第8話
夕暮れ。
窓から光が差し込んで、オレンジ色になる時間帯。
そんな図書室の一番奥の窓際に、幽霊はいるらしい。
なんでも男の子の霊で、ずっと本を読んでいるそうだ。
だけど声をかけたら、「読書の邪魔をするな!」って怒るんだって。
しかも怒った男の子は、そこら中の本を宙に飛ばしまくるらしい。
それで昨日、図書室はしっちゃかめっちゃかになっちゃったんだとか。
片づけのために図書室が一日使えなくなった、ってのはぼくも聞いてた。
もちろん幽霊のせいなんて先生は言ってなかったけどね。
今回のおそうじクラブの仕事は、図書室の片づけ。それから、噂の男の子の幽霊退治。
この二つだ。
片づけも仕事に入ってるなんて、まさにおそうじクラブだよね……。
「わあ……」
今日の夕焼けは、オレンジというより……真っ赤だった。
まるで燃えてるみたいだ。
「はー。こんなに本に囲まれてっと、眠くなりそうだな」
「琥珀はもっと勉強しなさいよ」
「なにお~?」
図書室を片づけながら、琥珀くんと藍里さんが火花をバチバチ散らしている。
仲、良くないのかな?
「あの二人はね、幼なじみなんだよ」
隣に並んだ桃香ちゃんがこっそり教えてくれる。
そう言えば前もちらっと聞いたような。
そっか。それであんなに気安い感じなのか。
そういえば、口ではいろいろ言ってるけど、いつも一緒にいるもんな。
「ケンカするほど仲がいい……ってやつかな」
「そうかも」
くすくすと桃香ちゃんも笑う。
すると……。
ゴン!
鈍い音が聞こえた。
琥珀くんが頭を抱えてうずくまっている。
「いってぇ! グーで殴るかふつう!?」
「うるさいわね。ほら、あんたはそっちを片づけて」
「くそー! ゴリラパワーめ!」
ゴン!
「いってえ!」
あ、あわわ……。
藍里さんのグーパンチで、琥珀くんの頭から煙が出てる……。
茜くんなら今の状況も止められるのかもしれないけど、あいにく、生徒会の仕事中でここにはいない。
片づけが終わった頃……幽霊が出てくる頃には来てくれる手はずになっている。
だから今はぼくらだけで何とかしなきゃいけないんだ。
えっと。どうしよう?
オロオロしていたら、桃香ちゃんが二人の間に駆け寄っていった。
何か話してる。
桃香ちゃんの声は小さめだから、よく聞こえないけど……どうやら上手くいったみたい。
琥珀くんが頭をかいて別の場所の片づけに行った。
藍里さんもまた片づけを始める。
……うーん。さすが桃香ちゃん、なのかな。仲を取り持つのが上手いみたいだ。
ぼくはオロオロしてるだけで、なんだか情けない気がしてきたぞ。
今までいろんな人と行動することが少なかったから、ドギマギしちゃうんだよね。
おっと。いけない。
ぼくも手を動かさなきゃ。
「……って、何だろう、これ」
落ちていた本を元の棚に戻したぼくは、その棚を見て首をかしげてしまった。
『おそうじクラブコーナー』?
ほかの『伝記』とか『図鑑』みたいなプレートっぽく、だけどこれだけ手書きで、小さなコーナーができている。
どれどれ。
『世界の魔術』
『カエルでもわかる愉快な怪異』
『学校の階段の怪談』
『悪い幽霊はおしおきよ!』
『恋のミラクル☆キラリン先生』
『安全な封印の仕方』
えとせとら、えとせとら。
……あ、怪しい本ばかりだぞ……。
「おそうじクラブ専用の勉強コーナーね」
「わっ」
び、びっくりした。
気づいたら藍里さんがぼくの隣に並んでいた。
長い髪をかき上げて、じっとこの怪しい本たちを見つめてる。
うう。
大人びた表情で、ドキドキしてしまう。
「おそうじクラブ専用の……?」
「そうよ。幽霊を感じるといっても、わたしたちはシロウトでしょ。それは先代も同じ。だから先代はいろんな本を集めて、ここでよく勉強していたの。幽霊……もっと大きく言うと怪異かしら。怪異は怪異のルールに縛られるものよ。だからいろんなパターンを知っておけば、対応もしやすくなるんですって」
「そうだったんだ……」
ぼくが思っていたより、ずっとちゃんとしてたんだ。
「詳しいけど……藍里さんも、勉強してるの?」
「ええ」
コクンと藍里さんはうなずいた。
「逆に聞くけど、そんなことも知らないの?」
うっ。
「天内くんは特に新入りでしょう」
ううっ。
「知らないことがあるのは当たり前だけど、だからこそ、経験不足をカバーするために知識を仕入れる姿勢は大事じゃないかしら」
うううっ。
「こら、藍里! 若葉をいじめんな!」
「いじめてないわ。先輩として指導しているだけよ」
「おまえ、無表情にグサグサ厳しいこと言いすぎなんだよ!」
「正論を言って何が悪いのかしら」
「頭でっかちになりすぎんなって言ってんの!」
「琥珀はもっと考えてから物を言ってちょうだい」
「な、なに~っ!」
「図書室でそんな大声を出さないでちょうだい。また殴られたいのかしら」
「そうやってすぐ手を出すのもやめろよ! バカ力なんだから!」
「なんですって……?」
あわわ。
また二人の空気が険悪になっちゃう。
すると桃香ちゃんが慌てて琥珀くんを引っ張った。
ぐいぐい。
必死な顔で琥珀くんを後ろに引っ張っていく。
「わ、何だ? 桃香、引っ張るな! わかった、わかった! そっち行くから!」
気圧された琥珀くんが、おとなしく離れていく。
……ほっ。
桃香ちゃん、ナイスプレイ。
それから藍里さんを振り返ると……うっ。
じっとり。どよーん。
そんな目をしていた。
「ご、ごめんね……」
「何であなたが謝るのかしら」
「琥珀くんはああ言ってくれたけど……藍里さんの言うことも正しいと思うから……」
たしかにぼくは、勉強不足だ。
今まで何となく見えて、何となく逃げてばかりいた。
こないだの音楽室の事件だって、たまたま上手くいったようなもんだ。
「……いいえ」
じっとぼくを見ていた藍里さんは、ため息をついた。
「わたしも悪かったわ」
言いながら、ドン。
藍里さんは本を十冊まとめて持ち上げた。
しかもかなり分厚いやつばかり。
「……琥珀が言うように、わたしはバカ力だし……感情が表に出てきにくいから、何を考えているのかわからないってよく言われるわ」
「そ、そんなこと」
ないわけじゃ、ないけど……。
ぼくも同じようなことを考えちゃったりしたけど。
でも……。
「でも、それも個性っていうか。藍里さんはそういうところ含めて、人気があると思うんだけどな」
言うと、藍里さんは瞬いた。
ぱちぱち。
ああ、マツゲも長いなぁ。
「あなたは変わった人ね」
「そ、そうかな」
うなずいた藍里さんは、ため息をついた。
「昔はよく、親からも周りからも女の子らしくないって言われたわ。それで口調や髪型を女の子らしくしようとしたんだけど……ダメね。わたしがこうだから、琥珀だって……」
「藍里さん……?」
「何でもない。つまらないことを言ったわ」
ふいっ。
藍里さんは顔をそむけて、重たい本を持って行った。
ううむ。
あんなカンペキそうに見える藍里さんにも、悩みがあるなんて。
「あれ?」
片づけを再開したぼくは、目をこらした。
おそうじクラブのコーナーに、ふせんのついた本がある。
何だろう。外し忘れたまま戻しちゃったのかな?
『安全な封印の仕方』ってやつだ。
どんなことが書かれてるんだろう。
そういえば茜くんもお札を作ったとか言ってたな。
もしかして、これにやり方が書いてるのかな?
ちょっと気になる。
ぼくはそっと手を伸ばして――。
ヒュゥゥ……と。
どこか湿った風が吹いて、図書室のカーテンを揺らした。
ハタハタ。カーテンがはためく。
そして――。
ぼくはドキリと固まった。
い、いる。
部屋の奥の、窓際の席。
はためいたカーテンがゆっくりと戻って……そこに、男の子がいた。
白いシャツを着た、背の高い男の子。
髪の毛はどこかもっさりしている。
みんなもそれぞれの感覚で幽霊の出現に気づいたらしい。
部屋に緊張が走った。
イスに座っていた男の子はこっちを見て笑っている。
それからゆっくりと立ち上がった。
「桃香。通訳」
藍里さんの言葉に、桃香ちゃんが慌ててうなずく。
桃香ちゃんはヘッドフォンを耳から外した。
ゴクンとつばを飲み込む。
それから、スゥ。
ひかえめに口を開く。
「えっと……『すばらしい!』って言ってるよ」
「すばらしい?」
「『ぼくに気づいてくれるなんてすばらしい。ぼくはずっと気づいてくれる誰かを待っていたんだ』……って」
男の子は大げさなくらい腕を広げて、にこやかに言ってみせた。
たしかに桃香ちゃんの通訳は、何となく表情や動作とも合ってる。
でも、どういうことだ?
待ってたって?
「『ぼくは生前、病気がちでね。いつも図書室にいて本を読むことしかできなかった。だけど本当はみんなと鬼ごっことかカクレンボとか、サッカーとか野球とか……いろいろ遊びたかった。それが心残りで今も成仏できずにいるんだ』」
男の子はヤレヤレという感じで肩をすくめてみせた。
何だろう。いちいちアメリカンな感じだ。
「『だけど誰もぼくに気づいてくれない。だから本を動かしたり投げたりしてみたんだけど……それでもやっぱり、ぼくに気づいてくれる人はいなくてね。退屈してたんだよ。一人じゃ、今言ったような遊びはできないからね』」
男の子は少し、ぼくたちに近づいてくる。
「『君たちを見込んで頼みがある。ぼくと遊んでよ』……って、え? ええ!?」
「遊ぶ……ですって?」
「どういうことだよ?」
「『そのままだよ。うーん、そうだな。鬼ごっこをしよう。図書室で鬼ごっこなんて、先生にバレたら怒られちゃいそうで……とってもドキドキする!』」
「そんなことして、オレたちに何のメリットが……」
「『遊んでくれれば、ぼくはそれで満足して成仏するよ』……だって」
にこやかに告げられた言葉。
それはぼくたちにも魅力的だ。
音楽室の件でもそうだったけど……お札とか、ムリヤリ封印するってなったら、やっぱり大変そうだし。
相手が幽霊とはいえ、ケンカなんてできればしたくない。
お互いに納得して、それで成仏してくれるなら、たしかにそっちの方がいい。
琥珀くんと桃香ちゃんも同じ考えみたい。
ぼくらは困惑しながら顔を見合わせた。
藍里さんだけは、難しそうな顔をしてるけど……。
「えっと、どうする……?」
「茜が先生と話をつけてるから、しばらくこの図書室は貸し切りみたいなもんだけど」
「それなら、いい、かな……」
迷うように桃香ちゃんがつぶやいて、
「ね、あいりちゃ――」
「待って」
藍里さんに声をかけようと桃香ちゃんが振り向いて。
藍里さんが止めようと声を上げた、そのとき。
ざわりと空気が変わった。
男の子が高笑いをしている。
ヒッ、と桃香ちゃんが息をのんだ。
……ぼくには声は聞こえない。
でも、そうだな。
男の子は「決まりだな!」とでも言ったみたいに、口のはしを大きく上げて笑っていた。
何だ?
男の子の姿がぼやけて変わっていく。
よく見ようと、ぼくはメガネを少しだけ外した。
はっきり見えた男の子はやっぱり笑っている。
その大きな口からは、白くてとがった牙が……!
それに、もっさりした髪の隙間から見えるもの――あれは、角?
一見ふつうの男の子だったのに。
それが見る見ると変わっていって。
鬼だ。
あれは、鬼だ!
鬼になった男の子が、本を乱暴になぎ倒しながらおそってくる!
「うわああ!」
何で急に!
慌てて距離を取ったぼくに、みんなも慌てた顔をした。
「わかばくん!?」
「鬼だ! あいつ、鬼だったんだ!」
「なるほどね……!」
舌打ちをした藍里さん。
「怪異は怪異のルールに縛られる。きっとこの鬼は、鬼ごっこをすることではじめて人を襲えるようになるのよ」
「何じゃそりゃ! ……うっ……」
ツッコんだ琥珀くんが、鼻を押さえて低くうめいた。
鬼にスイッチが入って、悪意が強くなったんだ。
だからイヤな臭いを、琥珀くんも感知できるようになったんだ……!
「わっ、わあ!」
鬼がすごい怖い顔をして手を伸ばしてくる。
ぼくは必死に逃げ回った。
そこまで足は速くないみたいで、何とか追いつかれない。
だてに今まで逃げ回ってないからね!
……でも、鬼も、見えるぼくだと相手が悪いと思ったらしい。
悔しそうな顔をして、向きを変えた。
その先は――桃香ちゃん!
「桃香ちゃん! 逃げて!」
「きゃあ!」
はじかれたように桃香ちゃんが走り出す。
だけど、見えない相手から逃げるのは難しい。
本を倒して来るからある程度は方向がわかるけど……でも、それもいつまでもつか。
「桃香ちゃん、右! 右に逃げて!」
「は、はいっ……あ!」
「桃香!」
なぎ倒された本につまずいて、桃香ちゃんが転んだ。
鬼が近づいていく。
「くっそ……!」
「あ、琥珀!」
琥珀くんが走り出した。桃香ちゃんを助け起こす。
だけど琥珀くんも調子が悪い。息が切れそうだ。
そのすぐ後ろには、鬼が……!
「きゃっ……」
「ぐぅっ」
ああ……。
鬼が、二人を捕まえた……。
二人がその場に倒れ込む。
ぐったりとしたまま、起きてこない。
そんな。
どうしよう。
どうしたら……。
「う、うう……。『バカな奴らめ』……」
倒れたまま、絞り出すように、桃香ちゃんがしゃべり出した。
……通訳だ。
ぼくらに少しでも情報をくれようと、倒れたまま、通訳してくれているんだ。
「『そこの女の言うとおりだ。鬼ごっこで、鬼として捕まえればぼくは相手を食べることができる』」
「何で、そんなことをするんだ……!」
「『おなかが空いたら食べるのは当たり前だろう! どうだ、ぼくに触れられたら力が吸収されて立つのもつらいだろ? 後でゆっくり食べてやるからな』」
ゆがんだ表情で、鬼が笑う。
ゆっくりと今度は藍里さんの方に向かっていく。
「藍里さん! 逃げよう!」
「でも琥珀たちが……。いえ、そうね。二人から引き離すためにも一旦図書室から出るのが得策かもしれないわ」
藍里さんは頭の回転が速い。
すぐに判断して、図書室のドアに駆け寄った。
ぼくも一緒に、ドアにタックルする勢いで走り寄る。
だけど――開かない?
鍵はかかっていないはずなのに!
ガタガタ音がするだけで、ちっとも開きそうにない!
「『ルールは図書室で鬼ごっこ、だ。そっちにだって守ってもらうぞ』」
「そんな……!」
こんな狭いところで。
桃香ちゃんも、琥珀くんも捕まってしまって。
藍里さんには鬼の姿は見えてなくて。
どうすればいいんだ。
「落ち着いて」
「え……?」
藍里さんが、ぼくの耳元でささやいた。
落ち着いた、彼女にしては、低めの声。
ポソリ。
鬼に聞こえないように藍里さんは続けてくる。
「天内くん。あなたが囮になって」
「え?」
「……て」
また、ポソリ。
藍里さんはぼくにささやいた。
次の瞬間、桃香ちゃんの声が響く。
「『のんびり話してるなんて余裕だな! 捕まえたぞ!』……二人とも!」
「くっ……」
背後から鬼がせまってきた。
藍里さんがぼくを突き飛ばす。
ぼくはよろめいて、慌てて体勢を整えた。
ゆっくり倒れる藍里さん。
……そんな!
囮のぼくじゃなくて藍里さんが先に捕まるなんて。
「『あと一人か』。わかばくん……逃げて……!」
「で、でも……!」
じりじりと鬼から距離を取る。
どうしようと藍里さんを見たら――藍里さんは、苦しそうに、でも、じっとぼくを見ていた。
あきらめていない。
藍里さんは、まだ、あきらめていない!
ぼくは走り出す。
鬼が追いかけてくる。
そんなに速くはないから、棚を上手く使って逃げてやる。
ぐるぐる。
鬼が悔しそうに顔をゆがませる。
捕まってやるもんか。
みんなの分まで、逃げ切ってやる!
鬼が追いついてきそうになったら、別の棚へ。
ぼくにはあいつの音が聞こえないから、逆に目を離さないように逃げなきゃいけない。
いきなり背後に回られたら、たまったもんじゃないからな。
そうやってぐるぐると逃げ続けて……どれくらいたったんだろう。
夕日が沈みかけて、フッと、部屋が暗くなった。
まるで電球が切れたみたいに。
――もうそろそろだ。
ぼくは別の棚に移動した。
一番奥の棚だ。
言語学とか何とか……難しい本が多くて、普段から人があまりいない棚。
「『バカめ、そっちは行き止まりだ!』……いやああ! わかばくん!」
「若葉……!」
桃香ちゃんの悲鳴。
琥珀くんの、切羽つまった声。
たしかに一番奥だから、もう逃げる場所がない。
ぼくはくるりと振り返る。
ニタニタと笑う鬼。
そいつはいたぶるように、ゆっくりと、近づいてくる。
その鬼の背後に、ゆらり。
藍里さんが立っていた。
「そう。そこにいるのね」
低くつぶやいた藍里さんは、腕を伸ばす。
藍里さんの白い手は、鬼の腕をつかんだ。
「『おまえ……!?』」
「つかめれば、こっちのものだわ」
「『おまえ、何で、ここに……!』」
「知らないの? 鬼は、捕まえたら交代するのがルールよ。そもそも……」
しれっと言った藍里さんは、腰を落とすやいなや、鬼の腕を思い切り引いた。
それから、ぐるり。回る。
力いっぱい。勢いよく。全身で。
鬼が悲鳴を上げて――聞こえないけど、多分、いやあれは絶対に上げていた――持ち上げられる。
そのまま今度は思い切り床に叩きつけられた。
藍里さん渾身の背負い投げだ。
い、痛そう……。
藍里さんには鬼の姿が見えていないせいか、余計に遠慮が感じられない……。
無惨に崩れ落ちた鬼。
藍里さんは、お札をぺいっと貼り付けた。
パン、パンと手をはたく。
ふぅ。
一息ついて、藍里さんは、髪の毛をかき上げた。
「図書室ではお静かに」
「あいりちゃんんん!」
「若葉も! ヒヤヒヤさせやがって!」
鬼が封印されて、力が戻ってきたらしい。
桃香ちゃんと琥珀くんが駆け寄ってきた。
ガバッ、と二人に勢いよく抱きつかれる。
あ、ちょ、琥珀くん。
頭をわしわしされるのはいいけど、あまり揺らされると、めまいが……。
「もうダメかと思ったよ……!」
「藍里さんのおかげだよ」
泣きそうな桃香ちゃんに苦笑する。
藍里さんは捕まる直前、ぼくにこう言った。
『角に逃げて』
……藍里さんには、鬼の姿が見えない。
だからってぼくが声で指示しても、鬼にバレて、逃げられちゃう。
だから、確実に鬼がいる場所を作り出したかったんだ。
それも、鬼が油断する方法で。
「しっかし、やっぱり投げたのか? 藍里の奴」
「え、うん……それはもう見事な背負い投げだったよ」
「マジかよ!」
盛大に笑った琥珀くん。
藍里さんが、ジトリとにらむ。
まるで「文句があるの?」とでも言いたげに。
だけど琥珀くんは、バシバシと藍里さんの肩を叩いて、さらに笑った。
「やっぱおまえ、カッコいいな!」
「え……」
「最高だぜ!」
「……大げさよ」
ツン、とそっぽを向く藍里さん。
だけどぼくは、見てしまった。
藍里さんの口が、少し、ほんの少し、上がったのを。
……満更でもなさそうで、良かったな。
そうやってぼくもにやけていたら、藍里さんがこっちを見た。
ぎくっ。
べ、別に変なことは考えてないんだけど。ちょっと緊張してしまうぞ。
「天内くんも。ありがとう」
「いや、そんな」
「あなたのおかげで助かったわ」
そう言って、藍里さんがとってもキレイにほほえんで。
……ぼくは真っ赤になって、何も言えなくなってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます