第5話 遺跡に咲く花

 川の堀を通り、オトギリソウと共に無事に村への道順をローズは下って行った。

 オトギリソウは斥候としても優秀であり、体の小ささを活かしてローズの前をひょいひょい歩いていく。

 二人は、地震がだんだんと大きくなっているのに気づき、先を急いだ。


「おい、こっちだ」

 地鳴りがする中、二人は根っこに覆われた地面を這い、地下壕に入りこんでいく。

 ズンズンと、低温が響き、壁がゴリゴリと音を立てる。

 地下壕の曲がった通路の屋根はミシミシ音を立て、今にも落ちてきそうだ。

「みんな! 逃げて!」

 ローズは、叫んで全員に避難を促した。

「おい、お前ら! 落盤するぞ! 俺のばあちゃんが言ってたからな!」

 オトギリソウも叫んで、部屋から出ない人々を呼ぶ。

 ひそひそとつぶやくような声が、静かに声が聞こえた。

「また来たのかしら」

「なにを、戯言を」

「外の人が何を知っているというんだ」

 疑心に満ちた声が、ドアの隙間から響く。


「みんな! これを見て! ――”一閃”!」

 ローズが、ブルートパーズの勲章を掲げ、名前を唱えると輝きを放つ。

 地下壕が水色の光に満たされ、海の水面のように壁が輝く。


「なんだ、この輝きは!」

 畏れ深い驚きの声が口々に戸から聞こえた。

「聞いて! 私はこれを大聖堂で手に入れたわ、フラワーパラディンの証よ!」

 地鳴りがうるさい中、懸命にローズは説得する。

「なんだって?!」

「フラワーパラディン、畏れ多い……!」

 畏れるみんなの背を押すために、掛け声を続けるローズ。

「ここにいると、地盤が沈下して押しつぶされてしまうわ! 伝説を信じて、悲劇に飲まれないで!」

 ローズは説得に時間をかけすぎるのに、焦りを感じていた。

「だめだ、このままじゃ俺たちもつぶれるぜ。とんずらこいた方がいい!」

 逃げを決め込もうかと、オトギリソウがしり込みした。

「どうして、逃げてくれないの。希望がここにあるのに」

今ある希望のために、がんばって。廃大聖堂までいって、やっと勲章を見つけて。

見つけたのに――ここに、希望の力があるのに。村の人が動こうとしない――どうして……!

ローズの不安を表すように、地面が揺れ始める。

最悪の想像。このまま落盤に飲まれる未来が、ローズの頭によぎったとき 



「もういいじゃろうて、皆」

 一人の杖を突いた小柄な年長者が出てくる。

 小さな背丈のローブをまとった老人は、どうやら偉い人らしく、大勢に語り掛けるように言った。

「勲章を持ちし、この人に従うのじゃ。さぁ、逃げよう」

「そ、村長! てめえ、こんな時は素直なのかよ!」

 オトギリソウが、あっと指さして怒鳴った。

「過去の因縁はここでは止そう、オトギリソウ。落ちる前に避難を手伝ってくれ」

 村長が、外に出るために、杖をつきながら道を急ぐ。

 ローズが、戸を叩き、皆に呼び掛けながら先導していく。


 皆が避難すると、寸時のところで崩壊が起き、地盤が落盤していった。

 地下壕は土で埋もれ、その様子を見た村人は互いに抱き合うようにして畏れた。

「どうして、避難を決定したんだ? 村長」

 オトギリソウは、その小さな体の村長にぶしつけに聞く。

 村長は、一度オトギリソウを見やり、そしてローズを見やると、地下壕が崩れた先を指さした。

 その先には、巨大な石板が埋まっていた。

 ヒスイ色のその石板は根っこに覆われており、大地に差し込むようにして埋まっていた。

 その巨体は3×6mの大きさはあり、巨大な墓標にも見えなくはなかった。


 石板には12人のフラワーと東西南北に大きな花の絵が4つ描かれている。


 村長は、石板を見やってこう言う。

「私たちが、ずっと守り続けたのが、あの石板じゃった。『4つ目の花、咲し時、勲章を持って現れん』と、伝えられてな」

 ふぅんと、オトギリソウは鼻を鳴らして、腕を頭の後ろに組む。

「勲章はわかるけどよ、4つ目の花ってなんだ?」

「あの石板は、もともと下が埋もれていて3つの花しか描かれていなかったんじゃよ。それを、今、落盤によって4つ目の花が現れたのじゃ……」

 ローズが石板を遠目に見やって、息をついた。

「落盤によって4つ目が、花ひらいたってことね……そして、勲章が私であっているのかしら」

「そうとも、あのレリーフは、神話時代から神々によって作られたといわれているからの……あれは、神話時代の産物じゃ」

「そんなに古いの!?」

「やべぇ……スケールでけえな」

 ローズは、偉大なものに対して、小さく花の形を手で作り、祈った。


 そんな、祈っているローズの服を引っ張る小さな存在がいた。

 一番最初に地上に来て助けた子供のフラワーだった。

「お姉ちゃん、ありがとう! 薔薇、あげる」

 小さな布で作られた、造花の薔薇を差し出してくる。

 足をかがめて、受け取るローズ。

「ありがとう」

「いいの、えへへ!」

 薔薇を受け取り、村長に向き直るローズ。真剣に眉を寄せていった。

「ねえ、村長。ここから出て、上に避難しましょう?」

「上に行っても、戦争で徴兵されるだけじゃよ……この世界は、どこに行っても戦いからは逃れられん」

 でも、と食い下がるローズ。

「あの石板を、今生まれるフラワーパラディン殿に見せられたのだから、わしとしてはもう悔いはない」

 彼の目の先には村人たちが、地震が収まって自分たちの家具を掘り起こそうと、沈下した家の方へ向かうのが見えた。

「帰ろうぜ。ローズ……こいつらにはこいつらの事情がある。フラワーの生死を、英雄が決めちゃあ、地上の奴らをなめっぱなしってもんだぜ」

 足踏みをして、たくましさをアピールするオトギリソウ。

「そうね」

 ローズは一言そういうと、家具を掘り起こす人たちの手伝いに駆けていった。

「みなさーん! 手伝わせて頂戴~!」

 その手伝う様子を見て、村長はほほ笑む。

「あんたが、きっと我々の神を助けてくれる……そうじゃろう?」

 そのつぶやきを、オトギリソウは手伝うのをサボって聞いていた。


 ローズが、泥だらけになって手伝ったその夜。

 ゆっくりとオトギリソウとローズは、二人で家がある松の木の方へと向かっていった。

「あの後、襲撃が来なくてよかったわね」

「地盤が揺れてんだ。敵も基地や陣地が壊れたりしたんだろうさ」

 大きな根っこの隙間を縫うようにして歩きながら、二人は会話を続ける。

「最後まで、あの村長は言わなかったけどよ……」

「何?」

 オトギリソウはローズの先行を行きながら、振り返らずにどんぐりの帽子のヘルメットをかぶりなおしながら言う。

「あそこに残ってるやつらは、異端の神を信じてるんだ。言っていいのかわかんないけどよ」

「! ええ!? 異端!?」

 ローズは口元に手をやった。泥の匂いがしたので、ペペっとすぐ打ち払う。

「地上の神でもない、空にある太陽の神でも、月の神でもない、他の神を信じてるんだ」

 ローズはその深刻な声のトーンに、静かに聞くことにした。

「俺の父ちゃんは、赤子の俺と一緒にあそこに入れてもらったらしいんだ。でも、俺の家族はその信仰の場にも、秘密も理解できなくて……」

「馬が合わなかったのね」

 へっと、鼻をこすりながらオトギリソウは平気そうな顔を見せた。

「でも、俺とあいつらは同じで、この地上でぴんぴんしてる。あんたもそう思うだろ?」

「そうね。たくましいわ」

 あはは、と軽く笑って見せるローズ。

 確かに、ローズは彼らの保護を言い出したものの、彼らは彼らの力で打ち破っていかないといけないのかもしれないと。そう思い始めていた。

 それに、今の生活を壊してでも、彼らを最後まで助けることはできない。

フラワー未来は結局、自分で切り開いていかないといけないのね」

「そうさ、決断するのは自分だぜ。お、そろそろ見えてきたな」

 家から降りている蔦が見えるくらい近くに来た時、オトギリソウの服をローズは引っ張った。

「んだよ?」

 振り返るオトギリソウ。

「そういえば、名前をきちんと聞いてなかった気がするわ。オトギリソウはオトギリソウでいいの?」

「あ? 俺の名前? まあ、そんままだけどよ。どうしたよ」

 どんぐりのヘルメットから、片目を出して少し振り向くオトギリソウ。

「せっかく仲良くなったのに、間違って覚えてたら嫌だなーって思っただけ」

 あはは、と照れつつローズは笑った。

「おまえって、ほんと気持ち悪いな……!」

「な、なに!? 気持ち悪い!?」

「けがを治したからって、べたべたすんなよ」

 しっしと、手でローズを追っ払うように身振りする。

「くそぉ! あそこで、私が助けなかったら、死んでたのよ!」

 ローズが両手を上げてぷんすかと、オトギリソウに訴える。

「だがよ、相手はお前を殺せたんだぜ!? 見逃してもらっただけだろ!? 悲劇の怪物に情けをかけられてどうする! それが、フラワーパラディンかよ!」

「あ、私のこと、今認めてくれた!?」

「認めてねえ!」

 うるせえ!とローズを引きはがすと、自分だけ蔦を上がっていた。

 ずるい!と、後を追うローズ。その夜は、少し喧噪じみた夜となった。

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