第60話 お互い様です

「な、なあ。蒼太。迷子にならないか? ほら、昔はよく手繋いで歩いただろ?」

「何年前の話してるんだ。言っとくが俺も思春期だからな。さっきのは置いといて、今回は全力で拒否するぞ」

「お父さん。いくら蒼太が久しぶりだからって嫌われるわよ」


 お義父様が蒼太君と戯れているのを見ていると、自然と笑いそうになってしまった。

 蒼太君が戸惑っているというか、呆れているというか……珍しい表情をしていたから。


 蒼太君の新しい一面を知れたようで、嬉しかった。


 そうしていると、お義母様が話しかけてきた。


「凪ちゃん。あれから蒼太が迷惑掛けてたりしてないかしら?」

「いえ。とても迷惑なんて。それどころか、凄く……凄く、助かってます」


 彼が居なければ、今の自分にはなれなかった。家族とも溝を作ってしまっていた事だろうし。私も、今のような自分にはなれなかったはずだから。


「それに、家族に掛けてしまうものは迷惑ではなく心配だと。そう教わりました」


『迷惑を掛けてしまう』と遠慮をし続ければいずれ、心配を掛けてしまう事になる。


 だから、家族には遠慮をしない。


「もう、私の中で蒼太君は家族に位置づけられていますから」


 そう言うと、お義母様がきょとんとした顔をして。


 ぶわっと。泣き始めた。


「あんた、本当に良い子と出会ったね……お母さん嬉しいよ」

「ちょ、母さん!?」


 優しく蒼太君の頭を撫でるお義母様。蒼太君は恥ずかしそうに逃げようとしたけど、お義母様が逃げないようにもう片方の手で肩を押さえていた。


「お母さん! ずるい! お父さんだって蒼太の頭撫でたいんだぞ!」

「お父さんはさっき蒼太とハグしたでしょ!」


 蒼太君の頭がもみくちゃにされた。今度は蒼太君が本当に恥ずかしそうにしていて。

 それもお義母様は分かっていたのか、十秒ほどでその嵐は収まった。


 その姿を見て微笑んでいると、お義父様が私を見て、口を開いた。


「蒼太は要領も良くて努力家だ。それでいて、優しい。でも、なぜか友達が出来なかった。……多分口下手なところとか、人見知りなところがあるんだと思う」


 お義父様がそう言う隣で蒼太君が少し恥ずかしそうに頬を赤くしている。


 お義父様の話を聞いて。ふと、ある事を思い出した。



 蒼太君と出会って、すぐの事。


『お話って何を話せば良いのでしょうか』

『ま、まあ。慣れてないんだよな。かと言って俺も慣れてる訳じゃないしな……。ああ、そうだ。趣味とかあるのか?』


 あの時、蒼太君はすぐに話を返してくれた。


 もしかしたら、だけど。


 誰かと話す時の事を考えて、どんな話をするべきなのか。頭でまとめていたのではないだろうか。特にあの時は、私が話しかけてくるだろうと予想していただろうし。


 ……でも、だとすれば余計分からない。蒼太君に友人が出来なかった理由が。


 思えば、巻坂さんとはどう仲良くなったのだろう。


 まだ蒼太君については分からない事だらけだ。でも、大丈夫。


 これから知っていけば良いのだから。


 そう結論付けながらも、お義父様を見る。とても良い笑顔で、笑っていた。


「まあ、つまりは。ありがとう。蒼太の……彼の、良さをちゃんと見てくれて。と、伝えたかったんだ。凪ちゃんの話を聞いてから」


 続く言葉に、私は首を振った。


「お互い様です。……いえ、どちらかと言えば私の方がお礼を言うべきなんです。私以上に、蒼太君は私の事を凄くよく見てくれたので」


 一度、立ち止まると。三人も止まった。落ち着いてから言おうか迷ったけど、今が言うべきタイミングだと思ったから。


「私も。蒼太君の両親である、お二人にずっと伝えたかった事があるんです」


 じっと、蒼太君のお父さんとお母さんを見る。



「蒼太君には、たくさん。たくさん助けられました」


 思えば。最初からずっと助けられっぱなしだった。


「蒼太君が優しく。頼もしい人になったのは、蒼太君の元々の性格もあると思います。しかし、お二人に育てられた影響もかなり大きいと。実際に会って、そう感じました」


 そして、お二人が居なければ――蒼太君は生まれてこなかった。


「だから、ありがとうございます。蒼太君を育ててくれて」


 このお礼を言う事が、色々と伝えたかった事の一つだった。


 すると、小さく笑う声が聞こえた後に。


「「どういたしまして」」


 そう言われ、少し嬉しくなってしまった。頭を上げると、お二人は柔らかく微笑んでいた。


「だけど、お礼を言うのはこっちの方よ」

「ああ。凪ちゃんと出会ってから、蒼太は凄く楽しそうにするからな。それはもう……素っ気ないながらも興味あるって感じでな?」


 お義父様がにぃ、と口の端を持ち上げて笑った。


「いや。凪ちゃんと出会った日からもそうだが、入学してすぐに凪ちゃんの事を――」

「と、父さん。それくらいで……」



 途中で蒼太君が止めてしまった。しかし、その続きが凄く気になった。


 蒼太君があれより前に私を認知していた。……いや。同じ車両に居るし、ずっと視線は感じていたからしているとは思っていたけれど。


 それが凄く嬉しかった。思わずじっと、蒼太君を見た。



「……」


 蒼太君がさっと視線を逸らした。


 じっと、蒼太君を見た。


「…………」


 蒼太君は頬を紅潮させて、ぽりぽりと指でかいた。


 じっと、蒼太君を見た。


「………………」


 じっと――


「……そ、外で話す事ではないから。帰ってから話すぞ」

「やった!」


 小さく拳を握ってしまっていた。

 ほっこりしたような顔で見てきたお義母様とお義父様にハッとし、一つ咳払いをした。


「そういえば俺も、聞きたい事があったからな」

「……? はい、なんでも聞いてください」


 蒼太君へとそう返し……流れる水のように。自然な動作で蒼太君と手を繋いで歩く。


 少しして有料のパーキングエリアに着いた。そこで蒼太君達のお義父様の車に乗り、家まで車でという事になった。


「……一応、電車で近くまで行くと伝えたんだがな」

「お父さんをなんだと思ってるんだ! 一分一秒でも早く蒼太達に会いたくて仕方なかったんだぞ!」

「そう言うだろうと思ってたよ」


 蒼太君が小さくため息を吐いた。その仕草が珍しく。そして、少し面白く。また笑ってしまった。


 蒼太君が私を見て、少しムッとしたように見えた。でも、別に本気で怒っている訳ではない。


 そっと手が差し出され、私はそれを握る。蒼太君の体温が強く感じられるよう、指を絡ませて。



 少し拗ねたような表情をする蒼太君も珍しい。今日は珍しい蒼太君がいっぱい見られるから楽しかった。



 そのまま蒼太君と手を繋いで。外を眺めた。


 今まで見た事がない光景。……当たり前の事だけれど、中学生の時の修学旅行以外であの町から出た事はなかったから。少し楽しかった。


「ここはまだ建物が多いところだけど、あっちにくらべれば全然面白いものはないでしょ。家に近づくにつれもっと少なくなってくからね。田舎って程ではないけど」

「普段見ない景色なので、それだけで楽しいですよ」


 商店街に、個人商店。公園や湖など、一つ一つが新鮮だ。向こうにもありはするけど、中身まで同じではない。


「ふふ。なら蒼太と色んなところに行けば良いんじゃないかしら? 蒼太の母校とか」

「行ってみたいです!」


 蒼太君の母校。……という事は、中学校や小学校だろう。


 見てみたかった。彼がどんな所で過ごしたのか。中まで入るのは難しいだろうけど。


「まあ……別に良いぞ。俺も久々に見たかったし。そういえば父さん。秋にショッピングモールが出来るってあったけど」

「ああ! そうそう。オープンしたんだよ。一回お母さんと行ったけど凄い人だったぞ〜! 凪ちゃんと遊んできたらどうだ?」

「そうだな……じゃあ行ってみるか?」


 蒼太君と視線が合ったので、こくこくと頷いた。


 いっぱい、いっぱい楽しい事がありそうだ。


 折角だから――蒼太君の事をもっと、たくさん知りたい。




 そして、もっと仲良くなるんだ。


 蒼太君の手を握り、蒼太君を見ると。自然と頬が緩んでいって。


 蒼太君も、私を見て柔らかく微笑んでくれて。幸せな気持ちでいっぱいになったのだった。

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