第53話 悩みとプレゼント
「よ、珍しいな。本読んでるのか」
「ああ、瑛二。……勉強は身に入らなくてな。この前凪から借りた本を読んでるんだ」
「へえ? もっと珍しいな」
瑛二の言葉に苦笑し、俺は栞を挟んで本を閉じた。
「……なんか、集中出来ないんだよ」
「ほう? それは恋人絡みかい?」
ニヤニヤとした顔で聞き返してくる瑛二。一発殴ってやろうかと思ったが、なんとなく喜ぶだけな気がするのでやめておいた。
「……瑛二は」
「ん?」
こうなったら聞くしかない。めちゃくちゃ恥ずかしいが。
意を決して、俺は言葉の続きを話した。
「こう、なんというか。……誰かが頭から離れない時ってあるか?」
「ほう? 愛しの彼女が頭から離れないと」
「言い直すな」
図星を突かれて顔がどんどん熱くなり、思わず手で覆い隠した。
「はぁ……」
「悪い悪い。でももちろん俺にもあったぜ?」
「あるのか」
「俺を何だと思ってんだよ。付き合って一ヶ月くらいは授業の事なんも聞いてなかったぞ」
「そこまでなのか?」
「おうよ。まあ、教室も一緒だったからかもしれないがな」
瑛二はカラカラと笑う。瑛二らしいと言えばらしいのだが……
「ちなみに解決法とかあるか?」
「ねえな」
「ないのか……」
「ああ。諦めろ」
一刀両断である。……まあ、どうにかなるものではないと分かっていたのも確かだが。
「ま、人間いつかは慣れる時が……あー。多分来る」
「……せめて言い切って欲しかったんだが」
「もうしばらくはそんな感じだろうよ。頑張れ」
バシバシと肩を叩いてくる瑛二に頬が引き攣りながらも、顔に溜まった熱を吐き出したのだった。
◆◇◆
「どしたの? いつも学校来たら予習復習してるイメージあったけど」
「羽山さん……いえ、そのですね」
学校で本を読んでいると、私より遅れてきた羽山さんに声をかけられた。
「ん? まさか……幸せいっぱいで手につかないみたいな?」
「は、話が早いですね……いえ。その、良くない事だと分かってはいるのですが」
羽山さんは私の言葉を聞いて、不思議そうな顔をした。
「良くない? 良い事じゃん。幸せなのって」
「い、いえ、その。ですが、他の事も手につかないとなると……」
「でも今、幸せっしょ?」
羽山さんの言葉に……小さく頷く。
少し恥ずかしかったけれど、幸せである事に代わりはなかったから。
「なら良いんだよ。人生って長いように見えて短いんだし、それなら楽しまなきゃね」
「……随分と達観してますね」
「あはは。色々人生相談は受けてきたからね。……だからこそ、相談をしてくれた子が幸せそうにしてるのを見るとさ。こっちも嬉しいんだ」
羽山さんはそう言って、とても嬉しそうに笑った。
つい、私まで嬉しくなった。
「色々と。ありがとうございました」
「はい、どういたしまして」
やり取りを交わしていると。ふと、私の頭に疑問が浮かんだ。
「そういえば、羽山さんは恋人とかいらっしゃるんですか?」
「私? 居ないけど」
その返しはとても意外な言葉であった。
羽山さんはとても綺麗だ。肌の手入れや髪の手入れもしっかりしているはずで、その髪は綺麗な黄金色。肌にしみやくすみは一つもないように見える。発育も良く、スタイルも普通の生徒に比べて頭一つ抜けていると言ってもいいくらい。
思わずその顔や体をじろじろと見てしまい、羽山さんが気づいたのか苦笑いをした。
「ご、ごめんなさい」
「や、別に良いけどね? 女の子同士だし。彼氏作らないのにも色々理由はあるんだけどさ」
少し、その理由が気になった。聞いていいものか迷っていると、羽山さんが話してくれた。
「別にそんな大層な理由がある訳じゃないよ? ただ良い男が見つからないなーってだけ。ま、私も理想が高いのは認めてるけどね」
「……なるほど。今まででこの人良いなって思った人とかも居ないんですか?」
「居るには居るんだけどね? 例えば――」
羽山さんが私を見て、イタズラっぽく笑う。
「海以君とか?」
「……!」
思わぬ言葉に息を飲んだ。気がつけば私は立ち上がっていて。
「そ、蒼太君は渡しません!」
そう言ってしまっていた、
「あはは、分かってるから安心して。私も凪ちゃんに勝てるとは思ってないし。というか海以君の事も凪ちゃんほど知ってないからね。完全に第一印象で……とまでは言わないけどさ」
からかわれた……かと思ったけど、それにしては本気で言っているように見えた。羽山さんは私の視線にニヤリと笑う。
「一応本音だよ? あんなに大人っぽい人……ってか同級生であれだけ人の事を思いやれて、でも自分の事も考えられる人って居ないからね。どっちかに振り切った人は居るけど。正直に言うと、なんで彼女持ちじゃなかったのか不思議なくらい」
「それは……そうですね。私も疑問に思ったりしましたし」
でも、その答えは本人から……そして、本人の母から聞いたので分かる。
「蒼太君は誰にでも真摯な態度で接しますから。……ですが、今までそれを発揮する場面がなかったみたいです」
「なるほどねぇ……そういやコミュ障だったんだっけ?」
「えぇ。アルバム写真とか見せてもらいましたが、昔から一人で……いえ。そういえば小学生の頃は一時期女子生徒から人気があったと言っていましたね」
少し疑問だ。蒼太君と話す機会があるのならその魅力に気づいてもおかしくないはずだ。
「あー。個人差はあるだろうけど、小学生ってつい面白い話をする人の所に行きがちだからね。や、もちろん海以君の話がつまんないとかではないけどさ」
「……あまり想像がつかないですね」
「まあいんじゃない? 海以君の魅力に一番早く気づいたのは凪ちゃんなんだしさ」
……確かに、それはそうだ。
頷くのと同時に、少しだけ私は気分が良くなった。
そんな――素敵な彼が、自分の恋人であり、婚約者である事を思い出したから。
「……ふふ」
「おー? まーた愛しの彼について考えてるなー?」
「はい。……本当に、良かったです」
彼と。蒼太君と出会う事が出来て。
仲良くなる事が出来て。
心の底から良かったと思う。
だからこそ……今度は、私が。
「彼を幸せにします」
小さく……誰にも聞こえないよう呟いた。
「ん? なんて?」
「いえ、なんでもありません」
首を振り、私は羽山さんは微笑み返した。
「羽山さんも。もしこれから気になる男の子が出来て、悩む事があったら相談してくださいね?」
「お、言うじゃん。その時はたーっぷり相談するからね?」
「はい!」
そうして羽山さんは笑う。
……ああ。羽山さんが友達で良かった。
そう、心の底から思った。
◆◆◆
『ん、私ー? 私は瑛二と一日中イチャコラさっさする予定だけどー。あれ? 場所決まったって瑛二がみのりんから聞いたって言ってたけど』
放課後、人通りがほとんどいない体育館裏で。私は西沢さんに電話をしていた。「クリスマスはどうするんですか?」と聞いた私に西沢さんはそう答えてくれたのだ。
「ああ、いえ。場所についての相談ではなくてですね……その。もしよろしければ、恋人へ贈るプレゼントについてお聞きしたいのですが」
あくまで先程のは前振りにすぎない。私が聞きたかったのはこちらの方だった。
『ん? プレゼント? 私はピアスとピアッサーかな。今のところ』
「ピアス……ですか?」
『うん。瑛二のやつ、前からピアス付けたい付けたい言ってたけど、穴開けるのが怖いって言ってたんだよね。折角なら私が贈ったのつけて欲しいし? 丁度いいかなって』
「なるほど」
私は顎に手を置いて、ふと空を眺めた。青い空にちらほらと真っ白な雲が浮かんでいる。
『なぎりんは悩んでる感じ?』
「いえ、渡すものは決めてるんですが……今になって考えると、少し。その、重いのかなとか思ったりしまして」
『ほほう? 何を渡すんだい?』
私は少し躊躇いながらも、話さなければ始まらないと。
私は何を渡すのか西沢さんに伝えた。
『え? 良くない? 別に悩む事なくない?』
「そ、そうですか? 先程羽山さんに尋ねた時も同じように言われましたが……」
『うん、全く問題ないと思う。てかめちゃくちゃ喜ぶでしょ。なんなら指輪とかあげても喜ばれるんじゃない?』
「ゆ、指輪!?」
思わず大きな声を出してしまった。すぐに口を手で押さえ、小さく咳払いをする。
「し、失礼しました」
『いーよいーよ。……でもさ。割とありじゃない? 婚約指輪とかもあるしさ』
「それは……す、少し時間が足りませんね。お金の問題は……お母様が解決してくれそうですが、そういう事ではなく。それに、蒼太君の指の大きさも測らなければいけませんし」
『おお……結構現実的にまだダメそうだった』
しかし……決して悪い案ではない。
それは頭の片隅に入れておくとして。
「ふむ……他に差し上げるとしても。蒼太君がアクセサリーを欲しいかどうか分かりませんし」
『んー。何あげても喜びそうな気はするけどね。でも、そのままでも良いんじゃない? そっちの方が喜ぶよ。絶対』
「そう、ですね。……そうします。他にも一つ、思い浮かんだ事があるので。そちらも用意していきます」
『お、いいじゃんいいじゃん。悩むのも楽しんでけ? こういうのは楽しんだもん勝ちだし』
一人で考えるより、こうして誰かに話した方が良い考えも思い浮かぶ。
……うん、良い考えだと思う。
「ありがとうございました。これで上手く蒼太君に渡す事が出来そうです」
『ん、いーよいーよ。私らも楽しんでくるからさ。なぎりん達も楽しんで』
「はい! それでは……」
『じゃーね! また何かあったら連絡して!』
「分かりました」
そうして、私は電話を切った。……よし。
「早く帰って準備しましょう」
クリスマスはもうすぐだ。
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