第10話 幽閉塔の花

 巨大な滝が落ちるのを眺められる灯台。

 その近くの岸辺で、桃薔薇姫とローズは滝を眺めて話していた。

「この水が、生活のためにも使えるようになってるだなんて」

「ええ、この水が無ければ、戦争も耐えきることはできなかったでしょう」

 ローズと桃薔薇姫は、素足を水辺に浸し、波を楽しんでいた。

「モナコ王女様は、どうやってここにいらしたんですか?」

「猫で着ました」

「猫?」

 知らない生物の名前に、ローズは首をかしげる。

「猫というのは、英雄が名付けた名前だったそうです」

「フラワーパラディンが名付けたのですか?」

 森の方へ、桃薔薇姫が口笛を吹くと、ぽすぽすと足音を立てて四足で歩いてくる。

「これは……」

 丸い顔に、糸目、ウサギのような長い耳が横から生えている。

 特に目立つのは、首回りにふさふさの毛が円を描いて生えていることだ。

 大きさはローズたちより一回り大きく、またがるにはかがんでもらうしかない。

「母の寝物語で聞いたことがあります。円のように膨らんだ首の毛に捕まって乗る動物がいると」

 シゥシゥと鳴く猫は、長い耳を下げてローズのにおいをかいだ。

「うぁぷ、好奇心旺盛ね!!」

「ふふ、警戒されてないようですね」

 二人は、岸辺で猫に魚をやって遊んだ。


「モナコ王女様は、天界との戦争のことをどうお考えですか?」

「回避すべきことです。悲劇の怪物がいようといなかろうと、同朋同士での戦いはあってほしくありません」

 姫は願うように手と手を合わせていた。

「私も……です。お父さんの青薔薇がフラワー達に危害を加えている」

 ローズは天を見た。

「今すぐにも、止めさせないといけない。でも、まだ私にはこうじる手段が掴めていません」

 すっと息を吸い、ローズは天から視界を姫の方へ戻した。

 姫は、真剣そうな顔でローズを見ていた。

「ローズ、私を連れて幽閉塔へ行きませんか?」

「幽閉塔へ? 姫様にとって危険かもしれませんよ」

 ローズの心には、オキナグサを迷惑がっていた桃薔薇姫がまだ引っかかっていた。

「冷静になったオキナグサ様であるなら、貴方にとって重要なことを話して下さるかもしれません」

「しかし……」

 苦言を言いだしたいローズであったが、身分の差もあってか言い出しづらい。

「私であるからこそ、話してくれることもありませんよ?」

 ローズは桃薔薇姫の押し負けて、許諾することにした。

「聞きたいことがあります。どうして、そんなにまでして私を支援していただけるのですか?」

 幽閉塔に行くなら、一人でも構わないはずだ。

 桃薔薇姫が助力してくれる、その理由がローズは気になったのだ。

「戦争の話ばかりで嫌になったのです。本当はフラワー同士で助け合う未来が見たい。だから今、私の理想のためにあなたに助力したいのです。ローズ」

「わかりました。王妃様、お連れいたしましょう」

「ええ!」

 桃薔薇姫は前で指先を交差させ、子供っぽい笑みを浮かべた。


 森の中にある根をぴょんぴょんと飛び越して、猫は走っていく。

 風を切り、ローズの体が風圧で押される。

「猫は、こんな森の中でも堂々と走っていくのですね!」

 ローズは嬉しそうに猫の背の毛に体をうずめた。

「ええ! 乗るのは初めて?」

「はい!」

「それは良かったです」

 楽しそうな笑い声をさせながら、猫に乗って二人は幽閉塔へ向かった。


 幽閉塔は石造りの10階はありそうな塔であった。

 周りに木々が生えておらず、ポツンとあるところから寂しげな雰囲気だ。

「脱走で隠れられないように、木が刈ってあるのかしら?」

 ローズは草さえ生えていない大地を見まわしていた。

 桃薔薇姫は猫に乗ったまま、塔の近くまで寄せた。


 塔には兵士二人が並んでおり、敬礼をしてきた。

 桃薔薇姫は手短に挨拶をすると、ローズに指令する。

「ローズ様、王からの書状を見せてあげてください」

「これね?」

 ローズは書状を取り出すと、桃薔薇姫は受け取って兵士に見せた。

「これが、王からオキナグサ様への面会の書状です」

「恐れ入りますが、そちらの方はどちらでしょう? モナコ王女様」

 一緒にいたローズの身分を聞かれ、しどろもどろになるローズ。

「この者は、ローズ姫の婚約者です。指に輝く王家の婚約指輪がその証!」

 桃薔薇姫はとっさにローズの左手を取ってかざす。

「失礼いたしました。どうぞお通り下さい」

 ローズは、自分の左手の薬指についている、指輪をまじまじと見た。

「もらった婚約指輪が、役に立つなんて思わなかったわ」

「もう一人のローズが返ってきてから、貴方の立場は不明瞭です。きっと身分の保証のためにくれたのでしょう」

 桃薔薇姫は優しく微笑んだ。

 二人は猫から降りて、塔の中に入った。


 塔の中に入ると、半径5mくらいの円柱状の塔の一階に出た。

 フンと鼻を鳴らして、黄薔薇姫が螺旋階段を下りてくる。

「誰かと思えば、ローズではないか。何をしに来た?」

 ローズも負けず劣らず、フンと鼻を鳴らして黄薔薇姫を威嚇した。

「オキナグサに会いに来たの。彼から、全てを聞き出すためにね」

 桃薔薇姫が心配そうに黄薔薇姫に聞く。

「ルイドフューネ、貴方が彼の尋問を?」

「王家に関わる秘密を抱えている男だからな。私じきじきに尋問してやった」

 桃薔薇姫は、怖がりながら口元を押さえた。

「多少弱ってはいるが、話はできるはずだ」

 ローズはキッと黄薔薇姫を睨む。

「暴力をふるったの?」

フラワーとはいえ、敵と内通したもの。多少の痛みは仕方ないものだ」

 軍靴で床を鳴らし、軍服の襟を直すと、黄薔薇姫は外に出ようとした。

 すれ違いざまに、桃薔薇姫に鍵を渡す。

「彼は三階の部屋にいる。鍵を渡しておく、今は縛られて動けんが嚙まれないように用心するといい」

 ははははと、高笑いを決めると兵士たちに敬礼を送られて、外に出て行った。


 3階に上ると、目線の先に格子がある木製のドアがあった。

 格子から椅子に縛られて顔にあざを作ったオキナグサが見える。

「なんだ……? 今日は姫様達がさんざんやってきて、俺の話を聞きたいらしい」

 木製の扉の鍵を外すと、桃薔薇姫と共に部屋の中に入った。

 テーブルとオキナグサ用の椅子、そして尋問官用の椅子があるだけで、生活感のない部屋をしていた。

 ローズは進み出てきて、オキナグサに言った。

「あなたが、悲劇の怪物達と内通していたのはいつからなの?」

「ずっと昔からさ。250年前だから、13代前くらいからかな……? ある歳になると、俺たちのもとに悲劇の怪物が現れて、宝石に根っこを植え付けていく」


「モナコ王女様から聞いたわ、祖先からずっと『砂の薔薇の神の名前』を狙っているんでしょう!? 白状しなさい」

 オキナグサは嘲るような高笑いをし、ローズたちに甲高い声で話した。

「俺が欲しかったのは、悲劇の力さ。そこに、神の名は関係ない」

 ローズは初めて聞くその力に驚いた。

「悲劇の力?」

 酔いしれるようにオキナグサは肩を震えさせ、饒舌に語る。

「この世界は、物語の力で奇跡が起こせる。その者の持つ物語で、癒すことも、花弁を舞わせることも、天から滝を落とすことだってできる! 同じく、悲劇の力にも物語の力が宿るのさ!」

フラワー達を戦争で苦しめているのに、これ以上の悲劇がいるっていうの!?」

 ローズはオキナグサの前のテーブルを叩いた。

「ああ! 魔王様はそんな悲劇じゃ満足しない! フラワー達が殲滅されるまで、この悲劇は続く!」

 オキナグサはローズへ啖呵を切った。


「魔王様!? 知らないわ、そんな人」

「私も、初めて聞きます……!」


「魔王様は、悲劇の物語を所望だ。俺たち美しきフラワー達の絶望する姿がな!」

 含み笑いをしながら、オキナグサはうつむいた。

「どうして、どうしてそんな敵に寝返ってしまったのです!? オキナグサ様!」

 桃薔薇姫が悲痛な声で叫ぶ。

「どうせ、フラワーが敗北すれば根に侵されるのだ。ならば、ともに侵されよう! ともに魔王様を崇拝すればよかったのだ!」

 俯きながら、笑うオキナグサ。

「あなた、最低だわ!」

 ローズがこぶしを握って、殴りかからんばかりに前に出た。

「フフフ、いいのだよ。もう、どうせ、始まっているのだから」

「何が? 何が始まろうとしているっていうの?」

 不安な声を出すローズの前で、オキナグサの胸の花が宝石に変わった。

「俺は悲劇の力で勝利する!」


 オキナグサの花がアクアマリンの宝石に変わると、そこから全身を装飾するようなアクアマリンの装甲がオキナグサを覆い始めた。

「大変です。宝石の力で魔法を使おうとしています!」

 ローズに桃薔薇姫が警告を発する。

「宝石を取り出すわ!! 剛毅!!」

 ローズが咄嗟にオキナグサの真名を唱え、魔法の力を抑止しようと働きかけた。

「効かない!?」

 しかし、オキナグサの体を覆う宝石がナイフとなり、ロープを切り裂いた。

 解放された体で、桃薔薇姫にこぶしを叩きつけようとした。

「その名は捨てたわ!! これが俺が手に入れた悲劇の力!」

 ローズは叩きつけようとした拳にを真っ向から剣で切りつけた。

 しかしアクアマリンに覆われた拳は剣を弾く。

「青銅の剣が効かない!? 王女様は下がって!」

「はい!」

 ローズは桃薔薇姫を背にかばうと、ゆっくりと一緒にドアの方へ後退する。

 窓を背に高笑いをするオキナグサ。

 窓の外には蝶の悲劇の怪物が、群れを成して飛んできていた。

「悲劇のにおいを嗅ぎつけて、怪物たちがやってきたぞ」

 オキナグサは窓を開けた。突風が室内の椅子を揺らす。

「なぜ、あんたに悲劇の力が集まっているの? どこから!?」

 ローズが疑問を口にする。

「まだ気づかないのか、貴様自身の出自が城で噂になっているのだ。その不幸が私の力となっている!」

 オキナグサのアクアマリンの花と装甲は、エナジーを貯めるように光を点滅させていた。

「婚外子のローズよ! 貴様が城に来たのが不運の始まり。 そしてその噂の因果は私にあるのだ!」

「そんな!?」

「さぁ、姫をよこせ! 私はそのフラワーに話があるんだ!」

 オキナグサはそう叫ぶと、ローズたちの方へ飛び込んできた。

 ローズは胸の勲章に手を当てると、唱えた。

「させないわ! 一閃!!」

 ローズの胸の勲章が輝く、塔全体を眩く光りが包み込んだ。

 その瞬間、ローズは桃薔薇姫を抱えて、螺旋階段の方へ出た。

「(階段の下には増援がいる……でも、今のオキナグサに一兵士が勝てるような相手じゃない。ここは、私が上に行って姫を守りつつ、引き付けるしかない!)」

 ローズは決意すると、桃薔薇姫と手をつないで階段を上ることにした。

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