第28話 氷姫とお勉強会の始まり

「……緊張します」

「同意だな」


 今。俺と凪は駅の前にいる。ここで瑛二達と待ち合わせをしているのだ。


 瑛二とその彼女は俺の家を知っている。二人は俺の家集合でも良いと言っていたのだが。残り一人が俺の家を知らない。そのため、駅前集合になったのだった。


「……来ないな」

「私達、かなり早く来ちゃいましたからね。まだ集合時間まで三十分はありますよ」

「あれ、そんな早かったか」


 十時に集合であったが。まだ九時半であった。


「……逆に考えると。あれからもう一時間半も経ったんだな。足、疲れてないか?」

「大丈夫ですよ。途中、近くのカフェで時間も潰しましたし」


 毎度の如くなのだが。俺と凪はかなり早い時間に集まった。


 九時に迎えに行くと行ったが、なんとなく八時に行ってみたのだ。……そうしたらもう駅に凪は居た。


「前までは良かったが。そろそろ寒くなるぞ。冷えた所で待つと風邪も引くしな」


 俺がそう言うと、凪は押し黙った。

 どうしたのだろうと思って凪を見る。凪は少し怒ったような視線を向けてきていた。


「蒼太君も人の事は言えませんよ。私が来たらすぐに迎えに来ちゃいますから」


 凪はそう言って……くすりと笑う。


「つまり、お互い様なんですよ。似た者同士、ですね」


 その言葉に俺も苦笑が漏れた。


「……そうかもしれないな」


「お、もう居た。おーい!」


 その時、聞きなれた彼の声が聞こえた。凪と共にそこへ顔を向ける。

「随分早かったな! まだ来てないと思ったぞ」

「そっちこそ早かったな」


 瑛二とその彼女である……西沢霧香であった。

 そして、瑛二と西沢が凪へと視線を向けた。


「ちゃんと会うのは二度目ですね。巻坂さん、西沢さん」

「お、お久しぶりです! うちの蒼太がお世話になってます!」

「ます!」

「どの立場に居るんだお前らは」


 ビシッ! と綺麗にお辞儀をする二人。思わず呆れてしまいながらも。……先程より半歩近づいてきた凪に、心臓がうるさく鳴り始めた。


 ふわりと甘い香りが漂い。こつりと手の甲が触れてしまう程の距離。


 思わず凪を見ると。俺の視線に気づき、目を合わせてきた。

 しかし。俺が視線を向けた意味が分かっていないのか、ニコリと微笑んでくる。



 ……本当に、そういうのはやめて欲しい。


 自分の顔が良いのを理解しているのだろうか、凪は。この至近距離で微笑まれるのは心臓に悪すぎる。


「なあ。なんか頭を上げたら二人ともイチャイチャしてるんだが。どうすればいい?」

「どうしよっか。私達も対抗してイチャつく?」


 そんな声に俺は意識を取り戻した。見ると、瑛二達はこそこそ話をしていた。……内容は丸聞こえなのだが。


「てーか何今の。私達でもあんなに見つめあったことなくない?」

「分かる。何正統派ラブコメしてるんだこいつらは」

「聞こえてるぞ」


 俺が言うと、瑛二達の肩がビクンと跳ねた。


 まったく……凪が顔を真っ赤にさせてしまった。しかし、凪は俺から離れようとしない。人見知りの方が勝っているようだ。


「ま、まあ。それはそれとして? もう一人は東雲ちゃんの友達が来るんだよね?」

「あ、はい。羽山さんと言う方で、とても明るい人です」


 そう話していると。駅から見るからに明るそうな人が歩いて来ているのが見えた。


「……もしかしてあの人か?」


 凪がそちらを見て、あっと声を上げる。見るからに明るい……金髪の女性が手を振った。


「はい! 羽山さんです!」


 てくてくとその女性が歩いてきた。……話に聞いていたが。こう、見るからにギャルっぽい感じだ。


 しかし、あっけらかんとしているというか。嫌な雰囲気はない。凪の友達なだけある。


「私が一番最後って感じね。ごめんごめん」

「いえいえ、まだ時間より全然早いですから。……それでは紹介しますね」


 凪がそう言って。俺から一度離れ、彼女の横に立った。


「羽山光さん。私と同じ高校に通っているお友達です」

「羽山光です! 羽山でも光でも、好きなように呼んでね。趣味は色々。あ、こう見えて口は固いから。相談事なんかあったら乗れるからね」

「はい。羽山さんは真摯に話を聞いてくれますよ」


 そういえば、この前友人に相談をしたと言っていたな。

 なるほどと頷きながら、俺達も自己紹介を終えた。

 すると、羽山が俺に近づいてきた。


「へえ……君が海以君ね。話は聞いてたよ」

「あ、ああ?」


 そして、俺を上から下まで見回した。少しくすぐったく、ぶるりと震えてしまった。



「悪くないじゃん」


「は、羽山さん! だ、だめです!」

 凪が羽山の視線を遮るように。俺の目の前に立った。


「い、いくら羽山さんでも! そ、蒼太君はだめです!」


 凪が羽山を睨む。……まるで、縄張りを主張する子猫のように。そもそも人に敵対心を向けた事が少ないのか。怖いというか愛らしさが勝ってしまう。


 そんな凪を見ながら、羽山は満足そうに頷く。


「うんうん、分かってるから。東雲ちゃんがいっつも言ってたから、どれくらいかっこいいのか見てただけだよ。安心してね」


 羽山の言葉に。凪が固まった。


「悪くない……独占欲。ちなみに霧香はこういうの俺に向けたりしないの?」

「え、向けて欲しいの?」

「たまには?」

「へぇ……瑛二が言うなら今度やってあげるよ。そんな機会そうそうないだろうけど」


 そんな二人の会話を聞いて。凪の耳まで赤くなった。


「……お前ら、凪をからかいすぎだ。嫌われても知らんぞ」


 これ以上凪がからかわれるのは…………少し見てみたい気がしなくもないが、止めておいた。


「それより。集まったんだし行こう。着いてきてくれ」


 これ以上ここに居ても周りの迷惑になるだろうと思い、俺は歩き始めた。凪がハッとした顔になり、俺のすぐ隣に付く。


 それを見た瑛二たちがニヤニヤするのを感じながらも……家へと向かったのだった。


 ◆◆◆


「今更だけどさ。二人ともお互いの呼び方変わってる? 前まで苗字呼びじゃなかったっけ?」


 瑛二の言葉に俺達は固まった。……お互いを見て、頷く。


「この前、蒼太君のお母様が来た時に名前呼びに変えたんです。私だけが名前呼びなのもおかしいので、下の名前で呼び合うようになりました。……まだ少し恥ずかしいですが」


 凪がそう言いながら。俺を見て、少し恥ずかしそうに笑う。


「ま、また。蒼太君のお母様や……お父様に会う事もあるでしょうし」

「そ、そう……だな」


 父さんが見たら……なんと言うだろうか。うん、嫌な予感しかしない。


 そんな俺を瑛二がニヤニヤと見ていた。


「ほう? 親への挨拶も済ませてると」

「言い方」

「それで? どうだったんだ? やっぱり喜んでたんじゃないのか? お前のお母さんは」


 なんか腹が立つ言い方だなと思いながらも。俺は素直に頷いた。


「そうだな。初めて……ではないが。友達を家に連れてきたのを見るのは初めてだ。喜んでたよ」

「なるほどな?」

 ニヤニヤとし続ける瑛二を一発くらい殴ってやろうかと思っていた時。家に着いてしまった。


「ここが俺の住んでるマンションだ」

「おおー。中々いい所」


 瑛二と西沢は俺の家だと分かっているので、ちゃんとリアクションを取ってくれるのは羽山のみ。


 しかし、ちゃんとリアクションを取ってくれるので悪い人ではなさそうな気がする。俺の悪い人じゃない基準が緩いのかもしれないが。


 そんな事を考えながら。凪と共に三人を先導する。

「さあ、着いてきてくれ」


 ◆◆◆


「おおー! 男の一人暮らしって色々とだらしない気がしてたけど。ちゃんとしてるんだ、偉いね」


 中に入ると羽山が驚きの声を上げた。俺は思わず苦笑してしまう。


「掃除は、だがな。凪、話してないのか?」

 凪へ聞くと。即座に首を振られた。


「お友達の悪い所はあまり話したくありませんから」

「……そうか」


 まあ、確かに言われてみればそうだ。凪ならば話さないだろう。


「俺は料理が出来ないんだ。……まあ、しないと言っても良いが。その、長続きしなくてな」

 凪が俺を見てきた。話していいか、という確認だろう。俺は頷き、凪へ引き継ぎをした。


「外食やお惣菜だけでは栄養が偏るので。お弁当とか、毎週土曜日はご飯を作りに来てるんです」


 凪がそう言うと。羽山は目を丸くした。


「……え? まじ?」

「まじです」


 凪が大真面目に頷く。羽山は俺と凪を交互に見て。


「これで付き合ってないってまじ?」

「ま、まじです!」


 頬を赤くしながらも凪が否定した。俺も苦笑し……一応、何か言っておかねばと凪の隣に立った。


「凪は優しいからな。俺が体調を崩したりするのが嫌とか。それに、俺が体調を崩したら……凪としている約束が果たせなくなる。内容は言えないが、そういう事だ。なあ、な……ぎ?」


 割と自分でも良いフォローが出来たと思う。そう思って凪を見ると。


 ぷるぷると。頬をむくれさせながら震えていた。


 私、怒ってます! と言わんばかりに。


「……凪?」

「少し、複雑です」


 凪がそう言って。俺に一歩近づく。ただでさえ近かった距離が更に近くなり。というかほぼ密着している。


 そのまま、じっと。蒼い瞳に見つめられ。


 恥ずかしくなり。俺はふいと視線を逸らしてしまった。

 凪のため息が。……呆れたものではなく、少し嬉しさの混じったため息が零れた。


「まあ、今は良いです。お勉強はリビングでしますよね? お勉強。早く行きましょう」

「あ、ああ」


 凪が先にリビングへ向かった。俺もそれに続いたのだが……


 後ろから刺すような視線が三つ、突きつけてきたような気がした。

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