第4話 勇気の花が開くとき
大聖堂は、町で並べられていた頭骨以上に、骨にまみれていた。
それは、頭骨だけではなく、体の鋤骨や背骨なども装飾としてびっちりと大聖堂の壁に貼り付けられている。
それが、天上の梁の部分まで続いているのだから、一面が骨の屋敷である。
気味が悪いその骸骨の大聖堂に、ローズはブルリと震えた。
相も変わらず、ここの大聖堂も床がきれいに掃いていた跡があり、何年もたったようには思えないほど奇麗さであった。
それは、まるで死に行ったものを賛美し、忘れないようにするために聖歌の合唱を歌わせるかのような、死への美を感じさせる。
「これが、悲劇の怪物の仕業なのかしら?」
ローズは入り口から入ると、大聖堂に並べてある長椅子の列を横切った。
正面には大地の神を賛美するための祭壇がある。
祭壇の近くには、大地の神の象徴である薔薇の花のレリーフがあった。
ローズは教会のことはある程度知っていた。
設計上、東の方の部屋に、神父さんの部屋が常設されているはずだ。
何か残っているならそこしかないと、ローズはにらんでいた。
東の部屋に入ると、ホコリにまみれてはいなかったが、本棚が並んでいた。
本棚の上には相変わらず、頭蓋骨や骨が並んでいる。
ほかにも、茶色い木のデスクと、帽子掛けがあった。
ゴゴゴ……とローズの足元で、地鳴りがする。
「地鳴りだわ。落盤が来るのももうすぐね。急がなきゃ」
ローズは、東の部屋に踏み入れた。
書籍が並び、大地の神を称賛する聖歌の本が主に並んでいる。
デスクの引き出しを引いてみたが、ペンなどの雑貨具しかない。
頭を悩ませながら、デスクの上にのってみて本棚の上を探した。
すると、本棚の後ろに何か挟まっているのが見えた。
ローズは本棚を手前にうんせと退かして、奥の方に挟まっている書籍を取る。
そしてその本の、ページを開いた。
文獻にはこう書かれていた。
《希望の預言者の手記》
俺は今、籠城しながらこの勲章を託す存在が来る未来を透視している。
外はカラスにまみれ、一刻と一刻と
俺と、あいつらのボスと一騎打ちになるのは、時間の問題だ。
あいつらは、文字が読めないため、この手記が何であるかもわからないだろう。
お前がこの本を読んでいるということは、悩みながらここに来たことを俺は知っている。
この大聖堂には、俺の宝石を加工したフラワーパラディンを証明するための勲章が隠してある。
宝石を取り出し、加工したものであるから、俺自身がどうなるかはわからない。
しかし、近くに置いておけば、意識を失わない事だけはわかっている。
おれは、この宝石の使い方をお前に教える。
本来、花たちは宝石を守るため、花にその宝石を隠している。
そのため、花に属する魔法しか使えない。
しかし、この勲章の宝石は、フラワーパラディンであることを保証すると同時に、宝石の力を発揮することができる。
まず、一つ目の力は、名前を教えたもの同士の場所を光で示す効果だ。
ほかにも効果があるが、危険ゆえに秘匿する。
この手記を取ったお前は、これから宝石の力を使い、12人の希望の預言者が遺した、フラワーパラディンの勲章を探せ。
12人の希望の預言者は、互いに名前を明かしてある。宝石が輝く場所に、また勲章があるだろう。
そして、しかるべき相手に渡し、12人のフラワーパラディンを揃えるのだ。
大聖堂の勲章は俺の名前を呼べば光り輝き、場所が分かるはずだ。
俺の名は”一閃”。11月の希望の預言者にして、フラワーパラディンに引き継ぐものだ。
《手記はここで終わっている……》
ローズはぱたんと本を閉じた。
この希望の預言者は、自分の預言通り、カラスの頭目と戦って散ったに違いない。
そして、彼の命でもある宝石は、勲章となってどこかに隠されているはずだ。
ローズは、勲章を探し始めた。
一度試しに、神父さんの東の本の部屋で名前を唱えてみたが、反応はなかった。
大聖堂に戻り、隠し場所がどこかと、椅子の下や、柱の後ろなどを調べてみたが、勲章がありそうな形跡は見当たらなかった。
最後にたどり着いたのが、祭壇の上である。
「あとは……ここしかないわね」
大地の神の象徴でもある
隠すなら、神の中なのも何となくうなずけなくはなかった。
ローズは、勲章をレリーフにかざす。
「”一閃”」
大地の神の薔薇のレリーフが輝き、目をつぶらんばかりの光りが大聖堂に満ちた。
レリーフがごろりと音を立てて割れ、中からブルートパーズ、水色の涙の形をした勲章が現れ出た。
ローズは割れたレリーフの元に駆け寄り、勲章を手にする。
「やった……!勲章を手に入れたわ。これを、フラワーパラディンに渡せば――」
ふと、そこでローズの思考が止まる。
渡してどうなる? そもそも、そのフラワーパラディンはどこにいる?
自分の声は、先ほどの落盤の危険にさらされている民衆には届かない。
なんの信頼もない自分が、明日来るかもしれないフラワーパラディンのことを告げて。
それで――?いったいどうなるっていうの――?
ローズは、膝をついた。
そう、この勲章が人を動かすわけではないのだ。
「これじゃあ、助けられないよぉ……!」
泣き出しそうになった時。
ぱしっと、ローズの持っていた勲章をはたいて盗っていく者がいた。
振り向いて見やると、大聖堂の入口へ走っていくオトギリソウが見えた。
「おまえじゃあ、この勲章は使えねーだろ。俺が砂金に換えといてやるよ!」
へへへっと笑ってオトギリソウは入り口から出ていった。
呆気にとられながら、ローズは取り返すべきか考えそうになった時。
「ぎゃぁああああ!!」
オトギリソウの悲鳴がこだまする。
ローズが走って外に出ると、大聖堂に続く道で敵に左手で、頭を掴まれたオトギリソウがいた。
敵の姿はカラスの頭骨を持つ肩幅の大きな者で、マントのようにカラスの羽を全身につけている。
頭を掴んだ手は、人型の骨をしており、頭はカラスの頭骨、体は
「俺の名は滅びの美学。小僧、なぜその勲章を持っている?」
頭を掴まれて、痛みにもがくオトギリソウに滅びの美学が囁くように聞く。
「この宝石は、俺が砕き損ねた希望の預言者の宝石でなあ……ずっと探しておったのだよ」
「し、しるかよ、そんなこと!」
「まあいい、お前ごと宝石を砕いてやるわ!」
滅びの美学が右手で剣をオトギリソウに突き立てようとしたとき。
「まちなさい!」
ローズの高い声が響いた。
ゆっくりと、ローズの方を見やる滅びの美学。
「なぜ待つ必要がある?この勲章の宝石に、何用があるのだ?」
ローズは深く息をついた。そして思った。
明日来る騎士を待っていてはだめだ。
”今”騎士が必要なのだ。
皆、そして私も。明日ある希望より、今ある希望を、欲している。
絶望しきっている、皆のために、”今”希望が必要なのだと――!
「私がフラワーパラディンだからよ!」
その高い声に、一瞬、場が静寂する。
そして。
「”一閃!”」
そう名前を唱えると、勲章が光り輝き、まばゆくその場を照らした。
その瞬間に、ローズは懐から光る刃を天空へと放り投げる。
「くぁぁーッ!」
その眩さにたまらず、剣を落とし、右目を右手で覆う滅びの美学。
オトギリソウが勲章を持ったまま、戦線から離脱する。
「そこだ!」
ローズは走り込み、右目めがけて青銅の剣を突き刺した。
しかし、その剣先は右目に届かず、目を覆っていた右手で掴まれた。
「くぅ!」
あと少しで右目に刺さりそうなところを、悔し気にかみしめるローズ。
ギリギリと剣の刀身を骨の右手で掴み上げる。
「なるほどな、寄生している箇所を特定するために、光を放たせたのか」
そのまま刀身を持ったまま右手を払い、ローズごと吹き飛ばす。
「しかし――!一歩及ばなかったようだ!」
カカカと笑う、滅びの美学。
その瞬間――、ザシュっと滅びの美学に右目に琥珀のナイフが刺さった。
「カッーー!?」
頭骨の内側にあった蟲に刺さり、本体を殺されてしまったのだ。
ぐらりとよろける。滅びの美学――しかし、その体は崩れ落ちることはなかった。
「やってくれたな……!」
右目を骨の手で抑えながら、吹き飛んだローズの方を見やる。
ローズは壁にぶつかり、全身を打ったため、這って剣を取りに行っていた。
カツカツカツと、ローズに近寄る滅びの美学。
「どう……して……蟲を倒せば、倒れるはずじゃ」
「お前に絶望を見せてやろう」
滅びの美学は、羽を広げて自身の体を見せる。
カラス羽の下にある肋骨に、びっちりと蟲が寄生して生えていた。
「俺の体はいくつもの寄生体がコントロールしているのだ……一匹殺したところで、なんということはない」
ローズは、最初から勝てない相手に挑んでいたことを身に染みて痛感した。
そして、滅びの美学は、剣先でローズの顎を上げさせる。
のどぼとけに剣先が当たり、血がしたたり落ちる。
「フラワーパラディン。ここで殺しておくべきか」
きっと睨み返し、ローズは怒鳴るように叫んだ。
「やってみなさいよ!ココロの花は折れたりしないんだから!」
その権幕を、じっと見つめる滅びの美学。
「ふ、希望の芽を摘み取る悲劇。これもまた甘美よ」
滅びの美学は剣先を引っ込め、剣をしまう。
「しかし、その芽が最高潮に輝くとき、摘み取らせてもらおうぞ。フラワーパラディン!」
滅びの美学は1mはあろうかと思う羽を広げ、空高く舞い上がっていった。
「はっ……! はぁ……!」
のどを抑え、滴る血を手に受けるローズ。
しかし、その痛みはまだ自分が生きているという証拠でもあった。
「おい! 大丈夫か!」
バタバタと駆け寄ってくるオトギリソウ。
「あなた、逃げなかったの……?」
「い、いや、俺だって駆け寄ることくらいあるさ」
あわわと弁明を口にするオトギリソウ。
「見せてみろ……ああ、切れてやがんなーこれ」
オトギリソウはけがをした首の近くに、手をおく。
オトギリソウが自身の胸の花に手をやると、優しい光がオトギリソウの体を介して、ローズに伝わってきた。
すると、のどぼとけの切れた傷がふさがり、血が止まった。
「俺、薬草の花だからよ! こういうこともできんだぜ」
役に立っただろ?と鼻をすすりながら自慢げに見てくるオトギリソウ。
「ありがとう……! 花の力が使えるのね」
「お前だって、薔薇の力を使えばいいだろ?」
「平和なところだったから……あたし、そういう訓練を受けてないわ」
自分の花の力を使ったことがないローズ。
「ま、花の力っていうのは物語の力とか、ばあちゃんがいってるからなー、いやー、俺の物語の力つよいなぁ!」
そんなローズをしり目に、デレデレと自慢気に話す。
しかし、そんなオトギリソウもすっと顔を変えて、真剣なまなざしで見てくる。
「なあ。本当にフラワーパラディンなのか? お前」
「そう名乗ることにしたわ。みんなも、きっと喜んでくれるはずだから――」
そっか、とオトギリソウが自分のどんぐりの帽子から、勲章を取り出す。
「じゃあ、返すよ。フラワーパラディンになるなら、必要だろ!」
「あんた……!」
勲章をオトギリソウから手渡されるローズ。
つい、感動で涙腺が緩む。
「いいやつじゃないー!!」
ばしいっと、オトギリソウの顔面にパンチが飛ぶ。
「ぐぶふぅ」
出会った時の光景が思い起こされるような、しかしその時とは違った、親しみを込めたパンチだった。
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