第12話 鳴り止まないスマホ

「よーっす。タイミングバッチリじゃん」

「ああ。驚いたぞ」


 扉が開くと、元気そうな二人の人影が飛び込んできた。


 一人は瑛二。……そして、もう一人は。


「よっすよっす。おひさ、みのりん」

「ああ。久しぶり、というか会うのは二度目とかだな」


 ウェーブのかかった茶髪を肩まで伸ばしているが、これは染髪されたものだ。


 その耳にはピアスがされていて、頬はほんのり赤く、唇には口紅が塗られている。


 西沢霧香にしざわきりか。瑛二の彼女である。


 性格はあっけらかんとしていてとても明るい。初見でもぐいぐい来るタイプだ。そこは瑛二と似ている。


「そーじゃん! 二回目じゃん! みのりん全然遊んでくれないし!」

「友人の彼女と遊ぶ趣味はないな」

「えー! 瑛二は別に良いよって言うのに!」

「おお、そうだそうだ。勉強教えといてくれよー」

「勉強やだー!」

「……少し騒ぎすぎだ」


 テンションの高い二人へそう告げ、俺はため息を吐いた。


 この二人はこんな感じだ。二人とも交友関係が広いから、遊ぶ相手に異性が居ても気にしないようにするらしい。


 嫉妬とかしないのか、と聞けば。


『嫉妬? あいつが俺を一番好きなのが分かってるのに嫉妬なんてするかよ』


 と返された。……どうやらかなりラブラブらしい。


 そこで。俺は、一瞬、視線を移した。


 東雲と目が合った。さっとその目が別の方を向く。


 少し話した結果、東雲とは少し離れた場所に居る事にした。お互いに仲良くする素振りさえ見せなければ問題ないだろうとの考えで。


「それよりよ、蒼太。愛しの彼女はどうしたんだよ」

 瑛二の言葉に東雲の耳がぴくりと動いた。


「だから、友人だと言ってるだろう。さっきの駅が降りる場所だったからな。もう居ないぞ」

「えー? 会えると思ったのにー! なんならみのりんの家でダブルデートみたいな勉強会とか出来ると思ったのにー!」

「……はぁ」


 何度違うと言えば良いのだろうか。遠くで東雲がじっと俺達を見ていた。どうしたのだろうか。


 まあ、話しかけに行く訳にはいかないし。と思っていると。スマホの通知が鳴った。


 ……? 誰だ?


「ちょっとスマホ見る」

「ん? おお、別に許可取んなくて良いぞ」


 瑛二から許可を貰ってスマホを見る。俺はその通知を見て、目を見開いた。


『用事ってお勉強会だったんですね。しかもお家で』


 そう送ってきた相手は東雲だったから。


 ……そういえば、言ってなかったか。


 俺は瑛二達にバレないよう、東雲を盗み見ると。


 ほんの少しだけ、頬を膨らませながら。スマホを覗き込んでいた。

 その様子にまた俺は心臓が嫌な音を立てながらも。首を振り、スマホへと視線を向ける。


 これは。あれだろうか。しかし、安易にそんな事を言って大丈夫だろうか。


 いや、こういう時こそ勇気を出すんだ。


『良ければ。今度東雲も来るか? テスト後の、打ち上げにでも』

『行きます!』


 即座にレスポンスを返される。あの、食い気味で顔を近づけてくる様が瞼の裏に浮かんでしまう。


「お? どうした? 愛しの彼女からの連絡か?」


 そんな瑛二の言葉に。俺はビクリと跳ねてしまった。遠くで東雲もピクリと体を動かしたのが見える。


「だ、だから。さっきも言っただろう。最近出来た友人だと」

「またまた。そういや聞いてなかったが。その子は他校の子なんだよな? 案外霧香の高校だったりしないのか?」

「お? 私の友達だったりする?」

「違う。……隣町の高校の人だ」


 俺がそう言うと。瑛二は嫌な笑い方をした。そして、俺の耳元に口を寄せてくる。


「まさかあれか?【氷姫】関連で知り合ったのか?」


 その言葉に。俺は固まった。


「お、その反応は当たりか」

「……まあ。当たりか外れかと言えば当たりだが」


 確かに【氷姫】関連だ。というか本人である。


「なるほどな。まあ、頑張れよ? チャンスは掴み取ってこそだぜ?」

「はぁ……肝に銘じておく」


 俺はため息を吐きながら。『こいつは最初から全て勘違いしているだけだから気にしないでくれ』と東雲へ送った。


 そこで、東雲が降りる駅へ着いた。東雲は去り際に……一瞬だけ、視線を合わせ。


『ありがとうございました。また明日』

 そう、口を動かして伝えてきた。俺も瑛二達にバレないよう頷く。


 そして、東雲が降りてから。瑛二が俺に顔を寄せてきた。思わずビクリと肩を跳ねさせてしまう。


「な、なあ。さっきのが氷姫だよな?」

「……ああ、そうだぞ」


 背筋を嫌な物が伝う。まさかバレたかと思い。目を泳がせそうになった。


「なるほどな。ありゃとんでもない美人だ」

「お? 瑛二、浮気? 今度噛み切ってやろうか?」

「怖いからやめて!? あと俺が一番好きなのは霧香だから!」

「こんな所で惚気けるな。電車の中だぞ」


 周りの迷惑になるのでやんわりと注意しつつ。バレていなかった事にホッとする。


「というか。初めて見たんだな」

「おお、話には聞いてたけどな。めちゃくちゃ外国人っぽい見た目してるけど日本人なんだよな? 養子かなんかか?」

「……さあ、どうだろうな」


 正解ではあるが。それを言えば何故知っているんだという話になるはずだ。


「そういや親が凄い人達なんだっけ。向こうじゃ有名らしいな」

「あ、それ知ってる。なんか有名な実業家で色々な会社と繋がりがあるとか。……それにしては、もっとお嬢様学校とかに行きそうなものだけど。あっち、普通の高校だよね?」

「ああ、そうだな」


 ……言われてみれば。もっと上、というかそういう人達の通う高校に通いそうなものだが。


 しかし、完全に想像ではあるが。親の力を頼って高校に入る東雲も想像がつかないな。


「それにしても氷姫ねぇ……みのりんは氷姫が大好きなんだっけ?」

「だ、大好きって……違う。目の保養的な意味で、見た目が好みなだけだ」

「毎朝眺めるのが楽しみって言ってたもんな」

「大好きじゃん。てかそれ大丈夫? あっちに引かれてない?」

「やめてくれ。心にくる」


 あの時はどうせ絡む事がないからと割と好き放題見ていたが。今となってはめちゃくちゃに後悔しているのだ。


 まあ、今更後悔しても遅い訳で。


 ……いつか、謝らないとな。


 そうして話していると、俺の家の最寄り駅に着いた。


「ここだな。行くぞ、二人とも」

「あいあいさー」

「おっしゃー」


 ◆◆◆


「づがれだー!」

「ベンキョウツライ」

「……まあ。これだけ出来れば赤点はないだろうが」


 それから二時間ほどみっちりと勉強をした。二人は集中力がないようで、途中余計な話を挟もうとしていたが。みっちりやった。それぐらい危ない状況だったのだ。


「それじゃあデリバリーでも頼むか。定番と言えばピザだが。他に食べたいのはあるか?」

「ピザ! 俺コーラ飲みたい!」

「私サイドメニューのナゲットとポテト好き! ピザにする!」

「分かった。メニューは今調べ――」


 スマホを見ると。一つ、通知が入っていた。


『舞のお稽古が今終わりました。海以君は今、何をしている所でしょうか?』


 東雲からであった。十分ほど前に送られてきたらしい。


『今、勉強を一段落終えてデリバリーを頼む所だ』


 そう送ると。すぐに既読がついた。


「あー……すまない、瑛二。適当に頼んでくれないか?」

「ん? おお、良いぞ」

 瑛二にそう言って。俺はスマホへ視線を向けた。


『お疲れ様です。デリバリー、ですか。私、頼んだことないんですが。どんな物を頼むんでしょう?』

『そっちこそお疲れ様。ピザだな。ハイカロリーではあるが、たまに食べると美味いんだよな』

『私。食べた事ないです』


 その東雲の返しに。俺はあー、と声を漏らしてしまった。


 ……確かに。食べた事なさそうだ。


『今度。食べてみるか?』

『はい!』

 食い気味なその言葉に。俺は苦笑する。


「お、何よ何よ。愛しの彼女ちゃん?」

「お前顔に出やすいよな」

 すぐ傍に瑛二と西沢が来ていた。俺はスマホの画面を隠す。


「だから、友達だと言っているだろう」

「えー? 俺相手にそんな顔はしないだろ」

「ま、それを言ったら私も瑛二と電話してる時とかそんな顔はしないんだけど」

「え? 俺めちゃくちゃニヤニヤしてるけど」

「きもっ」

「え、傷ついたが?」

「隙あらば惚気けるな」


 こんな感じだが。二人の仲の良さは嫌という程伝わってくる。


『その時は一緒にいっぱい食べましょうね』

『ああ。そうだな』


 とりあえず、これで一旦終わりだろう。俺もドリンクを――


『そういえば。ピザもパスタのように色々種類がありますよね。私はよく分かっていないんですが、海以君はおすすめとかありますか?』


 ピロン、と通知の音がして。東雲からそう送られてきた。


『そうだな。基本なんでも好きだが、オーソドックスなマルゲリータとか好きだぞ』

『あ、聞いたことあります。じゃあ今度はそれ一緒に食べてみましょう』

『そうだな』


 さすがに終わりだろう。俺はスマホを置――


『こうして聞いていると私、まだまだ食べた事がない物。たくさんあるんですよね』

『お家だと制限があるので。海以君が良ければ時々一緒に食べて貰えると嬉しいです』


 その言葉に……俺は頬が緩んだ。


『ああ、もちろんだ』


「なあなあ。あれって告白して付き合った奴の顔だよな」

「あ、それだ。めちゃくちゃそれだ」

「なんでこれで友達って言い張るんだろうな」

「ね。これだけ連絡取ってくるって向こうもめっちゃみのりんの事好きじゃん」

「おい。やかましいぞ」

「やべ、ばれた」


 瑛二達へそう返すと。二人は笑った。


「みのりんは苦手なものある? なければそのまま注文しとくけど」

「……別にないが」

「ドリンクはコーラで良いか?」

「ああ、それで頼む」

「サイドメニューはいる?」

「俺は別に」

「おっけー」


 そう言って、西沢はスマホを何度かタップする。


「じゃあ後は住所だけ教えて。それさえ終われば後はどれだけ彼女ちゃんと連絡取ってていいから」

「だから、彼女ではないと「いいからはよはよ」」


 ニヤニヤと笑う二人に。俺は住所を伝え。


「余計なお世話だ」と言いたくなったが。東雲とのやり取りをここで止めたくないという気持ちもあったので……


 言われた通り、東雲とのやり取りを続けた。


 ……まさか。ピザが配達されて、食べるまでやり取りが続くとは思わなかったが。

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