第6話 旅立ちの花

集落での悲劇の予言を回避した、次の日の朝。

「おばあちゃんの布団、かしてもらって悪いわね」

ローズは麻の布団を直しながらオトギリソウに言った。

天上界から地上へ落ちてきてからというもの、ローズはオトギリソウの親切で雨風を凌げていた。

「へ、死んだばあちゃんのこと気にしてどうするさ。モノってのは生きてるやつが使っていいもんなの」

 ナイフで器用に果物の皮を向き、ちょうどよい大きさにカットしながら、それをお椀に分けて盛り付けていくオトギリソウ。

「ほれ、朝飯!」

「はーい」

 どんと、床に皿を何個も並べて、いただきますをする二人。

 もしゃもしゃと、果物をかじりながら二人は会話する。

「お前、これからどうするつもりなの?」

「どうするってなにが?」

 食事を取りながら、二人は顔を見合わせるようにした。

 オトギリソウは真剣で、ローズはきょとんとした表情で見つめあう。

「だって、フラワーパラディンを名乗ってるんだろ? それってそもそも何なのか分かってねーじゃん」

「悲劇の怪物たちを打ち砕き、希望をもたらす存在!」

 その堂々とした言いぐさに、ローズの手に掲げられた木製のはずのフォークが輝いて見えた。

「はぁ!? もしかして、何の計画もねーの!?」

「ないよ」

 驚いて目を丸くするオトギリソウに、さらっと言ってのけるローズ。

「誰が保証するんだよ! そもそも、それ何なんだよ! 伝説のことも詳しく知らねえじゃねえか!」

「じゃあ、あんたなんか知ってるの!? 保証があるとフラワーパラディンなの!? 勲章があるんだから、実在はするのよ。予言はあるの!」

 オトギリソウはタネをペッと掃き出し、ぐぬぬとフォークを握り締めて、床を叩いた。

「誰もお前がフラワーパラディンなんて思わねえよ! それこそ奇跡の預言者が現れて、お前を認めでもしねえ限り!」

 オトギリソウの厳しい言い分に、ローズもつられて力がこもる。食べていた果物をバリバリと食い散らすように口に放り込む。

 そして、言い返そうとして閃いたアイデアを決意したように言った。

「じゃあ、お姫様に認めてもらうわ。この国の王家の後ろ盾があれば、フラワーパラディンも正式な英雄になる!」

「はぁあああああああああああ!?」

 オトギリソウは立ち上がると、フォークでローズを指して言う。

「誰が!?」 

「お前を!?」 

「お姫様が!?」 

「王様が????」 

「いや、ねーよ!」 

「しねーから!」 

「誰だよお前!」

 オトギリソウが矢継ぎ早に疑問を投げかける。

 しかし、ローズは既に決心した面持ちをしていた。

「そうよ! 王家がいる3層に行って、お姫様たちに会いましょ! それが、一番の早道よ!」

 ぐっとサムズアップしてローズはすべて食べ終わって立ち上がった。

 オトギリソウは、絶対認めないといわんばかりに地団太をふむ。

「ぶっ飛んだこと言ってんじゃねええ!!!!」

 そう叫び声のようにオトギリソウが言ったところで、食事は終わった。


 その日、ローズは空の模様を見ていた。

「今日は、お母さんの誕生日だわ……。この日は、太陽も月もかけて、すべてが真っ暗になる」

 太陽と月が全てかけて深夜のようになった空を眺めるローズ。

 思い出されるのは、母から聞いた寝物語だった。


 お母さんの誕生日を祝ったその日の夜のこと。

 母と一緒に寝るベッドの上で、ローズは母に聞きたいことを聞いてみた。

「ねえ、おかあさん。どうして、太陽と月は同時に欠けるの?」

「それはだな。むかし、この世界を作った3つの花があったんだ。どんな花かは言い伝えられていないが、一つは太陽となり、もう一つは月となった。そして、追いかけっこする二人を眺めて喜ぶために、大地になった花があったんだ」

「へぇ! それじゃあ、月と太陽と大地はもともと仲良しだったのね!」

 ベッドの上ではねながら、ローズは詳しく聞かせてもらうようにせがむ。

「我々、フラワー達は太陽と月が、互いの一部を交換し合うことで生まれてきたのだ。だから、月も太陽も欠けてしまうのさ。それで、こんな真っ暗闇の日ができる」

「月も太陽もなかったら、料理も戦闘もできない子になるんじゃないかしら?」

「はは、皆、役職を決めるためにそう言ってるだけさ。実際は、月のように似てる。太陽のように似てる。という基準でしか判断されない。月が満天の時に生まれたから姫、太陽が満天の時に生まれたから王子。とね」

「ふぅん。じゃあ、太陽が欠けてないローズはとっても太陽に似てるってことね」

「そうだな」

 ……ローズは母との寝物語を思い出して、少し悲しくなった。

 出立の日は、この誰もが真っ暗で夜目が聞かない夜のような日が良いと決めていたのだ。

 この日であれば、襲撃の心配も警戒する必要性がなくなる。

 

「本当に行くのかよ」

 しばらく滞在しているのに慣れたオトギリソウが、ローズの出立の話を聞いて少しそわそわしている。

「世話になったわね。あんたは、どうするの?」

「ついていくに決まってるだろ」

「そう!? やっぱりね、そうこなくっちゃ」

 手を叩いて喜ぶローズ。

 理由も聞かずに、ついてくることを了承するローズに、あきれたようにオトギリソウは言う。

「おめーの、そういう。単純なところだけは嫌いになれねえぜ……」

 やれやれと言わんばかりに、オトギリソウはローズの傍による。

「簡単な蔓で、籠を作っといた。これで、俺くらいなら乗ってお前の羽でも持っていけるだろ」

 掴む紐がある籠を、オトギリソウは差し出す。

「そうね、あんたくらいだったら……3層までは羽で飛べそうだわ」

 ローズはそれを握って、頑丈さを確かめた。

「そういや、なんで天界の住人だけ、羽が生えてるんだろうな……???」

 オトギリソウは首を傾げた。

「神様にちかいからじゃない? お母さんがそんなことを言っていた気がするわ」

 ローズも一緒に首をかしげる。

「ま、いいや。出立するんなら、さっさと行くぜ。どうせ持つものもないしな」

「OK! オトギリソウ! じゃあ行くわよ!」

「おう!」

 オトギリソウは、籠に乗る。ローズは紐を掴むと、オトギリソウが乗った籠を持ち上げた。

 窓から羽を広げると、バサバサと花びらの羽をはばたかせるローズ。

 ぐっと足に力をいれ、窓から飛び立った。


 空から、下の松の木の家を見ると、だいぶほかの木たちより背丈が小さいことが分かる。

「こうやって空から飛び立つと、貴方の家ってほか木の下より小さいところにあるのね」

「木が成長しないように、枝をちょくちょく切ってたんだ。これで、周りの木より低いから、見えにくいんだぜ」

「遮蔽になって見えないってことね。敵から隠れるにはちょうどいいんじゃない?」

 のんきに会話をしながら、真っ暗な空の上を上空へと上がっていく。

「おい、見えてきたぞ。あれが、2層だ」

「わぁ、広いわ……! それに大きな滝!」

 3層から流れ出る滝が、2層へと落ちて大きな川を作っているのが見えた。

 それが、6本に広がり、領地を分けるようにして6等分している。

 暗い中だが、家々の明かりも見えた。

「あそこが、一番の最前線よね」

オベリスク塔の周りはまだまだ悲劇の怪物が出てるに違いねえな。まあ、もっと上行こうぜ」

 ひゅうと、風がなびく中、ローズはもっと上を目指して上昇する。

 3層を見上げると、大きな大地の薔薇が見えた。

「なにこれ、薔薇が浮いているわ……!」

 そう、3層は大きな砂でできた大地の薔薇の上にあるのだ。

「間近で見るのは初めてだがよ。絶景だな……」

 下を向いて咲く薔薇の花は、神の作り出したような大きさである。

「あれが、俺たちが大地の神だと崇めている、花の神さまらしいぜ」

「それが空を浮いているなんてね……なんの歴史がそうしているのかしらね」

 そう雑談しながら、下を向いた薔薇の大地を通り過ぎ3層の表層に出る。

 3層はさらに上から一本の大きな滝が中央で降り注いでいた。

 その滝は4つに分かれ大地を分かち、その分かれた大地には4つの塔があった。

 滝が流れる中央の湖の近くに、強大な城が建っていた。

「あそこが……! 王族が住む城よ!」

 白いクリスタルのような城は、6本の尖塔が建ち、いかにも姫様が住む城のようだ。周りは森が囲み、しかし本来は木より小さな彼らの住宅のはずだが、城は木より大きい。

「よし、下降だ! ローズ!」

 ローズはゆっくりと王城へと下降していく。

 庭先と思える庭へとローズは着地した。


 庭には、高いところにテラスがあり、どこからか楽団が演奏しているのであろう、優美な音楽の演奏が聞こえてきた。

「さて、お姫様はどこかしら?」

 きょろきょろとするローズ。

「(ま、どうせ捕まるにきまってるから、俺はさっさととんずらするかな)」

 降り立った矢先、逃げる算段を考えるオトギリソウ。

「あ、オトギリソウ! 伏せて!」

「ふがぁ!?」

 オトギリソウを巻き込んで、ローズは伏せる。

 草の下から、テラスの方を覗き見た。

 すると、テラスの向こうから誰かしら、ドレスを着た貴婦人が立っていた。

「あれ、お姫様よ。ティアラしてるわ……! それに、あのネックレス。私の勲章の装飾に似てる……」

 白いドレスをまとった、胸には赤バラを咲かせている。

 暗くて顔はよく見えないが、気品のある位が高い人のように見えた。

 ローズにつぶされながらも、あごに肘をついて聞くオトギリソウ。

 突如、ランプが浮かんだようにローズにアイディアが浮かんだ。

「あたしに名案があるわ!」

「は?」



「あぁ、どうしましょう。なんとかしたいのだけれど」

 何やら心配にふける赤バラの人に、テラスの下でがさがさと揺れる草。

「何者です?」

 品高く、高音の声を響かせる。

「恐れないでください。姫君」

 さっと、足をついて草陰から現れるローズ。

「私はローズと申します。フラワーパラディンの勲章をあなたに叙勲していただきたく、参上したのです」

「フラワーパラディン……? あなたが?」

「あなたの持つ、そのネックレスも。勲章と同じ宝石ではありませんか?」

 赤バラの姫君に、きらきらと輝く赤色のガーネットの首飾り。

「これは、確かに希望の預言者から受け継いだものです」

「私がフラワーパラディンである証をお見せします。――”一閃”!」

 眩い水色のブルートパーズの光が輝き、一つの線になるとガーネットの首飾りに当たって輝いた。

「これは……!」

 驚き目を見開く赤薔薇の姫。

「この勲章は、近くの同じ奇跡の預言者が遺した宝石と輝きあうのです」

「そうなのですか……しりませんでした。どうか、上がってらして。フラワーパラディンの、ローズ様」

「はい」

 きりっとローズは決めて、颯爽と顔を見せる。


「! ――まあ!」

「そんなー-!」

 ローズとお姫様は互いの顔を見合わせて驚く。

 世界には似た人が何人かといるというが、王女とローズはうり二つであった。

 ローズの髪型は、赤髪のウルフカットに薔薇のハチマキであった。

 姫は赤髪のセミロングに、おでこに薔薇の額飾りをつけている。

 髪型以外は、まったくもって同じに見えた。

「おどろきました。こんなにも私そっくりな、フラワーがいらしてたなんて」

「いえ、私もです」

 ローズは羽をはばたかせ、赤薔薇の姫君の元へと降り立つ。

「私も、ローズといいますの。わかりにくいので、姫君でいいですわ」

「姫、私に叙勲していただけないでしょうか。私の後ろ盾となり、このフラワーパラディンの勲章に価値を持たせてあげたいのです」

「なるほど……わかりました。ただし、条件があります」

「はい、なんなりと」

 姫はにこやかな、そしてどこか冷たい笑顔を浮かべるとこういった。

「私と2週間ばかり、入れ替わってください」

「へ? なにそれ」

 ローズの間抜けな声が出る。地がちょろっと出てしまった。


「今、私の王国は、希望の預言の力を王室の姫である私が持っているといわれています」

「なんと、それは素晴らしいではありませんか」

「いえ、それは嘘なのです。王室は、希望の預言の力を権威に、王国を維持してきました。しかし、預言を自分たちの利権の都合の良いように使っている」

 とんでもない事実に、ローズは内心あわわと慌てるばかりであった。

「わたしは、内密に人を集めて、本当の希望の預言者を見つけました。その人を、迎えにいかなければなりません」

「ほかのものに迎えをよこしては駄目なのですか?」

「相手は、希望の預言者です。地位あるものが迎えに行くのが道理なのですよ……そして、このことはほかの王室のものに知られてはいけません」

 姫はローズの方に向き直る。

「叙勲を条件に、入れ替わってください。もう一人のローズ! これは、命令でもあります」

「はい、騎士として、身代わりを務めさせていただきます。姫!」

「ああ、ありがとう! 次の預言を交付する2週間前には帰りますわ!」

 ひしっとローズに抱き着く赤バラの姫君。

 姫に抱き着かれ、同じ顔の者同士で少しぎこちなく抱きしめるローズ。



「私はひっそりと出かけます。あとは、私の側近にお任せしましょう。白百合!白百合~!」

「まぁ! なんてステキ! 姫ねえ様が二人もいらっしゃるわ~!」

 呼ばれて出てきたのは、胸に白百合の花を咲かせた、白髪を長くカールさせた人であった。

「この人のことは任せました。私のことはしばらく病にふけっているということにして、教育と……あとは、社交のレッスンをお願いするわ」

「わかりましたわ! 姫ねえ様の代わりをするのですから、ビシバシ鍛えさせますわ~!」

 嬉しそうに笑う白百合。

「まじでレッスンするの……」

「あと、叙勲のために、勲章は預からせてください」

 むしり取られるようにして、姫に勲章を奪われるローズ。

 顔が蒼白になるローズ。騎士物語の通りに気取って出てきたのは良いものの、何かとんでもないことに巻き込まれたようであった。

 そして、お姫様の部屋に連れていかれ、ローズは入れ替わりの身支度をされる。

 その夜、入れ替わった姫は、こっそりと側近とともに王城を出ていったのである。


「おいおい、ローズ。騎士物語の読みすぎだろ!? どうすんだよこれ」

 テラスからオトギリソウが上り、姫君の部屋まで軽く飛んで窓からのぞき込む。

 いきなりの姫からの入れ替わりの要望。

 果たして本当に、叙勲されるのか、そして姫の思惑は一体?

 どうなるか分からない日々が始まるのであった。

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