と時間が過ぎていく。
その時。こちらから遠ざかる足音に気がついた。凄く、凄く嫌な予感がして。私はバッと立ち上がる。
耳を澄ますと、かすかに声が聞こえてくる。
「あら? 蒼太、荷物置いてくるんじゃなかったの?」
……見られた?
顔が嫌という程熱くなる。だって、今の。見られていたら――
「ち、違うんです! 蒼太君!」
蒼太君のお部屋で……そ、その。蒼太君が居ないからと、変態さんになってしまったように思われてしまう!
思わず私は叫んでしまっていたのだった。
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