第9話 花の血統
白い城壁に赤い絨毯が敷かれた王城の中でも、特別な謁見室。
そこにローズと金仙花は呼び出され、絨毯の上で膝をついて王が入ってくるのを待っていた。
赤と黄の礼服姿の二人は、いつもながらに様になっていた。
左の壁のカーテンの下から、第一子であるモナコ姫と、胸に向日葵の花を咲かせた王が護衛さえつけずに入ってくる。
部屋は王と姫、そして金仙花とローズだけだった。
白い床より一段上に置いてある、赤い椅子に王は座る。
王の姿は、髪の毛と髭の白い毛をいくつも束ね、花の形に見えるような形の髪型であった。
姫は王の右に立って付き、金仙花とローズを見降ろしていた。
王は手を前にあげ、命令を下すポーズをとった。
「金仙花は天界からの使いと聞く、今天界で何があっているか報告せよ」
金仙花は頭を一度下げると、顔を上げて王を見て報告した。
「はい、天界ではクーデターが起こっており、元老院にあたる存在や反対行動を起こす花達を牢獄に入れております」
「そのクーデターの発起人は誰じゃ?」
束ねたひげの一つをひっぱって、元に戻す動作を王はする。
「青薔薇という軍司であります。いまだ天界では戦争にはなってはいないですが、このままで行くと、実質天上界は青薔薇に統治されてしまうでしょう」
「
難しい表情で、王様は顎に手をやった。
「青薔薇の目的は、第二層までの支配です。天界が地上界を治めて、すべての悲劇の怪物の問題を解決するつもりでしょう」
「ありがとう、しばし下がっておれ」
「はい」
金仙花は、お辞儀すると後ろの扉まで下がり、外に出ていった。
謁見室は、ローズとモナコ王女と国王の三人となった。
「貴殿。ローズというな?」
ローズは呼ばれて、顔を上げて頷いた。
「はい、私はローズと申します」
「貴殿はいったいどこの出なのか?」
「あ、あたしは……私は、天界でクーデターを起こした青薔薇の子であります」
すこし胸を動揺させながら、ローズは発言する。
「王家しか薔薇と向日葵を咲かせる花はおらぬローズ、この地上にあっては王家しか持てぬ花なのだ。貴殿が胸に咲かせる薔薇の花は」
「えっ! 私の、薔薇の花は王家にしか咲かぬ花なのですか?」
姫が少し眉を潜めて、目をつぶった。
「つまり、王家と庶子を作った天界の物がおるのだ……そなたの家系にな」
神妙な面持ちで、王は続けて言う。
「そして、天界と王家の間で子を設けることはあってはならぬ」
ローズは責められている感覚を得て、弁明のように訴える。
「なぜですか? 王、説明を求めます」
「天界は蟲を入れないため、地上との交流を避けているからだ。天から無断で地上に降りてくるのは禁忌なのだよ」
「すみません、私は降りてきてしまいました」
「よい。火急であったのだろう。王の名において許そう……そして、今回のオキナグサの件はお前の出生ともまた関連がある」
ローズは目を見開いて、その言葉を聞き逃すまいと前のめりになった。
「それは、いったい?」
「オキナグサの家系は代々、王家と結婚している。そして、その家系の夫や妻は悲劇の怪物の根によって宝石を支配されているのだ」
「それでは、王家は悲劇の怪物によって操られているのですか?」
王は頷いた。
「これは、他言無用にしてくれ。そして、お前の青薔薇を生んだ祖父にあたる人物が、未だに根の支配の中にある」
ローズは目を見開き、こぶしを握った。
「そんな……! 私の祖父が? 祖母と結婚した、祖父がまだ生きているんですか?」
王は頷いて、話を続ける。
「2代ごとにオキナグサとの家系との婚姻は決まっているのだ」
そして悩ましげに、ひげを摩った。
「オキナグサは罪状があって、名前を知ることができたが、
王はローズを見遣り、眉を寄せて真面目な顔で言う。
「だが、もし、孫であるそなたなら、聞き出せるやもしれぬ。聞いて断ち切れば、根の支配から解放できるやもしれぬのだ」
ローズは右手を胸に当て、進み出て言った。
「私は知りたいです。何故、父の青薔薇が天界でクーデターをおこしたのか。何故、私が薔薇の家系なのか? その祖父が知っているかもしれないのですね?」
王は左手を前に掲げ、静止するように広げた。
「しかし、気を付けよ。オキナグサがそうであったように、彼も悲劇の根の支配を受けている。今は、宰相として裏で王家の政治に口を出す存在。何を仕掛けてくるか分からぬ……ローズよ、近づくのなら気を付けるのだ」
モナコ王女が、口を開いた。
「オキナグサ様は、小さい頃は朴訥剛毅の名の通りの方でした。しかし、悲劇の怪物の根にのまれてからは、飾り立て媚るようになって……あの頃の、木の上に飛ばされた帽子を取ってくれたような方ではなくなってしまいました」
悲しそうに、モナコ王女は告げる。
「そのように人を変えてしまう悲劇の根に、貴方の祖父は支配されています」
「私、祖父を救ってみます。オキナグサの根を切ったときのように、悲劇の根の支配から祖父を開放し、そして私の出自を明らかに!」
ローズは胸にあてた右手を拳にし、たたいて見せた。
「直接、執権の祖父と話すのは危険だろう、事情をオキナグサから聞いてみるとよい。幽閉塔への面会の書状を出しておこう」
王は筆を取ると、書状をさらりと書いてのけ、ローズはそれを傍によって受け取った。
「ありがたき幸せ」
進み出たまま、王にローズは嘆願する。
「どうか最後に、祖父の名前を教えていただけませんか」
「ああ、離宮で執権を握る、その祖父の名は……ガリカローズ」
「その名、決して忘れません」
聞くと礼をして、ローズは下がった。
「これにて、謁見を終了する」
王がつえで床をたたき、桃薔薇姫と退場していった。
謁見室の前で待っていた金仙花が、ローズに近づいてきた。
「ローズ、どうだった?」
「ん、えっと……」
ローズは自分が大きな秘密を抱変えていることに困惑した。
親友の金仙花にでさえ、話せない王家と自身の出生の秘密。
「いろいろ聞かれたけど、王城に滞在の許可をもらえたわ」
そう、あいまいにごまかすローズ。
金仙花は、察して深く聞くことをしなかった。
「よかったじゃなーい! ローズ、私もしばらく王城に滞在するわ。よろしくね!」
「え、ええ……!」
金仙花はローズと握手をし、察したように離れていく。
それを見送るローズ。
「あんなことしか言えなかったわ……もっと、感謝したいことや、今までのことだって話したかったのに」
しょんぼりと、ローズは肩を下ろして金仙花を見送った。
「一番オキナグサについて知っているのは、先ほど聞いたモナコ王女様な気がするけれど……」
きょろきょろと謁見室の前で見まわすが、姿は見えない。
「侍女の白百合にきいてみましょう」
ローズはそれから、白百合を探すために掃除箇所であろう場所を転々と回って行った。
そして、白百合は、赤薔薇姫の部屋で掃除をしていた。
「み、見つけたわ……城中探し回って、ここだったのね!」
「あら、ローズおねぇ様!」
ぜえぜえと息を吐くローズに、気楽そうな声をかける。
「オキナグサについて調べていて、モナコ姫を探しているのだけれども」
何か美味しい物をかぎつけたネズミのように、白百合はずいずいとローズに寄ってきた。
「まぁ! まぁ! オキナグサ様とモナコおねぇ様?」
ほほに手を当て、腰を振りながら、いや~んと楽しげに話し始める。
「よく、滝の湖のところでオキナグサ様とデートをされていましたわ。昔はよく、二人でそうやっているところを見かけていたのです」
ローズは北の窓の外を見ると、天から落ちる壮大な滝が見えた。
「私、小さいころから王宮に仕えて見守っていましたの」
恋話に熱中する白百合は、ローズにぺらぺらとしゃべりかけ続けた。
「あの頃のモナコおねぇさまはとっても、プリティーでしたのよ? オキナグサ様なんて、そんなモナコおねぇ様に、声をかけるのも必至そうでしたわ」
その話に、仰天するローズ。
「オキナグサが!? 声をかけるのに必死??」
しかし、途端にがっかりそうに、肩を落として低い声で話す白百合。
「昔はそうでしたのに、今ではおべんちゃらで名前を聞き出そうとする不躾な存在になってしまいましたの……。これも、悲劇の根のせいなのかしら?」
あぁ~と悲劇の恋話に酔いしれながら、箒をくるくる回す白百合。
「ありがとう、掃除の邪魔になるから出るわね」
ローズは行く場所にめどがついたので、部屋から出ることにした。
「はぁい、どういたしまして、おねぇさま♡」
白百合は掃除しながら、その姿を見送った。
廊下に出ると、南の中庭が窓から見えた。
「とりあえず、外に出ようかしら。中庭から飛びましょ」
すっと、二階の窓から羽を広げて飛び降りるローズ。
城の中庭は戦闘があった場所であってか、床に傷がついていた。
庭師の
ローズと金仙花が、庭師の横を通り過ぎようとすると、近くで鍋をする数珠草を見つけた。
「数珠草じゃない。なにをやっているんです?」
ローズは気になって、声を掛けた。
「鍋だよ」
木のへらで、兵士のヘルメットの中の水を回し、鍋をする数珠草がいた。
「それは分かるわ。なんで、こんなところで鍋を?」
ローズが当たり前のように、頷いて言った。
やれやれと疲れたふりをして、肩をもむ動作を数珠層はしてみせる。
「王宮は堅苦しくて、ベッドも固くて寝られなくてね」
「そうかもしれないけど、庭で鍋やるこたないでしょ」
呆れたように手を頭にやり、ローズは突っ込んだ。
「こうやってぐるぐる鍋を回して集中していると、未来が見えることもあるんだよ」
右手で鍋をぐるぐると木のへらで回す数珠層。
へらでキノコの断片らしきものを取ると、数珠草はローズに見せた。
「キノコ、食べるかい?」
「いらないわ……」
あまりにもまずそうなそのキノコの鍋のスープに、ローズはげんなりと断りを入れる。
「モナコ第一王女なら、滝の湖の場所で間違いないよ」
「なんで、それを早くいってくれないの??」
ははは、と高らかに数珠草は笑う。したたかな悪人のように。
「もったいぶるのが、預言者ってものさ! 君も鍋を食べたら、その気持ちがわかるよ?」
ローズはげんなりして、頭を押さえた。
「遠慮しておくわ」
ふぅ、とため息をついて顔を上げた。
「でもありがとう」
そう言って、ローズは天へ高く飛ぶと、空から滝が落ちている湖を探した。
ドドドドドッと近寄れば近寄るほど、轟音を立てる滝。
水が絶え間なく天から落っこちているのである。
「しっかし、でっかいわ! これが、本当に地上に落ちて川を作っているなんて!」
森に囲まれた湖の近場に身を寄せると、一つ突きだした岸が見えた。そこには灯台が建っていた。
一本線で滝の方へ突きだした岸近くの灯台の傍に、桃薔薇姫の姿があった。
「いたわ!」
ローズは旋回すると、そっと岸近くの森の木陰に降りた。
後ろから近づき、桃薔薇姫に声を掛けようとする。
しかし、先に気配に気づいたのか、桃薔薇姫は滝に目線をやったまま、ローズに話しかけた。
「この天からの滝は、かの英雄の蓮の花が奇跡を起こし、世界を覆っていた泥の魔人を洗い流した。そう言われている場所ですわ」
ローズは、背を向けたままの桃薔薇姫に興奮して話しかけてしまう。
「それ、フラワーパラディンの伝説だわ! 知っているの?」
「ええ。その奇跡の物語を使って、預言者たちはこの砂の薔薇の大地を天に届くようにできたとか」
伝承を聞いて、嬉しそうに飛ぶローズ。
「すごい! フラワーパラディンの伝説は本当だったんだ!」
「私は、ここに来ると物語の偉大さを感じます。奇跡を起こすほどの物語を宿す存在がいて、そのような存在が世界を救ってくれるはずだと」
「ここなら、誰にも聞かれません」
ローズはドキッとした。
「オキナグサ様は、とても優しい無口で明朗な方でした」
ローズはドキマギしながら、しどろもどろに聞いた。
「本当、に? あんなに、小ズルかった彼が?」
遠くで大きな滝が流れる大きな音にかき消されるかとおもったが、明瞭な桃薔薇姫の声が返ってくる。
「小さい頃は、貴方と似たように、私が話す英雄の話に耳を傾けてくれて。そして、私と恋をしていました」
切なそうに胸を押さえる桃薔薇姫。
「モナコ王女様が恋を……」
王女の品格を考えると、そんなにも良い男だったのだとローズは認めざる追えなかった。
「あなたに教えたいことがあります。世で言われている
背を向けていた桃薔薇姫は、ローズに向き直って言った。
「
世界的な
その根幹を知る王家の女性が、今ローズに告白を申し出てきていた。
「ええ」
静かに桃薔薇姫が頷く。
「私が知っているのは、希望の預言者が12人いて、砂の薔薇の大地を動かす奇跡を発動するという計画の話」
桃薔薇姫は、踏んでいる砂の薔薇の大地を仰いだ。
「それは、大地ごと生存している
仰いだ手は、草にあたり、ゆらゆらと葉っぱが揺れた。
「しかし、そのためには”砂の薔薇の神の名”を12人全員が知っている必要があったのです」
「砂の薔薇の神の名!」
今空中に浮かんでいる砂の薔薇は、ご神体だとオトギリソウが言っていた。この王宮に飛んでくるときに、見た巨大な砂の花は本当に神なのだ。
「しかし、裏切者が内部にいる事を知った希望の預言者達は、その者には砂の薔薇の名前を教えなかったそうです」
ローズは明かされる真実に動けないでいた。
「そして、12人そろわなかった希望の預言者は、作戦を失敗しました。大地の薔薇は敵が打ち出した
ローズは真剣に頷いた。
「それが、
桃薔薇姫は頷き返す。
「裏切ったときから、目的は変わりません。250年前から彼らは、ずっと”砂の薔薇の神の名”を狙っています」
その言葉に、はっとするローズ。
「まさか、オキナグサは……」
「オキナグサ様の家系は生き残った『希望の預言者』の裏切者……偽物の預言者の家系。私たち王家に『遺伝に預言の力がある』とうそぶいて近づいて、王家と結婚した存在なのです」
「そんな!」
知られざる王家の秘密。
オキナグサの家系との強制結婚は、250年前からずっと続く呪いなのだ。
「私たち王家は、秘密が漏れないようにずっと守り続けています」
桃薔薇姫は手を前に合わせ、願うようにローズの前に進み出た。
「ああ、どうか。今、王家が囚われている悲劇に終止符を打ってください。あなたが、最高のハッピーエンドを届けられると信じられている、フラワーパラディンだというのなら!」
悲痛な叫び、そして、希望への願いが込められた嘆願の声。
ローズは祈りを込めた姫の手に、手をかぶせた。
「わかりました。この悲劇、あたしが止めて見せます」
滝だけが、この真実を話す二人を見ていた。
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