第43話 幸せの再確認
「今日は豚肉が安いですね……明日、いえ。どうしましょう。明日、蒼太君のお家に行っても良いでしょうか」
「……? 明日は習い事ないのか?」
「いえ、あります。ですが、蒼太君に会えないと寂しいので。マ……こほん。お母様に相談しようかと」
すごく自然にそんな事を言ってくる凪。その頬はほんのりピンク色である。
俺としてはその言葉は嬉しいのだが。気がかりな事があった。
「……良いのか? 宗一郎さん達と仲直りしたんだろ?」
「大丈夫です。その、お父様とお母様は仲良しなので。私もたまには二人の時間を作るべきか迷ってたんです。もちろん他の日はお家で食べますし、これからはご飯以外にも家族の時間は増えますから」
……凪がそう言うのなら大丈夫だろう。もう仲良くなれるんだろうし、お互い言いたい事もあれば言えるのだから。
「それなら良かった」
「ふふ。あ、鶏肉も安くなってますね。丁度良かったです」
そうして肉を吟味する凪を見ていると。
「あれ、新婚何年目だと思う?」
「一年目……いや。ありゃ十年目でもあんなだろうな」
「真ん中に子供挟みたくなるよね」
後ろからそんな会話が聞こえてくる。
どうしたものかと思っていると。凪の顔が真っ赤になっている事に気づいた。
「どうした?」
「あ、あの。蒼太君は……」
凪が鶏肉を抱えながら。俺を見てきた。
「こ、子供って何人欲しいですか?」
俺は。その言葉の意味を理解出来なかった。
……何を、言ってるんだ?
すると。凪があたふたとしだした。落としたらまずいので鶏肉だけ受け取り、カゴに入れた。
「い、いや、その。えっとですね。や、やはり、世継ぎは必要ですから。ですが、その。……私は蒼太君となら。何人子供が居ても良いかなと、思ってるんですが」
「ま、待て待て。気が、気が早すぎるぞ。ほら、金銭問題とか」
「いやそこじゃねえだろ。学生だぞお前ら」
後ろから瑛二の冷静な言葉を受けながらも。凪が俺の手を握った。
「お、お金ならあります。お母様も全力で支援すると」
「い、いや。それはさすがに良くないんじゃ」
「……それとも。蒼太君はあんまり子供が「はいはい、そこまでね。バカップルさん。周りの目すんごい事なってるから」きゅぅ」
そこで羽山が凪の額にチョップを入れた。
「まったく……真昼間からどんな会話してんのよ。そう言うのは夜に。二人でしなさい」
「あぅ……」
「それと海以君も。ちゃんと止めてあげないと加速したまんまだよ? あの二人を見習――うのはだめだけど」
「おいこら。俺らほどお手本カップルは居ないぞ」
「そうじゃいそうじゃい! いちゃラブ健全カップルですが! 私達!」
そんな会話をしているのを見ていると。凪がこっそり耳に口を近づけて。
「……じゃあお話は夜、しましょうね?」
ボソリと、そう言ってきたのだった。その破壊力に俺の思考が一瞬止まった。
凪は頬を赤くしながらも、俺の手をぎゅっと握ったままである。
そんな凪と視線を交わしていると。後ろから無数の視線が突き刺さってきた。主に後ろの三人からである。
手を離そうとすると……凪がすごく寂しそうな顔をした。
「……指だけだぞ」
そう言うと、凪が嬉しそうな顔をし。小指を絡めてきた。
「まあいっか」
羽山の許しも貰えたので俺達はそのまま買い物を続けた。
「――確かに大丈夫だとは思うけど。二人ともびっくりするくらい距離感縮んだよね。元々近かったけどさ」
「蒼太君の近くに居ると安心しますから」
西沢の言葉に凪がくすりと笑い、俺に肩を寄せてくる。
……しかし、その頬はほんのり赤い。
思わず頬が緩んでしまいながらも。それを瑛二に見られているのに気づき、きゅっと口を引き結んだ。
ニヤニヤと俺を見てくる瑛二。俺はそれを見ないようにして。
「そ、そういえば。油を切らしていたはずだ。買いに行こう、凪」
「え? あ、はい。分かりました!」
凪とカートを押して歩き始めるのだった。
◆◆◆
家に帰ってすぐ。瑛二達をリビングに置き、俺は凪と共にキッチンへ向かった。
「お買い物、いっぱいしちゃいましたね」
「ああ。色々安かったから買ってしまったな……まあ、消費期限はちゃんと見たし大丈夫だろ」
凪と一緒に袋から材料を取り出しながらそう返す。凪は今使う材料を取り出し、俺は冷蔵庫やら冷凍庫、野菜室に物を入れていった。
その最中。全て取り出した凪は、台所で固まっていた。
「……凪?」
「もう、来る事はないだろうと。思っていました」
凪がまな板を手に取り、フライパンをじっと見る。
「来れないだろうと。思っていました。……蒼太君にご飯を作る事も、蒼太君のお母様からご飯を習う事も」
まな板を置いて。凪はニコリと笑う。
「全部――全部、蒼太君達のお陰です。ありがとうございます」
そう言って、一歩。また一歩と凪が歩いてきて。
両腕を首に巻かれ、そのまま抱きついてきた。ふわりと甘い香りが脳を突き刺し……もう慣れたんじゃないかと思っていたが、そんな事はない。
甘い香りが脳の神経を鈍らせ。心臓はバクバクとうるさく鼓動を鳴らす。
しかし、その表情を。……うっすらと涙を浮かべながらも、柔らかく微笑んでいる凪を見て、俺は口元を緩めていた。
「どういたしまして」
横から手を入れ、凪の体を抱きしめる。凪より俺の方が少し背が高いため、凪は背伸びをする形だ。凪は俺の肩に顎を置いた。
凪の体は細く、柔らかい。……少しでも力を入れてしまえば折れてしまいそうだ。しかし、そうではない事を知っている。
もっと強くと言わんばかりに腕に力を込める凪に笑いかけ、強く抱きしめる。
「んふふ」
小さく笑うその声と息が耳にかかってくすぐったい。
そのサラサラな髪と頭を撫でると、更に笑い声が漏れた。
その時。
「ねえねえ、ちょっと聞きたいのが――」
襖を開けて。羽山が顔を出してきた。完全にデジャブである。
「……はぁ。やっぱなんでもない」
羽山は頭を抱えて戻っていった。色々察してくれたのだろうか。
そして、肝心の凪はというと。
「えへへ……蒼太君とこうしていると幸せです」
周りが全く見えていないようだった。……本当に大丈夫だろうか。
羽山に注意は受けたから、俺といる間は大丈夫か。学校では羽山が付いているだろうし。
凪の背中をとんとんと叩くと、また嬉しそうに声を漏らし。俺はそんな凪を。
――これからも、嬉しそうにする凪が見られる事に安堵してしまい。頬に生暖かいものが流れた。
「……蒼太君?」
「何でもない」
思わず。抱きしめる力が強くなってしまった。
凪も苦しいだろうに。俺を力強く抱きしめ返してくれる。
言葉にはしない。言えば、不安だった事が凪に伝わってしまうから。
そんな、かっこ悪い所を凪に見せたくなかったから。
この腕の中に居る彼女を大切にしたい。守りたい。幸せにしたい、
色々な思いが
「蒼太君」
凪が俺の名前を呼び。……ふと、頭に暖かいものが触れた。
凪の手であった。
その手が。大切な物に触れるように優しく、柔らかく。慈しむように俺の頭を撫でる。
「――大好きです、蒼太君」
小さな声。しかし、力が。想いが篭っていた
「――蒼太君は誰にも渡しません。私の手で幸せにします」
まるで、心を読まれたのかと思った。
俺の口から笑いが漏れた。
右手を凪の髪に入れ、梳くように撫でる。
凪の髪は驚くほどサラサラであり、こうしても引っ掛かりはない。それが楽しくて、ついやってしまうのだ。
そして、こうすると凪はくすぐったく笑う。それが凪らしくもあり、普段はしない珍しい笑い方でもある。
「――俺だって、同じ気持ちだ」
凪が俺の首筋に顔を埋めた。その際に動いた髪が頬に触れて少しくすぐったい。
「俺が。必ず幸せにする」
「はい!」
そのまま凪を強く、強く抱きしめて。
作るならさっさと作って欲しいと羽山に怒られ、凪と笑い合ったのだった。
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