第11話 果樹園の花
「がぁ~はははは、食い放題だぜ!」
オトギリソウは食い三昧をしていた。
王城、裏庭の果樹園。宝石のように輝く果樹が規則正しく実っている。
それをぷちん、ぷちんと摘んで幸せそうに頬張る、オトギリソウの姿があった。
歩くたび視界に入る新たな果実を摘んで食べ、芳醇な生命の味を楽しむ。
その食いっぷりは果樹園全ての実をかじったかのようであった。
王宮のローズの状況などすでに忘れている。
土がむき出しの果樹園の道を、大股に闊歩し、目新しい実を探す。
「あっちの果実は食ったしなあ」
蔓の這う、大きなスイカがゴロゴロと生る畑の横を歩き、見まわしていると。
「お、これはなんだ?」
オトギリソウは赤くて細長くて艶やかな線の細い実を見つけた。
それは、特別な場所のように石で区切られていた。
「これは、特別な実に違いねえ!」
ツタが高い棒で支えられ、実が上になっている。
オトギリソウは棒につかまり、するすると虫のように棒を上った。
そして、赤い実に手を伸ばし、ひょいと口に入れる。
じわじわと甘みのようなものが広がってきたと思えば、見知らぬ辛さが喉から吹き上げるようにオトギリソウの口全面を燃やしてしまった。
「ま、まずぃ~~!!」
口から火を噴くように絶叫し、飛び上がって棒から落ちた。
「ぐぇ~~……!」
喉を押さえて、辛さが過ぎていくのを待つオトギリソウ。
それを見て笑うものの姿があった。
「ははは、それは唐辛子という実です。香辛料に使う実ですな」
神官服の彼は、落ちているオトギリソウをのぞき込む。
彼のからっている樽は、芳醇なスイカの香りをさせていた。
「どうぞ」
彼は樽からジュースを搾り取ると、コップに注いでオトギリソウに差し出す。
オトギリソウは寝ころんだまま、目を点にして凝視する。
「おっちゃん、誰だ?」
背の高い水色の神官服の
胸には蓮の花をつけて、おっとりとした物腰だった。
「私は、蓮の花で大地の神官をしております。ここの果樹園の管理も請け負っているんですな」
オトギリソウは身を起こすと、砂埃を払ってジュースを受け取った。
ぐびぐびぐび、と一気に飲み干すと、辛味が飛んでいき甘い喉のうるおいが満たされた。
「ぐひぇ~! このでっかい果樹園を管理してんのか。」
自分より何倍も大きな、スイカなどの管理をしていると聞かされ、オトギリソウは目を大きく見開いて感心した。
「特に、ここのスイカは王宮の者が好きでしてな。枯らすことはできません」
傍にあった立派なスイカを撫でるノッポの蓮の花の神官。
「大地の神官だけあって、種を植える時は神事と共に植えるのですな」
大地に丸く実がなったスイカは、転がせば止める者がいないほど大きい。
「大地の神官は、
オトギリソウはもう一杯と言わんばかりに、大地の神官にコップを出してねだる。
「ええ。貴方は子供の生まれ方を知っていますかな?」
樽からもう一杯分のジュースを注ぐと、オトギリソウに渡した。
「いや、どうやって生まれるんだ?」
ちゅうちゅうと吸ったり、ぺろぺろとなめたりして、ジュースを味わう。
「結婚のあと真名を教え合い、花の中の宝石を交換し合うのです。すると、夫妻の両方とも花が熟成して実となりますな」
人差し指と、人差し指を交差させ、交換する動作をする蓮の花。
「その実を植えて、大きな花とともに生まれてくるのを抱き上げるのが、大地の神官の役目なのですなあ」
そして、大きく手を広げて天を仰いだ。
「ま、まて、俺一人っ子だぞ!」
口を袖でぬぐい、反対の手で待ったと静止を掛けるオトギリソウ。
「では、貴方にも、もう一人ご兄弟がおられるのでしょうな」
前のめりになって、口を酸っぱくしてオトギリソウは反論する。
「だって、赤薔薇姫だって一人っ子じゃねえか!」
オトギリソウは驚いた声で言った。
「実は、家系の中に別の遺伝が混ざっていて、隔世遺伝で薔薇と向日葵以外の子が生まれると、大地の神官が家系から分けてしまうんですよ」
ふぅ、とオトギリソウは息をつく。
「じゃあ、赤薔薇姫の兄弟は薔薇じゃなかったってことか……」
そしてもう一人の家族の可能性に、オトギリソウは仰天する。
「俺に兄弟ぃいい!? マジかよ!」
そして、独り言を言うようにつぶやいた。
「お母ちゃんは、もしかしたら、もう一人の俺の兄弟と一緒に居るかもしれねぇ……」
オトギリソウは人探しのヒントを得たことに嬉しくなった。
「なるほどな、いいヒントをもらったぜ。ありがとな、ノッポの蓮の神官さん!」
ぐっとサムズアップをさせ、礼を言うオトギリソウ。
「あと、ジュースを小さな樽に分けておきましたから、お友達と分け合ってくださいな」
ノッポの蓮の花は、ジュースの入った小さな樽をオトギリソウに渡した。
「私はこれから会う人がいるので、またどこかで会えたらお話ししましょう!」
オトギリソウが樽を背にからいつつ、ノッポの蓮の花を見送る。
果樹園の小さな小屋で誰か老齢の
ノッポの大地の神官が、そちらに向かうのを見送ると、オトギリソウは城の方へ帰って行った。
ローズの部屋に帰る途中の廊下、赤薔薇姫が向かい側から歩いてくるのが見えた。
オトギリソウは軽く手を挙げて挨拶をする。
「よ!」
「いい香りがしますね。スイカですか?」
「樽の中に入ってるぜ、飲むか?」
「スイカは私の好物なんですよ。ぜひ私の部屋へいらしてください」
赤薔薇姫の部屋に移ると、白百合が掃除を終えていたところだった。
赤薔薇の装飾がどこもかしこもしてあり、壁紙も赤であれば、カーテンも赤だった。レースや木材は黒く塗られており、ピカピカと赤と黒で部屋が輝いている。
「先ほど、ローズ様にお会いいたしましたわ。滝の方に向かわれたそうです」
白百合がお辞儀をして赤薔薇に報告する。
「ご苦労です。白百合」
赤薔薇姫は礼を言うと、黒い木製のチェストの近くにある椅子に座った。
白百合はオトギリソウ用の小さな椅子を持ってきて、オトギリソウを座らせる。
「この度は、戦いで助けていただき、ありがとうございました」
赤薔薇は頭を下げて礼を言う。
「いいってことよ。このオトギリソウ様が、強いってことを証明しただけさ」
自慢気にオトギリソウは鼻を摩った。
「犯人のオキナグサ様は、幽閉塔で尋問されている事でしょう」
「ざまあみろ、いい気味だぜ」
スイカのジュースが白百合によって全員のコップに注がれる。
「地下水で氷を作っておきました。溶けないうちにどうぞですわ」
白百合が桶から氷を持ってきた。
しゃらんと音を立てて、ジュースの中に氷が入った。
夏の氷の贅沢さにオトギリソウが目を真ん丸にする。
「滝が地面にも流れて、王城の地下水となっているようですね」
オトギリソウに赤薔薇姫が説明する。
「昨日の戦争なんてなかったかのように、贅沢だぜ」
溶ける前にオトギリソウはジュースを口に着けた。
「まだ戦争中ですよ。王家にとりつく悲劇の根は根絶されていません」
「まだ寄生された奴がいるのか!? しかも、王家そのものに??」
オキナグサの逮捕で終わったと思っていたオトギリソウは、事件の大きさに驚いた。
「ええ。私は、その最後の寄生した根を取り払いたいと思っております」
赤薔薇姫は、ジュースの氷を回し、カップの端にあてて音を立てる。
「誰だ、誰なんだ!?」
カップを強く握りしめながら、オトギリソウは聞く。
しかし、あっと気がついた。
赤薔薇姫が指を口に手を当ててしぃっと言ったのだ。
オトギリソウは気まずくなって、席に座り直す。
ぎこちなくなった席に、白百合が進み出て来て赤薔薇姫に提案する。
「赤薔薇おねぇさま。よかったら、ローズ様のお友達である金仙花様のお見舞いに行きませんか?」
「そうね、丁度ここにスイカの手土産もある事だし」
「金仙花、怪我しちまってるのか?」
心配気にオトギリソウが白薔薇に尋ねた。
「ええ、オトギリソウおねぇ様。けがは深くないようですが、教会で療養中だそうですよ」
「オトギリソウ様もついて行きます?」
席を立つ間に、赤薔薇姫が聞く。
「へっ、仕方ねえな。行ってやるぜ!」
オトギリソウが鼻をこすると、赤いジュースの跡ができた。
教会では侍女から手紙を受け取った
その
「誰からお手紙着てたの?」
「それが、宛名が無いんだぞい」
金仙花は戦闘で怪我をした時に、教会で治療してもらってからずっと世話になっていた。
丁重に世話をされたことを気に入ったのもあってか、頼んで住み込ませてもらっている。
「金仙花は、傷の調子はどうぞい?」
緑の神官服を着た、金仙花と同年代である蓮の花は金仙花の顔を覗き込む。
「全然大丈夫。それより、手紙の届け人とずいぶん話し込んでたみたいだけど、知り合い?」
「うーん。知り合いではないが、実は叙勲されたローズと申す者が、婚外子だという噂をきいてな」
その言葉にぎょっとなって金仙花が叫ぶ。
「ローズが、王家の婚外子ですって!?」
「しー! 静かにするのじゃ。わしも、先ほど手紙を届けに来た侍女から聞いたばかりなんだぞい」
腕をトンボの羽のようにパタパタさせながら、蓮の花は静止を掛ける。
「その話、本当ですか?」
教会の扉が開かれ、赤薔薇達3人が入ってくる。
「赤薔薇姫様! 聞いていたんですか?」
金仙花が大きく口を開けて驚く。
「侍女の白百合もいまーす♡」
ひょっと赤薔薇姫の後ろから出て来て、お辞儀をする白百合。
「俺もいるぜ」
どんぐりメットを後ろに回し、足を前に出してカッコつけるオトギリソウが居た。
「噂がどのように広まっているか、蓮の花……お聞かせ願いますか?」
「その前に、スイカのジュースを持ってきましたの。お座りなさって♡」
と白百合が全員に着席を進めた。
「なぁ、王家って言ったって噂でしかない婚外子ってそんなに気になるもんなのか?」
着席しつつ、オトギリソウが赤薔薇姫に聞く。
「本来、向日葵と薔薇同士での婚姻を繰り返しているのが王家です。そこに、王家でないところで向日葵や薔薇が生まれてはいけないのですよ。オトギリソウ」
「わかんねーな? 王家の花がそんなに貴重だってことなのか」
蓮の花は手に手紙をもちながら赤薔薇姫の前に座り、赤薔薇姫を見る。
「どうぞ、蓮の花。噂についてお話しください」
「家臣や侍女のポッケに手紙が入れられて、告発が広がっているんですぞい」
配られてきたジュースに口をつけつつ、赤薔薇姫は問い返す。
「何者かが広めている……ということですね?」
「たぶん、そうですぞい。何の目的があってかはわからないですぞい……でも、このままだと王城で婚外子がいる悪い噂の物語が紡がれてしまうのが怖いですぞい」
そう聞くと、赤薔薇姫は白百合に命令を下す。
「敵がだれであれ、それはまずいですね。白百合、今からローズが赤薔薇姫の隠された妹であるという噂を広めなさい」
「わかりましたわ!おねぇ様!」
白百合はしゅぴっと敬礼をすると、教会の外に出かけていく。
金仙花が不思議そうに、赤薔薇姫に尋ねる。
「なぜ、その噂を流されるのですか? 姫」
「このまま婚外子の噂が広まれば、ローズ様の名誉に傷がつき、王家の信頼も落ちます。それは、悲劇の物語となり、悲劇の怪物たちの力となるでしょう。それは食い止めなければなりません」
突然、蓮の花はわなわなと震え始めた。
手紙を持ちながらギャァ! と蓮の花が叫び、椅子から転げ落ちて尻もちをついた。
「ど、どうしたの!?」
金仙花が、肩を抱いて蓮の花を助け起こす。
「お前は私の子である、と。今夜、いつもの場所で話がしたいと」
手紙をふるふる震えながら、蓮の花は前に出す。
「手紙にそう書いてあるんです?」
赤薔薇姫が驚いたように、床に膝をつき手紙を眺めた。
内容には、確かに蓮の花が誰かの子である指摘をする文章だった。
「わ、わしは、生まれた時から、大地の神官の蓮の葉の子だと思っていた」
パニックになりながら、手紙を何度も読む蓮の花。
落ち着いた声で、赤薔薇姫が蓮の花に聞いた。
「少しお聞きします。大地の神官自身の出生というのは、どうなっているんですか?」
「それは私もわからないのじゃ。すべての事は、現役の大地の神官から受け継ぐときにすべて話されると聞いているからの。わしも、もしかすると婚外子だったのかぞい!?」
「まあまあ、王宮の事はわかんないけど、落ち着きなさい」
金仙花が話題においてかれたように、蓮の花の背中をさする。
「わし、怖いのじゃ……!」
赤薔薇姫は一度断りを入れると、手紙を貰って読む。
「(この手紙……謎です。何者かが蓮の花宛に手紙を書いたにしては、当の本人に思いあたる節が無い)」
蓮の花を見つめながら、赤薔薇は推測する。
「……誰かが間違えて送った手紙?」
そう何かがひらめきそうになった時。
兵隊が走り込んできて、教会の戸を開いて言った。
「悲劇の怪物の襲撃です! 教会の鐘を鳴らして知らせてください!」
「どこを襲撃されていますか?」
赤薔薇姫が振り向いて、兵士に聞く。
「幽閉塔の方です。西の森の中が光って、何者かと交戦しているようです」
赤薔薇達が幽閉塔がある方を見ると、塔の方から輝かしい光が漏れていた。
「勲章『一閃』の光だ!」
オトギリソウがそう確信していった。
フラワーパラディン ~花の叙勲~ 春野 一輝 @harukazu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。フラワーパラディン ~花の叙勲~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます