第57話 ずっと、楽しい時間を貴方と
「……蒼太君」
体を寄せ、手をきゅっと握ってくる。その髪は真っ白な雪のようで、サラサラとしていて触り心地が良い。
その肌も真っ白なのだが、頬はほんのり赤い。それと対照的に、瞳は深い海の底のような蒼さである。
その顔立ちはとても整っていて、いつまでも見ていられる綺麗さと可愛さがあった。
「なんだ?」
手を握り返すと、上がっていた口角がまたほんの少し上がった。嬉しさを隠すつもりもないようで、こちらも自然と笑顔になってしまう。
「大好き、です」
真っ直ぐな好意の言葉。凪はこうして言葉にしてくれる事が最近になって増えた気がする。……決して気のせいではないだろう。
でも、まだ慣れない。家族以外からこうして直接的な好意をぶつけられる事はほとんどなかったから。
「大好き、なんです。蒼太君の声が。温もりが。心が。姿が。……全部、大好きなんです」
一瞬、喉が詰まって空気の供給が絶たれる。しかしそれは数秒の事。すぐに空気が肺に送り込まれた。
凪の甘い、花のような香りと共に。
「大好き過ぎて……幸せでいっぱいなんです。こんなに幸せで良いのかって、そう思っちゃうくらいに」
「……良いんだよ、幸せで」
凪の手が離れ。そっと、頬に触れてきた。指先が少しだけ冷たく、手のひらは温かい。
「蒼太君と一緒なら。何があっても乗り越えられる気がします」
「俺もだよ、凪」
その指先を手のひらで包む。芯まで温まるように。
「ふふ」
凪が柔らかく微笑み、俺の手を更に挟むように手を置いた。
その瞳は柔らかく俺の事を見つめていた。その顔が近づいてきて……
柔らかい唇がそっと、頬に触れた。
「思えば、最初にこうして蒼太君にキスをして……されたのって、電車の中が初めてなんですよね」
「……ああ。事故ではあるけどな」
電車が揺れ、凪を壁に押し付けてしまった時のこと。一度目ではなく、二度目の事だ。
「あの時も、色々ありがとうございました」
「どういたしまして。……まあ、約束の範疇だったしな」
「それでもですよ。蒼太君は身を呈して守ってくれました。蒼太君が居なければ……私は押しつぶされちゃったかもしれません」
「結局俺に押しつぶされてしまったけどな」
そう言うと、凪はクスリと笑った。
「蒼太君に押しつぶされるのなら大歓迎ですよ。……蒼太君、いい匂いしますし。全身で蒼太君を感じられるので」
そこまで言って、凪はハッとした表情を見せ。顔を真っ赤にした。
「い、いえ! そ、その、私。別に押しつぶされるのが好きな変態さんとか、そういう訳では……!」
「ああ、分かってるよ」
必死になる凪が少し面白く、そして可愛らしく……頬が緩んでしまう。
そのまま凪は話題を変えようと、目をぐるぐると回して色々と考えているようだった。
これ以上眺めているのも楽しそうではあるが、嫌われたくはない。なにか話題を提供しようと思った瞬間、凪があっと声を上げた。
「そうでした! 蒼太君に渡したい物があるんです!」
そう言って、凪は自分のカバンの中身を探った。その言葉の意味が理解できないほど俺も鈍感ではない。
「……俺も、だな」
自分のカバンの中から、箱を取り出す。見ると、凪も袋を取り出していた。
「蒼太君、メリークリスマスです」
赤い袋は緑のリボンで結ばれていた。そして、大きなクリスマスツリーがプリントされている。
「ありがとう、凪」
そのプレゼントを受け取り、今度は俺が箱を凪に渡す。
こちらも同様に赤色で、緑色のリボンに包まれている。
「メリークリスマス。俺からもプレゼントだ」
「はい! ありがとうございます!」
凪は丁寧に両手で受け取った。
「まずは蒼太君。開けてみてください」
「ああ」
凪から許可を貰ったので、リボンを解き、中身を取り出す。
「……! マフラーか!」
蒼い、凪の瞳と同じ色のマフラーであった。
「はい! ……奥の方にもう一つ、あるので。見てみてください」
凪の言う通り、奥の方にも何かあるようだった。それを取り出すと……
「……! 手袋もあるのか!」
「はい! ……こちらはあまり時間をかけられませんでしたが、無事昨日の夜完成しました」
「という事は……手作りなのか?」
「もちろんです!」
頷く凪に俺は驚き……
マフラーと手袋を見返し、頬が緩んだ。
「今までの感謝と、愛情を込めて作りました」
「ありがとう。大切にする」
その気持ちがとても……とても、嬉しかった。
「ふふ。夜になると冷えますから、降りたらさっそく着けてみてください」
「ああ。……凪も、開けてみてくれ」
「はい!」
俺の合図と共に凪は包装を丁寧に開いていく。
そして、現れたのは真っ白な箱。それを凪が開くと。
二つの箱が入っている。一つは、手のひらに収まりそうな大きさ。
もう一つは、更に小さい箱だ。
「こちらは……! 前言っていたキーケースですね! ありがとうございます!」
大きい方はキーケースである。色々迷ったが、凪に似合いそうな空色の物。隅の方には小さな鳥が描かれていた。
「とっても可愛いです!」
凪も喜んでくれていたようで何よりだ。
そして、凪はもう一つの箱に目を向ける。
「となるとこちらは……?」
「気に入ってくれるかどうかは分からないんだが。とりあえず開けてみてくれ」
凪がきょとんとした顔をしながら箱を開く。
その箱に入っていたのは、小さなキーホルダーだ。
真っ黒な猫のシルエットの形をしたアクセサリーが付いたもの。
「あー。その、だな。キーケース、鍵だけだと少し寂しいと思ってな。……作ってみた中で一番上手くいった物なんだが。気に入らなかったら付けなくても良い」
「手作り、なんですか?」
凪が驚いた顔を見せる。俺は笑いながら頷いた。
「猫の部分はな。色々調べながら作ってみた」
こういうのはあまり慣れてなく、少し手間取ってしまったが。
「……! 嬉しい、です! すっごく! 大切にします!」
凪がキーケースとキーホルダーを自身の胸に抱いて。とても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「それに、すっごく。すっごく可愛いです!」
「そう、か。それなら良かった」
その言葉にホッとした。作り上げてから、凪に気に入られなければどうしようかと思ったが。……次からはもっと慎重にしなければ。
凪が嬉しそうに笑い、俺もマフラーと手袋を見て笑う。
そうしていると、観覧車は下がり始めていた所だった。
「……景色の事、忘れてたな」
「あ……そうですね」
外の景色はかなり良かったはずだ。しかしつい見逃してしまった。
「並び直してもう一周するか?」
「……それも良いですが」
凪は俺を見て、柔らかく微笑んだ。
「景色は次来た時に楽しみましょう」
――次。次来た時、か。
「ああ。そうしよう」
そうだ。これが最後ではないのだ。
長い人生……きっと、一回くらいここに来る機会はあるはずだ。
もしかしたら。その時は二人ではなく、三人で……なのかもしれないが。
凪を見ると、キーホルダーとキーケースを眺めてにへへと笑っていた。
そうして話していると、観覧車は下に着いた。先に降り、凪が転ばないよう手を握った。
少し、歩いて。……これまた前に色々あった、人通りが少なくなった場所に着いた。意図してではなく、偶然だ。
そこで俺は手袋とマフラーを身につけた。
「どうだ……? 似合ってるか?」
「はい! すっごく似合ってますよ!」
対して凪も、カバンから一つの鍵を……俺の家の合鍵を取り出して、キーホルダーを付けてキーケースに取り付けた。
「ふふ……」
凪が微笑み、カバンに仕舞う。ふと、俺は思いついて凪を呼んだ。
「凪、ちょっと隣に来てくれ」
「……? はい、分かりました」
凪が首を傾げながら隣に来る。やはり、凪はスタイルが良く背も少し高めだ。俺より少し小さいぐらいで、ちょうど良い。
一度、首に巻いたマフラーを取って。自分の首に少し巻き付けて、凪に渡した。
「どうせなら二人で暖まろう」
「……! はい!」
そのまま凪とマフラーを巻く。自然と距離が近くなった。
「……ん。なんか、ちょっとだけドキドキします。でも、すっごく嬉しいです」
「ああ……そうだな」
手を繋ぐのとはまた少し違った感覚だ。お互いの行動が制限されるものの、嫌とかそんな感覚は全くない。
凪とより深く繋がれたような気がして、少し嬉しかった。
「それでは……そろそろ帰りますか?」
「……そうだな。帰る頃にはもう良い時間になってそうだし」
帰る、と言ってもそれぞれの家にではない。今日は俺の家に居てくれるのだ。
「あ、そうでした。須坂さんが晩御飯、お家まで届けてくれるらしいです」
「そうだったのか。助かるな。……あ、そうだ。お土産買いに行かないか?」
「あ、忘れてました! 買いに行きましょう!」
凪に手を握られ、歩き始める。
今年は一人でクリスマスを迎えると思っていた。
……いや。クリスマスだけではないか。
今年も、そしてきっと来年も。瑛二という友人は出来たものの、俺はずっと独り身だと思っていた。
変わらない日常が続くのだと思っていた。それでも悪くないと、あの時までは思っていた。
急激にその日常は変わった。もう、元の日常には戻りたくないと思えるほどに。楽しく、幸せなものになった。
「……なあ、凪」
名前を呼び、顔を向けると視線が合った。宝石のように綺麗な瞳と。
続いて、その顔をまじまじと見る。
とても綺麗な顔立ちであった。
ずっと、その顔を見ていた。しかし、話す事はないだろうと思っていた。
俺は口下手で、他人と話す事が苦手だったから。
「……ありがとな」
自然とその言葉が漏れていた。
一緒に居てくれて。あの時、話しかけてくれて。
料理を作ってくれて。お弁当を作ってくれて。
俺を選んでくれて。
全てを言うと長くなるので、一言に短くまとめた。
「……私こそ、ありがとうございます」
全て伝わったのかは分からない。でも、この気持ちはきっと伝わったはずだ。
次に口を開いたタイミングは同時だった。
「「どういたしまして」」
言葉が重なり、凪が笑い。俺も笑う。
その笑みを見て、俺も確信した。
……もう、凪は大丈夫だ、と。
お土産を買って、家に帰るまでの間。
凪の口角が下がる事はなかったのだった。
帰ってからも楽しい時間が続きそうだと、俺もずっと笑っていた。
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