私たちの世界②

 ゆまの好みは大体知っている。

 メイクはナチュラルが好きで、服装はスカートよりパンツの方が好き。甘いものはちょっと苦手で、濃い味もそこまで得意じゃない。


 友達には素直なタイプが多くて、裏表がある人はあまり好きじゃない。

 私の着る服は可愛い系が多いし、甘いものだってよく食べる。だけどゆまは私から離れていかない。


 偽りの仮面を被って男子に媚を売っても、ゆまは私を嫌わない。

 だって、彼女は私が大好きだから。


 私の好みが昔と変わっても、ゆまは男の影を感じて嫉妬と独占欲を強めるだけだ。


 私たちは互いの存在がないと生きていけない。私の世界にはゆまが必要だし、ゆまだってそうだ。


『ゆま、これどうかな?』


 私はゆまに自撮り写真を送った。

 露出多めの服は、ゆまを嫉妬させるためだけに着ているものだ。


 どんな反応をしてくれるか期待して待ってみるけれど、返事がない。

 もう五分も経っているのに既読もついていない。

 私はだんだん焦れてきて、部屋の窓を開けた。


「ゆーまー?」


 私とゆまの家は隣同士だ。

 屋根伝いに互いの部屋に行くこともできるけれど、無断でするとゆまは嫌がる。


 そんなに嫌なら窓に鍵かけとけばいいのにと思うが、しないのがゆまだってわかっている。


 私は返事がないのをいいことに、窓から身を乗り出した。

 カーテンは閉まっているけれど、やっぱり鍵は空いている。

 私はそっと窓を開けた。


「うん。……え、そんななんだ。よく行くねー。私? んー、あー、確かに。じゃあ、来年は行くよ。いや、それはしないけど」


 部屋から話し声が聞こえてくる。

 私はそっと部屋に入って、ベッドに寝転びながら電話をしているゆまを見下ろした。


 彼女は私の存在に気づいたらしく、顔の前で人差し指を立てた。

 むむ。

 少し、むかついた。


 誰と話しているのかはわからないけれど、私より優先するものなんだろうか。


「や、無理だって。そんなに言うならそっちが用意してよ」


 私はゆまの上に乗った。いつもとは立ち位置が逆だ。ゆまが私の上に乗ってくることの方が多いから、少し新鮮。


 でも私を見ようともせず、にこやかに笑いながら話をしているゆまを見ていると、どうしてやろうかという気分になる。

 私はゆまの脇の下に手をやった。


「ひゃっ。ん、いや。なんでもない! ちょっと、虫がね」


 誤魔化すためでも、虫と言われるのは心外だ。

 私は思い切り彼女をくすぐった。


 ゆまが必死に声を抑えようとしながら体を震わせているのを見ると、ちょっと楽しくなってくる。


 いつもしている時、ゆまもこういう気持ちなんだろうか。確かにこれは癖になるかもしれない。

 私はくすりと笑いながら、さらに指を下に滑らせていく。


「ご、ごめん。後でかけ直していい? ちょっとタチの悪い虫が暴れ回ってて。うん。じゃ、また」


 電話を切ったらしく、ゆまのスマホが額に飛んでくる。

 視界で火花が散った。


「いったぁ! ひどいよ! 私の可愛い顔に傷がついたらどうするの!?」

「部屋に蚊が飛んでたら潰すでしょ? それと一緒」

「私は蚊じゃないし、そもそも潰さないよ。汚いし」

「え、じゃあどうすんの?」

「ティッシュで捕まえて、外に逃す」

「非効率的だ」

「効率だけじゃ人は生きられないんですぅー」


 私はゆまの上から退いて、床に落ちたスマホを拾った。

 ゆまは手を出して、スマホを寄越せと暗に言っている。

 私はそれを無視して、スマホの電源を入れた。


 ロック画面の壁紙は、ペンギンだ。いつ撮ったのかはわからないけれど、どこかの水族館で撮ったものらしい。


 誰と行ったんだろう。少なくとも私は一緒に行っていない。

 通知欄には友達からのメッセージが表示されている。


「ちょっと、見ないでよ」

「いいじゃん。見られて困るものでもあるの?」

「ないけど、普通見ないでしょ」


 私はスマホを胸ポケットに入れて、ベッドに座る。

 ゆまはため息をついて、私を見つめてくる。


 胸をまさぐって取ってみてよ、と言おうかと思ったけれど、乗ってこなさそうだ。犬みたいにどんな遊びにでも乗ってきてくれたら、もっと楽しいと思うのだが。


「で、今日は何の用?」

「何してるのか見にきたの。メッセージ、反応なかったし」

「見ての通り、電話してた」

「誰と?」

「友達と」

「……ふーん」


 私はスマホをゆまに放った。ゆまはそれをそっとキャッチして、私を睨んだ。


「ちょっと、雑に扱わないで」

「ゆまは体柔らかいから大丈夫だよ。ほら、メッセージ見て?」

「……はぁ」


 ゆまは退屈そうな顔でスマホをいじって、メッセージを確認している。

 なんでもない時のゆまは私にあまり優しくない。昔はもっと優しかったのに、独占欲を刺激しようとしすぎたせいだろうか。


 彼女から好きと言ってくれるまでやめるつもりはないが、あんまり冷たくされると嫌だ。


 私は彼女のお腹に手をやって、くすぐろうとした。

 だけどその前に彼女の脚が伸びてきて、私の腕を挟んでくる。


 今かなり恥ずかしい格好していると思うけれど、ゆまが気にしている様子はない。


「ゆま?」


 私のメッセージを見たはずなのに、反応がない。


「何」

「いや、何じゃなくて。見たなら感想ちょうだい?」

「いいんじゃない。……誰に見せるか知んないけど、男が好きそうなカッコだし」


 いつになく適当な反応だ。

 この前も服選びで彼女を嫉妬させようとしたから、耐性ができたのかもしれない。もっと嫉妬の炎を瞳に宿らせて私を見てほしい。


 私を独り占めしたいって、態度で示してほしい。

 そのためには、どうすればいいだろう。

 少し考えてから、私は笑った。


「ゆまのためだよ」

「は?」

「ゆまに見せるためだけに着たの。他の誰にも見せないよ」


 ゆまは眉を顰めて、私を見てくる。

 鬱陶しそうな顔をしているけれど、その瞳の奥にある独占欲を隠せてはいない。ゆまのためという言葉に喜んでいるのは明白だった。


 ぞくりとした。

 やっぱり、彼女の独占欲は心地いい。

 それでいいんだよ、と思う。


 ゆまは私だけ見ていればいい。私の世界にはゆましかいないのと同じように、ゆまの世界にも私だけがいればいい。


 二人だけの世界が完璧なのだから、他に何も考える必要はない。

 私はゆまの頬に触れた。


「嬉しい?」

「……別に。そういうの言われて喜ぶほど、単純じゃないから」

「本当に? じゃあ、他の人にも見せちゃっていい?」

「私に花凪の行動を決める権利なんてないでしょ」


 あるよ。

 ゆまが望むなら、私は全部捧げられる。

 ゆまが好きと言ってくれるなら、それでいい。


 でもそれを私から伝えるつもりはない。

 ゆまから自発的に言ってくれないと。


 好きだって。

 私のことを独り占めしたいって。

 言葉で伝えてほしいから、私からは何も言わない。


「どうかな」

「……もういい? 電話、かけ直したいんだけど」

「うーん、わかった。もう帰るね。友達にも見せちゃおー」


 私はにこりと笑って、窓の方まで歩いた。

 きっと、ゆまは私が男子に写真を送ると思っているんだろう。だけど、これはゆまのためだけの格好だからそんなことはしない。


 嫉妬してほしいから、事実は言わないけど。

 笑みが止まらなくなるのを感じながら、私は屋根を伝って自分の部屋に戻った。

 振り返ると、ゆまが窓の向こうからこっちを見ていた。


「どうしたの?」

「露出は多すぎだけど、それなりに似合ってるよ」

「え」


 特に照れた様子もなく、平然と彼女は言う。

 こういう時は本心から褒めてくれるから、ゆまはずるい。

 もっと好きになっちゃうじゃん。


「私のために着たんでしょ。感想くらい言うよ」

「う、うん」

「それだけ。風邪、引かないようにね」


 確かにこの時期に着ると肌寒く感じる服だけど。

 私は胸が高鳴るのを感じた。


 嫉妬や独占欲を彼女の瞳から読み取った時とはまた違う喜び。

 ゆまのこういうところが、昔から好きなんだ。

 私は一瞬、言葉が詰まった。


「ゆ……」


 私の返事を待たず、ゆまは窓を閉めてしまう。


「……はぁ」


 待ってくれないところは、嫌いかも。

 でも、返す言葉が見つからなかったのは事実で。


「……すき」


 聞こえないように囁いてみるけれど、しっくりこない。

 彼女の耳に届くような、もっと別の言葉を口にしたかった。それがどんなのかは、自分でも分かんないけど。

 私は小さく息を吐いた。

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