第55話 凪と二度目の遊園地デート

「むむ。……こちらはハズレでしたか」

「前に比べてかなり難易度が上がってるな」


 最初にどのアトラクションに向かうか二人で話し合った。しかし、凪の顔には「迷路に行きたい」と書かれていたので、最初は迷路に挑む事になったのだった。


 前と違い、迷路に加えてクイズや謎解き要素も混じっている。知識はそこまで必要ないが、柔軟な思考を求められるタイプのものだ。


 地図と問題が書かれた紙を見ながら凪は唸る。両手が塞がっているので前のように顎に手をやる癖が見られないが、その表情は真剣そのものである。


 凪の口が小さく開き、目がまんまるに見開かれた。


「……あ! 分かりました! ♠の所です!」


 そう言って凪は俺の手を取って歩き始めた。

 純粋にはしゃぐ凪は子供のようで、見ていて楽しい。


 柔らかな手の感触に心臓がドクドクと鼓動を奏でながらも、それを無視して凪についていくり

 凪は元の部屋に戻って♠の部屋を覗いた。


「恐らくここの棚。一番下で、右から二番目に……ありました」


 凪がしゃがんでそこからペリっと何かを剥がす。それは小さな鍵だった。


「やった! やりましたよ! 蒼太君!」

「ああ。凄いぞ、凪」


 思わず俺まで笑顔になってしまう。

 その真っ白な雪のように滑らかな髪へ手を伸ばし、優しく撫でると嬉しそうに目を細めた。


「えへへ」


 普段外ではこんな事をしないが、ここは人の目も無いので大丈夫だろう。


 ……いや。これもしかしてカメラで見られていたりするんじゃないか。


 建物の中だし、防犯の意味でも必要だろう。

 思わず手を止めると、凪が少し名残惜しそうに俺を見て。しかし、大人しく体を引いた。


「次も頑張ります! ……あ、今度は一緒に解きましょうね! 私も同じ事、してあげます!」

「い、いや。その。俺は大丈夫だぞ」

「……嫌ですか?」

「嫌とかではなく、だな……その」


 伝えるべきか迷う。しかし、そのキラキラとした瞳がじーっと俺を見つめていて。


 小さくため息を吐いた。


「分かった。その時は……頼む」

「はい! もちろんです!」


 凪には楽しい思い出を残して欲しい。

 笑顔で頷く凪を見て、俺達は次のエリアへ進んだのだった。


 カメラで見ている人がいないと良いなと願いながら。


 ◆◆◆


「こ、これ……大丈夫でしょうか。いつもより視線を感じる気がします」


 凪の頭から真っ白な猫耳がぴょこんと飛び出している。思わずそこに手を伸ばしそうになってしまうが我慢だ。


 どうやら迷路にはクリア報酬があったらしい。クリアしてから気づいたのだが、貰えるなら貰っておこうと受け取ったのだ。

 ……猫耳カチューシャを。


「結構つけてる人も居るし大丈夫だ。……その。可愛いと思う」

「……! そ、そうですか?」


 クリア報酬と言っても、お土産用品店にあったカチューシャと同じ種類の物だ。……お店の物とカラーバリエーションが違うが、それ単体で見ればそこまで目立つものではない。

 クリスマスだからか、周りにつけている人も少なくない。


 まあ、凪がつけたら目立ちはするが。元々目立つので誤差の範疇だと思う。


「え、えへへ。それなら良かったです。では、蒼太君も」

「俺は別に大丈夫だぞ」


 ただ一つ問題があるとすれば。

 このカチューシャ、二つあったのだ。


「な、なんでですか?」

「なんでって……似合わないだろ」


 凪が困惑したように言うが、俺は首を振る。


 凪のように綺麗で、その中に可愛さもあるのならば別だが。そもそも男の猫耳カチューシャは需要が低すぎる。


「そ、そんな事ありません! 似合います! 絶対!」


 凪はカチューシャを両手で突き出しなからそう言った。その顔はほんのり赤く、どこか必死そうにも見える。


「い、いや。しかしだな」

「似合うかどうか私が判断しますから! とりあえず一回、つけてみてください!」


 そう言って凪がカチューシャを渡してくる。迷いはしたが――凪のお願いを断れるはずもなく。


「こ、これで良いか?」


 結局そのカチューシャをつけたのだった。

 凪はじっと俺を見た後。とても良い、ニコニコとした笑顔を見せたのだった。


「はい! とっても似合ってます!」


 その手が伸びて俺の頭――ではなく、猫耳に触れてくる。

 直接触れられてる訳では無いが、どこかくすぐったさを覚えた。


「ふふ。ルンちゃんを思い出しますね」

「懐かしいな。……また会いに行きたいな」

「はい! 今度行きましょう!」


 凪がそう言って――話を終わらせない。そろそろ次の所に行くと思っていたんだが。


 手触りが良いのか、凪はずっと猫耳を触り続けている。しかし、その蒼い瞳はじっと俺の顔を見ていた。


「やっぱり可愛いです」

「……え?」


 凪がそう言って、ポケットからスマホを取り出す。


「写真! 撮っておきましょう! 記念として!」

「あ、ああ。それは構わないが」


 普段より少し強引な凪。それに流されるまま、俺達は写真を撮る。


「そ、それでは。撮りますよ? ……はい、チーズ!」


 その操作は少しぎこちなかったが、無事写真を撮り終えた。

 上手く笑えていたかどうか少し不安であったが、早速写真を見て顔を綻ばせていたから大丈夫なのだろう。

 それを見てホッとしていると、凪は笑顔を俺に向けてきた。


「ありがとうございます! 蒼太君!」

「俺も写真、一枚くらい撮っておきたかったからな。後で送ってくれないか?」

「はい! もちろんです! あ、壁紙に設定しても良いですか?」

「ああ、良いぞ」

「……やった!」


 小さく呟き、楽しそうにスマホを操作する凪。それを見ていると、こちらも自然と頬が緩んでくる。


「……よし、出来ました! 次はどこ行きましょうか?」

「そうだな。ジェットコースター……はまたこれを取らないといけなくなるし。周りながら考えるか?」

「はい! そうしましょう! 前は出来なかったアトラクションもありますし!」


 凪が俺の手を取る。指が絡められ、凪の体温が直に伝わってきた。


「ふふ。行きましょう、蒼太君」

「ああ」


 非常に軽やかな足取りで進んでいく凪。

 心の底から楽しんでいる事が伝わってきて、また俺は嬉しくなってしまうのだった。


 ◆◆◆


「わっ」

「大丈夫か?」


 バランスを崩しかけた凪の背中へ手を回し、体を元の位置に戻す。凪が少し恥ずかしそうに笑った。


「え、えへへ。ありがとうございます」


 凪がそう言って、俺の手を強く握った。


 今、俺達はメリーゴーランドに乗ろうとしているのだ。前回乗れなかったアトラクションの一つである。


 メリーゴーランドはとても綺麗に飾り付けられていて、乗るのはカップルか親子がほとんどであった。

 ……前回は子供が多かったので少し恥ずかしく、乗れなかった。

 しかし今回は同年代の人達が多そうだったので誘ってみると、キラキラした目で勢いよく頷かれたのだ。


「……実は、前も乗ってみたかったんです」

「そうだったのか?」


 凪が反対の手でポリポリと頬をかき、頬を朱色に染めながら頷いた。


「はい。ですが、その。前回は子供が多かったと言うのと、蒼太君が断ったらどうしようかと思いまして」

「俺は基本的に断らないぞ。凪に頼まれたら」

「ですが、それでは蒼太君が楽しくない時間が続くかもしれませんし」


 不安そうに小さく呟く凪。俺はその言葉を聞いて笑った。

 いらない杞憂だ。


「俺は凪と居られたらそれだけで楽しいんだ。凪が楽しそうにしていれば俺ももっと楽しくなる。だから、変に考えすぎなくて良い」


 凪は笑った。柔らかく、暖かい笑みだ。


「……ふふ。一緒だったんですね」


 手を握る力が更に強くなった。その表情から、言葉から、手のひらから。凪の温もりが伝わってくる。


「それじゃあ蒼太君も。遠慮しないで乗りたいアトラクションとか、したい事があれば言ってくださいね?」

「ああ、もちろんだ」


 俺が頷くと同時に、メリーゴーランドは動き出した。


「おっ、と。結構動くんだな」

「はい! ……あ、もし倒れそうになったら今度は私が支えますから!」

「ああ、ありがとう」


 俺と凪の乗る馬の速度は同じだ。多少お互い上下に揺れるが、手が離れるほどではない。バランスを崩して落ちないよう、馬の頭には握りやすいポールも備え付けられている。


 しかし――こうした物に乗るという経験は余り無かった。当然の事だが、ジェットコースターやバス、電車とは全然違う。


 それが少し新鮮で楽しかった。


「ふふ。楽しいですね、蒼太君」

「ああ。楽しいな」


 凪と視線が絡み、その蒼い瞳に柔らかい明かりが灯る。


 このアトラクションでも凪は凄く楽しんでくれたようだ。


 ちなみにメリーゴーランドに乗っている間、スタッフさんが全組の写真を撮ってくれていたらしく。申し出ると写真が貰えるとの事で、俺と凪の二人分を貰ったのだった。


 ◆◆◆


 前と同じく、お昼は専用のスペースで凪と共に食べた。


 それからいくつかのアトラクションに乗り、俺達は楽しんだ。


 自然と俺と凪の視線が絡む。次は何に乗るのか、お互い通じあっているようで。


 気がつくと、そこに来ていた。


「――前より並んでますね」

「ああ。そうだな」


 少し早く来て正解だった。


「蒼太君」

「なんだ?」


 凪がそっと体を寄せる。きゅっと、握る手の力が強くなる。


「――大好きです。これまでも、これからも。もう絶対、蒼太君の傍から離れたりしませんから」


 短く小さな言葉。それでも、凪の想いは痛い程に伝わってきた。


「ああ。分かってる。俺も大好きだ」


 手を強く握り返して、俺達は観覧車に乗るために列に並んだのだった。

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