番外編IF クリスマス

 注)本編とは世界線が異なります。もし二人が出会うのが1〜2ヶ月遅かったら、という世界のお話です。二人の仲の良さは本編最新話と同等となっています。


 一日遅れのクリスマスですが、お楽しみいただければ幸いです。


 ―――――――――――――――――――――――


「め、メリークリスマスです。蒼太君」

「ああ。メリークリスマス、凪」


 土曜日。クリスマスイブに凪がやって来た。もふもふのコートを着ていて暖かそうだ。


「こ、こちら。ケーキと夜用のチキンです、お母様から持っていきなさいと言われまして」

「おお、ありがとう」


 まさかの手土産持参であった。それを冷蔵庫の中に入れながら、俺も鞄を取った。


「よし、それじゃあ行くか」

「はい! 楽しみです!」


 そのまま俺は凪と家を出る。行先は……少し遠い。


◆◆◆


 二人で電車に揺られる。皆同じ場所に行くからか……男女のカップルが多かった。


「楽しみですね! 蒼太君!」

「ああ、そうだな。俺も初めて行くから楽しみだ」


 凪がニコリと笑うと。周りからちょっとした悲鳴が聞こえてきた。


 ……どうやら。凪の笑顔にやられた男達が恋人から鉄槌を受けていたらしい。


 首を傾げる凪。俺は視線から隠すように前に出て。改めて凪を見た。


 ソワソワと落ち着きがないが。その表情は楽しそうで。ワクワクしているんだなと伝わってくる。


 そうして、電車に揺られて一時間。今までよりかなりの長旅をした頃には、外が真っ暗になっていた。


 目的地はすぐそこである。


「……やっぱり寒いですね」


 凪がはぁ、と真っ白な息を吐く。どこか楽しそうにその吐息を見ている凪。それに頬が緩みながらも、俺達は歩き始めた。


「わぁ……!」


 すぐに凪の表情か変わる。顔を上げたその先には……


 【Merry Christmas】


 入口にそう文字が輝いていて。とてもきらめいていた。


 そう。イルミネーション会場である。


「すっごいキラキラしていて綺麗です」

「ああ、綺麗だ。とても」



 キラキラと光り輝くイルミネーションを見て。……そして。凪の水底のように蒼い瞳に反射する光を見ながら、俺はそう言った。

 凪が俺の視線に気づき。俺を見てニコリと笑う。


「それじゃあ行きましょうか」

「ああ。……あ、その前に暖かい飲み物を先に買っておこう」


 入口の方に売店があり、飲み物を販売していた。

 少し並んでいるが、そんなに時間もかからないだろう。俺は凪と並び、待つ。


「凪はどれにするんだ?」

「私は……ホットココアですかね。蒼太君はどれを飲みます?」

「俺はホットコーヒーだな」


 そう言うと、凪は少し驚いた顔をした。


「蒼太君はコーヒー、飲めるんですね。てっきり苦い物は苦手かと……」

「別に苦手ではないぞ。特別好きでもないが。こういう寒い日は飲みたくなるんだ」


 ただの気分であり、別にかっこつけたいとかは……いや。ないとは言えないか。



 小さい頃。父さんがコーヒーを飲む姿がかっこよかった。それに影響を受けていないかと聞かれれば……横に首を振れない。



 そんな事を考えている間も列は進み。飲み物を頼み、受け取った。


 少し離れた所で一息つく。


「当たり前ですが。温かいものを飲むと温まりますね」

「そうだな。体の中から温まる感覚はホッとする」


 しかし人も多い。少ししてから俺達は会場へと入った。


「すごいですね! 本当に綺麗です!」

「ああ。本当に綺麗だ……見ていて楽しい。それに、あまり夜っぽくないな」


 建物に付けられた装飾が。そして、溢れかえる人々で夜の気分ではない。


「ですね。……人もたくさん居ますからね、ええ」


 凪がどこか含みのある言い方をして。俺をチラチラ見ながら、顔を赤くした。


 俺は凪の言いたい事をなんとなく悟った。


「なあ、凪」


 これは、俺から言うべきだろうと名を呼び。手を差し出した。


「はぐれるといけないから。手、繋がないか」


 声が上ずったり、震えたりしそうで不安だったが。俺はどうにか言えた。


 凪は一瞬、驚いた顔をして……ニコリと。それはもう、嬉しそうに笑った。


「はい!」


 凪は手を繋いできた。……指を絡め、決して離れないように。


 俗に言う、恋人繋ぎであった。


 心臓がバクンと嫌な音を立てる。凪は嬉しそうで……分かってやっているのか。それとも違うのか、分からない。


 自然と距離も近くなり。……凪の心臓も普段より早くなっている事に気づいた。それと同時に邪な感情を抱きそうになったが、どうにか抑え込んだ。


 そのまま色々な場所を巡り。そして、一番の目玉となる場所に辿り着いた。


「……凄い、です」

「圧巻だな」


 俺達が見たのは、かなり大きなクリスマスツリーであった。


 上まで見るにはかなり頭を上げないといけない。装飾も豪華で、赤い靴下や星などたくさんだ。その木の下は人でいっぱいになっている。少し離れた場所で、俺達はクリスマスツリーを眺めた。


「とっても。とっても綺麗ですね」

「ああ。とても綺麗だ」


 思わず見蕩れる。……そのまま、二人でじっと眺めて。


 しばらくして、俺は凪を見た。


 真っ白な髪の毛に深く蒼い瞳。その顔のパーツの一つ一つがとても綺麗で、美しい。


 体のスタイルは言わずもがな。……手は柔らかく、暖かい。


 しかし、才能だけでここまで綺麗になった訳では無い。もちろんそれもあるだろうが、努力も欠かさない。凪はそういう人だ。


 そんな彼女と友達になり……ここまで仲良くなれたのは。


「奇跡、としか思えないな」


 思わずそう呟くと。凪がこちらを見て首を傾げた。


「……? 何がですか?」

「凪と出会えた事が、だな」


 自分で言ってから恥ずかしくなってしまった。思わず凪から目を逸らす。

 しかし、本当に。歯車が上手く噛み合った結果としか言いようがない。



 あの時、俺が無謀にも凪に話しかけていたら。

 あの時、俺が助けていなければ。

 あの時、俺が凪の頼みを断っていたら。



 今のようにはなれなかっただろう。


「運命、ですよ」


 そんな俺に、凪はそう言った。


「何があったとしても。私は蒼太君と出会って、こうして仲良くなっています。……確証はありませんが。私はそうだと思いますよ」

「……そうだったら良いな」

「ええ、きっとそうですよ」


 凪はそう言って。俺から手を離した。


「さて、そんな運命の蒼太君にプレゼントがあります」

「……プレゼント?」


 凪は元気よく「はい!」と言って。手提げから一つの箱を取り出した。


「クリスマスプレゼントです、蒼太君」

「あ、ありがとう。……開けてみても?」

「はい! もちろんです!」


 凪にそう聞いて、俺は箱を開けた。そこに入っていたのは……


「……! マフラーか!」


 蒼い……凪の瞳と同じ色のマフラーであった。


「はい! 頑張って編んでみたんです!」


 その言葉に俺は驚いた。


「編んだのか? 凪が?」

「そうですよ! ……大変でしたが、蒼太君が喜んでくれるかなと思って頑張りました」


 そんな凪を見て。俺は思わず笑顔になってしまった。


「……ああ、ありがとう。嬉しい。凄く」

「ふふ、喜んでいただけたなら良かったです」


 思わず俺は……マフラーを抱きしめた。


「あ、じゃあ折角だし。着けます?」

「ああ、そうだな。そうする」


 箱からマフラーを取り出すと。またとことこと凪が近づいてきた。


「着けさせてあげます」


 そう言う凪へ俺はマフラーを渡し。首に巻いて貰った。


「ど、どうですか? 暖かいでしょうか?」

「ああ。すっごく暖かい。ありがとう、大切にする」

「ふふ。どういたしまして」


 そうして笑う凪へ。……今度は俺から声をかけた。


「凪。……俺からもプレゼントがあるんだが。良いか?」

「……! もちろんです!」


 俺は凪から貰った箱と包装をしっかり鞄に入れてから。一つの小さな箱を取り出した。


「凪が用意してくれたマフラーと違って、凝った物じゃないが……」

「いえ! 何でも嬉しいです! ……開けてみて良いですか?」

「ああ」


 俺が頷くと。凪は丁寧に包装を開け始めた。

 そして、中にある物を見て目を輝かせる。


「ハンドクリームですね! 最近切らしてしまったので嬉しいです!」

「良かった。……喜んでもらえたようで」

「はい! ……あ、これ。もしかして」


 凪はハンドクリームをじっと見た。……気づいたらしい。


「やっぱり。これ、ブランド物ですよね。い、良いんですか? いただいても。……高かったのでは?」

「ああ、もちろんだ。そのために買ってきたからな。それに、プレゼントくらいちょっといいものを買いたかったし。……凪は倹約家だからな」


 そう言うと、凪は微笑み。箱をぎゅっと胸に抱いた。


「ありがとうございます。大切に使います」

「どういたしまして」


 そうして目を合わせ、笑い合う。


「私。初めてイルミネーションを見に来ましたが。すっごく楽しかったです」

「俺もだ。楽しかった」


 そのまま二人でクリスマスツリーを見て。……自然と、手を繋いでいた。


「蒼太君が居たから。楽しかったんですよ」

「……俺も。凪が居たから楽しかったんだ」


 ぎゅっと。繋がれていた手の力が強くなった。凪とまた視線を交わす。


「また、来年も来ましょうね」

「ああ。必ず来よう」


 来年もやっているかどうかは分からないが。その時はまた別の場所に行けば良い。


 そして……また、プレゼントを交換しよう。


 来年も。再来年は受験のある年だが。きっと俺達は行くだろう。


 また凪と一緒に行ける。


 その事が……とても嬉しかった。



 ……余談になるが。家に帰った後は、凪がサンタ服をお披露目してくれたり。家に泊まる事になったりして、俺の理性がゴリゴリと削れる事になったのだった。

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