第23話 氷姫は高火力

「……はぁ」


 翌週の月曜。学校にて、俺は頭を抱えていた。


「よぉ、お疲れさん。これでも飲んで癒されてくれよ」

 そんな俺の机に缶のコーラが置かれた。顔を上げると。そこには瑛二が立っていた。


 俺の前の席に座り、ニヤニヤと笑いながら俺を見てくる。


「朝から人気だったもんな、お前。モテ期到来か?」

「からかうな。本当に大変だったんだぞ」


 朝から俺はクラスメイトに質問攻めをされていた。


 どうして氷姫とお前が仲良くなってるんだ。

 連絡先は知ってるのか。

 付き合っているのか。

 紹介してくれ。


 ……等々。もう大変であった。全て誤魔化すか断るなりしたが。


「よっし、じゃあ今日の昼飯は場所変えようぜ」

「……ああ、そうだな」


 今も周りの視線や耳は俺に向いている。何か面白い事を話さないかと考えているからだろう。


 俺は瑛二に引き連れられ、場所を変えた。場所は――


 屋上に続く階段の踊り場であった。


「……ここ。告白スポットじゃないか?」

「おお。隠れて話すには絶好の場所よ」

「誰か来たらどうするんだよ」

「大丈夫。今日は来ない日だからな。ちゃんと調べてきたぜ?」


 そこに何故か備え付けられているベンチに二人で座る。


「さあ! キリキリ吐け!」

「言い方。……向こうも色々知られたくない事はあるから。細かい事は話せないぞ」

「おう、もちろんだ。話せる範囲で話してくれ」


 俺は膝の上で弁当を広げながら。瑛二へと話した。


 とある事があり、東雲を助け。仲良くなった。そして、お礼に東雲から勉強を教えて貰い、更に仲良くなって。こうして弁当を作って貰ったり、休日に一緒にいるようになった事を。


「通い妻じゃねえか!? 想像の何倍も凄い事になってるな!?」

「だから言い方。……あー。東雲はあまり友人が居なかったらしいから。友人が出来たら大切にするタイプなんだろ」

「そういや氷姫は人を寄せ付けないんだったか。……それにしても。あれは友人には向けない顔だった気もするんだがな」

「気のせいだろ」


 俺はそう言って、卵焼きを摘む。美味い。


「……それもあの氷姫が作ったんだよな」

「ああ。やらんぞ」

「物欲しそうに見てねえよ。……あの顔見てなかったら今でも信じられてねえな」

「まあ、ギャップが凄いのは認める」


 四月の自分に同じ事を言っても信じられないだろう。あの氷姫に弁当を作って貰うどころか……膝枕までするなど。

 膝枕の件は絶対瑛二には言わない。からかわれるのが目に見えてるからだ。


「そんで? なんでまーたため息吐いてたんだ? 質問攻めされたから、以外になんかあるだろ」


 ……時々。妙に鋭いんだよな、この男は。


 これぐらいなら話しても大丈夫か、と俺は口を開く。


「今週の土曜、母さんが来る。その事を話したんだ」

「ほう? それで?」

「『着る服がないからまた一緒に買いに行きましょう。普段着じゃ失礼ですから』と」

「……!?」


 俺の言葉を聞いて。瑛二は目を見開き、そして笑った。


「笑い事じゃないぞ」

「そりゃそうなんだがな。……もうお前のこと大好きじゃねえか」

「……分からんぞ」

「ヘタレが」

「事情があるんだよ。……そういうのではない、はずだ」


 恋愛ではなく、友愛や親愛の面が強い……と俺は勝手に思っている。


「ま、あれか。さっき助けたって言ってたし。そのお礼とか言いたいだけなのかもな」

「…………そうだな」

「なんかすっげえ間があったけど」

「実はな……」


 ◆◆◆


 跳ねるように歩く東雲。その姿は誰がどう見ても機嫌が良さそうに見えるはずだ。

 普段の氷姫じゃない。それだけで周りからの視線は何倍にもなる。


「楽しそうだな」

「ふふ。だって、明日なんですよ? 海以君のお母様が来るの」


 そうだとしても、普通そんな風にはならないだろう。東雲がここまで機嫌を良くしている理由の一つは……


「楽しみです! 海以君の子供の頃のアルバムが見れるなんて!」


 それなのだ。


 母さんに東雲の事をそれとなく伝えた。友人が毎週土曜日に来る事になっていると。


 ……遠回しに、別の曜日にして欲しいという意味で言ったのだが。当然それが伝わる事はなく。

 なんならアルバムを持って来るとか言い出したのだ。その事を東雲に伝えた結果がこれである。


「そんなに面白味のある物でもないぞ? 小学生時代の俺なんて……本当に友達が居なかったからな」

「親近感が湧きます!」

「そ、そうか……」


 笑顔で悲しい事を言う東雲。しかし、本人は気にしていないのか。また跳ねるように歩き出した。


「……今は違うもんな」


 小さく呟いたつもりが、東雲の耳には届いていたらしい。

 東雲は立ち止まり。俺を見て、ニコリと笑った。


「はい。今は海以君が居ますから。毎日が楽しいですよ」


 こつりと、手の甲に手の甲が当たった。



 ……その手はとても、暖かかった。


 ◆◆◆


「いらっしゃいま……ほう? ほうほうほう?」

「え、えっと。あの」


 またあの服屋にお世話になろうと入ると。瑛二の姉である店員さんが俺達を見て、目を丸くした後。ニヤニヤと笑い始めた。


「やあやあ、お久しぶりだねお二人さん。ちょっと変わった?」

「……あれからまだそんなに時間は経ってないですが。あの時はありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」

「そう言ってくれると嬉しいね」


 俺と東雲でお礼を告げると、店員さんは快活に笑った。そして。


「今日はどうしたんだい? またデートの服かい?」


 東雲がその質問に答えようと口を開く。



「そ、その。彼のお母様に会うんですが。どんな服を着れば良いのか分からなくて」



 東雲の言葉に。俺と店員さんが固まった。しばしして。


「……け、結婚おめでとう? 意外と早かったね?」

「誤解です」


 即座に俺は誤解を解こうとした。しかし、誤解を解くのは困難を極めた。当たり前だ。

 あんな事言われたら、俺だってそう思うはずだから。


 そして、どうにか誤解を解いている間。当の本人である東雲はと言うと。


 顔を真っ赤にして俯いていた。まあ、仕方ないかと。十分ほどかけて誤解を解くと。

 袖をきゅっと握られた。もちろん東雲にである。


「……ぇ、あ、その。ごめんなさい、海以君。嫌な思いをさせてしまって」


 東雲はどこかしゅんとした様子を見せていた。


 まるで、怒られた子供のように俯き。俺の袖を握る手は少し震えていた。


 また普段とは違う仕草に俺の心臓が嫌な音を立て。

 ……しかし、そんな東雲は見たくなかったから。



「……別に。嫌じゃないぞ」


 俺はそう、言った。顔に熱が溜まっていくのが自分で分かる。


「……へ?」


 東雲はぽかんとした表情で俺を見ていた。……また、あんな表情をされるのは本意ではなかったから。



「だから。嫌じゃなかったと、そう言っている」


 俺は一体何を言ってるんだろうか。頭の中がぐるぐると回りながらもそう言うと。東雲の真っ白な肌は火が出るようにボッと赤くなった。


「……ぅ、ぁ」


 東雲はそのまま自分の頬へ手を置いた。……まるで、表情が崩れるのを恐れるように。


 しかし……目は口ほどに物を言う、というか。


 その目は。嬉しそうにへにゃりと歪んでいた……ような気がする。俺の気の所為かもしれない。いや、きっと気のせいだ。


「……やっぱ結婚してる?」

「してません!」


 店員さんの言葉に俺はそう返し。顔の火照りが冷めるのを待ったのだった。


 ◆◆◆


 また十分ほどしてやっと、俺と東雲は落ち着いた。


「まあ何にせよ。東雲ちゃんに似合う服装を選べば良いんだよね? 大人ウケする奴だから……ちょっと落ち着いた感じのが良いかな?」

「そ、そうですね。それでお願いします」


 東雲の言葉に店員が頷き、俺を見た。


「それじゃあ何着か選ぶから。君はどの東雲ちゃんが好きか言ってね?」

「お、俺がですか?」


 思わずそう聞き返すと。店員はうんうんと頷いた。


「東雲ちゃんも。どうせなら彼が似合ってると思うような服、着たいよね?」


「あ、その…………はい。ふ、普段使いするなら。私は海以君としか一緒に居ませんし。……海以君が好きな服装で居たいで、す」

 言いながらまた、東雲は顔を真っ赤になっていく。


 その言葉を聞いて、店員が満足そうに頷いた。


「じゃ、そういう訳だから。……いっぱい褒めてあげなよ?」


 そう言って東雲を連れ、奥の方へ向かった。服を何着か選び、まとめて着替えを行うらしい。

 俺はそれを見届け……壁に背を着いた。



「……なんだ、今の」


 そして、嫌にうるさく鳴る心臓を右手で押さえた。


「可愛すぎるだろうが」


 そう呟いて、俺は……呼ばれるまでその体勢で居たのだった。

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