第7話 花舞う舞踏会

 姫様と入れ替わったその日、真っ暗な夕方ごろ。

 変装のために、側近の白百合と共に、外見を見繕う準備を行った。

「げぇ~」

 コルセットをきつく締められ、ガマガエルのような叫びをあげるローズ。

「ローズねぇ様、辛抱なさってくださいまし!」

 ドレスを着せられ、かつらの髪を結われながら、ローズは鏡の前に立っていた。

「赤バラ姫様のことだけれど、もうちょっと詳しく知りたいわ……どんなお方なの?」

 髪を侍女たちに梳かれながら、ローズは白百合を見やった。

「赤バラの姫ねぇさまは、第三王女なんですのよ。王位継承権としては低い立場であられますの」

「あんなに気高そうなのに、第三王女なのね。他の王女たちはどうなの?」

 白百合は化粧をする侍女を手でたたいて呼び寄せる。

「一番長女の、第一王女は、プリンセス・ドゥ・モナコおねぇ様ですわ」

「どんなお方なの?」

「そりゃあもう、そのピンクの薔薇がお似合いの、優しいピンクのふんわりとした髪の毛のお方。気優しく、微笑みを絶やさず、人の気ごころに敏感なお方ですわ~~!素敵!」

 頬に手を当てて、白百合は喜びの声を上げる。

「第二王女様は?」

「第二王女様は、ルイドゥフューネお姉さま!黄色の薔薇!金の縦ロールが似合う、男勝りな武人ですわ~~!でも、そんな人を寄せ付けない不良っぽさが素敵なんですの。ああ、素敵!」

「どちらも、この王城に滞在されてるのかしら?」

 ローズは赤いドレスの袖を通しながら、

「第一王女様はずっと王様と政治を、第二王女様は前線を張ってますわ。だから、いつもばらばらなんですのよ」

 最後にローズはティアラをかぶせられ、きらきらと宝飾された姿になった。

「まあ素敵!本当に、赤バラの姫姉さまにそっくりですわ~」

 おでこに飾られた薔薇の額飾りを触って、ローズは口元をアハハと上げた。

 そんな乾いた笑いで対応する。

「あたし、こういうおとなし気な服装苦手だわ……」

「そんな、そんな、美しさに自信をお持ちになって!おねえさま♡」

 耽美な姿に感銘をつく白百合に、はぁ、とローズは元気のない溜息をついた。


 その日の夕方は、夜まで舞踏会のレッスンのために踊りの練習をさせられた。

 ローズは、慣れぬステップを覚えないといけなく、厳しく指導を受けた。


 夜になって、レースのネグリジェに着替えると、ばったりとローズは疲れ切った体を天蓋付きのベットに潜り込ませた。

「よぉ、元気にしてるか?」

 どこかで盗んできたであろう、パンを齧りながらオトギリソウが化粧台の椅子に座って声をかけてきた。

「見りゃわかるでしょ~」

 顔を枕に突っ伏しながら、死相が出てそうなげんなりとした雰囲気をローズはたたえている。

 トントンと、ドアを叩く音がした。

「白百合ですわ! ローズおねぇ様♡」

「入っていいわよ~」

 白百合は手紙の束をたくさん持って、室内に入ってくる。

「まあ、そちらの小さなお方は?」

 初めて会うオトギリソウの方を見て、白百合は驚く。

「その子も、私の連れよ。そうね、お付きとして、その子もいろいろ支度してやって頂戴」

「げぇ! まじかよ」

「お願いしますわ! オトギリソウ、お姉さま♡」

「しかも、おねぇさまかよ……」

 自分より倍はある背丈の相手に、オトギリソウは乾いた笑いを浮かべる。

 白百合は手紙をテーブルの上に置くと、ローズの方に向き直った。

「お疲れのようですから、重要なお手紙をお読みさせ上げますわ」

 ローズがベットから這い出て、ベットの上に腰かけなおす。

 白百合は、手紙の一つをほどくと、読み始めた。


 ”天界より使者が来ていると、侍女の間でうわさを聞きました。

 王室でも、陛下や第一王女モナコ様は謁見させて天界の話をしているようです。

 天界があり、王室が話をしている。というのは、前から噂程度で広まっています。

 しかしながら、使者らしい人の姿は王室の方では見受けられませんでした

 新しく入ってきた人物もいないようです”


「天界!?」

 ローズは顔を上げて、その言葉に反応した。

「噂程度ですが、侍女の間で聞いた話を持ち込ませているのです。どうやら、ひそかに陛下と第一王女モナコ様が誰かと会っていたようですね」

 白百合が手紙をたたむ。そう――と、ローズは腕を組む。

「なあ。ローズ。お前は帰らなくていいのかよ」

 オトギリソウが、その話題について白百合に分からないように聞く。

「帰っても私は捕まるだけよ。いまだったら、お父様の言い分もわからなくないわ。地上は戦争で、疲弊している民がいるんだもの」

「今帰れば、お前が筆頭になって、地上を助けることができるかもしれないんだぜ?」

「でもお父さんは、お母さんを――――!」

 息が詰まるように、ローズは言い返そうとした。しかし、言葉が出てこない。

「ごめんなさい、ちょっと考えさせて」

 ローズは、白百合に下がるように言う。白百合はお辞儀をすると、部屋から出ていった。

 ローズは窓の方に行き、戸を開くと吹く風に当たった。

 オトギリソウが、そばに寄ってくる。

「まあな、かーちゃんをそういうふうにしたら、許せねえよな」

 ローズはオトギリソウの方を向かずに、窓の外を見ながら聞いた。

「あなたに分かるの?」

「俺、2層に残してきた母ちゃんを探しに来たんだ。結構気丈な母ちゃんらしくてさ、きっと今は徴兵されて、どっかにいるはずだと思うんだけどよ。とうちゃんは、徴兵を嫌がって生まれたばかりの俺を連れて、地上に逃げだしたしな」

 オトギリソウが自分の母親のことを語るのは初めてだった。

 ローズはその言葉に耳をすませる。

「親の勝手で子供が振り回されていいもんだと俺は思わねえ。どうせやるんならさ、ローズ。お前が勝ち取ったもので、父ちゃんと対等に話すべきかも知んねーな」

 オトギリソウの父の姿は地上では見られなかった。つまり、そういうことなのだろう。

「今、お父さんに会っても、お父さんの下で使われるだけ――私は私で、お父さんに追いつかないといけない。そして、きっと対等に話さないといけないわ」

 だが、今のローズには、父親と対等にするだけのカードや思案がなかった。

「でも、でないと――きっと、お父さんは地上でもおんなじことをする」

 今ある王家もきっと父親の手にかかって、勝手な改造にさせられてしまう予感があった。オトギリソウが言うように、地上の人は地上の人の事情があるのだ。

 ぎゅっと、手を握るとローズは窓の外を見て決意した。


 そして、舞踏会をするための教育がみっちり1週間行われた。

 朝は王政の教育、昼は言語、夜はダンスの練習と忙しい毎日をローズは送った。

 そして、舞踏会が開かれる当日となった。


 舞踏会は、貴族、騎士、富豪の商人、そして王族の縁者による社交の場であった。

 ローズはめまぐるしく回るダンスの景色と、おしゃべりの場で目をぐるぐる回しそうになっていた。

 オトギリソウは正装を少しくずしながら、食料だけを勝手にとって食べる優雅な時を過ごしている。

 ローズは「病気あがりなものだから」と下手な嘘をつきながら、何とかダンスを回避しようと椅子に座ってすべてが終わるのを待つことにしていた。

 そんな、座っているローズに声をかける者がいた。

「ローズ、大丈夫かしら?」

 ピンク色のふんわりとしたウェーブのがかった髪に、白色のレースのリボンをした美しいフラワーであった。

 ローズはこの人が第一王女であることを察した。

「ええ、病上がりなものですから……すこし、沢山の人につかれただけ」

「そう? じゃあ、お暇でしょうし。私がお話してあげますわ」

 第一王女のモナコは、お隣に座ってローズの手の上に手を置いた。

 柔らかなふっくらとした温かみが伝わってくる。

「王女様は踊りをしなくてもいいのかしら?」

「ええ……前も言ったけれど、婚約者の方とするのが決まっているから退屈なの」

 悪い方ではないのよ? と付け足しながらも、王女の顔には陰りが見えた。

「何か心配事でもあるの?」

 ローズは気になって聞き出すことにした。

「最近、本当の名前を聞き出されそうになってるの。婚約者の身とはいえ、言えなくて……」

「なんですって! 失礼なやつね」

 真名は、宝石を守るためのパスワードのようなものであった。婚約を結んでいるからと言って、気軽に聞いていいものではない。

「怒ってくれるのね。ローズ。いつもは挨拶だけで、すっといなくなってお話しできなかったけれど。あなたって、とてもやさしい方だわ」

「え、そんな。アハハハ……!」

 ローズはいつも、赤バラ姫がどういう風に王女たちに接しているか知らなかった。

 これでいいのか?と疑問に思った時。

「モナコ様! おお、ここにいらしましたか」

 オキナグサの赤い花を咲かせた、長い赤髪を垂らした紳士が現れた。

「今宵も踊っていただけますか?」

 会釈を行い、手を差し出すオキナグサ。

「ちょっと」

 と首を突っ込むように、ローズはオキナグサに言う。

「おや、ローズ姫。ご病気で臥せっておられて、大変だったのでは? ご加減はどうでしょうか?」

「ご加減も何も、腹立たしいわ! 人の真の名前を聞き出そうなんて、貴方近すぎるのよ!」

 その言葉に、ムッと顔をこわばらせるオキナグサ。

「王女様。人の婚姻関係に口を出されないでいただきたいのです。私と、彼女の問題です」

「そうもいかないわ! 私たちは姉妹よ、絆においてあなたたちより強いわ」

「まぁ……!」

 モナコは顔を赤らめて、手で顔を覆う。

「ではなにか。私の行為を止めたいと」

「そうよ……」

 じっとにらみ合う二人。

 ぱんぱんと、手を叩いてモナコ姫が立ち上がる。

「そうですわ。お二人とも、お庭で剣技などいかかでしょう?」

「そうか。そうだな……では受け取るといい」

 パシーンと白い手袋をローズに叩きつけるオキナグサ。

 一瞬、場の空気が冷たくなった。

 そして、周りが「決闘だわ!」と、騒ぎ立てはじめた。

「け、決闘……ぅ!?」

 白い手袋を握り締めて、どういうことか分からなさげにローズは問う。

「ローズ姫。姫が勝たれれば、わたくしもモナコ様に聞くのはやめておきましょう。しかし、もし負ければ、これ以上口出しは無用にしていただきたい」

 オキナグサは腰につけていたサーベルをかちゃんと鳴らすと、自信ありげに胸を張った。

「わかったわよ。私に剣を! ぼっこぼこにしてやるわ」

 腕を振るって、ローズはやる気満々のポーズをとる。

 ローズは見張り兵から剣を借りると、ローズとオキナグサは庭に出た。


 周りの観衆が、はやし立てるように会話を続けている。

「モナコ様との婚姻について決闘ですって!」

「まあ! あんなに仲悪そうだったローズ姫が!? モナコ様のために??」

 モナコ姫は、二人を見ながら手を合わせて祈る。

「(ローズ……私のために)」


「辞退するなら今のうちですよ。ローズ姫」

「はっ、それはあんたにそのままお返しするわ」

 オキナグサは喧嘩腰のローズの声を聴き、疑問を頭に思い浮かべた。

「(先ほどからの荒々しい物言い、本当にローズ姫なのか?)」

 オキナグサはサーベルから剣を引き抜くと、構えた。

 モナコ姫は前に進み出ると、決闘の合図を送った。

「決闘は胸の花が散らされた方が負けです!では、試合開始!」


「たぁああ!!」

 ローズは引き抜いた剣を、思いっきりオキナグサに叩きつけようと詰め寄った。

「おっと」

 オキナグサは距離を取ってサーベルで剣を払いながら、後方へと下がる。

「おびえているのか!?」

「なに、野蛮な剣の使い方に驚いているだけですよ」

 悠長に話しながら、オキナグサはサーベルを振ってそのままローズに突き出す。

 剣でローズはその剣筋を剣で受けてそらす。

「くっ」

「ほらほら、避けないと花を散らされてしまいますよ」

 オキナグサの連続した突き刺しを、剣で受け何度もそらし耐えるローズ。

 1歩、2歩と後ろに後退していくローズ。

 オキナグサは鋭い突きを、ローズの胸元めがけて突き刺す。

 ローズは避けるため、体をそらし足を地面から離す。

 そのまま背をそらして、手で地面を捕えて、足から天へと飛んだ。

 バク宙の後、そのまま足から飛んだのである。

「なに!?」

 空中を舞い、見事なジャンプ力にオキナグサは驚く。

 くるりと空中で回転すると、ローズはオキナグサの後方に着地する。

「しまった!」

 後ろをとられたオキナグサは、振り向こうとする。しかし、それは良くなかった。

「そこだ!」

 振り向きざまに、花めがけてローズは剣を突きだす。

 はらり、オキナグサの赤い花弁が散り、勝敗が決した。


「そこまでです! ローズ姫の勝利!」

 モナコ姫が決闘の終了の宣言をする。

「あのジャンプ力は……!? ローズ姫ではない……」

 オキナグサは確信を得たように、顔を驚きの表情のまま、わなわなと震えていた。

 そして、小さくにやりと笑った。

「ああ、ローズ……ありがとう」

 ピンク色の髪の毛をなびかせながら、ローズの胸元に飛び込むモナコ姫。

「いえ、姫が困っているのを助けるのは当然です」

 にこやかにモナコに微笑みかけるローズ。

 そんな二人の元に、オキナグサが歩いてやってきた。

「つよかったよ。ローズ姫……いや、ローズとお呼びすべきかな?」

 オキナグサはいやらしい表情で、握手を求めてくる。

「こちらこそ、いい試合でした」

 ローズは握手に応えた。

「モナコ王女の真名を聞くのは控えさせていただくよ。結婚後の楽しみということにしておこう」

「ふん、最初からそうするべきでしょ」

 握手を握りながら、バチバチと闘志を二人は送りあう。

「ローズ、戦勝の記念に踊ってくださらない?」

 オキナグサをよそに、ローズに踊りの誘いを送るモナコ。

 ローズはかしこまって会釈し、モナコの手を取ると会場へ向かった。


「本当に別人のようね、ローズ」

「いえ、少し病気がよくなったのもあります」

 すべて病気のせい、そう、病気のせいなのだ。とかわしながら、モナコとローズはステップを踏んで踊る。

 モナコを回転させながら、ローズは思う。

「(こんなに気優しい子が、好きでもない人と婚姻を結ぶのね。この世界は)」

「ねえ、私たち。もっと仲良くなれると思うの……これからも、よろしくね」

 またステップを踏む動作の時、顔を近づけてモナコが見つめていった。

「はい、よろこんで」

 腰に手を回して、二人でリズムを取りながら。

 周りの観衆からの目線も気にせずに、その日はモナコ姫と踊りとおしたローズだった。


 舞踏会が終わり、誰もいない暗くなった庭でオキナグサはカラスに話しかけていた。

「あれは、偽物の姫だ。姫はあんな剣筋や、ジャンプをしない……次の預言の日。それを暴いてやる」

 ククク、と笑いをこらえるオキナグサ。

 カラスが、ガァ!ガァ!と鳴き、羽ばたいていった。

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