第13話 最近の氷姫は可愛さが加速している
「あー、美味かった」
「やー、久々にピザ食べた。やっぱカロリー美味しい」
「お前は言い方をどうにか出来ないのか」
ピザを食べて一息つく。俺も久しぶりに食べたが、中々美味しかった。
「いやー、それにしても助かった。これでもうテストは余裕で満点よ」
「おー! なんなら百二十点くらい取って先生驚かせられるって!」
「……自信があるのは良い事だ。復習は忘れるなよ」
俺がそう言うと、二人はうっと呻き声を上げた。
「テストで赤点を取っても良いのか?」
「……頑張ります」
「お、俺も」
そんな二人に苦笑いをする。そのまま片付けようかと思えば、スマホの通知が鳴った。
『今、お時間よろしいでしょうか?』
相手は東雲からであった。スマホを見る俺を見て、二人がニヤニヤとし始める。
「お、その反応は例の子ね。じゃあ俺達はお暇すっか」
「だねー、ありがとね、みのりん」
「あ、ああ。もう帰るか。こんな時間だしな」
時刻は八時前。まだ補導にはならないが、俺からすればもう遅い時間だ。
『少しだけ待っててくれ』
そう返して、俺は二人を見送る準備をする。
「あ、ピザの箱は俺らが処分しようか?」
「いや、大丈夫だ。こちらで処分する。忘れ物はないな?」
「おうよ、完の璧」
「私もー」
二人は荷物を片付け、そして玄関へと向かう。
「それじゃな、ありがと。まじで助かった」
「ほんとありがとーね、瑛二より教えるの上手かったぞ!」
「俺が教えるのに向いてなくて悪かったな」
そのやり取りに俺は微笑み。手を振る。
「それじゃ、また明日な」
「おー、明日」
「今度はまた三人で遊びに行こーね、みのりん」
「ああ。今度な」
そして、二人は帰った。
俺は換気をしながらスマホを取り出す。
『了解しました』
と東雲が返したまま放置している画面を見て。
『今なら大丈夫だぞ』
と返した。次の瞬間、電話がかかってきた。
当然、相手は――
「いきなりどうした? 東雲」
俺はスマホを耳に当てながらそう言うと。少し焦ったような声が聞こえ始める。
『え、えっと、その。まず最初に、すみません。てっきりご友人達はもう帰ったものかと思っていました』
その言葉に俺の頬が緩む。
「別に構わないぞ。瑛二達も丁度帰る時間だったしな」
そう返すと。ホッとしたように東雲は息を吐いて。
そして、押し黙った。
どう、したのだろうか。何か俺から話した方が良いのだろうか。
「……東雲?」
電波が悪い可能性もある。俺が名前を呼ぶと……はい、と小さな声が聞こえた。
『わ、私。少し時間が余っていると言いますか。海以君とお話、したいなと思って。お掛けしたんですが……』
その言葉に。俺は頭を抱えた。
なんだ、その可愛い理由は。
『……え、えっと。海以君?』
「なんでもない。そうだな、それじゃあ少し話すか」
『はい!』
俺の言葉に食い気味で首肯する東雲。電話でも普段と変わらない彼女に俺は頬が緩みながら。ソファに座った。
『海以君達はお勉強、どうでした? 捗りました?』
「そうだな……俺が教える形だったんだが。基礎はどうにか、という感じだな。教えると本番でミスは減るだろうし、俺としても悪い時間じゃなかった」
そう言うと。東雲がくすりと笑う声が聞こえた。
『海以君らしい言葉ですね。前向きに捉えていて』
「まあ、そうであって欲しいという願望は混ざってるがな」
東雲の言葉が少し気恥しく。そう返してしまう。
『ふふ。それでも私は良いと思いますよ? それが海以君の力になる事は確かでしょうし』
「そう、だな」
ダメだ、東雲のペースになっている。何か話を変えなければ。
「そういえば。東雲の晩御飯はなんだったんだ?」
『私ですか? ……そうですね。今日はお魚の塩焼きでした。脂身が多く、焼き加減が難しかったんですが、付け合せも一緒に無事美味しく仕上げられました』
東雲の言葉を理解するのに。俺は一瞬の時間を要した。
「東雲がご飯、作ってるのか?」
『そういえば言ってませんでしたね。正確には私とお母様で、ですが。花嫁修業の一環として、家事はお母様とするようにしています』
「……凄いな」
俺なんて自炊の一つも出来ないぞ、と言おうとしたがやめておく。
『い、いえ。慣れましたから。海以君は普段お母様に作って貰ってるんですか?』
俺はまた一瞬、思考が止まった。どこまで言うべきだろうか。いや。一人暮らしなのはいずれバレるのだ。
「……俺は一人暮らしだ。両親は地方に置いてきた」
『そうだったんですか? ……ああ、なるほど。だから気軽にご友人も呼べたんですね』
「そういう事だ。何かと楽ではあるが、大変な事も多いな」
主に食事とか。仕送りがあるので食べられなくなる心配はないし、無駄遣いも基本していないから生きる事は出来るのだが。
一日三度。弁当は購買で買うとしても、一日二度も作るのは正直面倒なのである。
『ですが、偉いですね。高校生で一人暮らしなんて』
「あまり褒めすぎるな。調子に乗るぞ」
『……調子に乗った海以君は少し気になりますが』
「勘弁してくれ」
『ふふ、冗談ですよ』
耳心地の良い笑い声に、俺の頬はだらしなく緩んでいき。
そして、電話は思っていたより長引いていった。
◆◆◆
『……みのり、君は。今週テストなんです……よね?』
「ああ、そうだぞ。随分眠そうだが。疲れてるなら眠った方が良いぞ」
気がつけば、時刻は十時を回っていた。東雲の口からは欠伸を噛み殺す音と共に、言葉が途切れ途切れになっていて。いかにも眠そうだなという感じになっている。
『ふぁ……す、すみません。普段は九時には眠るようにしてるので』
「健康的すぎないか。いや、良い事なんだがな? というか、それなら早く眠った方が良いだろ。先に言ってくれれば俺も気をつけられる事が出来たんだが」
すると、電話越しに……小さく笑う音が聞こえた。
『海以君と話すの、楽しくて。つい眠るのが惜しくなっちゃいました』
その言葉に。またもや俺は頭を抱える事となる。
そうして、結局。東雲が寝落ちするまでその通話は続いた。どうにかベッドに誘導する事は出来たから良かった。
『……すぅ、すぅ……』
その小さな寝息が聞こえてきて。俺は静かに、耳からスマホを離した。
「おやすみ、東雲」
『……ふぁい、おやすみなさい』
半分寝言になっているそれを聞いて、俺は電話を切ったのだった。
「はぁ……」
そして、俺は全力でため息を吐き。ソファに倒れ込んだ。
「なんか、良くないな。入れ込みすぎている」
それならば拒否をしろ、もっと距離を取れと言われるだろう。しかし、今の距離が心地よすぎて抜け出せなくなっている。
ずぶずぶと、まるで底なし沼にでも落ちたかのように。今にも視界が閉ざされそうである。
「だから、落ち着けと言ってるだろう。東雲にとって、俺が……初めての友人だから。変に距離感が近くなっているだけだ」
そう自分に言い聞かせ。底に溜まっていた全てを息に込めて。吐き出した。
「とりあえず。風呂入ってゴミを片付けないと」
やる事さえ出来ればこういうのもすぐ忘れるだろう。俺は立ち上がり、着替えを取りに向かった。
……しかし、結局。寝る直前まで、その妙な昂りは消えなかった。
◆◆◆
「おはようございます、海以君」
「……ああ、おはよう」
眠い目を擦りながら東雲へと朝の挨拶をする。東雲は普段通り……に見えて、ほんの少しだけ眠たげである。
「もしかして。海以君も九時に寝るタイプだったんですか? す、すみません」
「ああいや、違う。ちょっと寝つきが悪かっただけだ。それに早寝する人間じゃないから。安心してくれ」
東雲へ首を振ってそう弁明をすると。ホッとした様子を見せた。
そして、じっと。東雲は俺を見てきた。
「あ、あの、海以君。またお願いがあるんですが」
「……なんだ?」
少しだけ嫌な予感がしながらも。東雲無理な願いはしてこない。それどころか、そのお願い自体は簡単なものである事が多い。
「わ、私、眠る前。少し時間があるので。昨日のように、電話をお掛けしても。よろしいでしょうか」
自分の頬がひくついた。……それは決して悪い意味ではない。
「それは構わないんだが。一応確認しておきたい。毎日か?」
「は、はい。……もちろん、海以君に負担がかかるなら断ってください。無理はさせたくありません」
東雲の言葉に俺は首を横に振り。固めていた頬を緩めた。
東雲相手に。変に取り繕う必要は無い。
「いや、俺も。その方が嬉しい。東雲と話すのは嫌いじゃないからな」
「……!」
俺の言葉に。東雲が目を輝かせた。
「じ、じゃあ! 毎日八時頃に掛けますね!」
「ああ。待ってるよ」
少し興奮したように、前のめりになる東雲へそう答えて。
俺達は電車に揺られ始めたのだった。
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