第14話 定期テスト
◆◇◆
「やほ、元気してた? てか週末のデートはどうだった?」
「羽山さん。で、ですから。前も言ったように、デートではありません。お勉強会です」
いつも通り、勉強をしていると。羽山さんが話しかけてきた。
あれから少し……本当に少しだけれど、彼女とは話せるようになっている。
「えー? あんなおめかししといて? 話題なってたよ?」
「身だしなみは大切です。大切な友人の評価を下げさせる訳にはいきませんから」
「へーえ? ……まあ、それだけ言うんだったら良いけど」
どうにか勘違いは正せたらしく。ホッとしていると、彼女はポケットからスマホを取り出していた。
「あ、じゃーさ。やっと彼とも連絡先交換した訳でしょ? 私とも交換しようよ」
「……そうですね、分かりました」
実は、先週から彼女から言われていた。『連絡先を交換して欲しい』と。
しかし、私は断っていた。
初めて連絡先を交換するのは、彼が良かったから。
「よっしゃー!」
羽山さんはガッツポーズをして喜ぶ。……その姿に。私はどことなく疑問を覚えた。
「……それにしても、どうしていきなり。私に近づこうと思ったんですか?」
私がそう聞くと。彼女はニカッと心地の良い笑みを浮かべた。
「元々、一人が好きなんだろうなって思ってたんだよ。近寄り難い雰囲気とか、そういう人が出す感じのオーラだったから」
「オーラ、ですか?」
「そう、オーラ。でも、なんか違うんじゃね? ってこの前思ってさ。話しかけてみたらビンゴっぽいなって」
羽山さんはニヤリと笑う。
「友達は少ないより多い方が良いよ? 色々な相談も出来るし」
「……相談」
「そう」
そして、パチリと慣れた仕草でウインクをした。
「恋の悩み、とかね? 私、口が堅いことで有名だし?」
「そんな悩みはありません」
私がそう返しても。羽山さんの笑みは崩れない。
「んふふー。今は、でしょ? ま、何かあったら相談してねって感じだから。そんじゃ、またね」
そうして。嵐のように羽山さんは自分の席に戻り――を陣取っていた女子生徒の頭をうりうりと撫でていた。
そんな彼女達の姿を。ぼんやりと見つめる。
……そういえば。最後に頭を撫でてもらったのって、いつでしょうか。
私はハッとした。良くない事を考えてしまった。学校では気をつけなければいけないというのに。
一度、ため息を吐いて。次の授業の準備を始める。
その間、羽山さんの言葉が妙に引っかかっていた。
『恋の悩み、とかね?』
……恋、ですか。
◆◇◆
あれから数日が経った。もうテストの最終日である。
そして……
「おわったああああああああああ」
「うるさいぞ、瑛二。そんな叫ばなくても皆知ってる」
「お前はもうちょい喜ばないの? てかテストどうだったの?」
「俺か? ……まあ。過去一出来たな」
今までは諦めて飛ばしていたような問題。今回はそういったものを全て解く事が出来た。
「ケアレスミスがなければほぼ満点だろう」
「うへぇ……やべえ事言ってやがる」
俺もかなり驚いている。ここまで出来たのは初めてだったからだ。
……東雲に教えてもらったお陰なんだがな。
「瑛二はどうだった?」
「なんだかんだ言いはしたけどよ。七割は取れてるはずだぜ」
「余裕じゃないか」
「お前に教えてもらったからな! 助かった!」
この調子ならば、俺が教えなくても大丈夫だったような気もするが。まあ、素直にお礼は受け取っておこう。
「どういたしまして」
そう言って。俺達は一足早く帰宅の準備を始めたのだった。
◆◆◆
「海以君達はどうでした? テストは」
「特に問題なく……それどころか、今までで最高の結果を出せたと思う。ありがとな、東雲」
帰りの電車で。東雲へとそう言って軽く頭を下げると、柔らかく微笑まれた。
「どういたしまして。ですが、海以君がちゃんと睡眠を取ってテストに挑めたから上手くいったんですよ? 勉強のしすぎで脳が働かなくなり、解き方を忘れてしまう事なんてよくありますから」
「……それも。昨日東雲が忠告してくれたからなんだけどな?」
昨日、電話の際に言われたのだ。早く寝るべきだと。言われた通り、勉強は程々にしてすぐに眠った。
「東雲には頭が上がらないな……。そういえば。東雲はどうだった?」
「あ、そうです! 今日英語のテストがあったんですが。前よりかなり早く解くことが出来たんです。海以君のお陰です、ありがとうございました」
「どういたしまして。力になれたなら何よりだ」
話を聞くと、それ以外の教科も上手くいったらしい。
テストも終わったので、今日くらいは勉強をせず。色々と話をする。
その最中。東雲は少し頬を赤くしていた。
最近やっと分かった事なのだが、これは何かを話したがっている合図だ。
そして、予想通り。東雲は俺をじっと見て。口を開いた。
「あ、あの。テストの打ち上げの件なんですが」
「ん? ああ、打ち上げ。どうする?」
俺の家でやる事は決まっていたが。時期を全然決めていなかった。
「そ、その。お互いの結果が出てから……再来週の週末は、どうでしょうか?」
「ああ、構わないぞ」
しかし、まだ言いたい事はあるらしく。東雲は俺を見て、言おうかどうか口を開きかけたまま止まっていた。
俺は静かに、言ってくれるのを待つ。
「……もし、テストの結果が良いものだったら。お互いにご褒美をあげませんか?」
「ご褒美?」
思いがけない言葉に、思わずオウム返しをしてしまった。東雲はこくりと頷いて続ける。
「はい。良識の範囲内で、お互いにご褒美を要求する。……私も、海以君も頑張ったんですから。それぐらいしても良いと思ったんです」
「……そうだな」
一瞬よからぬ事を考えてしまいそうになったが。すぐにそれを消し去り、俺は頷いた。
「分かった。東雲にはかなり世話になったからな、なんでも言ってくれ」
「は、はい。……私も、海以君にはお世話になっていますから。なんでも言ってくださいね。打ち上げの時に」
「分かった」
俺の言葉に、東雲はホッとした様子で胸に手を置いていた。俺はそれを見て微笑ましく思いながら。静かに考え始めた。
……ご褒美、か。
◆◆◆
「おっしゃあ! 赤点回避ぃ!」
「良かったな。……先週言っていた点数より随分低かったが」
「誤差の範囲だ!」
悪びれる事なくそういう瑛二を見て。俺は苦笑した。
「まあ、赤点を回避出来たのなら良かった。……そういえば、お前の彼女はどうだったんだ?」
「おお! そういや言ってなかったな。ギリギリセーフだったって言ってたぞ!」
「良かったじゃないか」
勉強を教えた甲斐があったものだ。あまり教える時間は取れなかったが。
「蒼太にめちゃくちゃ感謝してたぞ。今度お礼をしたいとかも言ってたぜ。俺も今度なんか奢ってやるよ」
「気持ちだけで良いぞ。俺も復習になった訳だしな」
そう返しながら。俺は自分の返されたテストを見た。
「そういやお前はどうだったんだよ」
「……今は内緒としておこう。席次が出てのお楽しみだな」
「お、すげえ自信」
席次と共に合計点数が出る。俺はテスト用紙をしまいながら、笑った。
これ、東雲に報告したら喜んでくれそうだ。
◆◆◆
「海以君達は明日ですね。結果が出るの」
「ああ。東雲達は来週だよな?」
「はい。……最近、ずっとそわそわしちゃいますね」
そんな東雲の言葉に、俺は微笑みながらも頷く。この待っている間がもどかしい。俺達の所はテスト用紙が先に返却されるので、なんとなく予想はつくのだが。それでも、だ。
「……初めてです。定期テストでこんなにドキドキするの」
「そこまでか?」
「はい。テストと言っても、今まではお母様とお父様に見せるくらいでしたから」
その言葉に……ふと。俺は不安を覚えた。
「褒められたり。しないのか?」
「……? 褒められますよ、普通に。よくやった、と」
「あれ? そうなのか?」
こういういい所に生まれた子は、出来て当たり前とか、親に褒められないとか聞いた事はあったが。東雲の所は違うらしい。
「お父様のお言葉ですが。『成功するために努力をするのは当たり前の事だ。しかし、それが褒めない理由にはならない』との事です。日本舞踊等で賞状を貰った際にも褒められますよ。……昔のように、とはいきませんが」
途中までは普通に言っていたものの。最後の言葉は、少し寂しそうに聞こえた。
「……そうか」
「海以君は。お母様やお父様に報告はしないのですか?」
「俺か? 昔は報告していた。嫌という程褒められるな」
昔から、ある程度勉強は出来る方だった。小さい頃は良い点数を取るたびに揉みくちゃに撫で回されたものだ。いや、小さい頃だけではないな。
「……中学に上がってからは恥ずかしくなってあまり報告しなくなったが。良い点数のテストが見つかった時には揉みくちゃにされたな。『お前は自慢の息子だ』と。オーバーにな」
「良い、ご両親ですね」
「ああ。俺にはもったいないくらい、な」
東雲の言葉に。俺は笑いながら頷いた。年末は帰省するし。その時にでも、今回のテストの結果を伝えてみようか。
「海以君の結果が良いものであるよう。祈っておきますね」
「ああ。ありがとう。俺も東雲の結果が良いものであるよう祈っておくよ」
お互いにそう言って。笑い合う。
何をお願いしようか……そして、お願いされるのか。来週末が楽しみになったまま、日は進んでいった。
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