第7話

 音楽室の件から、二週間がたった。


「わかばくん。今日も部室に行くよね?」

「うん。そのつもり」

「わっかばー! 部室行く前にサッカーやってかね? いろんなクラスの奴集めてんだ!」

「琥珀くん……うれしいけど、サッカーは遠慮しとこうかな。足引っ張っちゃうし……」

「そんなんいいのに。ま、遊びたくなったらいつでも来いよ。じゃあまた後でな! 桃香は何もないとこで転ぶなよー」

「こ、転ばないよー」


 嵐のようにやって来た琥珀くんは、やっぱり嵐みたいに出ていった。

 元気いっぱい、笑顔いっぱい。相変わらずいいにおいもする。

 しかも教室のいろんなところで「きゃあ」「琥珀くんだ」「サッカーするって!」って女子の声。

 何人かはサッカーしてるのを見るために窓際に猛ダッシュ。

 ……す、すごいなぁ。さすが人気者。

 そんな琥珀くんが、こうやってぼくに気軽に話しかけてくれるのが、なんだか変な感じ。


「すっかり仲良しだね」


 同じようなことを考えたのか、桃香ちゃんもクスクス笑う。

 何となく気恥ずかしい。


「どうかなぁ」


 恥ずかしいのをごまかしたくて、メガネをカチャカチャと触る。

 あんまり意味はないんだけどね。

 それからぼくと桃香ちゃんは、おそうじクラブに向かった。

 その途中。

 あれ?

 ふと、ぼくは足を止める。つられて桃香ちゃんも止まった。


「わかばくん?」

「あそこにいるの、藍里さんかな」


 ぼくはこっそりと前を指さした。

 おそうじクラブに行く途中の廊下。

 ぼくらより少し前を歩く、髪の長い女の子。

 背筋はぴしり。キレイでつややかな髪をなびかせて、後ろから見ててもカッコイイ。


「ほんとだ。あいりちゃんだ」


 桃香ちゃんがうれしそうに言う。

 だけどぼくは少しだけ緊張した。

 桃香ちゃんはぼくに優しくしてくれるし、琥珀くんとも仲良くなれたけど……藍里さんは、いまだによくわからないのだ。

 歓迎されてなさそうだなあ……とは思うんだけど、だからってあからさまにイヤな顔をされるわけじゃないし。別にいやがらせもされてない。

 無愛想だけど、もともと無表情っぽいからよくわからない。

 いつでも堂々とした感じで、頭も良くて……茜くんや琥珀くんとはまたちがった意味であこがれるんだけどね。

 そんな藍里さんは、ツカツカと廊下を進んでいく。

 あ。藍里さんの目の前に、ぼんやりと、男の幽霊が……


 どーんっ

 

 ぼくは目を丸くした。

 今。

 幽霊が、吹っ飛んだ……よな?

 藍里さんとぶつかって、車にひかれたみたいに、壁まではね飛ばされていった……よね?


 藍里さんは、一瞬立ち止まった。

 でも、本当に一瞬。

 髪の毛をばさりとかきあげて、また進んでいく。


 ええええ?

 すごい衝撃映像だ。

 そういえば、藍里さんは幽霊に触れるとか、投げ飛ばせるとか……言ってたような……?


「わかばくん? ぼうっとメガネつかんでどうしたの?」

「あ、ううんっ。なんでもない」


 思わずメガネを取って、幽霊をじっと見ていたらしい。

 桃香ちゃんに言われて、ぼくは慌ててメガネをかけ直した。

 ……うん。はね飛ばされた幽霊は、壁にぶつかってそのまま気絶したみたいだった。

 幽霊でも気絶とかあるんだ……。

 壁にぶつかるんだ……。

 はじめて知ったよ、ぼく。



 おそうじクラブの部屋に入ると、スズが「遅いのだわ!」と声を飛ばしてきた。

 真っ先に桃香ちゃんがあわてる。


「ご、ごめんねスズちゃん」

「でも、時間には間に合ってるはずだけど……琥珀くんだってまだサッカーしてるし……」

「茜と藍里との三人でいるなんて、息がつまるのだわ!」


 ぷっくー。ふてくされたようにスズがほっぺをふくらませる。

 人形なのに表情豊かだ。

 そういう意味じゃ、藍里さんの方がよっぽど人形っぽい……。

 今も本を読んだまま、顔を上げもしないし。

 でも、目を伏せて本を読む姿は、すごく絵になるんだよなぁ。

 ちなみに茜くんは「ひどいな」と笑っていた。

 でも、言葉とはちがってぜんぜん気にした感じがしない。

 この大人びた二人といたら、たしかに緊張するかもしれない。


「そうだ。風早くんが来たらあらためて説明するけど……また依頼が入ったよ」


 茜くんの言葉に、ぎくり。

 ぼくは固まってしまう。

 依頼。

 それって、もちろん、幽霊関係……だよね。


「またなのだわ? 多いのだわ」

「そうだね。今までも依頼はいくつかあったけど……ここのところは特にペースが速いな」

「心配……だね」


 不安そうに桃香ちゃんが顔をくもらせる。

 藍里さんが本を閉じた。


「……それで、今度はどこなの?」


 うん、と茜くんはうなずいた。


「今度は図書室だ」

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