私たちの世界①
「ゆま、これどう? 似合うかな?」
私は学校近くの服屋で服を選んでいた。正直服はたくさん持っているし、最近はバイトもしていないからそこまで貯金がない。
それでもこうして服を選んでいるのは、今みたいなゆまの顔を見るためだ。
ゆまは退屈そうな顔をしているが、その瞳の奥には燃えるような嫉妬と独占欲が見える。
それを見るだけでゾクゾクした。
体の芯が疼いて、今すぐ彼女を抱きしめたくなる。
「いや、何そのふりふり。コスプレじゃないんだから」
「えー。可愛いと思うんだけどなぁ」
私はなんでもないようにそう言って、様々な服をゆまに見せる。
今までの私がほとんど買ってこなかったような服だ。私が誰に影響を受けているのか想像できるように、時々憂うような表情を浮かべておく。
ゆまは面白いくらいに表情を変える。
きっと、これまで私が好きだと言ってきた男子のことを思い出して嫉妬に駆られているのだろう。
そういうところが、可愛い。
もっともっと、私にその顔を見せてほしい。焼け付くような嫉妬心を。地の底に縛り付けるような独占欲を。
私を独り占めしたいって教えてほしい。
私をゆまだけのものにしてほしい。
「ゆまはどんな服が好きなの?」
「装飾が少ない服」
「何それ。私はこういう服の方が好きかなー。男ウケもいいし」
「男ウケで私服選ぶかね、普通」
私はゆまのことが好きだ。
ゆまだけが好きで、彼女と私だけが世界の全てだと思っている。
だけど私から好きだって言うつもりはない。私の手を引くのは、私たちの行く末を決めるのはゆまの役目だ。
だから彼女から好きと言ってくるまで、私からは好きって言わない。
でも、それだけじゃつまらない。
ずっと昔みたいに仲良く過ごすのもいいけれど、私はもっと彼女の感情を独占したいし、私のことを見てほしい。
わざわざ脈がなさそうな男子にちょっかいをかけているのは、彼女の嫉妬を煽るためだ。
「いいじゃん。幼馴染なら応援してよ、こんなに頑張ってるんだから」
「方向性を間違った努力は無駄だと思うけど」
「またそんなこと言ってー」
ドライに見えて、ゆまは感情が激しいタイプだ。
だからそっけないことを言っていても、独占欲を隠しきれていない。
可愛いなぁ。
不機嫌そうな瞳も、冷たい声も、全部感情を抑えようとした結果なんだってわかる。
好きだからどこにも行くなと言えば、いつだってこんなこと止めるのに。
「ゆまの服も選んであげるね」
「いや、私は……」
「いいからいいから! たまにはゆまも可愛いの着てみるといいよ!」
ゆまは私の提案を断れない。
私の傍を離れることもできない。
ほとんどの行動は想像通りにしてくれるし、そんな彼女を可愛いと思っている。
私は笑みを抑えられないまま彼女の服を選んだ。試着した服を見せる時の彼女は呆れたような顔をしていたけれど、結局私に付き合ってるじゃん、と思う。
私はゆまにいくつか可愛い服を買わせて、店を後にした。
帰り道を歩くゆまは疲れた感じの顔をしている。
その瞳は私には向いておらず、ただ遠くを見つめていた。
そういうのは、気に入らない。
私は彼女に近づいて、タイを解いた。
「花凪。何してんの?」
「ぼーっとしてるから。ネクタイ、貰っちゃおっかなーって」
「いや、返してよ」
「返してほしいなら、自分で取り返してみればー?」
私は小走りになって彼女から逃げた。
追ってきてよ、と思う。
でも彼女は私を見るばかりで、私の遊びに乗ってくれる気配はなかった。
いつもは分かりやすく乗ってくるのに。
疲れてるんだろうか。
「小学生じゃないんだから。ほら、さっさと返して」
「やだ」
私はタイを首に直接巻き付けて、彼女の方に体を寄せた。
「解いてみせてよ」
「……はぁ。そういう子供っぽさも、男ウケのため?」
「どうかな」
ゆまはちらと私のことを上目遣いで見てくる。
今すぐその小さな体躯を抱きしめて、キスしてもいいけれど。
私の想いが悟られてしまったら、もう彼女のこういう顔は見られなくなる。恨めしそうだけど、私のことが大好きだってわかるゆまの顔。
これを見られるのは今だけだから、もっと楽しみたいと思う。
「子供っぽい私は、嫌い?」
ゆまは何も言わず、私の首に巻かれたネクタイに手をかけた。
街の喧騒は遠く、ゆまの視線は熱を帯びていてひどく熱い。十月の涼しさを忘れてしまいそうな熱を感じながら、私はゆまを見下ろした。
一度きゅっとタイを締められて、少し息が苦しくなる。
ゆまは何度か力を入れたり緩めたりを繰り返してから、タイを引っ張った。
「口、開けて」
「ん……えっ」
キスされると思ったら、舌を指でつままれた。
ゆまは楽しそうな顔で私の舌を弄びながら、タイを解いていく。
ゆまのだけじゃなくて、私のタイまで解いて、彼女は両方をバッグに入れた。
「別に、花凪が何してもどんな態度で男と接しても私には関係ないけどさ。……自然な方が、いいと思うけどね」
それだけ言うと、ゆまはポケットからハンカチを取り出して、私の唾液で濡れた指を拭う。
私はにこりと笑った。
「自然な私のことが好きってこと?」
「さあね。本当は嫌いだけど、幼馴染だから我慢して付き合ってるだけかもね」
本当に私のことが嫌いだったら、馬鹿正直にそんなこと言わないと思うけど。
そもそも私が最初に振られた時、慰めてと言って本当に慰めてくれたことが全てだと思う。
私のことが好きじゃなかったら、してくれるわけない。
なのにゆまはまるで私のことなんて大して好きじゃないです、みたいな顔をしていつも接してくるのだ。
彼女の頭の中で、私への感情はどうやって処理されているのだろう。キスもして、お互いに最も深い場所に触れ合って、それでも好きじゃないなんてありえない。
好きって言えばいいのに。
言ってくれたらこんなくだらない遊びなんて終わらせて、私もゆまのことを好きだって言うんだけど。
「……ネクタイ、返す。どっちか選びなよ」
彼女はそう言って、両手にタイを持った。
学年が同じだから、色も同じだ。
私は自分のタイにどんな汚れがついているとか、そういうのは覚えていない。だけどゆまのネクタイに微かな染みがあることは知っている。
前に指を切った時、密かに彼女のタイにマークを入れておいたのだ。
彼女の全てが私のものだと証明するために。
それに彼女は気づいているのだろうか。わからなかったが、彼女のタイを選ぶ。
「じゃ、こっちで」
「そ。じゃ、こっちが私のね」
「ネクタイ、大事にしてね」
「……」
ゆまは訝るように私を見てくる。
私が彼女のタイをわかっていて選んだってことが、ちゃんと伝わったらしい。
彼女はなんでわかったんだろうって顔をしている。
その答えを、私は提示しない。私が彼女のタイを判別できた理由も、彼女のタイを欲しがった理由も、わからないまま悩めばいいと思う。
そしてその先に、もっと強い独占欲を育てればいい。
私はそう思って、いつものように笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます