第44話 氷砂糖姫

「どうでしょう? 再現出来ていますか?」

「ああ、凄い。……味もカリカリ具合も一緒だ。とても美味しいぞ」


 凪の作った唐揚げはとても懐かしく、美味しいものであった。懐かしい、と言っても以前母さんが来た時に作ってくれた物なのだが。


 それでも美味しい物は美味しい。この唐揚げなら一週間連続で食べても飽きないと思える程に。


「おお、すげえ。人の家の唐揚げって感じがする。うめえ」

「分かる。んまいよね、人の家で食べる唐揚げ」

「何それ……いや、分からなくはないんだけどさ」


 瑛二達らしい会話に笑い、食べ進めていく。五人で分けてもかなりの量があったはずなのに、気づけばなくなっていた。


「本当に――本当に美味しかったぞ、凪」

「ふふ。良かったです」


 ついご飯のお代わりまでしてしまった。少しは動いた方が良いだろうと立ち上がり、皿を取ろうとした。


「俺も手伝うぜ」

「いや、大丈夫だ。客人なんだからゆっくりしていてくれ」

「あ、じゃあ私手伝います」

「凪も作ってくれたんだし。大丈夫だぞ」

「お片付けをするまでが料理ですから」

「……分かった」


 凪にそう言われては仕方ない。二人でお皿をまとめていると、西沢がニヤニヤと俺達を見てきた。


「やー、こうして見るとさ。二人ともほんとに夫婦みたいだよね」


 皿を取る手を止めてしまった。凪も同様で、皿のカチャリとぶつかる音が聞こえた。


「おー、分かる。ちっちゃい頃結婚した伯父さんの家に行った時もそんな雰囲気だったわ」

「か、からかうな。二人とも」

「や、割と本気で言ってる。ひかるんは思わない?」

「まあ。うん。でもよく分かんない距離感だよね。バカップルかと思ったら急に熟年の夫婦みたいな感じになったりするし」


 その言葉にどんどん顔が熱くなっていく。凪を見ると……


「え、えへへ。そうですか?」


 ニマニマと、だらしなく頬を緩めていた。一度皿を置いて、三人から見えないよう顔を隠していたが。照れながらも嬉しそうにしているのが俺からは丸見えであった。


 凪はそのまま機嫌良さそうに皿をまとめ、先にキッチンへ行った。


「……三人はゆっくりしていてくれ」



 ニヤニヤしている西沢達にそう言い、凪に続いてキッチンへ向かう。


「あ、お皿。こっち置いといてください」

「ああ、分かった」


 皿を置き、邪魔だろうと下がろうとすると。「待ってください」と凪に止められた。


 凪がかちゃりと手に持っていたお皿を置いて、俺を見た。


「……嬉しかったです」

「西沢達の言葉か?」

「それももちろんそうなんですが。……私はお客様じゃなくて、出迎える側なんだなって思ったら。嬉しくなっちゃいました」


 凪の頬がもにょもにょと動く。何もしなくても頬が緩んでしまいそうだからだろう。


「……そうか。なあ、凪。少し良いか」

「はい? なんでしょう」

「少し待っててくれ」


 俺は凪をキッチンに取り残し、一度自分の部屋に戻る。


 そして、引き出しの奥からとある物を取り出した。

 そのまま凪の所に戻ると。凪はタオルで手を拭いていた。


「悪いな。時間を取らせて」

「これくらい大丈夫ですよ。それよりどうしたんですか?」

「いや……凪に渡しておきたい物があってな。手を出して欲しい」


 凪が首を傾げながらも手のひらを上に出した。


 その手のひらの上に――俺は鍵を置いた。


「これって!」

「俺の部屋の鍵。そのスペアだな。俺の部屋に来る時、基本俺と一緒ではあるが。……渡しておきたかったんだ」


 顔がいやに熱い。でも、嬉しそうに言葉を待つ凪を見ていると目を逸らしたくもなくて。


 いや、言葉にしないと伝わらないんだ。


 凪をじっと見る。凪の嬉しそうな顔を見ていると……自然と顔が。そして緊張が緩んで行った。


「もう、凪は婚約者であり、家族みたいな――いや。家族なんだ。だから、受け取って欲しい。……凪もさっき言ってくれたが。これからは出迎える側になって欲しいんだ」


 既に渡しておきながら、ではあるが確認を取る。


 凪はぎゅっと。……鍵を両手で握り、大事そうに胸に抱えた。


「もちろんです!」


 凪は嬉しそうに笑う。そして、大事そうに抱えた鍵をじーっと見て。ニコニコと笑い続ける。


「実はですね」


 そんな凪が可愛らしくてじっと見ていると。凪が俺と視線を合わせてきた。


「私。……鍵持つの初めてなんです。普段は運転手さんが迎えに来て家まで送ってくれますし。基本、家にお手伝いさんが居ますから。必要ないんです」

「そうだったのか」

「はい。だから、嬉しいんです。すっごく」


 ニコリと。その瞳が柔らかく笑う。


「大切にします」

「……ああ」


 その言葉が嬉しくて。思わず頭に手を置いた。凪は嬉しそうにその手を受け入れ。



 ……お皿を洗うまで、今しばらくの時間を要したのだった。


 ◆◆◆


 それから俺達は瑛二の希望で色々な映画を見た。

 瑛二と西沢はよく映画を見るらしく、あまり見ない俺達にもったいないと言ってきたのだ。


 瑛二がサブスクを契約しているとの事で。以前なんとなく買った、スマホをテレビに出力できるケーブルがあったから見る事になったのだ。



 無難に有名な洋画から見始める。やはり、有名なだけあって俺でも楽しむ事が出来た。

 凪ももちろん、羽山も楽しそうに見ていたから何よりだ。


 羽山はこの中だと元々凪としか面識はなかったが。かなり馴染んでいた。というか。瑛二と西沢は元々コミュ力が高かったからか、かなり仲良くなっている。


 二作目の映画も面白く。……しかし。気づけば俺は凪を見ていた。


 映画を見る凪の表情は真剣で。……綺麗だったから。


 ふと、視線が合う。ニコリと微笑まれ、手を重ねられる。


 ……いやこれ。瑛二達にバレてそうだな。


 しかし、瑛二達は特に突っ込んでくる事もなく。映画を見終えた。



 そのまま次の映画を瑛二が探していると……


「これ好きなんだよな。ホラー映画なんだが。無理だったりするか?」

「……ホラー映画か。見た事ないから何とも言えないな。二人はどうだ?」

「私はだいじょーぶ。いける」

「私は……分かりませんね。蒼太君と理由は同じです」


 凪の言葉に俺は少し考え込んだ。


 大丈夫だろうか。……お化け屋敷は怖がってたしな。


 しかし、凪の表情を見て俺は考えるのを止めた。


 その表情は好奇心でいっぱいになっていたから。……怖いもの見たさ、というやつだろうか。


 思えば、なんだかんだ言って凪もお化け屋敷は楽しんでいた……と思う。


 という事で、俺達はホラー映画を見る事にした。



 ……しかし。


「そ、蒼太君。手、繋いでも良いですか?」

「……もう繋いでるが」


 初手でいきなり人が襲われるシーンがある作品であった。どうやら相手は幽霊ではなく異形の怪物らしい。


 という事で、凪はかなり怖がった。ぎゅっと力強く俺の右手を握っている事も気づいていないらしい。


「そ、そうでした…………もう少し、近づいても良いでしょうか?」

「ああ、良いぞ」


 凪が俺に肩を預けた。凪の顔がすぐ隣に来る。


 そのままじっと。凪が俺を見ていた。視線が絡み、こんな時だと言うのに心臓が嫌な音を立てる。


「蒼太君。……もう片方の手出してください」

「……? こ、こうか?」

 俺が手を出すと。凪は一旦俺から手を離し。


「ちょっと失礼しますね」


 俺の膝の上から左手を通し。俺の左手を握ってきた。もう片方の手で俺の右手も握っている。



 両手が凪の小さな手で握られ。俺の心臓がドクドクと早鐘を打つ。



「こ、これで大丈夫です。……もう、そんなに怖くありません」


 俺はもう映画どころではないのだが……凪が楽しめるなら、と無理やり意識を逸らす。


 そんな俺達を瑛二が呆れたように見て。


「これじゃ氷姫じゃなくて氷砂糖姫だな」


 と、呟いたのだった。



 ◆◆◆


 その後。映画を見て、夕方になるとピザを頼んで五人で食べた。


 もう夜だ。


「じゃあ俺らはそろそろお暇させて貰おうかな」

「んだね。さすがに寝なきゃいけないし」

「私もそうしよっかな」


 そうだ。明日も学校なんだし、二人は徹夜している。


「ああ、分かった」

「お見送りしますね」


 三人とも多くの荷物は持ってきていない。それぞれが荷物を持ち、俺と凪で玄関まで見送る。


「そんじゃ。また明日な」

「ああ。……本当にありがとな、瑛二。西沢と羽山も。かなり力付けられたし、二人が居なければ思い立っても凪の家までは行けなかったはずだ」


 俺に続いて。凪も深く頭を下げた。


「蒼太君にはとても酷い事をしました。皆様方にもたくさん、たくさん迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。……そして、ありがとうございます」


 後悔と反省。……そして、感謝の織り混ぜられた言葉。


 瑛二達はその言葉に頷いた。


「おう。どういたしまして。蒼太の事、これからも頼むな」

「どいたまー! 私としてはもっとなぎりんと仲良くなれた感じするし! あんまり気詰めすぎないようにね!」

「……どういたしまして。私も折角二人と仲良くなれたのに、気まずくなるのなんてヤだったから」


 その言葉に凪は頭を上げ。笑顔で頷いた。


「はい! ありがとうございます!」


 良かった。……またこうして凪と居られて。


「それじゃあ明日な」

「おー。また明日」

「んじゃね。また瑛二と遊びに来るから」

「私も。凪ちゃんはまた明日学校でね」

「はい! また明日!」


 そして、三人に手を振って見送った。その姿が見えなくなるまで。



 凪と共に部屋に戻ってから――俺は気づいた。


「……当たり前のように見送ったが。凪はいつ帰るんだ?」


 そう。凪の事を忘れていた。……いや、正確には忘れていたというのは間違いだ。


 凪が隣に居る事に違和感が全くなかったのだ。


 凪は俺の言葉を聞いてピクリと肩を跳ねさせて。じっと、俺を見た。


「……あの。お願いがありまして」


 その顔は赤く。ほんの少しだけ目が滲んでいる。緊張からだろう。


 俺はなるべくその緊張が解けるよう、頷く。


「ああ。何でも言ってくれ」


 そう言うと。凪は俺の目をじっと見て。



「今日。蒼太君の家にお泊まりしたいんです」


 そう、言った。


 俺は一瞬理解が出来ず。固まってしまったのだった。

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