第8話 花の叙勲
交代して、一週間と4日経った頃。
第三王女の側近である白百合が、ローズを世話することにすっかり慣れた様子で、その細い腕にたくさんの書類を抱えて入ってくる。
「今日の予定ですが、希望の預言の公布の発表の練習がありますわ。お姉ぇさま」
朝ご飯を終え、テーブルで紅茶を飲んでいたローズはティーカップを置く。
ん、あれ?とローズは白百合の言葉に疑問を抱く。
――公布の発表の練習ということは、すでに台本はできているということだ。つまり、公布内容は決められているということになる。
ということはすでに、王室の人によってきめられる公布の内容の会議があっているはず。
とローズは考えた。
「ちょっとまって、希望の預言の内容は王室の人たちによってきめられているのよね? 私は呼ばれなくていいの?」
白百合は言いだしづらそうに、ローズを見た。
しばし考えたあと、口外してはいけませんよ。という言葉とともに語り始める。
「ええと、ローズおねぇ様。そこが、第三王女の困りごと。赤バラの姫ねぇ様は、お飾りなんですの。公布のための、希望の預言の力を持っているということにされているだけですわ」
希望の預言の力を持つことになっている王女、しかしその王女がただの飾りであることに驚く。
「え、じゃあ、わたしは公布するだけのポーズをとればいいの!?」
「その前に帰ってこられますから、それ次第にはなりますわ。赤バラの姫ねぇさまは、この希望の預言者の能力を持っているという嘘を公表し、本物の希望の預言者を立てるつもりなのでしょうから」
ローズは、お茶を新しく注ぐと、ずずずぅと飲み干した。
そして、今ここにいないもう一人の外見をした王女のローズの作戦が、とんでもないことを引き起こすことに気づく。
「まって、それじゃあ、お姫様の権力も、王室の権力も落ちるじゃない。逆に希望の預言者が期待を寄せられて、王室の醜聞が広まるわ」
「そうなんですけど……」
側近の白百合は、もう一人のローズ王女の内心を測りかねたように、悩まし気に首を傾げた。
「(いったい、どうする気なの……? もう一人のローズ!)」
ローズは公布日の書類を受けとり、とりあえず暗記することに成功した。
内容は難しかったものの、ローズからすると多分この公布内容も、王室の利権を広げるための内容なのだろうとそう直観していた。
しかし、一日前になっても、赤バラの姫は帰ってくる様子がなかった。
そして当日。公布日になり、ローズは焦りを募らせた。
王城には第2層からやってきたであろう、領主たちの使いが訪れていた。
公布する内容を聞きに、側近たちが3層まで上がってきたのだ、
姫の室内でうろうろと帰ってくるのを待ちながら、ローズは焦りを募らせる。
「まだかしら……いったい、いつ来るの?」
「いいじゃねえか、このまま王室で暮らしちまえよ。ローズ」
ベットでゴロンゴロンと、気ままにみているのはオトギリソウだ。
「そうもいってられないわ。窮屈だし、勉強も指導もキツイのよ!」
「やっぱり、利用されてるんだぜ。ローズ、最初から受けなきゃよかったんだ」
「ええ!王女さまにはめられてるってこと!?」
ローズは頭を抱えて、仰天したとき。
「ローズねぇさま、そろそろ、公布のお時間ですわ」
トントンと室内を叩く音がし、白百合が迎えに来ていた。
ローズは王宮の庭を見渡す大きなバルコニーへと案内される。
下を見ると、賓客たちがグラスを持って、パーティのような催しをしている。
料理が配られ、それぞれが会話を楽しんでいる様子がうかがえた。
オトギリソウがうろうろと物色をしながら、パーティの食事をかっぱらう姿が見える。
下では庭の中央の薔薇つぼみのレリーフの前で、王様も、お妃さまも、今回の発表を待っているようだ。
第一王女がこちらの方を見て、手を振って朗らかな表情をしているのが見えた。
ラッパの音が鳴り、公布の合図が楽器団から知らされる。
ドラムの叩く音が、迫りくる公布の足音のように鳴り響いた。
ローズは緊張した面持ちで、全員を見渡す。
すべての
ローズが口から何か発そうとした時。
「その王女は偽物だ!」
王様の近くの、薔薇つぼみのレリーフの上から、声がしたかと思うと。貴族の男がサーベルでローズを指している。
「に、偽物じゃありません……!私は……」
ローズは否定の言葉を口にする。
ざわ……!と会場の空気が変わる。
貴族の男であるオキナグサは続けて言った。
「預言は、姫の夢枕で出てきたものではない。偽物の姫に、王族たちが伝えた偽りである! 偽物でありながら、公布できるのがその証拠!」
オキナグサが指をパチンとならそうとした時。
「まあ、よくわかりましたわね、オキナグサ様。そこにいるのは私の身代わり! 本物の私はここにいますの」
オキナグサの立っていた庭の背後から、声がかかった。
第三王女がドレスをまとって、庭の入口に立っている。
「来てくれたのね!」
ローズが歓迎の声を上げた。
「ご苦労様でした、騎士様」
第三王女は、ローズに向かってスカートのすそを上げてお辞儀をする。
王女の横には、灰色のコートを着た背格好の良い
「オキナグサ様、それは私も考えておりました。いつかこの王家の秘密も保てぬ時が来るのではないかと」
「え? あ、ああ……」
オキナグサは自分が暴いた偽物の預言を肯定する王女に、度肝を抜かれた。
「あなたも知っているように、王家が嘘をつくのには理由があります。王家はその呪いにむしばまれてきたのです。ずっと、預言を保ち続けることを無理だと私は悟っていました。ですから、私は希望の預言者を密かに探していました」
フードをかぶった
その姿は神官服に数珠玉をつけ、長い緑色の髪を垂らした奇妙な姿であった。
「彼こそが、本当の希望の預言者である数珠草様です。もう、王家が嘘をつきながら権威を保つ必要はありません!」
数珠草の
「私は、預言者を見つけるために変わり身も探していました。私がいない間の混乱を避けるためです。それが、貴方たちがいま見ていた彼女、フラワーパラディンたる勲章を持った彼女なのです」
フラワーパラディンの話に、会場にどよめきが走る。
「ええい、どういうことだ!? 何が起こっている!? そもそも、王家が民衆をだましていたということ自体が罪なのだ。カラス達よ! 第三王女を始末しろ!」
オキナグサは指でパチンと音を立てる。
すると、城の庭を囲むようにして、屋根に胴が人型のカラスの仮面をかぶった悲劇の怪物たちが降り立った。
ガァガァと庭へと降り立ってくるカラス達に、近衛兵達が立ち向かう。
「大変、王様達を守らないと!」
庭を見渡したローズの眼前は、カラスと近衛兵たちの戦いの場となっていった。
ローズは薔薇のつぼみのレリーフがある中央の庭を見た。
そこに王様たちがいたからである。
王様達の席に、カラスが舞い降り、剣を持ちながら黒い羽のマントを翻す。
席に座っていた王様達がひるんだ時。
カキンッとその剣ははじかれる。
胸に丸い橙色のは金仙花の花を咲かし、どこかで見たその姿。
「こっちは、大丈夫よローズ! 事情は後で! お姫様の方を守ってあげて!」
「金仙花ぁ! 生きていたのね!」
ローズは喜びの声を上げると、そのままベランダから飛び立ち、羽を広げて王女がいる庭の入口へと羽ばたいた。
カラスの一体が、空飛ぶローズの目の前に現れる。
「これを使うといい!」
数珠草の
ローズは剣を受け取ると一体目のカラスと剣を合わせた。
カラスは一度剣を合わせると、いったん離れて最接近し、ローズへと横なぎに剣を払う。
ローズは上空に飛んでかわすと、剣の束で頭部殴り、そのまますばやく首をはねる。
首をはねると、そのままカラスは落ちていった。
「寄生体は、やっぱり頭の上にあるようね」
寄生した本体である蟲の場所が頭部にあると予測すると、ローズはさらに羽を広げて飛んだ。
ローズは庭の入口に舞い降りる。しかし、そこには灰色のローブの男しかいなかった。
「お姫様は!?」
「あそこだ!」
灰色のローブの男が指さした先、大型のカラスの仮面の悲劇の怪物が、お姫様を抱いて捕えていた。
屋根の上で高笑いをする悲劇の怪物。
「クホホホホ! 私は滅びの美学様の忠臣、王家を滅ぼしに来ましたわ!」
「騎士様! 構いません、私は貴方を信じます」
静かに命を騎士に委ねながら、赤バラ姫はローズに命を託す。
ローズは剣を持っていたが、姫を取られて後ずさる。
「(人質に取られて、厄介だわ……!)」
ローズは姫が勲章を持って行ったことを思い出した。
「(そうよ、”一閃”を唱えて……)」
ローズは勲章が名前を唱えると、まばゆい光を放つのを予想して頭の中で作戦を立てる。
そのまま呼吸と唱えると「”一閃”!」と唱え、光を瞬かせた。
くわぁ! とまぶし気に敵の叫びが聞こえる。
その瞬間を逃がさず、屋根の上まで飛び掛かり、剣を敵に向かって突き刺す。
しかし、敵は先に分かったかのように、すでに剣を構えていた。
「なんですって!?」
「それは、滅びの美学様から、戦法で聞いていますわぁ! ローズ!」
剣と剣がぶつかり合い、ギリギリと刃の音がきしむ。
「ローズ、目をつぶれ!」
「”一閃”!」
屋根の別方向から、二度目の唱える声が聞こえ、勲章から二度目の光が放たれる。
それは回避できずに敵はもろに光を受けてしまう。
「おらぁ!」
オトギリソウが、どんぐりのヘルメットで敵の後頭部を殴りつけた。
ローズはチャンスを逃がさず、剣を両手で握り締め、強く相手の剣に叩きつける。
相手のバランスが崩れたところを、足で蹴りつけ、体全体をゆらがした。
敵はバランスを崩し、姫を手放して、屋根に倒れこむ。
ローズは、すかさず胸と頭に二度、剣を差し込んだ。
「ぐ、ぎゃぁあああ!」
敵はそれで動かなくなった。
落ちていく姫を、数珠草が抱きとめた。
戦場になった庭は、敵リーダーの喪失と、近衛兵たちの活躍もあって勝利したようであった。
「ありがとう、オトギリソウ」
「へっ、借り一つな!」
ローズはオトギリソウを連れて屋根から降り立ち、数珠草に言う。
「姫様をさらわれるなんて、大変じゃない!」
叱るように、神官服の数珠草にローズは言う。
「僕は戦いは専門外でね」
ひょうひょうと、希望の預言者である数珠草は言ってのける。
「それより、今回の主犯を捕まえましょう。ローズ」
威風堂々と、姫はローズの手を引いて、オキナグサがいる薔薇つぼみのレリーフの近くへといった。
「ひ、ひぃ! これは、これはぁ……!」
「オキナグサ様。あなたは聡いお方ですわね。騎士様の変装を見破り、王家の問題を悟っていたのですから……」
「あなたが悲劇の怪物と取引したということは、悲劇の怪物の根に寄生されていらっしゃって、このような事態を引き起こしてしまったと思うのです。ですから、貴方のお名前をお教えになって、それがここでの皆様へのせめての償いとなりますわ」
「名前を教えるだと!? 屈辱に近い行為ではないか!?」
「ですが、貴方の寄生されていない無実をここですべての人に晴らさねば、皆さん不安で苦しい夜をすごされますわ」
にっこりと冷徹な笑みをオキナグサに微笑みかけた。
「わ、私の名は……
そう、名前を告白すると、オキナグサの花からアクアマリンの宝石が出てきた。
宝石は、根に覆われ、ドクンドクンと脈打っている。
「騎士様、その剣でこの根を取ってあげて差し上げて」
場をローズに譲る赤バラの姫。
「はい、仰せのままに姫」
ローズは剣でそっと宝石に剣を当てると、根を切り取った。
「すべてはこの悲劇の怪物によって、オキナグサ様が変貌されてしまったのが始まりなのです。しかし、フラワーパラディンの手によって根は取り払われました。みなさん、安心してください」
第三王女である赤バラ姫の発言に、王様が進み出てくる。
「フラワーパラディンであるとは本当なのか」
「ええ、このローズ様が持ってきた勲章と、私のもつ胸の宝石のおかげで、希望の預言者様が歴史ある品であることを見抜き、本当に希望の預言者であることが分かったのです」
希望の預言者である数珠玉はうんうんと首を縦に振った。
薔薇のつぼみのレリーフの下で、ブルーターコイズ勲章を出して、ローズへと赤バラ姫は歩み寄る。
「ローズ様。ああ、私の騎士様、この勲章をお返しいたします。そして、剣を私にお渡しになって」
「はい、姫……私と、貴方の約束を今果たそうではありませんか」
ローズは剣を姫に渡し、姫の前に跪くと、胸に手をあてて姫を見つめた。
希望の預言者が、二人の間に立ち婚前の神父のようにしてすまし顔で立っていた。
「この勲章をあなたに、そして、フラワーパラディンの称号をあなたに叙勲します」
姫は、ブルートパーズの勲章を渡し、剣を肩に落とすとそう宣言する。
「希望の預言者たる私も、君のことを認めよう」
数珠草が、二人のことを認めた。
「ありがたき幸せです」
ローズは立ち上がり、一礼する。
「そして、手をお出しになって」
「はい」
ローズが手を出すと、ダイヤモンドの指輪を指に通した。
「これは……?」
「私はここに、フラワーパラディンであるローズ様に求婚いたします」
とんでもない告白に、ローズは耳まで真っ赤になる。
「待ちたまえ! その叙勲と結婚に異議を申し立てる!」
突如、異議の言葉が庭の入り口から唱えられる。金の縦カールを振り乱し、凛々しいオレンジの目をした第二王女のルイドゥフューネであった。
腰にサーベルをさし、青い紳士服で白いマントを翻していた。
「予言の日だから、帰ってきて到着してみれば、なんだこれは!? 私は認めんぞ!」
つかつかと、庭の入り口から歩み寄り、中央の薔薇のつぼみの下にやってくる。
「姫、下がっていてください」
やってきた第二王女のルイドゥフューネに挑むようにローズは前に出た。
「戦争の功績もなしに、叙勲だとは腹立たしい。いったい何をもってして、叙勲される存在だというのだ?」
「私は、第一層の地上の人々と会ってきました。その人たちは、今ある生活に疲れ、明日ある希望より今ある希望を欲する人々です。私はその人たちの希望になるためにフラワーパラディンになったのです」
「フッ、理想を追う騎士様か」
ルイドゥフューネは髪を手で払って笑う。
「所詮、その希望はお前の理想論でしかない。奇跡のような夢物語を見せるのなら、お前自身の力で示せ」
目を合わせあうルイドゥフューネとローズの間に、赤バラ姫がはいって二人を見やってこういった。
「では、どちらが相応しいか、功績で決めていきましょう」
決闘のような空気が流れ、見つめあう二人に一陣の風がよぎった。
その言葉に、王様が手を叩く。
「今ここに、フラワーパラディンの称号が誕生した! それを、ふさわしいものに与えるための力として、王家は存続していくであろう!」
その言葉に数珠草がうなずいて、言葉と拍手を送る。
「皇帝陛下万歳、フラワーパラディンの未来に祝あれ!」
パラパラと拍手が鳴り、一度この会場はお開きになることとなった。
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