馴れ初めですか? 自分でも よく解んないんですけど、聞きますか?

汐凪 霖 (しおなぎ ながめ)

さくらさんの推し同僚は西園くんである(by部長)

 すっごい盛大なタメ息。

「ちょっと西園くん。どうしたのよ。なに悩んでるの?」

 私が問いかけると。

 うちのエース社員イケメンは涙目で見上げてきた。

 やめて!

 それ威力がヤバイから!

「さくらさん……聞いてくれるんですか……?」

 平静さを装い部長席をチラリと見る。

 この数日の彼の活動が芳しくないのを把握している部長は、微かに、けれど重々しく頷いてくれた。

「喫茶コーナーでホットレモンでも奢ったげるから、洗いざらい吐くが良いわ」

「言い方……!」

 ウケた。

 困ったような苦笑いが可愛い。

「それにホットレモンって何ですか。普通はコーヒーとか、お茶とか言うでしょ」

 くすくす笑ってる。

 俯いた前髪がさらさら揺れて。

 なにもう可愛いが過ぎる!

「悩んでるときはビタミンCよ。疲れの乳酸を打ち砕くのよ。酸味と甘味は剣と盾」

「さくらさん、おもしれー」

 ひとつ年下なだけなのに敬語が抜けない西園くんに、いつもある壁みたいな、ほんのちょっとの警戒心。それが少し和らいだ気がした。

 とりあえず長身のイケメンを従えて、喫茶コーナーの自販機で飲み物を買い、ソファに向かい合って座る。テーブルの上には、デキる後輩チカちゃんが常備している各種おやつ。環境最高。

「それで?」

 ぼく、ココアがいいですとか言うので、つい甘やかしてしまったことを反省しながら、尋ねる。なんだよココアって。可愛いかよヤメロよカッコつけようとしてくれよ別に可愛いでも駄目じゃないけども!

「さくらさん、受付の村重さんって知ってますよね」

「あなたの元カノか」

「なんで知ってんですか!?」

 狼狽えた顔が珍しくて嬉しい。

「有名だよ。彼女、あちこちで自慢してたから。でも、一年前からピタリと自慢話が止まった。その頃に別れたんだろうなと思ってた」

 イケメンが顔を覆う。こら、隠すな。

「もろバレだ……」

「その後の西園くんは寧ろ業績を上げたから、部内では誰も何も心配してなかったけど。とくにこの半年くらいはね。でも、ここ一ヶ月は何か悩んでるなと」

「えっ、皆、そう思ってるんですかね」

「どうだろ。でも、五週間前に何かショッキングなことがあったと思ってるのは、私だけかな」

「え、こわい」

「なに言ってるの。五週間前に、ここで声をかけたのに無視したでしょ。凄い青ざめて。表情も酷かった。なのに、ふらふらした足どりで事務室に戻ったら陽キャ爆発って感じで皆に絡んでっててさ。あれのほうが怖いわよ。それに、後ろにずっと私がいたのに気づかないとか、無いわ~」

「すみません」

 そうして打ち明けられたのは、元カノ村重のストーカー行為というか、強迫愛というか、とにかく、よりを戻そうという強引な迷惑行為に困っているということだった。

「いまの彼女にも不審な手紙が届いてて。証拠はないけど、あの人かと」

 あっと残念~。

 彼女やっぱいるのねー。

「つきあって半年の慣れてきたころにソレはキツイわね」

「なんで半年って分かンのッ!?」

「つきあいたての頃に浮かれてた自覚ないのねぇ」

「えーうそ恥ずかしい超恥ずかしい俺ってそんな分かりやすいの単純なの」

 そんなこたない。

 ポーカーフェイスで、めっちゃ涼しいよ。

 私がガン見してるから気づくだけだよ。言わないけど。

「それはともかく。村重さんってプライド高いから。追いかけられるワタシってイメージで世間に通してるから。今日は金曜日だから、明日にでも彼女ちゃんとのラブラブ写真を何枚か撮って。ソレ見せながらチカちゃんとか畠中くんとか上阪くんに惚気話でも貢げば、三日で社内に熱愛情報が回っておとなしくなるんじゃない。見込みないのに迫ってる痛々しい女って人に思われるの、絶対、耐えられないでしょ、あの子」

「さくらさん、こわい頼もしい」

「こわいは余計よ」

 きらきらと希望を両目に灯すイケメン、美味しい。

 とりあえず解決しそうだなと安心して、その後は気になってる映画とか、おすすめのラーメン屋とか、共通の好きなアーティストの話で空気をほぐし、元気を取り戻したらしいエース西園を従えて事務室に戻った。部長が にこにこして飴ちゃんをくれたので、ありがたく頬張る。

 ──が。

 週明け。月曜日の朝。

 机に突っ伏してる西園くんに目を丸くした。

「え、なに。今日、早出だっけ? でもって、どうしたの」

 くぐもった声が呻く。

「ふられました」

「は?」

「彼女の大学に、あの人が押しかけたみたいで。なんか、酷いことを言ったらしくて。彼女が怖がって。ご家族も激怒で」

「あ~……」

「若い彼女からしたら、俺に限らなくてもチャンスは いくらでも これからあるって……まだ付き合って半年だからかもしれないですけど……傷が浅いうちに別れたほうがお互いが幸せになるのも早いって言われました」

「しっかりしてて思いやりのある素敵な子ね」

「その分、ダメージは俺だけです」

「一応、訊くけど。村重さんに気持ちはないんだよね」

「あるとしたら怨みですかね」

 乾いた笑いが痛ましい。

「あー、じゃあ、ラブラブ写真は捏造でもするかね。私で良ければだけど」

「えっっっ」

 ガバッと身を起こしたイケメン。隈が濃い。今日は外回りできないな、これ。

「でもそれは、さくらさんが村重さんに」

「あー、それは心配いらないと思うよ。私、相手にするつもりないし、なんなら色々と証拠を集めて法律とか使えばいいから怖くないし、寧ろ面白そう」

「えええ」

 動揺する西園くんが可愛い。それを朝から独り占め。最高か。いつも一番乗りしてて良かった。まあ部長が先に来てるけど習慣で喫煙所に行ってるから居ないんだよね。いつもの貴重な一人時間。

「まあ、二、三回、映画とか食事とかライブとか一緒に行ってくれれば、それを謝礼としようじゃないか。捏造写真の撮影はチカちゃんに頼めるよ」

 呆然としてる。

 そりゃそうか。

 まあ、私だと釣り合わないかねぇーちぇーっ。

「あ、でも、やっぱ本物の彼女とじゃないと、写真の信憑性が心配だなぁ。もっと適任を探そうか? 凄い美女とか」

「あの、佐久良さん」

 急に真剣な表情をするから、ビックリした。

 イケメンのマジ顔は迫力が凄い。

「二、三回とか言わずに、もっとデート出来ませんか」

「……は?」

「それと、名前で呼んで良いかな」

 え、待って、なにこれなにこれなんだこの展開!

「俺、あなたに惚れました、佐久良ゆかりさん。いますぐ正式に付き合ってください」


 それ以降、社内の食堂では「ゆかり~♡」と追いかけてくる西園くんの姿が日常となり。

 元カノはプライドが大事なので退散し。

 私は推しを夫としたという結末を迎えました。

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馴れ初めですか? 自分でも よく解んないんですけど、聞きますか? 汐凪 霖 (しおなぎ ながめ) @Akiko-Albinoni

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